June 09, 2008

数独に、はまってしまいました

“止まらない、止められない、かっぱえびせん”状態(可なり古い!)
パズル、流行っているのですね。
介護に追われ世事に疎くなっていたのか、全く気が付きませんでした。
新聞に載ってい“数独”を何気なく解いて、面白さにはまって以来止まりません。

若い時からこういう手先でちまちま、頭の中でこちょこちょ、することが大好きです。学生の頃は何故か定期試験の前になると1,000とか2,000ピースのジグソーパズルが突如としたくなり、もう1ピースはめ込んだら、ここまで仕上げたらと思いながら、試験勉強と格闘していた苦い思い出があります。
何故かこの手の事は、超忙しいというか時間の無い時に無償にしたくなるもののようで・・・

一見介護生活の中に手軽な楽しみが見つかって良さげに思えたのですが、とんだ伏兵がいました。
それは、視力が両方裸眼で2.0なのです
それも楽々見えてしまいます。
眼科の先生曰く「広大な草原で獲物を追う狩猟民族の目で、農耕民族の手先で細かい作業をする目ではない」だそうな。
数独、どこからどう見ても農耕民族のお遊びです。

今まで、人生で1番目に悪いのはパソコンだと思っていたのですが、遥かにその上をいっています。
手軽なニコリのポケットサイズ問題集にしたのが、マスが小さくてよくなかったのかもしれません。
目のピントを至近距離に合わせていたら、遠くが見え難くなってしまいました。

余りの根の詰めすぎに、主人が「問題集、シュレーダーに掛けたらどうですか」と言う始末。
これは生活に支障が出ると、断念して本を資源ごみに・・・
暫くして目が元に戻ったので、ひょっとしたらパソコンにのっているかな?と検索。
な、なんと無料でごろごろ問題が、あるわ、あるわ。
迂闊でした。

何処でもできる、場所を取らない、お金がかからない、頭の体操になる、ちょっとした空き時間にピッタリ、こんな理想的な遊び、そうはないと思うのですが、はまってしまうと難しいものがあります。

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January 31, 2007

何故、次々と信じられないような事件が起こるのでしょう

それは見えざるものを敬わなくなり、自然を敬わなくなり、人を敬わなくなり、親を敬わなくなり、と敬うという心が“有耶無耶”になってきた為に人間の良心が狂ってしまっているから、と天命庵のお話にありました。

本来日本人が持っていた、教えの土壌というものが見えなくなってしまっているのです。
日本人の精神的土壌とは、神を、自然を、人を、命を、目上を、親を、敬い拝んで感謝しながら生活する事でした。
それがいつからか有耶無耶になってしまったのです。

神とは特定宗教団体が崇める教祖のことではありません。
この宇宙を、地球を、自然を、人間を創造した偉大な力のことです。
人間を越えた存在に畏怖の念を抱く、大切な事ではないでしょうか。
人間が一番、自分が一番と奢った瞬間から、相手を敬う事は難しくなりますから。

人の命を敬う心があれば、兄が妹の、妻が夫の、親が子の命を奪う等という事は起こりえません。
人の命を敬う心があれば、安全でない食品を製造する、健康に関する問題を捏造する、耐震を無視した建物を建てる、飲酒運転をする等という事は出来ないはずです。
でも人の命を敬う心を忘れて、自分の思うとおりに相手を動かしたい、お金が手に入ればいい、自分の会社が少しでも儲かればいいとなれば、世の中何でも起こってしまいます。

日本人は一昔前まで、大きな事から日常の小さな事に至るまで感謝をしつつ生活をしていました。
山の神、海の神、火の神、米粒の中にも神、全てのものに神が宿ると敬い拝んで暮らしていたはずです。
この伝統的な精神を呼び戻すことが、この混沌とした世の中を蘇らす鍵かなと感じています。

