August 17, 2009
高齢化社会になった事を実感する出来事です。
6月末には左隣の娘さんの87歳のお母様、先週末は95歳の私の父、今週末は右隣の郵便局長さんの96歳のお母様が亡くなりました。
父は4年前に我家に引っ越してきたので、お互いにお付き合いしていたわけではなく、全くの偶然です。
この不順な気候、年寄りには応えるのかもしれません。
3人共、可なりの高齢ですから、天寿を全うし、子供、孫、ひ孫達に賑やかに見送られての旅立ちでした。
局長さんが、「時期が悪かった。お盆でお坊さんが皆忙しくて、やっと来てもらえる事になったけれど、お通夜と告別式は別々のお坊さんで・・・本当に参りました」とか・・・
ご町内の参列者の面々も、我家の不幸との間が5日間だったので「喪服をお盆休みの洗濯屋さんから取り戻した」とか・・・
斎場でそんな話しがさり気なくできるのも、天寿を全うされたと信じられるからです。
高齢者とのお別れは、悲しみの中にも無事見送れたという一種の安堵感のようなものが漂っていて、長生きする事の意味はそんなところにもあるのかもしれません。
すぐお近くの時宗総本山“遊行寺”の塔頭からみえたご導師の読経が、静かに心に染み入りました。
読経の流れる中お線香の香りに包まれて、少し落ち着きを取り戻したような気がしています。
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August 14, 2009
コブクロの“CALLING”を聴きながら、時々、止めどなく流れる涙に身を任せています。
悲しみの涙か?と問われたら、多分違うと・・・
我慢強い人でした。
入院してからも、いつでも、どんな体調の時でも「お父さん大丈夫?」と気遣うと、途切れ途切れに「だ・い・じ・ょ・う・ぶ」と必ず返してくれました。
亡くなる2週間程前から、39度の熱が下がり切らなくなり、「大丈夫」の言葉は返ってこなくなりました。
その代わり、熱が少し下がると定まらぬ目が「まっちゃん、もお、ええわ~」と訴えているように思えて、切なかった・・・
親を失った悲しみと言うより、長い間同じ思いを共有した同士がいなくなったような寂しさが心の中にひたひたと広がっています・・・
乾杯のコップを持って微笑んでいる父の遺影を見ながら思い出していた事は、子供時代の思い出でも、華やかなNYでの生活でもありません。
母が精神的に不安定になってから10年以上、ただただ父と二人で力を合わせて母を守り、母を守る為に励まし、慰め、褒め、そして母を思う余りに争い・・・支え続けた日々を・・・
でも母が大変だったから、いつもあなたの事は後回しでしたね。
それでも母の為に駆けずり回っている私に「迷惑を掛けるな~、有難うよ」と、いつも・・・
最大の願いだった母を見送る、大仕事を終え、日々衰えていくあなたと母の思い出話をしながら1年ちょっと、あなただけの為に穏やかに介護が出来てよかった。
無事両親の介護を終えられたのは、大勢の、数えられないほどの大勢の人達の助けのお陰だと感謝しています。
そして、僕は住む場所と緊急時の労力を提供しますから、後は親子でお好きなように・・・
一日7~8人のヘルパーさんが我家を訪れ、誰の家だか分からないような状態が数年続いても、可なり際どいブラックジョークで私を苦笑させながら、常に冷静だった主人。
本当にありがとう。
一昨年末、母を見送った時は1滴も出なかった涙、今二人分の別れの涙を誰にも遠慮もせずに流し続けています。
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July 13, 2009
天命庵にお話を伺いに、捻挫以来始めて自力で行ってきました。
主人に連れて行ってもらうと、仕事の関係でどうしても、午後のお話しか伺えないのですが、今回は一人で午前からゆっくりと・・・
《大阪、南の道頓堀川は人口池です。船を浮かべてお祭りをするのですが、人口池には神様をお奉りしていないので、八大竜王様をお迎えする事になりました。
七夕の日の11時からお祭りを始めました。
そうすると、雷と土砂降りの雨、太陽と風。それが10分の間に大雨、大風、太陽と雷と、10分間だけですけれど・・・その後ぱーと晴天になったのです。
八大竜王さまは、天気の神様で雨の神様と言われています。
私も素直ですから「神様が来たという事を教えて下さっているんですよ」とお側の方々にそっと耳打ちしましたら「そうですか~~」と・・・
それまで「雨だ、え~ぇ~」と渋い顔をしていた方々が、心が変わると顔が変わりますね。
「神様が来たと言っているのですよ」“ごろごろごろ”と雷が鳴るのを聞いて 、
“ハッ”となさって「大徳寺さんが仰るから、そうですよ」と皆さんにこにこと笑顔になられて・・・
人間というのは受け取り方が変わると、顔が変わりますね。
はっきり分かります》
《桂米團次さんの襲名披露講演の最終日行ったのですが、大雨だったのです。
楽屋にお伺いすると、桂米團次さんが「どうして私の襲名講演のラストがこんな雨なんですか?」と残念そうに言われるので、
「雨が降って地固まる、地が固まって、一生懸命日本国中廻って蒔いた芸の種が実る咲かせる雨ですよ」と言いますと「ほっ!そうですか」
丁度そこに花禄さんがいまして、米團次さんが花禄さんに嬉しそうに話されて、又、それを講談の時に、会場にいた800人位の方に伝えられたら、皆さんが「まぁ~」と・・・
人間、変わりますね。
それまで「なんでこの襲名のラストに大雨なんだろう」と会場中シュンとしていたんですよ。
それが、米團次さんが「雨降って地固まって、種から芽が出る縁起が良い雨です」と言ったら、お客様がら拍手が沸き起こったのが印象的でした。
今日、親様がおっしゃったように、人間の考え方、受け取り方を変えるだけで人間の気というのが変わるわけですね。
それが、人間の心が曇っていると駄目なんです。。
受け取り方を変える。気持ちを変える。それだけで、皆さんから出てくる気も顔つきも変わると感じました。》
と言うような事を、最後に大徳寺さんが話されました。
神様は、いろんな場面場面で、そのつど示し申されています。
“神”とは、示す偏に申すと書きますから。
それも必ず、良い事に繫がっていく道を示めされています。
でも、私達はそれをマイナスに受け取る事が多いような気がします。
自分の望んでいるようにならないと、悪い事のように思ってしまう。
“大雨が降った”その状況は何も変わらないのに、受け取り方を考え方を180度変えれば、全く違った世界が広がって行きます。
いつも物事を良い方に受け取り、考える事の大切さを、学ばせて頂いています。
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July 05, 2009
入会して5分後の帰り際に転倒、お休みしていたスポーツジムに3ヶ月ぶりに行ってきました。
リハビリの為の水中ウオーキングを勧められたのと、3ヶ月動かなかったので体が固まって体調が芳しくないので、思い切って始めました。
どちらにしろ、私は金づちなのでウオーキングしか出来ないのですが。
始めは2往復からと言われたのですが、水の中は何の不安もなく歩けるので3往復、幾らでも歩けそうだったのですが自制しておきました。
N・Yの学生時代、体育の授業が必須科目でした。
最初の授業で、25m泳ぐテストがあり、合格すると水泳の上級クラス、又はテニスその他、自分の好みのスポーツを選べます。
泳げない私は、自動的に水泳の授業を受ける破目に・・・
学期末のテストはプールの一番深い所から飛び込んで底を蹴って浮上し泳ぐ。
教授と助手2人の万全の態勢の中で行われます。
「危なかったら、直ぐ助けるから出来るところまで」と言われてトライしたら、なんと25m泳ぎきって無事合格。
その夏、学生仲間の婚約パーティーに呼ばれました。
N・Y郊外には、プール付の家が多く、彼女の家にも大きなプールがありました。
水泳の授業に合格して“B”を貰ったと自慢していたので、いざ!お披露目。
でも、でも、浮いただけで前には進まず。
仲間達から「アメリカの男性は女性に甘いからな~」とからかわれました。
25m泳げたあれは一体何だったのでしょうね。まぐれというか“火事場のバカ力”のようなものだったようで・・
人生で泳げたのは、後にも先にもあの時の1回きりとなりました。
体を動かすのが苦手で、気功とかピラティスのような軽い動きのもの以外、スポーツとは無縁で生きてきたし、生きて行くつもりでした。
ところがそうは問屋が卸さないようで、人生はよく出来ています。
怪我のリハビリと、再び転ばない為に筋肉を付ける運動をせつせとする事に・・・
気の向く事だけして生きてゆく、では済まされないようになっているのですね、きっと。
我家には、私よりもっと運動をした方が良さげな主人がいます。
車で連れて行ってもらい、帰りにお昼を食べて、とジム通いを楽しむ事にしました。
父の病院通いとジム、気分転換にもなっていいかもしれません。
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July 02, 2009
朝9時、電話が鳴りました。
父の入院している病院から、検査の結果が思わしくないので輸血をした方がよい状態ですが・・・どうしましょうか?と。
何時からなのでしょうね?
治療をどうするか?家族が決めなくてはならなくなったのは・・・
輸血をしなければ、命が危ないのならば「輸血をしますから、同意書に署名に来てください」と言ってもらえれば、それで全ては決まることなのですが・・・
答えは決まっていても、改めて決断を迫られて、それも即決となると、一瞬『どないしょう???』姉が2人いますし・・・
一昨年亡くなった母の時もそうでした。
ただ、母の時は90過ぎの父がまだしっかりしていたので、医師からの情報を出来るだけ正確に伝えて、父の意見を聞き、それを姉達に伝えてまとめていました。
前日お見舞いに行った時、最近のうちでは調子が良さそうで、院長さんと「ちょっと落ち着いていますね」と立ち話をしたばかりだったので、急変に驚いたこともあり、
「私が決めないといけないのですか~~~」と思わず大きな声を・・・
「今は了解を得てから治療をしないと訴訟問題になりますので・・・」
そうなのですよね。それもよく分かっています。
医療の進歩で選択肢が増えました。
医療側で選択肢を増やして、決断は全て患者側にと言われても・・・
特に高齢者は治療をする事によって、人間らしい生活が送れるようになることは難しい場合が多いですから。
姉達の意見を聞く時間がなかったので院長先生に「宜しくお願いします」と返事をした後、事後報告。
その折「そろそろ、娘3人で院長先生とお会いして自分達の考えを伝えておいた方がいいと思うのだけど」と聞いてみました。
長女は「あなたの判断に任せるから。あなたの考えが私達3人の意見でいいから」と、いともあっさりと。
このよく考えないで答えるタイプは、後が難しいのです。
次女の主人はプロテスタントの牧師でクリスチャン、余り自分の意見を主張するタイプではなく、後でジュックリお祈りをしているようです。
3日間の輸血が終わる日に、関西からお見舞いに来るので、時間が合ったら一緒に院長先生に会うことにしました。
私達3人は“もう95歳ですから出来るだけ穏やかな最後を”と願っているのですが、お若い院長先生にどの程度その思いが通じるか分かりません。
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June 29, 2009
との意と、時宗のご導師がご近所のおばあちゃんの葬儀で言われました。
昨年まで、娘さん(といっても67歳ですが)ご夫婦とご一緒に住んでおられました。
ご夫婦で血相変えて「姿が見えない」と近所を探し回られたり、デパートで呼び出しのアナウスを耳にしたりと、段々認知症が進んで大変そうでした。
お近くに良い民間の老人ホームがみっかり、最後はそこで迎えられました。
ご近所の方が亡くなられると、主人が自治会長をしているので、知らせがきます。
ご町内に、お通夜、葬儀の場所と日時等の緊急の回覧を出します。
ところがこの頃、これがなかなか難しいのです。
家族葬にするので、伏せておいてほしいとの事もあれば、
“近親者のみで”との知らせを受けて、そのつもりでいると、遠慮しておられる事が分かり慌てて回覧を回したりとか・・・
今回も、娘さんが「母が亡くなりました。葬儀は近親者だけでいたしますので、お宅とお向かい(遠縁に当たられる)だけにお知らせします」
と、亡くなった日時、葬祭場、お通夜、葬儀の日時が書いた紙を持って尋ねて来られました。
急な事で本当にビックリし、お悔やみを述べながら、一段落して『さて、どうしょう???』
身内だけでなさる場合は、後から正式な連絡がくるか、詳しい内容は知らせないのが普通なものですから・・・
「身内だけで」と何度も言われるけれど、ここまで詳しく知ってしまって、おばあちゃんと戦前からお付き合いのあった“地の方々”に黙っているのも心苦しいし・・・
「本当に親しくしていた方にお知らせしなくていいのですか・・・最後のお別れをしたい方がおられると思うのですが・・・」とやんわりと聞いてみると、
「あら、そうですわね~それではお任せします」
『いや・・・その・・・お任せされても困るのですが・・・何方まで知らせるかはご自分で決めて頂かないと・・・』(これ本心です)
ご導師さまが「今夜、読経の中で、何度も『南無阿弥陀仏』と申し上げました。
ご家族は、亡くなった方に“ああもしてあげたかった、こうしてあげれば良かった” 。
又、亡くなった方が“ああもしたかったのではないか?心残りがあるのではないか?といろいろ思われるでしょう。
「南無」はお任せする。全てを阿弥陀仏にお任せする。後は阿弥陀さまに全てをお任せします。と言う事です」
「そして今晩は皆さんで、亡くなられた方の“所作、笑顔、志、嗜好、思考”この5つを偲んであげて下さい」と話されました。
この頃は、お別れの仕方にもいろいろあって、どれがどうとは言えません。
でも、ご導師のお話を聞きながら、おばあちゃんを偲んでくださるご近所の方々にお知らせして、よったのではと思いました。
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June 21, 2009
「そろそろ杖は使わなくても大丈夫」とか「しっかりテーピングしてあるから包帯はもういらないかな?」と整骨院の先生に言われても、「もうちょっと今のままにしておいて」と私がストップを掛けるような状況が、ここのところ続いていました。
先生も無理にとは言わないタイプの方で、私が納得するのを待っていた様子。
昨日突然「そろそろリハビリに入りましょうか?ちょっと痛い位で、過激な事はしませんから」と断わってから、靭帯損傷した方の足をぐりぐりと可なりの力で揉みほぐしだしました。
私、痛みには滅法弱いので“痛かったら騒ぐわよ!”と身構えたのですが、騒ぐ程の痛みではなくホッ!
