我家を真ん中に両隣、3軒並んで喪中になりました
高齢化社会になった事を実感する出来事です。
6月末には左隣の娘さんの87歳のお母様、先週末は95歳の私の父、今週末は右隣の郵便局長さんの96歳のお母様が亡くなりました。
父は4年前に我家に引っ越してきたので、お互いにお付き合いしていたわけではなく、全くの偶然です。
この不順な気候、年寄りには応えるのかもしれません。
3人共、可なりの高齢ですから、天寿を全うし、子供、孫、ひ孫達に賑やかに見送られての旅立ちでした。
局長さんが、「時期が悪かった。お盆でお坊さんが皆忙しくて、やっと来てもらえる事になったけれど、お通夜と告別式は別々のお坊さんで・・・本当に参りました」とか・・・
ご町内の参列者の面々も、我家の不幸との間が5日間だったので「喪服をお盆休みの洗濯屋さんから取り戻した」とか・・・
斎場でそんな話しがさり気なくできるのも、天寿を全うされたと信じられるからです。
高齢者とのお別れは、悲しみの中にも無事見送れたという一種の安堵感のようなものが漂っていて、長生きする事の意味はそんなところにもあるのかもしれません。
すぐお近くの時宗総本山“遊行寺”の塔頭からみえたご導師の読経が、静かに心に染み入りました。
読経の流れる中お線香の香りに包まれて、少し落ち着きを取り戻したような気がしています。


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