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June 27, 2006

先生と生徒

ニュースで幼児から青少年まで事件や事故があると必ずと言っていいほど、学校の先生が報道陣に囲まれています。
学校で起こった事件、事故なら当然ですが、まるで学校に関係のない事の時まで。
一人で何十人もの子供を受け持って、細かい事まで聞かれても無理ではないかなと思いながら見ています。

何時頃からか、卒業式で「仰げば尊し」を歌わなくなったようです。
そういえば15年前の息子の卒業式の時、聞かなかったような気がします。
「仰げば尊しわが師の恩」の心、変わってしまったようで・・・

先生から学問を始めいろいろな事を教えてもらいます。
生徒がいなければ先生という役割は生まれてきません。
「親と子の関係」で書いたように、確かにお互い様の部分はあるのですが、教えてもらい、育ててもらい、お世話になった方々を敬う心は人として大切な事だと思います。

先生という漢字は“先に生まれる”と書きます。
自分より先に生まれた人は、みな先生なのですね。
「一日の長」(いちじつのちょう)という言葉があります。
他の人より少し年をとっていること。転じて、経験や知識が他より一歩優れていることをいいます。
でも難しい時代になりました。
パソコン、携帯電話等々、若者は軽々と使いこなしてゆきます。
「一日の長」はおたおたと後から付いてゆくのみ。
余ほど精神的な面で先んじていないと、「一日の長」なんて悠長な事言っていられない時代になってしまいました。
年上、それだけで威張っていられた時代がありましたが、それもちょっとおかしいのではと思います。
歳を重ねただけの知恵、敬ってもらえるような内面的な美しさ、常日頃から磨いているべきですね。
それで始めて若者も、心から敬意を持って接する事が出来るのだと思います。

今時の先生は・・・との声も巷で聞きます。
皆が相手に完全を求めている時代です。
何かちょっとあると、文句を付けて潰してしまう。
これでは人は育たないのではないでしょうか。
優れた先生を育てていかなければ、損をするのは子供たちであり、日本の将来に関わってくる問題なのですが・・・
学校とは、先生、生徒、父兄が共に成長し合っていく場、だといいですね。

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December 03, 2005

「有難う」の語源

人に何かして頂いた時、私たちは「有り難う」と言って感謝します。
 「有り難う」とは「難しい事、困難なことが有り」と書きます。
それがどうして感謝の気持ちを表す言葉として、日常で何気なく使われているのでしょうか?
本来は感謝を表す言葉ではありませんでした。
「有り難う」は「有り難し」から派生しています。
「有ることが難しい」「非常に稀である」という意味です。
 その昔、世に極めて稀な事や珍しい事は、神や仏の力で実現されると考えられていました。
そういう稀な出来事や奇跡を起こした神仏の力を讃え、同時に感謝の気持ちを表して「ありがたし」と手を合わせて神仏を拝んだそうです。
珍しい、有り得ない事が起こった場合に使ったわけです。
 今日私達の日常においても、人の好意、親切、助け、協力はいつも「有る」ものではありません。
時々示してもらうからこそ「有り難い」のです。
ですから「有り難う」が感謝やお礼の言葉に使われているのです
 「有り難う」の語源は、神仏への感謝の「有り難し」が変化したものです。
神への感謝の言葉であった「有り難う」を、折りに振れ心を込めて言うことは、「難有り」を「無難」に変えていく事だと聞いたことがあります。
 ちょっとしたお人の心遣いにも、心から感謝できる人間でありたいですね。
 日本人は心を込めて、又はさりげなく「有り難う」と自分の気持ちを相手に伝えるのが余り上手ではありません。
 感謝の気持ちを素直に気軽に現せる「有難う」をもっと日常の生活の中に生かすと、住みやすい世の中になると思います。