「私の足そんなに揉んで壊れないの?」
痛くないと分かって余裕がで、結構失礼な事をさらりと聞いてしまう悪い癖が・・・
「よ~~くほぐしておかないと、将来気候の変化によって、俗に言う“古傷が痛む”事になるから、ちゃんとリハビリしておきましょうね」と言いながら、先生も“痛い”と騒がれなくてほっとしている様子。
扱い難い患者ですみません。
なにせ大きな怪我は生まれて初めてなもので・・・
その後、10度の傾斜の付いたボードに起立。
痛くも痒くもなくて楽勝と思ったら、体は正直で、見る見る足首から下が真っ赤に。
物凄い負担が掛かって足が頑張っているからだそうで、でも1回目は3分だったのですぐお仕舞い。
傾斜を段々20度~25度に上げて慣らし、リハビリの最終はクッションボードに片足で上手に立てるようになる事。
そこまで筋力を付けると、年を取ってからの転倒の危険性がぐっと低くなるそうです。
「怪我をして動かないでいると、誰でも筋肉が落ちて当然だけれど、香川さんはもともと筋力がないから、頑張らないと、またすぐ蹴躓いて転ぶよ」と言われてしまいました。
何か一々言われる事が、つい数ヶ月前まで、私が両親の介護をしながら常に言っていた事と同じで・・・それにしてもちょっと言われるの早過ぎ!
私、気が向いた事はとことん努力するのですが、向かないと見向きもしない性格でして、体を動かすのをサボってきたツケが早々と回ってきたようで、焦っております。
リハビリをもう少ししたら“歩く、ただ歩く、ひたすら歩く、歩く為に歩く”
足にあった靴を履いてせっせと歩けば、足腰を鍛えるのは今からでも遅くないと言われました。
筋力は充分あるけれど、メタボ気味の主人を誘って一緒にテクテク歩きます。
怪我のお陰で2ヶ月半ゆっくり休めたし、足腰の鍛え方も教わったし、大収穫です。
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June 17, 2009
現行法(97年成立)では、「本人に脳死からの臓器提供の意思がある場合のみ脳死は“人の死”(それ以外は心臓死が人の死)」と定められています。
この定義でいくと“人の死”は、条件によってくるくる変わるものなのですね。
そんなバカなことが・・・と思っていたら、法的な整合性がとれるよう「死」を定義する、科学的な死の定義を今国会で決めようとしているようです。
政治家のお仕事は「法律」を作る事なのですから、政治家が「人の死を定義」するのは当然の事なのですが、それでもとても違和感を抱いています。
3年後の見直し規定が放置されて9年経つ現行法。
海外では臓器移植の実施が進んでいるのに、日本では臓器の提供数が増えない事。
世界的に臓器移植は自国での動きある事。
それで、何とかしなければと焦っているように私には見受けられるのです。
「脳死は人の死」と定めるかどうか、重い哲学的判断、生命倫理まで含まれる難しい問題だからこそ、なかなか議論が進まなかったのではないでしょうか。
それぞれの国に、医療制度の在り方、救急医療制度、医師への信頼、命のみとりの文化等の違いがあり、脳死移植への考え方に差が生じるのはいたし方ない事です。
日本には、心身を統合的にとらえようとする仏教的思想が土壌にあり、又、みとりの時間を大切にする文化的な背景もあります。
“死”を国会議員の専権事項にしてしまうのではなく、日本に根ざしている生死感に沿って、国民の選択が反映できるような法体系を整えてほしいと思っています。
朝日新聞の『臓器移植インタビュー』に国会議員で小児科医の阿部知子氏は
「国内でも子供の臓器提供を解禁すべきだとの声が出ていますが」の問いに
「『移植が必要』といわれる子供を減らすことの方が本質的に大事だ・・・本当のよりよい治療をすれば、移植を求める子供の数が大幅に減ると思う」と答えています。
そのことも含め、臓器移植法改正の採決をする前に、議論されるべき問題が山の様にありそうです。
でも何よりも私が感じている事は、物事を考えるには順序というものがあるのではないかと・・・
まず人の死とは、人間がどのような状態になった時をもって決めるのか。
脳死をもって“人の死”と定義する事に、国民が本当に納得できるのか。
そのような議論は、臓器移植に関係する人達を除いてなされた方がより公正なように感じます。
臓器移植についての議論はその後でなされて然るべきものではないかと・・・
その議論の中で、多くの人が納得できる日本型生命倫理を構築していく必要があるのではないでしょうか。
生命にかかわる重要法案が、充分な議論もなされないまま、会期末を控えた時に駆け込みで採決されてしまうことに、不安を禁じ得ません。
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June 08, 2009
日本でまさに“裁判員制度”が開始されようとするこの時期に菅家さん釈放、様々な問題を投げかけているように感じます。
「疑わしきは罰せず」刑事裁判の原則だそうです。
ラテン語の直訳は「疑わしきは被告人の利益に」とも言うそうです。
裁判員に選ばれたら肝に銘じておきたい言葉ですね。
完全な人間なんていません。
人間は故意、故意でなしにかかわらず、過ちを犯す可能性のある存在です。
不完全な人間が、人を裁く。
しかも裁判官のように学校で司法の勉強をしたことのない一般の人が、ある日突然、裁判員になるのです。
「疑わしきは罰せず」
それでは罪を犯した者が得をするとか、被害者の立場はどうなるのか、と思う方がいるかもしれません。
老子の言葉に「天網(てんもう)恢恢(かいかい)疎(そ)にして漏らさず」
“天の張る網は、広大で一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない。即ち天道は厳正で、悪事を行えば早晩必ず捕らえられ、天罰をこうむる”とあります。
日本でも一頃まではお年寄りが「お天道様(オテントウサマ)が見ているよ」とよく言っていたものです。
“人の目は、見える所でしか判断しないけど、お天道さまは、陰日向(かげひなた)なくすべて見透かしている。だから、悪いことはしてはいけない。必ずした事の報いは返ってくる”と。
何も法治国家を止めて、全てを天に任せましょう、と言っているわけではありません。
ただ人智を尽くして検証しても、それでも疑がわしい時、後は天に任せよう。
そんな思いに至った時、検察、弁護団、被害者、マスコミ等の誰の側にも巻き込まれず、正しい判断に少しでも近づけるかもしれないと、思ったりします。
罪を犯した人を、裁くのは当然のことです。
でもその過程で、冤罪を生み出すような事があっては決してなりません。
人間は全ての事に白黒をつけられる程完全ではない。
そして人間が研究したものは、DNA鑑定も含めて、可なり正確なのでしょうが、完璧ではないはずです。
「裁判員制度」“疑わしきは罰せず”“人間は完全ではない” この2の事を、常に頭に置きながら謙虚な姿勢で臨める環境が創られることを願っています。
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June 05, 2009
「北朝鮮のことは本当に人間の奢り高ぶりですね。地下であのような核実験をしたり、まさに地を汚すという事は、天地の理を狂わすわけであります。
今日の大雨を見て、神様が地を汚されて清めているように思えてなりません。
人間の奢り、自分の権力を示そうとする事が、まさに様々な障害を作ってしまいます。
・・・人間の奢りというのは怖いものです。地下で核実験をして、それによって大地に歪が起こる。起こった歪は、天にも地にも現われます。
人間の奢り高ぶりで起こした事が自然界の流れを変え、水の流れを変え、奢りによって世の中の動きを皆変えてしまいます。
どうすればいいのでしょうか。
祈る事です。お詫びをする事です。
何万分の一でも皆さんがお詫びをして、それこそこのような爆弾の実験をした人々の代わりに詫びをする。
祈るという事は凄い力なのですよ。与える事であります」
天命庵の親さまが“北の核実験”について、こんなお話をされました。
遅々として進まない拉致の問題、独裁者に虐げられている人々、私達の国の上空を飛んでいった自称人工衛星、そして核実験。
いつも『世界の大国が自国の利害ばかり考えているから解決できないのではないか』と苦々しく思っていました。
勿論一番愚かなのは北のトップですけれど・・・
韓国が融和政策を実施しても、国連が事あるごとに制裁決議を出して実行しても、何も変わらないと言うか、おかしくなる一方です。
どうでしょう、こんな時は、祈ってみたら・・・
各人が、それぞれの場で、時間のある時に“北の人々の人間らしい暮らしを、真っ当な政治が行われる事を、核爆発によって汚された自然が清められる事を”心を込めて祈ってみては・・・
祈りには一銭のお金も掛からないのです。
数分間、心を込めるエネルギー以外は何もいらないのです。
人間って不思議なもので、“ただ”だと効き目が無いような気がします。
お高いと如何にも効果がありそうな気分になります。
そうゆう方は変な宗教団体に騙されやすいのですよ。
自然に神に祈るのに、お金は掛かりません。
真心をお供えすれば良いのです。
手詰まりな時は、祈れる人は祈りを奉げる。
大切な事だと信じています。
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June 03, 2009
民主党・岡田幹事長がゲストのタウンミーティングに週末行ってきました。
“岡田幹事長来る”のチラシの折込みを我が自治会の有志で1万数千枚、引き受けました。
小沢元代表の辞任以来、チラシを受け取る人が1.5倍に増えたそうで、追加の緊急作業も請け負ったりしたので、チラシの効果を確かめておきたくもありまして・・・
地元候補者の中塚氏「党首が変わっただけでこんなに風向きが変わるのかと不思議で・・・今後風向がどう変わるか解らないので、気を引き締めていかなければ」と言いつつも嬉しいそうです。
会場は大勢の立ち見が出て満員御礼。
岡田氏の「皆さん!給付金受け取りましたか?」の問いかけで始まって
「間違っても受け取って「有り難う」なんて思わないで下さい。
あれは自分の払った税金が戻ってきただけなんです。
そもそも「国のお金」などというものは一銭もないんですよ。
国のお金とは、全部皆さんが払った税金、保険料、消費税なんです」
TVや新聞で知っている内容でしたが、直接聞くのはやはりいいですね。
まず、司会者、他の出演者、コマーシャル等に遮られないので話がアチコチ飛ばずに主張がしっかり聞ける事。
後半、質疑応答があったのですが、的を得た質問から、何が聞きたいのか???の質問までいろいろ出ました。
その日、県内を6ヶ所講演に廻った最後が我が地だったそうで、お疲れの様子の中、どんな質問にも几帳面に誠実に丁寧に対応しておられました。
生だと、お人柄がモロ見えます。
堅物とか融通が利かないとか耳にしますが、政治家にこうゆう筋の通った生真面目な方がいるのも良い事かもしれません。
余りにも今の政治家さん、融通が効き過ぎて、ご自分の主張がブレまくっていますもの。
何党でも良いのですが、お近くで政治家又は候補者の講演会があったら、是非顔を出してみて下さい。
国の、そして自分の、子供の、孫の未来を託して大丈夫かどうかを確かめに。
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May 31, 2009
北朝鮮、補正予算、インフルエンザ等など問題山積の中での、45分という短時間の党首討論。
それでも、鳩山氏、「友愛」について語られました。
抽象的との批判を気にしてか、三鷹の小学校の例を出して。
確かに超具体的な話だったのですが、それを国又は地方の政策として、どのよう実行してゆくか、国民に何をしてほしいかが、やっぱり見えてこないのです。
おっしゃりたい事、私にはとてもよく分かるのですが・・・
息子は生後6ヶ月から4歳半までロンドンで過ごしました。
1歳の検診は、お近くの古いレンガ造りの民家がにわか検診所になります。
赤ちゃんがハイハイしても大丈夫なようにぴかぴかに磨き上げられた床、子供達が裸でも寒くないように赤々と燃さかる石炭ストーブ、赤ちゃんのお世話してくれる人、育児相談に乗ってくれる人、全てボランティアの手によるものです。
片付けは全員で。
皆で安全を確認し、鍵を掛けて民家を後にしました。
その古い民家、折々の集会に使われていました。
息子の通った幼稚園は英国国教の教会、体育館位の大きさの半地下が平日9時から12時まで幼稚園になります。
朝、教会の倉庫から子供達の遊び道具を出して、にわか仕立ての幼稚園が出来上がり。
2才半から5才までの男女20人に先生4人。
30年前の事ですが、保育料は週15ポイント(日本円にして1,500円位)入学金なし。
そんな幼稚園がひっそりと所々にありました。
もちろん建物も庭もある、日本の程大きくはありませんが、幼稚園もありました。
ある日、先生一人と女の子の為に、お別れ会が開かれました。
先生と女の子は親子で、子供が小学校に上がるので、先生も本業の小学校の先生に戻る為です。
子供の成長に合わせて、仕事の内容も時間も選べる。
自分にとっても、社会にとっても、有益ですね。
当時の英国が理想的な社会だった等というつもりはサラサラありません。
ただ、身に丈に合った社会を築いているような気がしました。
新しい大きな箱物、近代的な設備等を求めないで、あるものを上手に活用する。
人材もボランティアから有償の人まで、上手に働いてもらう事によって、温かい人間関係のあると社会と大きな節税が出来ると思うのです。
さて『三鷹の小学校の話』を民主党の政策の中にどの様に生かし、私達国民にどのような形で「友愛社会」作りに参加して欲しいのか、見えてこないですね~
私はそこが知りたいのですけれど・・・
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May 26, 2009
ここ2ヶ月近く、巣篭もり状態が続いています。
先日、久し振りにご近所のデパートへ。
夕方6時過ぎると地下の駐車場に待たずに車を停められます。
駐車場から売り場へのエレベターの中で、営業時間を書いた張り紙を見て、仰天!
