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July 13, 2009

天命庵のお話ー物事の受け取り方、考え方

天命庵にお話を伺いに、捻挫以来始めて自力で行ってきました。
主人に連れて行ってもらうと、仕事の関係でどうしても、午後のお話しか伺えないのですが、今回は一人で午前からゆっくりと・・・

《大阪、南の道頓堀川は人口池です。船を浮かべてお祭りをするのですが、人口池には神様をお奉りしていないので、八大竜王様をお迎えする事になりました。
七夕の日の11時からお祭りを始めました。
そうすると、雷と土砂降りの雨、太陽と風。それが10分の間に大雨、大風、太陽と雷と、10分間だけですけれど・・・その後ぱーと晴天になったのです。
八大竜王さまは、天気の神様で雨の神様と言われています。

私も素直ですから「神様が来たという事を教えて下さっているんですよ」とお側の方々にそっと耳打ちしましたら「そうですか~~」と・・・
それまで「雨だ、え~ぇ~」と渋い顔をしていた方々が、心が変わると顔が変わりますね。
「神様が来たと言っているのですよ」“ごろごろごろ”と雷が鳴るのを聞いて 、
“ハッ”となさって「大徳寺さんが仰るから、そうですよ」と皆さんにこにこと笑顔になられて・・・
人間というのは受け取り方が変わると、顔が変わりますね。
はっきり分かります》

《桂米團次さんの襲名披露講演の最終日行ったのですが、大雨だったのです。
楽屋にお伺いすると、桂米團次さんが「どうして私の襲名講演のラストがこんな雨なんですか?」と残念そうに言われるので、
「雨が降って地固まる、地が固まって、一生懸命日本国中廻って蒔いた芸の種が実る咲かせる雨ですよ」と言いますと「ほっ!そうですか」
丁度そこに花禄さんがいまして、米團次さんが花禄さんに嬉しそうに話されて、又、それを講談の時に、会場にいた800人位の方に伝えられたら、皆さんが「まぁ~」と・・・
人間、変わりますね。
それまで「なんでこの襲名のラストに大雨なんだろう」と会場中シュンとしていたんですよ。
それが、米團次さんが「雨降って地固まって、種から芽が出る縁起が良い雨です」と言ったら、お客様がら拍手が沸き起こったのが印象的でした。
今日、親様がおっしゃったように、人間の考え方、受け取り方を変えるだけで人間の気というのが変わるわけですね。
それが、人間の心が曇っていると駄目なんです。。
受け取り方を変える。気持ちを変える。それだけで、皆さんから出てくる気も顔つきも変わると感じました。》
と言うような事を、最後に大徳寺さんが話されました。

神様は、いろんな場面場面で、そのつど示し申されています。
“神”とは、示す偏に申すと書きますから。
それも必ず、良い事に繫がっていく道を示めされています。
でも、私達はそれをマイナスに受け取る事が多いような気がします。
自分の望んでいるようにならないと、悪い事のように思ってしまう。

“大雨が降った”その状況は何も変わらないのに、受け取り方を考え方を180度変えれば、全く違った世界が広がって行きます。

いつも物事を良い方に受け取り、考える事の大切さを、学ばせて頂いています。

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July 05, 2009

人生は気の向く事だけして、とはいかないようで・・・

入会して5分後の帰り際に転倒、お休みしていたスポーツジムに3ヶ月ぶりに行ってきました。
リハビリの為の水中ウオーキングを勧められたのと、3ヶ月動かなかったので体が固まって体調が芳しくないので、思い切って始めました。
どちらにしろ、私は金づちなのでウオーキングしか出来ないのですが。
始めは2往復からと言われたのですが、水の中は何の不安もなく歩けるので3往復、幾らでも歩けそうだったのですが自制しておきました。