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October 06, 2005

登校拒否について-2

保育料ですが、週15ポイント(当時の日本円で1,500円位)入学金なし。
日本の幼稚園から見れば格安に思えるのですが、英国人はお高いと言っていましたね。
 欠員があればいつでも入園できるし、退園も自由。
そんな幼稚園がひっそりと所々にありました。
もちろん建物も庭もある、日本の程立派ではありませんが、幼稚園もありました。
本当に子供に合いそうな幼稚園を自由に選べます。
入園して合わなかったら、他に変ればいいのです。
登校拒否なんて起こりえませんよね。
 でも日本ではこういうシステムうまくいかないでしょうね。
まず、同い年位の自分の子供が足し算引き算を出来なくても、童話が読めなくても全然気にならない。
子供同士を比較しない。
いい意味で人の子は人の子、自分の子は自分の子、我が道を行けば良と思える親、日本にはそうはいない気がします。
物凄い競争が巻き起こりそう。
 住んでいた地域はJ&J村といわれる位、日本人(Japanes)とユダヤ人(Jew)が多い所でした。
日本人とユダヤ人には幾つかの共通点があり、その一つがとても子供の教育に熱心な点だそうです。
でも熱心の内容がちょっと違うように感じました。
ユダヤ人の人達は、教育を身に付けさせることにとても熱心でしたが、他の子と比較して自分の子供にどうこうさせるということは無いようにみえました。
 それが本当の教育ではないでしようか?
自分の子供のレベルに合った教育を受けさせる、学校がそして勉強が好きになる基本だと思います。
 文部科学省か教育委員会か知りませんが、お上の人達が、そして親自身が、皆一緒でなければいけないという発想から抜け出すことが出来れば、登校拒否の原因を1つ減らすことが出来ると思います。


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October 04, 2005

登校拒否について

朝ベランダで洗濯物を干していたらお向いの“デニーズ”の駐車場から、男の子の泣き声とお母さんの何か説得するような低い声が聞えてきました。
そのうち泣き声がだんだん大きくなり、「幼稚園に来たくない」と泣き叫ぶ子を母さんが抱きかかえてわが家の前を通り過ぎて行きました。
「幼稚園、無理に行かせなくてもいいんじゃないですか」と、まさか見ず知らずのおばさんが口を挟むわけにもいかず、一日心の中に引っ掛かっていました。
 常々考えていることなのですが、学校、幼稚園も含めて誰もが必ず行かなければならないものでしょうかね。
義務金教育は親に受けさせる義務が、子供には受ける権利があるのは知っています。
 でもどんな物事にも100%ということはないと思うのです。
6歳の4月に入学した子供の中には、学校が大好きな子、まあまあ好きな子、どちらでもない子、嫌いでも我慢できる子、絶対に嫌な子と幾通りかに分かれると思うのです。
その絶対に行きたくない子も無理やり行かせなければいけないのでしょうか。
 生きてくために必要な基礎学力と、集団の中で生きていくすべは学校以外の場所でも身につけようと思えばつけられるというか、そういう場所を作るべきではないかと・・・
 息子は生後6ヶ月から4歳半までロンドンで過ごしました。
ご近所に英国国教の教会があって、そこの体育館位の大きさの半地下が平日9時から12時まで幼稚園になります。
2才半から5才までの男女20人に先生4人。
朝教会の倉庫から子供達の遊び道具を出して、俄仕立ての幼稚園が出来上がり。
全員で一緒に遊ぶ時もあれば、幾つかのグループに分かれたり、1対1になったりしながら遊んだり勉強したりしていました。
二ケタの足し算引き算を教えてもらっている子、英語(当然ですね)の童話をすらすらと読んでいる子、皆それぞれに合わせてです。
 息子は個人レッスンで英語をABCから教えてもらいました。
数ヶ月でダサイ母親の英語とはまるで違う発音のクイーンズ・イングリッシュを、流暢に話し出しましたが、日本に帰国して3ヶ月で跡形もなく消えました。
日本語をきちっと身につけてほしかったので、残しておくつもりもありませんでしたけど。
30年近く経って、ちょっと後悔。
息子は只今母と同じ非常にダサイ英語を話していますので。
語学は耳から入って覚えただけでは、記憶に残りにくいようです。次回へ

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