食料品売り場は7時半まで、他の階は6時半までと書いてあります。
今まで連日夜8時まで営業していたのですが「営業時間変更のお知らせ」とも「何時から」とも書いてありません。
紙が“ぱらっ”と貼ってあるだけ!
外商から、3日に開けず種々の催し物のダイレクトメールが送られてきます。
でも、一度も営業時間の変更なんてお知らせありませんでした。
ばったり会ったケアマネに「3階でどうしても買いたい物があるやけど、何時から変わったん?」と聞かれましたから、私が見逃したのではなさそうで・・・
何年前までだったでしょうか、デパートは週1日お休みがあり、夜も6時半か7時まででした。
コンビニも当初は“セブン・イレブン”の名の通り、朝7時から夜11時までの営業でした。
それが今や24時間営業、我家から歩ける範囲に7店舗もあります。
それでも成り立っているのは、需要があるということなのでしょうが・・・
欧米に長い間住んでいました。
宗教上の理由から日曜日(キリスト教の安息日)営業しているお店は殆んどありません。
教会へ礼拝に通う人は年々減っているようですが、日曜日の休業は変わっていません。
日曜日は、街中というか、国中がしっとりと落ち着いた静けさに包まれていました。
そのような静かな時を持つ事、心身共に必要ではないかと思います。
年中無休の業界は交代でお休みを取っているでしょうが、他の皆が働いている中で休むのと、社会全体が緩やかなお休みモードなのとでは気分的に全然違うでしょう・・・
この頃とみに感じるのですが、日本人って(簡単に一括りにしてはいけませんが)何か余裕がないですね。
社会全体に、ゆっくり落ち着いて物事を考える時間も気持ちのゆとりも無いような・・・
マスコミが煽ると「ワー」と一斉に同じ方向に流されていくのは、国民性もあるでしょうが、そんな事も一因ではないかと思います。
物質的には今ほど豊かでなくても、精神的にもう少し余裕のあった一昔前の普通の落ち着いた生活に、戻るのってどうでしょう?
ただその為に仕事を失う人達が出ないよう、社会の構造から変えてゆく事が必要ですけれど。
余りにも速さ、便利さ、快適さを求め、無駄が多い世の中で、デパートの営業時間短縮は良い事と受け止めています。
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May 21, 2009
民主党の党首選の当日、自治会の民主党の元議員さんの為に、我が家で一万枚のチラシの折込み作業をしていました。
党大会のTV中継はつけていたのですが、開票時には有志の皆さん作業に没頭していて、誰も党首選など気にしてない状況に・・・
ああゆう、単純作業は嵌まるのです。
それと、元議員さんは支援しているけれど、民主党の支持者かと言うと???という方が
多いようで・・・
一万枚のチラシ、月末にご近所で開かれるタウンミーティングに岡田氏がゲストとしてみえるお知らせです。
岡田氏のタイトルが副代表と印刷されています。
もし岡田氏が代表になったら、このままでポスティングはまずいのではないかな?などと考えながら、作業をしていました。
私は因みにどちらかといえば鳩山氏、彼の掲げている「友愛」の言葉に関心があったものですから・・・
代表に選ばれた翌日、田原氏のサンデー・モ-ニングに出演し、「友愛」について説明をしておられるのを聞いて全然何を言いたいのかが伝わってこず、正直がっかりというか、歯痒い思いを抱きました。
ゲストのお一人が、“鳩山氏の考え方を、自分は北欧の福祉社会を研究しているので良く解る・・・”とコメントしていました。
私も僭越ですが、多分氏が「友愛」と言う言葉を通して伝えたいであろう事がわかるような気がするのです。
でもそれを一部の人だけにではなく、国民が理解できるような言葉で説明できなければ、ただ単に“抽象的な理念をうたう”だけになってしまいます。
はなはだ勝手な私の思いなのですが、
「お金儲けの為なら手段を選ばす、自分さえよければ何をしてもよい、そんな雰囲気が蔓延している今の社会を変える。相手を思いやる心、自分の出来る事で互いが助け合い、支えあう社会を創り、極端な格差を無くす、それが愛のある社会」位の事を言ってほしかったのですが・・・
今の世の中に、宗教がらみではなく“愛”という言葉が出てくる事をとても素敵な事だと思っています。
期待していただけに『ひょっとしたら鳩山氏、小沢氏と同じ位ご自分の思いを言葉にするのが下手な方なのかも・・・』と思った程。
27日に党首討論会があるようです。
その時には、皆に分かるように説明してほしいですね。
毎日我家の前を通られる元議員さん、学生時代に比叡山でボランティアをし、延暦寺の大阿閣梨から教えを受けた方です。
「友愛」どの様に受け止めておられるのか、是非聞いてみなくては!
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May 14, 2009
“お花屋さんが開店、ご町内が華やかになりました”(4月15日)の記事で書いたお店です。
お若いご夫婦、見事なまでに商売上手です。
銀行員だった主人が見ていて勉強になる、と感心する程。
お店が綺麗で、ディスプレイが上手で、広々していて、入り易い。
お向かいのデニーズでお食事したオバ様達が「あら、お花屋さん」と吸い込まれるように店先のお花を見に行きます。
そして、可愛い紙に包まれた花束を抱えて出てきます。
買わなくては損!
そんな気持ちにさせてしまうお値段。
でも“安かろう、悪かろう”ではないのです。
その証拠にリピーターが多いのです。
主人の同窓生が「家内がはまってしまって、お宅の近くの花屋に毎日自転車で通っているよ」と言う位
花屋さんに毎日?
日替わりで、いえ午前と午後で、お買得で並んでいる花が違うのです。
スイトピー50本、ガーべラ50本、スプレー・カーネイション50等の切花が各399円
インパチエス、ベコニア、マリーゴールド等、苗は1株69円
お安くて品質が良い。
今お庭で咲き誇っているインパチエス、例年40株求めるのですが、ここのなら30株で充分だったみたいです。
1つ1つの株の形が整っていて、根がしっかり、蕾が一杯、それで1株68円。
お値段も安いけれど、今までにこんな良質な株に出会ったことがありません。
夕方になると宅急便が、発送用のお花が入った大小の箱を取りにきています。
当然の事ながら“お買い得品”だけが売れているわけではありません。
「年中無休で、大変じゃない?」と聞いたら
ひまわりのような奥様「なま物だから、休むと無駄が出て・・・花に囲まれていた方が楽なんです」
お好きなんでしょうね。
いつも笑顔で喜々と、そして身を粉にして働いておられる感じ。
父のお見舞いのお花をラッピングする間、幾らもう足は「大丈夫」といっても「座っていてください」とイスを用意してくれます。
「お年を召した方が買いに来てくれるので、お店の前にベンチをおこうかと考えているんですよ。皆さんお店の前で、長話しておられるのでゆっくりして頂くのに・・・」
お若いのに、そうゆう細かい心遣いが出来るご夫婦なのです。
お人柄、お値段、良質、買い易い、これだけ揃えば繁盛しますよね。
「お店が落ち着いたら、自治会の行事に参加させてもらいます」とお夫婦で言われています。
是非、どうゆうスタンスでお商売をしておられるのか、聞いてみたいですね。
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May 12, 2009
足の靭帯損傷で、ゆっくりお休みする時間を頂いたようなのですが、性格ですね~
この連休には、お庭に色とりどりのインパチエスの花を40株植えて、“花さかおばさん”を満喫。
整骨院の先生には「口と手はいくら動かしてもいいけれど、足は使わないで下さい」と釘を刺されていましたれど・・・
ちょっとおかしいかな?と感じるとすぐガッチリとテーピングした足をアイスノンで冷やしています。
怪我とは無縁で生きてきたので、“何となく体は冷やさない方が良い”と勝手に思っていましたが、“冷やす”って凄い効果があるのですね。
自治会の役員さんで1ヶ月以上帯状疱疹を患っている方がいます。
皮膚科から市民病院に紹介されて、ペインクリニックに行く程ではないと言われ、お薬が処方されたそうですが、お会いする度に“痛たそう~”でお気の毒でした。
それが、私の行っている鍼灸整骨院にいったら「数時間で痛みが取れて楽になった」と自治会の集まりでとうとうと話されるのです。
主人等は「そんなバカな!整骨院で帯状疱疹が治るわけがない」と端から信じなくて、みんなで喧々諤々、興味津津。
それで、毎日通院している私が代表で先生に「どおして???」と聞いてみました。
理由は2つ
1つは、「病院で診察を受けている方にしかしませんけれど」と前置きした後で、上帯状疱疹の痛みは、興奮している部分の神経を鎮める治療をすると楽になるそうな・・・
もう1つは、幹部を冷やすようにしたからだそうです。(先生ははっきり言わなかったのですが、役員さん他の整骨院で「暖めなさい」と言われて可なり暖めていたそうな・・・)
「冷やすのと暖めるのとで、そんなに違うのですか?」と聞いてみたら「全然違います」との事。
冷やすのか・暖めるのか?迷った時は、まず冷やす事。
冷やして悪くなる事は殆んど無い。
せいぜいだるくなる位。
でも暖めてはいけない幹部を暖めると、炎症を起こしたり、熱が出たり、腫れる等、悪化する事があるとの事。
家庭で処置する時は、まず冷やして様子をみるのが一番と言われました。
急な時慌てずに済む、良い事を教えてもらいました。
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May 05, 2009
「今、世の中は慌ただしい。
忙しくて誠に騒がしく、物事がとても速いスピードで動いています。
こうゆう時は、イライラする方が増えますね。
どうやったらこのイライラした心を静める事ができるでしょうか?
呼吸を整える事です。
呼吸を整える事が、一番早く気持ちを整える方法です。
気がイライラした時、又とてもカッカした時、「鼻からスーツと静かに吸い込んで、口からなれべく長くゆっくりと静かに吐き出す」
呼吸を整える事。
人はイライラするから、また忙しくなるから、いらないことを人に言うようになるのです。
カッカしているから気が整わない。
息の気が行き渡っていないから、さまざまに悩み、さまざまに問題を起こすのです。
これを逆に、息を吸って“はっ”と出す。
浅く忙しく息をすると、イライラするわけです。
皆さんがイライラしている時の呼吸は、競馬場の馬がスタートの所に立って、ハッハッと息を荒く出しているようなもの。
そういう状態は喧嘩をしている状態と同じです。
常に呼吸を整えることに気を付ける事。
呼吸を整えると、体の気の巡りが良くなって、病気も消えていきます。
健康になりたい方は、常に呼吸を整える事です。
呼吸を整えて物事を成すこと。これがとても大切です。
呼吸を整えて物を成す人は、わりと失敗しても早く整える事が出来るわけです。
しかし気が落ち着かない方というのは、なかなか取り戻せない。
まず呼吸を整えること。そうするとさまざまな障害を変えていく事ができます」
天命庵の親様の教えのテープを整理していますが、どれを聞いても病気の話しが耳に入ってきます。
今、必要なお話だからでしょうね
動けなくてじっとしている時間が多いので、呼吸が浅いな~と自分でも感じています。
深呼吸!
深呼吸!
深呼吸をすると確かに気持ち良いですよ!