N・Yの学生時代、体育の授業が必須科目でした。
最初の授業で、25m泳ぐテストがあり、合格すると水泳の上級クラス、又はテニスその他、自分の好みのスポーツを選べます。
泳げない私は、自動的に水泳の授業を受ける破目に・・・
学期末のテストはプールの一番深い所から飛び込んで底を蹴って浮上し泳ぐ。
教授と助手2人の万全の態勢の中で行われます。
「危なかったら、直ぐ助けるから出来るところまで」と言われてトライしたら、なんと25m泳ぎきって無事合格。

その夏、学生仲間の婚約パーティーに呼ばれました。
N・Y郊外には、プール付の家が多く、彼女の家にも大きなプールがありました。

水泳の授業に合格して“B”を貰ったと自慢していたので、いざ!お披露目。
でも、でも、浮いただけで前には進まず。
仲間達から「アメリカの男性は女性に甘いからな~」とからかわれました。
25m泳げたあれは一体何だったのでしょうね。まぐれというか“火事場のバカ力”のようなものだったようで・・
人生で泳げたのは、後にも先にもあの時の1回きりとなりました。

体を動かすのが苦手で、気功とかピラティスのような軽い動きのもの以外、スポーツとは無縁で生きてきたし、生きて行くつもりでした。
ところがそうは問屋が卸さないようで、人生はよく出来ています。
怪我のリハビリと、再び転ばない為に筋肉を付ける運動をせつせとする事に・・・
気の向く事だけして生きてゆく、では済まされないようになっているのですね、きっと。

我家には、私よりもっと運動をした方が良さげな主人がいます。
車で連れて行ってもらい、帰りにお昼を食べて、とジム通いを楽しむ事にしました。
父の病院通いとジム、気分転換にもなっていいかもしれません。

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July 02, 2009

95歳、治療の選択

朝9時、電話が鳴りました。
父の入院している病院から、検査の結果が思わしくないので輸血をした方がよい状態ですが・・・どうしましょうか?と。

何時からなのでしょうね?
治療をどうするか?家族が決めなくてはならなくなったのは・・・
輸血をしなければ、命が危ないのならば「輸血をしますから、同意書に署名に来てください」と言ってもらえれば、それで全ては決まることなのですが・・・

答えは決まっていても、改めて決断を迫られて、それも即決となると、一瞬『どないしょう???』姉が2人いますし・・・

一昨年亡くなった母の時もそうでした。
ただ、母の時は90過ぎの父がまだしっかりしていたので、医師からの情報を出来るだけ正確に伝えて、父の意見を聞き、それを姉達に伝えてまとめていました。

前日お見舞いに行った時、最近のうちでは調子が良さそうで、院長さんと「ちょっと落ち着いていますね」と立ち話をしたばかりだったので、急変に驚いたこともあり、
「私が決めないといけないのですか~~~」と思わず大きな声を・・・
「今は了解を得てから治療をしないと訴訟問題になりますので・・・」
そうなのですよね。それもよく分かっています。

医療の進歩で選択肢が増えました。
医療側で選択肢を増やして、決断は全て患者側にと言われても・・・
特に高齢者は治療をする事によって、人間らしい生活が送れるようになることは難しい場合が多いですから。

姉達の意見を聞く時間がなかったので院長先生に「宜しくお願いします」と返事をした後、事後報告。
その折「そろそろ、娘3人で院長先生とお会いして自分達の考えを伝えておいた方がいいと思うのだけど」と聞いてみました。
長女は「あなたの判断に任せるから。あなたの考えが私達3人の意見でいいから」と、いともあっさりと。
このよく考えないで答えるタイプは、後が難しいのです。
次女の主人はプロテスタントの牧師でクリスチャン、余り自分の意見を主張するタイプではなく、後でジュックリお祈りをしているようです。
3日間の輸血が終わる日に、関西からお見舞いに来るので、時間が合ったら一緒に院長先生に会うことにしました。

私達3人は“もう95歳ですから出来るだけ穏やかな最後を”と願っているのですが、お若い院長先生にどの程度その思いが通じるか分かりません。


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