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April 26, 2009
「どうやって病気から抜ける事ができるかというと、与える事をすればよい。
例えば病気になったら、神様が“人に与えなさい”と教えてくれているのだと考えればいいのです。
神様の与えなさいは、お金や物ではありません。
心を与えなさいという事です。
“お人の為に何かさせて頂きたい”その心(気持ち)が与えるという事。
人は病気になると、自分の家族や身近な人を随分責める事が多くなります。
病気になるとついつい責める言葉が口から出てしまう。
責める言葉が多くなると、どんどん病状が悪くなっていきますよ。
優しいい言葉、丸い言葉。
丸い言葉が、実は“薬”なんです。
だから病気になったら、これは難しい、いろんな事を考えたり、不安になったりして、なかなか丸い言葉って言い辛いかもしれない。
でもその言い辛い言葉を出すようになると、段々心がほどけてくる。
優しくしなさい。優しい言葉をかけるんですよ。
自分が大変な時ほど優しい言葉、与える言葉をしっかりと掛けると自然に病気も良くなっていきます」
捻挫で動けないので、天命庵の親様のテープを整理しながら聴いていて“ドキッ”
今回は動けない以外は、体調も良く口も元気で、始終口が滑っておりますから。
「丸い言葉???」そんなお話し伺った事あったっけ~~~
“神様の教え”を学んでおります、なんて言っても、その程度なのですが・・・
「捻挫で思うように動けない」と知人に言うと、「介護で忙しかったから休みなさいと言う事よ」と判で押したように言われます。
私としては忙しい間にたまった家事をブルトウザーのような勢いで片付けたい心境なのです。
その辺の焦りが、まん丸のお月様のような言葉より、五個の角のあるキラキラ星の言葉となって、思わず出ているような・・・
「病気をした方が、それを機会にとっても優しい人になる。病気をした事も、素敵な事になるのですよ」
ちょっと休養して、丸い言葉を心の中で育てる良い機会のようです。
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April 23, 2009
ご町内の民主党の元議員さん、悪いことに?“一新会”のメンバーです。
彼の事務所と駐車場の中間に我家がありまして、始終前を通られるのですが、小沢氏の事件の後心なしか元気がないような・・・
京大の金属工学科卒、ご専門通りお堅くて真面目、浪人中の4年間コツコツと地道に政治活動を続けておられました。
見る方は見ているのですね。
事件の後、ご挨拶に行くと『党はどこでも良い。党首も誰でも良い。でもあなたに当選して欲しい』と言って下さるそうです。
自治会で彼を応援している人達も同じ思いのようです。
いつものセリフですが“人間、最後はお人柄”ですね。
主人は頼まれて選対の幹事長を引き受けています。
先日、自治会の“防犯パトロール”の後、庭の藤棚の下で飲み会をするというので準備をしていたら、若い秘書さんが現れて「チラシの折込みをお願いしたいのですが・・・」と申し訳なさそうに・・・
「何時までですか?」と聞くと
「急な話で申し訳ないのですが、明日の午後3時頃までに・・・」
「何枚位?」
「5千部なんですが・・・」
一瞬、これは夜なべかな?と思いましたね。
翌朝9時過ぎ、チラシが運びこまれました。
飲み会の時、ご協力願える方を募ったら急な話だったので5名。
そして唯一の女性の私。
5,000枚といっても、6人集まれば一人800枚ちょっとですから、2時間程で無事完了。
「お手伝いする事があったら、いつでも言って下さい」と秘書さんに伝えてあるのですが、この“悩ましい捻挫”を何とかしないと・・・
総選挙、何時なんでしょうね!
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April 15, 2009
「お店を出す事になりましたので、ご挨拶に伺いました」と若いご夫婦が見えました。
「何のお店なの?」
「花屋です」
「どちらに?」
指差された先は、10メートル先の12階建てワンルームマンションの1階店舗。
建ってから1年間、空いたままになっていました。
2店舗あって、1店15坪程でお家賃40万。
出来れば2店舗一括で、飲食店は不可との条件を耳にしていました。
まさか一括では、と思って聞いてみたら「一括でないとダメと言われるので・・・」
おばさんの眼は点に。
余計な事ながら、お花屋さんでそんな家賃払って、採算取れるの?と本心聞きたかったですね。
元気のある若者をみるのは嬉しい。
でも近所に、花屋さんとお花を売ってる店が計4軒。
そして、このご時勢、可なり無謀では・・・
週末に自治会の集まりがあったので、主人がご夫婦を「時間があったら、顔見世にどうぞ」とお誘いして皆さんにご紹介。
ついでに小児科の先生から、医院の前の大きな花壇の花植えの仕事をゲット。
夫は可なりの世話好きです。
渋紙色に日焼けしたご主人はサーファーらしく、若い奥さんはひまわりのように明るく伸びやかな感じ。
オープニングの日は、ご当人達が「こんなにお客様が来てくださるとは思わなかった」といわれる程の大賑わいで、行列ができていました。
その中でご夫婦の対応が手早くそして穏やかでお見事。
ひまわりさんが、渋紙君をそっと立てていて、いい感じ。
お花の値段が手頃と言うか、メチャクチャお安い。
切花一包み、鉢物一鉢が数百円なのです。
今日は店頭に色とりどりのスイトピーが並び、飛ぶように売れていました。
御夫婦のお人柄とあのお値段で、お店が上手くいくよう応援しています。
お人柄って本当に大切ですね。
“シャッター通り”まではいかないものの、活気がなかった我が銀座通りが、ご夫婦のお陰で見違えるように華やかになりました。
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April 12, 2009
「痛いのよね。なかなか治らなくて3ヶ月もかかったわ。」ご近所のおばさま。
「私も、3年前に足首を捻挫したけれど、今でも違和感があって・・・最も、家ではギブスを外して動いたりしていたからかもしれませんけれど・・・」内科の予約のキャンセルを入れた受付の方。
「痛いでしょう~僕も学生の時、靭帯が伸びて治らなくて、1年以上松葉杖を付いてました」民主党の元国会議員さん。
意外と捻挫した事のある方多いですね。
でも、すんなり直った話しを聞かないのです。
接骨院の先生「捻挫は悩ましい病気で・・・骨折だとギブスで固めてしまうから、諦めがついて大人しくてくれるのですが、捻挫はどうしても動いてしまうので治りが悪くて・・・」
怪我とは無縁で生きて私は『そんなものなのかな~』と思いながら聞いていたのですが、
“悩ましい・・・”の意味が段々読めてきました。
初めての怪我で不安だったのと怖がりなので、優等生みたいに大人しく暮らしていました。
「こんな酷い捻挫は1年に1人か2人しか診ない」と言われていたのに、処置が早かった事と、治療がお上手だったせいか、痛みもなく順調に回復。
ところが、1週間後、雨戸を閉める為にべットに乗った拍子にバランスを崩して倒れこみ、微かに捻った感じに。
人間の体は実に正直ですね。
微かな捻りも見逃さず、新しい内出血が小さく出来ていました。
「べットの上で骨折して動けなくなるお年より結構いるんですよ」と先生
「ほんとですか~」
「硬い所よりも柔らかい所の方が転びやすいんです」
「してしまったものはしょうがない。直しましょう」ときっぱり。
先生、お若いから切り替えが早い。
2週間でギブスをとって、連休までにはリハビリを終えて出歩けるように、と治療計画を立てておられたようですが、現在微妙な状況に・・・
捻挫は本当に悩ましい。
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April 08, 2009
足の甲から踵まで綺麗な紫色に内出血した足を浸けないように、そーっと湯舟に沈んだ時に、何故か口から突いて出た言葉。
生きてなければお風呂に入れるわけないのですから、当然の事なのですが・・・
でもそれが実感でした。
見るも無残な内出血の割には、痛みも腫れも殆んど無く、ただ動く時に右足に体重を掛けないようにするのが大変。
なまじ痛みが無いだけに“お掃除がしたいよ~”とか、思うように動けない事へのストレスが溜まってきます。
そんな時、最高の援軍(以前来てくれていたお掃除のプロの女性)が現れ、手際よく、家中をきれ~いに片付けてくれました。
有難かった!
子供の頃から体力のある方ではありませんでした。
でも両親の世話を始めだして、だんだん体調が整い随分丈夫になった気がします。
20年来の友のケアマネイジャー「あんたが親の介護をするとは思わなかった。それも二人も・・どちらかといえば、あんたの方が介護されるタイプだったじゃないの・・・」といつも言います。
でも、親の介護をしている間は、大きな病気にならないという自信というか確信がありました。
人の役に立っている間は大丈夫みたいな・・・
“人の役に”等と言うと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
今の世の中の在り方に対して『忘れている人が多いけれど、社会とは本来、皆で支えあうもの』と言った方があります。
『忘れている人が多いけれど、家族とは本来、助け合うもの』でもあると思います。
でも無理はいけませんね。
介護は如何しても歳を取ってから、体に余り無理が利かなくなる年代になってからすることになりますから。
自然の流れで父が長期入院する事になりました。
でも、私のどこかに割り切れない思いがあり、その辺に捻挫で動けない理由がありそうです。
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April 04, 2009
“クリスマス時のお菓子の入った長靴”みたいな足に男物のサンダルをつっ掛けて、雨傘を杖代わりに、父の面会に行ってきました。
老人病院なので、おばさんの傷病兵みたいなのは、目立つ事、目立つ事。
お会いする看護婦さん達に「どうなさったの?」と聞かれ、怪我の説明をする為に行ったみたいでした。
物静かで余り表情を表に出さない感じの院長先生、ビックリして目をまん丸に。
病状が落ち着いたら、介護病棟に移って様子を見る事になっていたので「父、どんな具合でしょうか?」と尋ねると。
「時々誤嚥をするのと、微熱が出ているので今のまま一般病棟の個室でいいですか?」との事。
「勿論、結構です。ただ、食事が“ナース介助”でお手数をお掛けているのではないかと・・・申し訳なくて・・・」と答えると、
『看護士達に「お父さん“可愛い”」と人気がありまして、今の所、大変だとの苦情は上がってきてないので大丈夫ですよ」と言われるのです。
片足立ちのような不安定な状態でなければ「父が“可愛い”のですか~~~」と突っ込む所ですが、その余裕はなかったですね、残念!
歳を取ると子供に返ると言います。
皆、可愛くなるのかもしれません。
娘の私にはよく解らないのですが、そう言えば、ディ・サービス、ショート・ステイとお世話になる先々で、
「笑顔に元気を貰っています」
「いつもニコニコ対応して頂いてます」
「人気者なんですよ」と云って貰ってましたっけ・・・
家に来てくれるヘルパーさん達も、年配の方はは遠慮がちに「お父さま、可愛い方ですね」
若いヘルパーさんはストレートに「可愛くて大好きなんです」と・・・
父の耳元で「お父さん、看護婦さん達に人気があるんですって。良かったね」と囁くと
「くふっ」と、とても嬉しそうに小さく笑いました。
今まで、娘として親を褒めて頂くのはとても嬉しい半面、使い過ぎるほど気を使う人なので、その歳になってまで、そんなに無理をしなくてもいいのにと思っていました。
でもそのお陰で、皆さんに快くお世話して頂けているのですね。
息遣いから、決して楽な体調だとは思えないのですが、とても穏やかないい顔をしています。
介護をしていて、父の笑顔、心遣い、我慢強さに改めて気が付きました。
亡くなった母の体が弱かった事もあって、若い時から両親を支えてきました。
それで可なり早い時期に『精神的には親を越したな』と勝手に思っていたのですが、そんなに甘くは無かったような・・・
私にはあの我慢強さはありません。
さすが、戦争を生きて抜いてきた大正生まれ、親ながら立派です。
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April 01, 2009
フィットネス・ジムの入会手続きを終え帰り際、出口の階段で、ものの見事に転倒。
両親の介護で中断していたジムを再開しようと思い立ったのは、平地は凄い勢いで歩けるのですが、階段の下りが危なっかしくて、足腰の衰えを感じたからです。
鍛えるなら年齢的に最終段階、今しかないと思ったのですが、すでに遅かったのかも・・・
実はその日の午前中、ジムに入会する前にと、ご近所の鍼灸整骨院で外反母趾を診てもらいました。
入り口に外反母趾の治療の写真が貼ってあって、半年前から気になっていたのですが介護でバタバタしていて行きそびれていたのです。
診断は“年と運動不足の両方から筋肉が落ちて外反母趾になりかかっているので、少し運動した方が・・・”との事。
早速午後から、もっと運動した方がいい主人と二人で、再入会に行きました。
ジムの出入口はかなり急な階段が20数段。
面倒な手続きを終え、主人に「年とったらこの階段は危ないよね」と言いながら一段一段慎重に降りきった後、道路とのわずかな段差で転倒。
入会して数分後には運動はおろか主人に支えてもらって歩くのがやっとの、アンラッキーな状態に。
お医者さんは皆、お昼休みの時間帯、3時間前に始めて掛かった整骨院が帰り道の途中だったので、前から携帯を掛けて「転んだのですが・・・」と、言うと、先生が慌てて治療室を開けて診てくれました。
足に手早くシップをしてアイスノンで冷やしながら、骨折を調べ「ひどく転んだでしょう。下手に庇っていたら、骨折していたかも・・・」と。
運動神経ゼロなので、何とも無防備にそのまんま道路に“バタン”と倒れたのが幸いしたようで、これはラッキー。
「可なり酷い捻挫。内出血と腫れが始まっているからしっかり固定してしまいます」と、
薄い白い網の様な物がギブスのように捻挫した部分をぴたっとガード。
今時は便利な物があるのですね、と可なりの痛さも忘れて感心。
3時間前に始めて掛かった先生にお昼休みに飛び込んで診て貰えて、お見立ても、治療の腕も良さ気で、超ラッキーと感謝。
杖とサンダルをお借りして、帰宅した時は、当分普通の生活は無理かな?と思いました。
でも夕方には、痛みも可なり治まり、家の中はほぼ普通に歩け、階段も何とか上がれるようになりました。
治療が早かったお陰です。本当にラッキー。
思いがけない怪我をしても“ラッキー”と思えるのは、幸せです。
そして、半年間も気になりつつ行かなかった整骨院に、どうして転ぶ日に行ったんのだろう、と思う時、そこに偶然以上の大きなものを感じるのです。
守られていると・・・
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March 22, 2009
日経プラスワン(21日)に載っていた記事です。
6人を実感するかどうかはおいておいても「世間は狭い」と感じるような経験をした事は誰にでもあるのでは?
「世界はたった6人の知人でつながっている」実はこれ、「6次の隔たり」と呼ばれるれっきとした数学の理論だそうです。うわさの伝わり方やウイルス感染を考えるのにも応用されているとか。
大規模な実証実験が何度も行われ『数百人を無作為に選び、面識のない特定の人物に手紙を届けるのに何人の知人を介せばよいかを実験したところ、6人以内で多くが目標にたどりつき、平均が5.5人。また電子メールを使った実験でも、6人程度で世界各地の目標の相手に届く』ことが確認されたそうです。
「人は人と出会いながら人脈を築く。その鎖をうまくたどれば、世界に約六十六億人いる人間が六人(仲介者は五人)でつながる」と実証されているそうです。
“その鎖をうまくたどれば”がミソかもしれませんね。
規則的でもバラバラでもない構造が、顔が広い有名人らが「ハブ」として機能することによって、意外なほど短い経路でつながるのだそうです。
先月の父の入院の時“世間は狭い、意外なところで人は繫がっている”と感じたばかりなので「ホー」と思いながら読みました。
40年前、父がニューヨークで仕事をしていた時の部下の方、帰国後、鎌倉で住まいがお近くでした。
数年前、母が入院した時、お見舞いに見えて「この病院の理事長と親しいので、何かあったら何時でも・・・」
それで、今回父の入院の手配をお願いしました。
病院へ連れて行くと、部下の方と理事長さんが待っていてくださり、主人と私とご挨拶の後、4人で世間話を。
部下の方と理事長さんが同窓と聞いて、主人「失礼ですが、どちらの高校ですか?」
3人とも湘南高校と分かりびっくり、主人は大分後輩ですけれど。
その上、湘南の校長をしていた主人の父をご存知だったりして、病院の検査室の前で、共通の先生、知人の昔話をなっかしそうにひっそりと。
主人曰く「湘南卒の匂いがした」そうな・・・
両親の介護を始めて、それまでと違う世界の人々と接する中で、意外な人との繫がりを発見する事があり「世界はたった6人の知人でつながっている」本当かも、と感じています。
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March 20, 2009
父の急激な衰えに戸惑っています。
入院初日、院長先生から検査結果と治療に付いて丁寧な説明を受けた後、「今の状態では寝たきりになられますが、どうなさるおつもりですか?ご自宅で面倒を看られるのは大変だと思いますが・・・」
そ、そ、そ、そんな事、いきなり言われても・・・と思いながら
「数日前まで、転倒を繰り返しながらも、なんとか普通に暮らしておりましたので特にどうしようとは考えていませんでした。誤嚥性肺炎が治った時点で今後の事は考えたいと思います」と答えてから、後ろで一緒に説明を聞いてくれていた主人に同意を求め、その話は保留に。
今年に入ってからの度重なる転倒で、もう歩く事が無理なのはわかっていました。
でも、今回の病状が誤嚥性肺炎によるものなら、自力で歩けなくても、意思の疎通がそこそこできて、柔らかい食事でも取れれば、自宅でそれなりの生活が送れる可能性はあるのではと、何となく考えていました。
院長先生はお若い方で、多分40代後半かな・・・
彼は、その病院の4代目さん。
でもさすが老人病院の院長をしておられるだけの事はあり、父の先を見越しておられたようです。
誤嚥性肺炎が治っても、嚥下力は回復せず、今はミキサー食に。
それでも飲み込むのが難しく、べッドの上に「食事、ナース介助」の札が1ヵ月半、掛かったままです。
院長先生に「看護婦が付きっ切りで食事の介助をしていますが、それでも誤嚥をしないという保障はありません」といわれています。
今日も面会に行った時「いつ誤嚥性肺炎をおこしてもおかしくない状態です・・・」と、その後に、院長先生が何を言いたいか、だいたい察しがついています。
我家の主治医からもケアマネージャーからも、今はどの病院も歳に関係なく誤嚥性肺炎になると、直ぐ“胃楼”にすると聞いてますから。
母の時も“胃楼”の話はありました。
でも何せ体重が20数キロの母には、医師も強いて勧める事はなく“一様説明しておきます”みたいな感じでした。
主治医もケア・マネージャーも「個人的な意見だけれど」と断った上で「“胃楼”は賛成しない」と言われます。
それでもこの辺の殆んどの病院は“胃楼”を勧めるそうです。
姉達に「“胃楼”どうするかよく考えてみて」と電話で伝えました。
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March 15, 2009
連日の不況報道、どこもかしこも「景気が悪い」「不況」「100年に一度の不景気」という言葉で溢れかえっています。
天命庵の親様が「どうしてこの様に景気が悪くなるかというと、皆が『景気が悪い、景気が悪い』と言うから、景気が悪くなるのです」と言われました。
聖書のヨハネによる福音書は「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は始に神と共ににあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった・・・」と、続きます。
皆が「景気が悪い」と思い、それを口に出し言う。
だから、皆の思っている通り、皆の言葉通り、世の中は「不景気」なのです。
何にも不思議ではありません。
当たり前のことです。
ではどうすれば良いのでしょう。
経営の神様といわれた故松下幸之助氏は「不況は天然現象ではない。我々が人為的に作ったものです。人為で作られたものは必ず人為で克服することができる」と言われたそうです。
そして「行き詰まっても行き詰まっていない、と考えなさい」「気持ちまで不況になるな」とも・・
日本は今までにもっともっとひどい時期を乗り越えてきまたはずです。
それらの時と今と何が違うのでしょう。
テレビやさまざまなメディアが、絶え間なく「不況だ。危機だ。倒産だ。人員整理だ。」と悲観論を振りまいています。
次々とそして繰り返し悪い情報ばかり流されると、人間って思考が止まってしまうのではないでしょうか。
うまくいかないのは不況のせいと全てを責任転嫁したとたん、自分で何とかしようという
気が萎えてしまいます。
「経済は人の心の関数」と言った方があります。
今、人の気持ちが完全に不況に飲み込まれています。
日本語は凄い言葉ですね。
「景気」という言葉の中にちゃんと「気」という言葉がはいっていますもの。
景気を良くするも、悪くするも気持次第。
『皆が「景気は良くなる、景気は良くなる。有難い、有難い」といえば、世の中は有難い世の中になります』と天命庵の親様は言われました。
(この景気が良くなる、とはバブルのような異常な好景気の事ではなく、まっとうな経済社会になる事です。念の為)
そんな簡単な事で!と思いますか?
でもそうなのです。
それが言霊の力であり、聖書に書かれている「・・・すべてのものは、これ(言葉)によってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった・・・」の意味でもあるのです。
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February 22, 2009
父の緊急入院の手続で院内をバタバタしてる間に、メガネを失くしてしまいました。
視力は裸眼で両目共2.0。
軽い乱視と紫外線よけの薄い色がついた、殆んど素通しのようなメガネです。
ただし、この季節は花粉除けに重宝していました。
大分前に作ったので、眼科へ検眼に。
眼球の中を覗き込みながら先生曰く「よく見える目だね~。何でも見えるでしょう?この眼なら100年は充分もつな~」
『そんなに長生きするつもりないんですけれど・・・それよりもパソコンを長時間しても疲れない眼がほしいんだけどな~』と心の中で・・・
何しろこの先生には「狩猟民族の目で、手先でコチョコチョする農耕民族の目ではない。パソコンなんて疲れる為にやるようなもの」と言われていますので・・・
「お父さん幾つ?」
「95歳です」
「子は親より10歳長生きするというから、アンタは105歳か・・この眼なら大丈夫だ」
『先生、父は未だ生きております。それに目は100年持つと保証して頂いても、他の臓器の都合もありますし・・・』と心の中で・・・
マア、何はともあれ、よき目を頂いて感謝ですけれど。
大分昔から花粉症で、耳鼻科で診断してもらい目薬を含む薬一式を処方してもらいました。
今は内科で貰っています。
眼科で診てもらうよい機会と思い「花粉症の目薬余り効かないんですけど・・・」と言うと、
「薬を差す前に眼を洗わないと意味が無いんだよ」と言いながら私の目に薬を2滴。
差すと同時に、目頭と目尻に溢れた液を指で目の外へ拭い去る。
その素早い事、何が起こったのかと思う位。
「もたもたしていたら、花粉が目の中へ逆流してしまう」
目薬にも、効く差し方があるのです。
でも「先生お化粧が・・・」
きっぱりと「諦めてください。どっちを取るかだな?」だそうです。
内科だと0.01%とか0.025%の点眼薬が多いそうですが、今回眼科で処方されたのは0.05%。
これで効かなかったら、まだがいろいろあるけれど、強いのは副作用もあるから、との事。
やはり“餅屋は餅屋”
たかが花粉症の目薬と思うこと無かれ。
より取り見取りという感じでサンプルが並んでいました。
お陰で目の不愉快なのがスッきり治りました。
古いメガネを失くした効用は大きかったようです。
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February 20, 2009
父の病状が少し落ち着いたら、私と主人が次々にダウン。
それも間の悪い事に、二人とも休日の夜に具合が悪くなり、母が散々ご迷惑を掛けた主治医に、私達までもお騒がせする事になってしまいました。
私は土曜日の夜中から“ひょっとするとインフルエンザかも?”という感じに・・・
何しろ毎日病院に通っていましたから、うっても全然おかしくないわけで・・・
勿論マスクで武装して行くのですが、人と話す時はお相手に失礼なような気がして、顎にずらしてしまいます。
『マスクの意味がないな~』と思いながら、皆が“顎にマスク状態”でインフルエンザの真っ只中に。
日曜の朝まで待って、主治医に電話。
「来れそう?来てくだされば診察しますよ」と快く診てくださり、検査結果は陰性。
風邪と疲労という事で“ほっ”と一安心、5日間寝こけました。
私が全快した土曜の夜、今度は主人の様子がおかしいのです。
頑強で病気慣れしていないせいか、上手く自分の不調を説明できない不思議な人でして。
人の体調に異様に敏感な私は『これはまずい』
土曜の夜、人様の家に電話を掛ける限界の9時まで様子を見ていて、主治医の携帯に電話をしてご相談。
指示どうり、一晩様子をみていたら、落ち着いてきました。
でも、主治医に相談できなかったら、一瞬、救急車を呼ぼうかと思いました。
日曜の朝、「落ち着きましたか?」と先生から先にお電話を頂いて恐縮。
先生とは、両親が我家に来てからのお付き合い、3年ちょっとになります。
いつもなかなか出来る事ではないな~と思いながら、お仕事ぶりを拝見しています。
休診日と土曜の午後は往診。
平日も急患がいると、お昼休みとか診察時間の後に往診に来てくれます。
お休みは日曜だけ、お正月もお盆も、急な時はいつでも実に気楽に診てくれます。
私の子供の頃は、お医者様は皆、こんな感じでした。
でも今は、診療時間以外は連絡の取れない医師が圧倒的に多い時代。
開業医の時間外診療や往診を、個人の善意に頼るのではなく、きちっと制度化して優遇するとか、月数回でも義務化する事はできないものでしょうか。
そうすれば、病院も本当の急患の対応に専念する事が出来るし、救急車の利用も押えられると思うのですが・・・
お近くにこうゆう医師がいてくれる安心感、何ものにも代えがたいものがあります。
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February 05, 2009
日曜日の夜、父が38度の発熱。
毎夜、父の部屋に定期的に様子を見に行っていました。
私、人の体調の変化に異様に敏感です。
高齢者介護も2人目となると流石の私も慌てず騒がず“冷えピタッ”を張って一晩様子を見る余裕が出てきました。
朝、熱は下がったのですが、明らかに様子がおかしくて、ヘルパーさんも「どうしたのかしら・・・」と首をかしげるので、主治医に携帯で連絡をとりました。
昨夜からの経過を報告すると、女医さん「それはすぐ入院した方が・・・救急車を呼んでね」
「お熱は下がったのですけれど・・・」と私。
「お父さまはご高齢だから、急激に悪化する事があるので入院して病院にお任せしましょう。香川さん、その間少し休んだ方がいいし・・・」との返事。
予期せぬ返答に頭の中が混乱。
それでも、度々転倒したのに病院に連れていく事ができずにいたので、診て頂くいい機会かも、と入院に関しては納得。
しかし、幾ら高齢でも微熱で救急車を呼ぶのは可なりの抵抗を感じまして・・・
母で3回呼んでいるので、4度目の同乗は避けたいとの思いもありましたし・・・
まず、NY時代の父の部下の方が、母がお世話になった病院に知人がおられた事を思い出して早速連絡。
「主治医の紹介状を持参するので、個室が空いていたら入院させてほしい旨」頼んで頂くようお願い。
その間に、主人が“地”の人でそこいらに知り合いがいるので、午前中に民間の寝台車を手配できるか、当たってもらって、私は入院の準備。
主人が主治医の所へ、紹介状を頂きに行ってくれ「救急車で寝かせて連れて行くように」と念を押されて戻ってきました。
病院と、民間の寝台車の手配が“あっ”という間に完了。
やっぱり神様のお陰かな・・・
救急車ではないけれど、確かに父を寝かせて入院先へ連れて行きました。
2時間の検査の結果、どこも骨折はないという事でほっ。
でも誤嚥性肺炎と、もう少し検査の必要な病気の疑いがあるとの事で、退院の予定は未定の入院になりました。
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February 02, 2009
94歳の父、今年に入って4回の転倒。
“転び上手”とヘルパーさん達に言われていますが、そういつも上手にとはいきません。
3度目の転倒で可なり痛そうなので、整形外科に代診に行ってきました。
母の時、左右大腿骨骨折、脊椎圧迫、最期に骨盤骨折と救急車で乗り付けて散々お世話になったので、整形外科には掛かり慣れております。
先生にお会いして、必要な症状を要領よく説明。
先生曰く「今、僕が往診しても、病院へ連れて行っても出来る事は何もありません。
患部にシップ、痛い時は痛み止め、静かにしていれば2週間で大体痛みはとれ、完治には4週間かかります。
それより、そんなに転倒を売り返す歩行器を使っているのはおかしい。何か他に良い物があるでしょう?」
突然話題が変わったのと、整形外科医なら転倒が歩行器のせいではない位判るでしょうが!との驚きのダブルパンチで何と答えれば良いものやらモゴモゴ。
前々日、転倒を防ぐ為に、ケアマネイジャー、コーディネイター、介護福祉用具の人と堂々巡りの話し合いを重ねての今の状況。
その堂々巡りを、お会いするのが2度目の先生になんと説明したものか、モゴモゴ。
今年に入ってから、歩行器を使っても歩くのが難しい状態で、それを当人に伝えるべきか否か、皆で苦慮しております。
「一人の時は動かないでね、危ないから」と、繰り返し伝えているのですが、効果はまるでなし。
父にはその自覚が無いのか、認めたくないのか定かではないし、説明をどの程度理解でき、又その理解した事を持続できるのかどうかもよく分からない、そんな状況なのです。
先生と看護婦さん3人が分厚い介護用品のカタログを見ながら歩行器について“ああでもない、こうでもない”とがやがや。
余りの親切さに口を挿む事も出来ず、有難く拝聴していました。
結局「何かあるはずだからケアマネイジャーに探してもらいなさい」と言われて終わり。
この辺では可なり評判の良い先生であり、又唯一整形外科で往診に来てくださる貴重な存在なので、私、おとなしくしておりました。
母は遥か彼方を見つめて、永遠に生きる事を望んでいました。
父は足元だけを見つめて、永遠に自力で1歩前に進む事を望んでいます。
残念ですが、どちらも私には叶えられない望みです。
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January 19, 2009
デイサービスへ、父が3週間振りに行きました。
という事は3週間振りの入浴という事になります。
高齢者介護には、介護の仕方を大きく変えなければならない時が幾度かあるのですが、入浴もその一つです。
ほんの半年前まで、自宅でヘルパーさんに見守ってもらって自力で入っていました。
数ヶ月前から、ヘルパーさんを二人体制にしても足元が危ないという事で、デイサービスで入れて頂く事に。
父は嫌がるかと思ったのですが、専門家によって大きなお風呂に入れてもらうのは安心で気持ちがいいと、とても気に入ってくれました。
寒さに滅法弱い父は、お正月を挟んで、寝ている時間が長くなりました。
往診に見える度に主治医から「90歳過ぎると人間って昼間もよく寝るようになるのよ」と聞いていたのですが、父は94 歳を過ぎてその時が来たようで、午前中“うっらうっら”している事が多くなりました。
朝10時過ぎのお迎え、眠いのと寒いので億劫だろうと思うのですが、デイサービスを止めると入浴に困ってしまうのです。
家のお風呂も、デイサービスへ行くのも無理となると、後は訪問入浴を頼む以外にありません。
父に「デイサービスに行くの面倒だったら、訪問入浴をお願いする?」と聞いてみました。「あれは大袈裟やから、ええ」との答え。
まだまだ、しっかりしております。
訪問入浴、要介護5の母の時、頼んでいました。
父の言う通り、可なりの大事です。
看護婦さんとヘルパーさん2名が浴槽(洋風の風呂桶ですね)と供に現われます。
車のボイラーでお湯を沸かして、ベッドルームが10分程で浴室に変身。
その間に看護婦さんがメディカルチエックをして、その後、寝かせたまま入浴させます。
全ては手際よく小1時間で終了します。
料金は1回1万2千500円。
介護保険を使うと1割の1,250円
でもですね、介護保険には持ち点がありまして、訪問入浴を必要とする状態の者には、介護用品、訪問介護といろいろ必要不可欠なものがあって、とても足りません。
それで、母の場合は全額自己負担でした。
それプラス夏場は床ずれ等の心配があるので、看護婦さんに本格的な清拭を頼むと、入浴関係だけで月々7~8万円になります。
厚生省が療養病棟を次々閉鎖して“高齢者は在宅介護”の方針ですが、入浴一つとっても難しいものがあります。
今の日本において在宅介護は、最高の贅沢のような気がします。
それっておかしいのではないでしょうか?
介護保険制度自体を、もう一度抜本から見直した方がよい、と感じつつ日々介護に追われています。
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January 10, 2009
去年の今頃、父は出し忘れた方に年賀状の返礼を書いていました。
一枚一枚万年筆で丁寧に、それも可なりの達筆で・・・
昨年末「そろそろ我家の年賀状の印刷を頼むけれど、お父さん、どうします?」 と尋ねてみると、
気がなさそうに「もうええわ・・・」
「それじゃ~、頂いた方に元気にしています、と寒中見舞いのお返事を出す事にしましょうか?」
どちらでもよさげに「そうしてちょうだい・・・」との返事。
世事に段々関心が薄くなってきていたので、予期していた反応ではあったのですが・・・
毎年父は、母の分と合わせて300枚、手書きで宛名を書いていました。
それでも年々亡くなる方、頂かなくなる方が増えて随分減った、と言いながら去年は200枚。
93歳で毎日10枚ずつと決めて、200枚書き上げる姿は立派でしたね。
「宛名をパソコンでプリントアウトしましょうか?」と、随分奨めたのですが、直筆に拘っておりました。
今年は父宛に百数十枚の賀状が届きました。
下さった方もお年を召された方が多く、中には“やっと”書かれたという感じの物もあります。高齢者にとっては、年に1度、互いの無事を確かめ合う、大事な儀式のようなものなのかもしれません。
年賀状が来なくて案じてくださっている方々に、お礼と無事を知らせ、高齢の為新年のご挨拶は今後失礼する旨の「寒中見舞い」を出す為に、只今、宛先をパソコンに入力中です。
私の年賀状は主人が全部プリントアウトして出してくれました。
『楽チン、楽チン』と感謝して喜んでいたのですが、そうは問屋が卸さなかったようで、父の分をやる羽目に・・・
“介護”そのものも勿論大変ですが、一件介護に直接関係無い細々した日常の雑用が以外に多く、結構時間をとられます。
「寒中見舞い」を出し終えたら、我家と父の2軒分の確定申告の準備を始めます。
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January 08, 2009
国の財政が豊かであるならば、有難く返してもらいます。
でもね、財政赤字の額が数字に弱い私には想像もできないのですが、1000兆円を超えていて、毎秒増え続けているとか言われているのに、返してもらってもね・・・
我家は特別お金持ちではありません。
でも給付金をもらわなくても充分生活出来る程度には豊かです。
やはり2兆円はこの大不況の中で生活に困窮している人を救うために、皆が人間らしい生活を送ることが出来るように、使って欲しいと思います。
「過っては則ち改むるに憚る事なかれ」
(過ちをおかした時は、ためらうことなく、すぐに改めよ)
定額給付金を過ちというのは、言い過ぎかもしれませんが、もっと世の中の為になる使い方があることだけは確かだと思っています。
それに、全国民に配る為の事務経費が800億とも1000億円とも聞きます。
それだけのお金があれば、どれだけ多くの困っている人を助ける事ができるでしょうか?
まあ、公明党と連立を組んでいる以上、撤回は絶対無理なのでしょうけれど。
年末年始に、日比谷公園で「年越し派遣村」というのがありました。
いろいろな批判もあるようですが、この寒空に住む所も食べる物にも事欠いた人達が、人の温もりを感じながら年を越す事ができた。
その人達の中に、働く気のなさそうな人がいても「派遣切り」で無い人がいても、良いのではないかと思っています。
困っている人には、それぞれが出来ることで助けて差し上げれば良いのではないでしょうか。
「年越し派遣村」の事を知って、主人と相談し「有難うございます」の一言を添えて僅かですが寄付を送りました。
以前にもこのブログで書いたことがあります。
何かのご縁で同時代に宇宙船地球号に乗り合わせた仲間、支え合い、助け合って、暮らすことができれば、安心で安全な社会を築いてゆくことができます。
それは、お人の為でもあり、又自分自身の為でもあるはずです。
2兆円、何とか有効な事に使われることを願っています。
私達の払った税金ですから。
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January 05, 2009
明けましておめでとうございます。
年末年始の慌ただしさから、やっと落ち着きを取り戻しつつあります。
何せ2年分の大掃除(一昨年の年末母が亡くなったので)を一挙にしょうとしたもので、とんでもない忙しさでした。
ヘルパーさんに手伝って貰ったのですが、私、異常な程の整理魔、きれい好き。
要所要所は自分でしないと気のすまない性質。
介護をしながらのこの性格は本当に“困ったもんだ”です。
自分で自分の首をしめているのですが止められない。
その上、主人は雑然としていても全然気にならないタイプで「何、一人で騒いでるの?ゆっくりしたら」とチャチャを入れるし。
そこを押して、大晦日までに何とか仕上げたい、と働きまくりました。
大掃除一本に絞って、おせちは和食と中華をデパートに頼んだので、何もしないつもりだったのですが、これもまた、創りたくなって・・・
一様、主婦を張っているのだから、ほんのお印までにと思ったのが間違いの元。
主人曰く「誰がそんなに食べるの?」
そう言われてみればそうなのですけれど・・・・
“今年こそは紅白をゆっくり座ってみるぞ~”と頑張っていたのですが、あえなく挫折。
最も、主人は紅白には興味が無いので他番組を、私はキッチンで紅白を横目で見ながら働いておりました。
それで、今年の目標は「何事も程々に」
目標達成の自信は全然ありません。
性格はそう簡単に変えられませんもの。
でも年々体力の衰えを感じつつの介護生活が4年目に入ります。
“程々”を心掛けるようにしょうと思っています。
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December 29, 2008
6泊7日のショート・ステイから父が戻ってきました。
その間にしていた事。
初日 ―大洗濯と寝具干し
2日目―母の一周忌のお墓参りに滋賀県へ日帰り
4日目―ご町内の元民主党国会議員さんの集まりに夫婦で出席
5日目―父の部屋の年末大掃除と、次の日の自治会のイベントに我家のお庭を開放するのでその準備
6日目―「子供と一緒に、町内美化とほっとドッグをほおばる会」を朝から夕方まで
11月末に開いた自治会の“ハロウィン・パーティー”は63名の子供達が集まって大盛況でした。
それに気を良くして計画した企画、ものの見事に空振り。
お手伝いの親御さんの子達を含めて子供の数は10数名。
がくっ!
でも、12月のこと、風邪でも引かせてはとお呼びするのを見送った高齢者のお宅に、民生委員の方達が大量に作った豚汁を配って喜んでいただきました。
春のように暖かな日だったので、我家の庭で30人程、気心のしれた自治会役員の忘年会という感じで、ホットドッグ・トン汁・焼きそばにお好み焼きで和気藹々と楽しい一時を過ごしました。
町内会の元議員さんも参加され、「制度、仕組みを変えれば、日本は必ず良くなります」と1分間スピーチ。
それに、いつもの役員、プラス子供のお父さんが数名加わってくれました。
当自治会といたしましては若い人達が例え数名でも参加してくださる事は画期的な出来事でして・・・
何よりの収穫かな?
7日目―午後父帰宅。1時間半後、ヘルパーさんが夕食の準備中に転倒。
上手に転んでくれたようで軽い打ち身ですみましたが、又気の抜けない日々が始まりました。
ショート・ステイに行っている間位、ゆっくり休めばいいものを、普段出来ない事をしておきたくて結局いつもバタバタ。
何か介護の日々と全く違う事をしたいという反動のようなものかもしれません。
介護生活4年目に突入です。
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December 03, 2008
小さい時から体が弱かった事もあって、神経質、心配性が服を着ているようなタイプでした。
それが、生き方、ものの考え方を学ぶようになって、程々を心掛けるようになりました。
食べるのも程々、心配するのも程々、悩むのも程々、喜ぶのも有頂天にならずに程々に。
それで、88歳と91歳の両親の介護を頼まれた時、深く考え過ぎること無く引き受ける事ができたような・・・
丁度去年の今頃、24時間の心臓のホルターを付けて“発作性突発性頻脈”との病名が付いて以来、初めて心電図をとりました。
発作時しか異常が出ないので、検査をしても正常といわれるのは予想していましたけれど、データーを見ながら「きれいな、心拍、心配ありませんね」と言われると、これまた複雑な心境で・・・
発作がでた時用の薬を処方して頂いてあるのですが、この頃全く飲んでいません。
発作の前触れのような症状はしばしば起こるのですが、頻脈にまでは至たらずに過ごせています。
心臓が落ち着いている原因は幾つかあると思うのですが、その一つに、これまた天命庵で伺ったお話です。
「今の人は忙しい忙しいと云って忙しいことが偉い事のようにせわしなく動き回ってる人が多い。自分の心臓の鼓動よりもせわしく動いていると、体に負担を掛けますよ」
『なるほど・・・思い当たる事がいっぱい』
私、猛烈なせっかちです。
駅まで500メートルの道のりを、10人抜きの勢いで飛んでおります。
漫画によく描かれている、足が車輪のように廻っているあの状態です。
整体の先生が「町で見かけたけど凄い勢いで声を掛けられなかった。何が急ぎの用があるのかと思って・・・」
「いいえ、普通に歩いておりました」
《一時が万事》と言いますが、ちんたらちんたら出来ない性格です。
心臓の鼓動よりせわしく動いているな~と反省。
以来、家を出て100m「CoCo壱番」のカレーの匂いか漂ってくると「オットット~」と速度をゆるめて「ゆっくり、ゆっくり」と呟きながら歩くようにしています。
お陰様で、血はさらさらと流れているようで、心臓もバクバクいわず、検診の結果は優等生でした。
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November 27, 2008
高齢者介護で可なり草臥れているので、検診の結果を聞いた時は「ホンと~~~」とちょっぴり複雑な気分・・・
いえいえ、そんな勿体ない事を言ってはいけませんね。
有難い事です。
神のご加護と、感謝しなければ(ブログのタイトルと裏腹にこの頃全く“神さま”が登場してないので、この辺でちょっと頑張って・・・)
あえて言えば、血圧(上-98、下-58)が、低めですが、「低血圧は命に別状ないから・・・」と、女医さん。
朝起き抜けは(上-78、下-53)と超低血圧、昼間、上が100を少し越えると調子いいのですが、草臥れているとなかなか難しい。
降圧剤は幾らでもあるけど、低血圧を上げる薬はない、と言われています。
ところが、私、漢方の煎じ薬に「甘草」を混ぜると、いとも簡単に世間でいう正常値になります。
結果は、首の後ろが詰まったような、脳血栓とか脳溢血とかそんな病気でパタッと倒れそうな感じになります。
上が120~130で「危ないかも・・・」と言うと主人は「そんな、ばかな・・・」と本気にしません。
銀座の主治医は「タイムカプセルに入れて江戸時代に送り帰したい」と呟かれました。
新薬はダメ、漢方もダメとなったら、あの時代の民間療法位しか使えない体のようで・・・
江戸時代に戻る訳には行かないから、1時間かけて銀座まで通っているのですけどね。
血液サラサラの理由は、少食のせいかな~?
主人に言わせれば、「小鳥が菜っ葉をついばんでいる」ような食べ方だそうな・・・
少々甘い物に偏りがちながらも、あれこれ少しずつバランス良くついばんでおります。
もう一つ、こちらの方が大きいと思うのですが、天命庵の親様から伺ったお話。
『心の働きと、血液の働きは同じ。
流れ、生き方の流れを常に良い方に流していけば、血も良い流れになる。
思いの心が、血液の流れを止めてしまうと、血の流れが悪くなってどろどろになったり、ひどい時には止まってしまう事になる。
思いの心とは、拘り、思い過ごし、悩み、不安、心配等
俗にいうマイナス思考ですね。
心と体はお互いに作用しあっています。
マイナスの考えを一つ一つ取り除いて、良い生き方、良い思い方が出来るようになると、血液も良く流れるようになる』と・・・
続きは後日!
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November 25, 2008
息子の休暇に合わせて、3世代で楽しんできました。
11月は雨期と聞いていたので心配でしたが、今年は乾期に入るのが早かったそうで、雨は初日にパラパラと降っただけ。
5日間、見事な晴天で、日焼けがこわ~いと嬉しい悲鳴を上げてきました。
今年は「ヒルトン・グアム・リゾート&スパ」のタシ・クラブに4泊。
去年、主人がヒルトンでテニスの個人レッスンを受け、今年も同じ先生のレッスンを受けたいとのことで決まりました。
去年のホテルはタモンビーチのハイアット・リーゼェンシーでした。
どちらもAクラスのホテルですが、ハイアットの方が古いけれど格調が高かった様に感じました。
近場の観光は去年したので、ココス島に渡って、イルカウォッチング。
出てこない日もあるということなので、私は余り期待してなかったのですが、何と会えました。小さい可愛いイルカが3~5匹群れながら、あちこちに姿をみせてくれました。
船長さんが日本語で「恥ずかしがってるね」と言っていました。
本当にそんな感じで、水しぶきを浴びたり、船の伴走をしたりは無かったのですが、青い澄んだ海にイルカ。
感動しました。
帰り際ホテルのロビーで大きなクリスマスツリーの飾りつけが始まっていました。
グアムは敬けんなカトリック信者が多い土地、ホワイトクリスマスとは無縁でも、白い教会の建物の多い街並みにクリスマスの飾り付けはがぴったり合いそうです。
31度の常夏の国から降り立った成田は、12月末の気候。
閉め切っていた我家は冷え冷えとしていて、慌てて暖房を入れました。
わずか3時間の飛行でこの差は何なのでしょう。
地球って不思議ですね。
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November 12, 2008
「どのような急患も受け入れる」ことを開業以来25年間守り続けている、千葉県にある病院の副院長の言葉です。
数日前の朝日新聞「救急患者 拒みません」で紹介されたこの病院の理念の中に、これからの医療改革へのヒントがぎっしり詰まっているような気がしました。
『先ず医師が患者を見る事。産婦人科はないが、妊婦も断らず、とにかく患者として受け入れる。患者は一般医が診断し必要に応じて他の医療機関に転送する』
その病院は『医師の住宅整備や研修、学会への参加支援など、仕事環境の充実を図ることで規定を上回る医師確保、若い研修医の人気も高い』そうです。
今の医療問題―救急患者の受け入れ拒否、医師不足、医療事故と医療訴訟の多さ―は、厚生労働省の政策ミス、医師の対応の悪さ、患者の専門医志向とすぐに訴訟を起こす、が微妙に絡み合っていると常々思っています。
一人一人が、それぞれの立場で“当たり前”の事を確実にこなせば、自ずと住みやすい世の中になると思うのですが・・・
医師は医師としての“当たり前”の事を、そして患者は患者として“当たり前”の事を。
患者の“当たり前”って何でしょう。
お医者さまは、一般の人よりも医術の勉強をし、経験を積んでいても、普通の人間であり完璧ではないという事。そして人間の命には限りがある事を、患者はもっと自覚するべきではないでしょうか。
お医者さまは、どんな病気でも魔法使いのように治せるはず、そんな過剰な期待をかけ、何かあったら訴える。
これでは医師の成り手がいなくなるのは“当たり前”です。
そういえば、ご近所の元衆議院の方が「今の世の中を変えるのはそんなに難しいことではない。当たり前のことを当たり前にすればよい。・・・皆が普通に生活していける世の中にするには奇策はいらない、慣例やしがらみに囚われず、当たり前のことが当たり前として通る政治をすればよい」と言っていたのを思い出しました。
政治家が政治家として当たり前の政(まつりごと)をする。
国民は選挙権を、当たり前の責任と義務として行使する。
ただこの当たり前が、
金儲けのために、人を騙しても当たり前。
税金の無駄遣いは当たり前。
学校給食代は払わなくて当たり前。
と誤用されていて、とても残念です。
そんな中、一昔前の“当たり前の理念を実践して成功している病院があるなんて、嬉しいですね。
『今の世の中を変えるのはそんなに難しいことではない。当たり前のことを当たり前にすればよい』
名言です。
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November 08, 2008
青春の6年間を N・Yで過ごしました。
40年近く前の事です。
オバマ氏が勝利宣言をするまで、どんなに有利との情報を見聞きしても、アメリカ人がアフリカ系(黒人)の彼を大統領に選ぶかどうか、半信半疑でした。
当時、人種のるつぼで、実力があれば誰にでも平等にチャンスが与えられると言われていたN・Yですら、表立っては現れてこない人種差別の意識が社会の根底には歴然と流れているのを常に感じていました。
今でも米国人の3割が何らかの人種偏見を持っている、との調査結果があります。
44代アメリカ合衆国大統領が初のアフリカ系という事が、まず話題になり、そのことに目を奪われがちです。
しかし、冷静に考えてみると、彼が大統領として最も相応しい資質を持っていった、そしてアメリカ国民の“現状への拒否”がオバマ氏を選んだ。
その彼がたまたまアフリカ系だった、ということのような気がします。
彼の持つ言葉の力、天性の演説力
いかなるときも感情に流されない冷静さ、落ち着いた人柄
多様性や寛容さを感じさせる主張、
どの国の誰とでも話をする用意がある
貧富、人種、世代、イデオロギー、全てを包括し、溝は埋められると、人間の良識を信じる力
核のない世界を目指す、との公約
人間として懐が深い。
心の広さを言葉で現し説得する能力、コミニュケーション能力が凄いですね。
今、アメリカに世界に必要とされる指導者の出現。
ちょっとオーバーな言い方でしょうか?
熱狂の嵐は、厳しい現実の前に落ち着いていくでしょう。
待ったなしの世界情勢ですが、根本から立て直すには時間が必要です。
彼には支持率が上がろうが下がろうが、4年という任期があります。
ジックリと腰を据えてアメリカを再生して欲しい。
青春を過ごした、第二の故郷にそんな思いを抱いています。
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November 05, 2008
父のデイ・サービスの日でした。
春先には1人だったお迎えのヘルパーさんが、夏過ぎから2人になり、最近は抱えられて車までいきます。
子供は“褒め育て”とよく言いますが、人間は幾つになっても同じですね。
ヘルパーさん達、本当に褒め上手。
「あら~いいですね~。今日は足が良く動きますね~、日に日に足取りが軽くなりますね。その調子、その調子・・・」と、家から車までの間、褒めっぱなし。
初めは「年寄りも子供と同じで、誉め育てなのだな~」といつも感心して観ていました。
しかし、父を両脇から抱えて、中に浮かせるようにして歩かせながら「あら凄い!どんどん足取りが軽くなりますね~」と褒めているのを聞きながら、次第に複雑な気分になり始めています。
褒め育てだけでは、行き詰まる時がくるのではと・・・
希望を夢を持たせる事、喜ばせるてその気にさせる事、とても大事です。
父の夢は、また歩いてお向かいのデニーズに食事に行く事。
夢があるから、デイ・サービスでのリハビリを一生懸命励んでいるようです。
でも自分で歩くことにのみに拘らなくても、歩行器でも車椅子に乗ってでもデニーズに行って楽しむ事は出来きます。
リハビリをすることで、昔のように歩ける場合もあるでしょう。
リハビリをすることで、現状を維持できる事もあるでしょう。
でも、リハビリをしても衰えていく事を止める事は出来ない。スピードを遅くするのが精
一杯、という事だってあるのです。
人が老い、衰えていくことは自然の流れです。
まず周りがその自然の流れを受け入れなければ、当人は認めたくないことですから。
父の場合、今年になって急激に歩行が困難になりました。
未だ大丈夫なはずとの思い込みと、しっかりしているとはいえ何せ94歳ですから現状を認知するのが難しくなっているのと、現実を受け入れたくないとの思いと、褒め上手に乗っているのとの、4重奏で、転倒を繰り返しています。
褒めるだけでなく、現実に目を向けないと、危険を伴なうのですが・・・
年をとって現実を見つめるということは夢や希望、やる気を失うことに繋がってしまうのでしょうか。
生かされている、そのこと自体に感謝できる。
そしておかれた状況の中で出来る事を楽しめる。
そんな心を育てておかないと、老いる事はとても難しいことなのかもしれません。
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November 04, 2008
「やろうと思えばできるんじゃん!」聞いてまず初めに思った事。
これだから健全な野党は必要ですね、絶対に!
民主党の選挙公約、高速道路料金無料化を意識しての政策である事は明らかですから。
去年、大連立という話がありました。
今度の総選挙の結果次第によっては又蒸し返されるかもしれません。
国民の為に切磋琢磨してよりよい政策を作り出す為に、限りなく政権担当能力のある野党の存在は不可欠だと私は思っています。
次に、何故乗用車が優遇されるのか、不思議です。
曜日、時間帯、ETCを搭載しているかどうかによって違ってきますが、
東京から大阪まで:
自家用車 1,000円
大型トラック 15,000円
原油が急騰していた時、大型トラックの運転手さんが「会社がコスト削減のために高速道路代を負担してくれない、帰りの積み荷を自分で探さなければならない・・・」等々、苦境を訴えていました。
彼らに追い打ちをかけるのでは・・・
今回の政策は、観光やレジャーの活性化の為だそうです。
でもその前に、するべき事があるのではないでしょうか?
商品、原料を運ぶ大型トラックの高速道路料金を抑えれば、物価の上昇を大きく抑える事につながります。
働く ―人のために動く
働く(はたらく)―傍を楽にする
優先されるべきは、こうゆう方々ではないでしょうか?
社会の弱者―幼子・高齢者、障害者、そして働く人を大切にしない国は荒廃していく、そんな気がしています。
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November 02, 2008
言い出しっぺは、ご町内に新しい風を吹き込んでいる元校長先生と、その教え子の元幼稚園の先生。
数十年ぶりにお町内でばったり再会して盛り上がったそうな。
子供を集めて催し物をするには、最強のコンビ。
一部のとても協力的な役員さん十数名を除いて、なにしろ“笛吹けど、踊らず”を絵に書いたような自治会。
「自治会員の交流を深める為なら犯罪以外は何でもどうぞ」との主人(自治会長を請け負って7年目)の言葉でお母さん達が大奮闘してくれました。
当日、仮装やら綺麗にお化粧した子らが続々と五十数名、付き添いの親御さん達もいて、互いの声が聞こえないような大騒ぎ。
そこは、リーダーの元幼稚園の先生、一瞬で子供達を静かにさせ、ハロウィンの説明を・・・
まるで魔法を掛けられたように大人しくなる子供達、流石ですね~
「トリック・オア・トリート」(お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ~)と唱えながら、子供達が訪ねてまわる数件のお店には、事前にお菓子を持参してお願いしてありました。
予定外に自分の店も入れてくださいと申し出てくださる所、リストに入っていないのにお菓子を用意して待っていて下さる処もあって、有難くて感激しました。
私は欧米に長く住んでいたので、子供たちが大挙押し寄せてくるのも、息子達を連れて訪れる方も経験ずみです。でも日本では未だ余り広く知られていない行事なので、余計なことは言わずに完全お任せモード。
『楽チン、楽チン』と思っていたのですが、当然の事ながら、当日はそう行きませんでした。我家がお菓子を渡す最後地だったので、家と自治会館、大通りの子供たちの進行具合を計りに走りまくったもので・・・。
街で子供達の群れと出くわした父のヘルパーさん「お宅の自治会、よくいろんな催しするのね~」と感心していました。
お陰様で私は、我家から1分の自治会館の行事で、老人介護のストレスを発散させてもらっています。
兎にも角にも、ものすごい盛況のうちに無事終わりました。
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October 28, 2008
ドルが高いので、来月、息子家族と行く海外旅行用のドルを気楽に買い出しに。
レートが銀行よりお得、と派手に広告している我家から数分の金券ショップに行ってみました。
確かに銀行よりも1ドルにつき0.5円程お安い。
でも、そっけなく「ドルは売り切れです。何時入るか分かりません」
“お金が売り切れ”って、なにか不思議な感じ・・・
この時点では、金券ショップだから沢山おいてなかったのだろうな~と、軽く考えていました。
ところがどっこい、
大手MS銀行
「ドルはありません。朝から大口のお客様が多くて直ぐに無くなりました」
日本一のM銀行
「只今手持ちのドルはございません。トラベラーズチエックなら未だありますが、如何ですか?」係りを呼んで直ぐにも買わせそうな勢い。
手続きがめんどくさいのでヤメ。
それから地銀へ
「申し訳ございません。ドルは全て無くなりました。明朝、入ってきます。10時半に次のレートが発表されるまで、今日と同じレートでお取替えしております。すぐ無くなると思いますのでお早めにおいで下さい。
外貨両替予約サービスもありますが、如何ですか?」
パンフレットだけ頂いてきました。
M銀行
あら不思議!大きな銀行って、皆、頭文字“M”なのですね。
「ドルはございません。明朝、10時頃その日のレートが決まった時点で売り出します」
へ~~、レートは同じでも銀行によって売り方が違うのですね。
別に急いで必要では無いので、いい加減で止めようと思ったのですが、お隣にもう一軒地銀があったので、駄目もとでトライ。
「ございます。如何ほど両替いたしましょうか?」
「1000ドルパック(種々の額のお札が入ったもの)ありますでしょうか?」
と聞いたら、行員さん奥へ行って慌てて三人ががりで数えて、50ドルと10ドル札でなら揃うとの事。
それでOKにして買ってきました。
夕方のニュースで“お正月に海外に行く人等が円高でドルを買い、両替店でドルが無くなる店も・・・”と伝えていましたが、甘い、甘い。
そんなものでは無かったですよ。
各店で、朝のうちに無くなったと言ってましたから。
おっとりとドル買いの凄い波に突っ込んでしまった私は、ただただビックリ!
皆さん、世の中の動きに敏感に反応するのですね。
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October 10, 2008
お医者さまといえども人間ですから、当然ありですよね。
主治医が病気になるかも・・・不覚にも想定外でした。
月1度の父の往診日に、「先生が盲腸の手術で入院の為、本日伺えなくなりました。お薬だけお届けします」と看護婦さんからの電話。
これも勝手な思い込みなのですが、自分が子供の時したもので、盲腸って子供の病気かと思っていたりして・・・
どちらにしろ盲腸なら、10日もすれば診療再開されるだろうと軽く考えていました。
ところが手術は無事終わったそうですが、傷口が化膿して、3週間たった今も入院中。
まだ退院の日は決まっていないそうです。
「万一の場合、救急車は呼ばず、まず連絡を下さい。今の日本ではお医者さまの見ていない時に最後を迎えると、警察が介入して嫌な思いをすることが多いので・・・。落ち着いて行動するのよ。あなたなら肝が座っているから大丈夫だと思うけれど・・・」と老人介護の心得を教えて頂いています。
自称天然ボケの女医さん、ご自宅で開業しておられ、緊急の時はいつでも見てくださるし、携帯の電話番号も教えて下さって、24時間連絡を取れるようにしてくれています。
本当に頼りに仕切っていました。
今のところ、父の健康状態は安定しているので心配はないと思いますが、何しろ94歳、先ず何処に連絡するか位は考えておいた方いいのかもと、思い始めております。
お疲れが溜まっておられるのでしょうね。
ゆっくり静養して頂きたいのは山々ですが、軽く焦っております。
世の中、次々と思い掛けない事が起こりますね。
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October 09, 2008
酷暑の中の介護を何とかやり過ごし、涼しくなってだいぶ経つのですがまったくやる気が起こりません。
テンプレートを変えたら気分が変わるかな~と、一発奮起して頑張ってみました。
NIFTYさんのテンプレート、洒落たものが沢山あるのですが、何故か殆どの物のカレンダーの部分が金曜日でちょちょ切れています。
些細な事といえばそれまでなのですが、性格上そういうことが気になる方でして・・・
前回変えたのが何時だったか覚えてない位前なのですが、当時より格段簡単になっていました。
あっという間に変更が終了して、ひょっとサブタイトルを見て苦笑い。
「日々の生活の中で感じる、宗教宗派を超えた神の教えについて」の“神の教え”の部分が濃い青のフェザーに被ってよく見えないのです。
雨だれのごとくポッポッと更新している内容は殆んど老人介護のあれこれ・・・
看板に偽りあり。
自分のブログですから、好きな事を書けば良いのですが、内容が看板から大幅にずれている事は確か。
一瞬、看板を“老人介護雑感”とかに塗り替えようか、それとも付け加えようかとも考えました。
でもやはり初心に戻って、時々は神の教えについても書いてみようと思い改め、このまましておくことに・・・
別にそれが“いい事、悪い事”という訳ではないのですが、現れてくることは今の状態を正確に表している。
そういう目で、日々身の周りで起こっていることを観ていると、生きていく上での意外なヒントが現れていたり、隠れていたり、気付いたり。
余り拘るのもなんですが、結構、笑える事も多く、人生が豊かになるような気がします。
ブログを開いて“青い羽”を見る度に、思わずニヤッとしています。
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October 05, 2008
昨日、ご町内の民主党元国会議員夫人から『集まりがあるので是非おいで頂きたい』との電話。
今日は遠縁の国会議員の後援会から「選挙区在住の方をご紹介下さい」との依頼の手紙。
小泉さんの郵政民営化選挙の煽りで只今浪人中の自治会の元国会議員さん、我家から見える所に事務所があります。
夏祭りの“鉢洗い”に見えた折、このご時勢ですから自治会員からいろんな質問を浴びていました。
彼曰く「今の世の中を変えるのはそんなに難しいことではない。当たり前のことを当たり前にすればよい。政治は国と国民の為のもので個人や特定の人の為の物ではない。
だめなものはダメ、おかしいものはおかしい、と政治家がはっきり言わなければいけない。皆が普通に生活していける世の中にするには奇策はいらない、慣例やしがらみに囚われず、当たり前のことが当たり前として通る政治をすればよい」と・・・
彼は京都大学工学部卒の政治家としては変り種。
担当教授が“政治家を目指している”と聞いて絶句したそうな。
学生時代ボランティアで出会った比叡山延暦寺の高僧が人生の師とか。
彼の話を聞いていると、天命庵の親様が常々言われている事と相通ずるところがあるのは、そんな所からきているのでしょうか?
ただ小沢党首の下で、彼の考えている政治がどれだけ通じるか、未知数ですけれど・・・
彼は、2世議員でもないし、特に資産家でもなさそうですし(失礼)、可なり難しいものがありそうです。
“志”のある人が国政に関われる国にしなければ、日本の未来は暗いのですけれどもね。
私は特に民主党支持というわけではありません。
同じご町内だから、よく存じ上げているから、との理由で国の政(まつりごと)を任せる人を選ぶつもりもありません。
今までもそうでしたが、選挙は政党ではなく人物本位で選ぶ事にしています。
さてさて夫人からの電話を、講演会への出席依頼と勘違いしてOKと返事してしまったのですが、後から届いた案内状を見てビックリ!
緊急『打合わせ会』とあるではありませんか。
総選挙へ向けての集まりらしい・・・
主人に「どないする?」
「行くって返事してしまったんだろ?応援はするけれど、忙しくて選挙運動を手伝う暇はないから、黙って聞いてくるよ」
とは言っても、そうゆう席で黙っていられる性格の人ではありません。
絶対に一人で仕切ってきますよ
まずいな~~。
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October 02, 2008
1日平均9千万円の被害だそうです。
先月我が自治会で「振り込め詐欺と空き巣の被害を防ぐために」「緊急災害時における医療対策について」と題して『暮らし安心講座』を開きました。
「油断してたら危ないかも」 安全指導員の説明を聞きながら思いました。
一体誰が騙されるのだろう?とニュースを聞く度に不思議に思っていた還付金詐欺。
お金を還付すると言われて、どうして被害者がお金を振り込んでしまうのか、私には納得がいかなかったのです。
それが安全指導員2人の寸劇を観てなるほど・・・
人間の心理を実に巧みについています。
被害者をATMの前まで行かせることが出来たら、詐欺はほぼ成功。
カードと暗証番号で画面に自身の口座を出させ「振り込みが出来るかどうか確認する為に“残高”のボタンを押してください」で“残高”のボタンを押させる事が出来たら100%成功確実。。
ご丁寧に620円の振り込み手数料を引いて、残りの口座のお金は全額、詐欺師の手中に。
感心している場合ではないのですが、まあ頭のいいこと!
そんな悪事に使うエネルギーを、社会のお役に立つ事に使えば、素敵なアイディアが一杯で出てくるでしょうに、勿体ない。
被害に会われた方々は本当にお気の毒だと思います。
中には“老後の虎の子を”という方もたくさんおられるでしょうに。
考える時間を与えないで次々と事を進めていくのが相手の手口です。
それでも子供が、孫が、甥姪が不祥事を起こしたからと、数時間の間に数十万、数百万から数千万の現金を振り込む、日本ならではの詐欺ですね。
被害者は60代70代が中心。
女性が圧倒的に多いそうです。
「日本の家庭では女性が財布のヒモを握っている証拠です」と冗談にも本気にもとれる安全指導員の言葉。
今、振込詐欺特別警戒中で2千人の警察官がATMコーナーに張り付いています。
敵もそれを察知して、新手の騙し方を考え出したようです。
ATMを使わないで、バイク便で直接現金を取りに来る。
もちろんバイク便の人達もグルです。
でも顔を見られるので、足がつく危険がとっても高いと思うのですけれど。
今の時点では、殆んど捕まらないそうです。
幸いな事に、ご町内で引っ掛かった方はいませんが、それらしい電話があったという方が何人も・・・
気をつけなければいけませんね。
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September 25, 2008
冠婚葬祭の折に会う程度の関係ですけれど・・・
はじめから麻生さんの出来レースだと分かっていても、やはり気になるものです。
候補者の中で最高齢、体力的な事もあり。
党員ではない私には総裁選自体は直接関係のないことですが、自民党の総裁はこの国の首相になり、政策が国民の生活を直撃することでもありますし。
彼自身は誠実な人柄で、言うべき事は言い、お金にきれいなところが政治家として立派だ、と主人はいつも言っています。
でも彼個人がどうこうという以前の問題として、自民党にこのままこの国を任せておいて大丈夫なのか、という大きな不安を抱いています。
かといって民主党というのも、ちょっとね~~
国民が政治にきちっと参加している海外で長く暮らしていた事。
又、昔、主人が自由党から出馬という話があった事もあり、いつも政治に関心を持っています。
今回の総裁選を見ていて気になったことを幾つか。
何故いつも候補者5人がめだかのように群れをなしてつるんでいなければいけなったのでしょうね。
本当に自分の主義主張を伝えたいのなら、それそれが自分の主張を1番訴えやすい場所で、方法で立候補演説するべきだったと思うのです。
毎日毎日どのチャンネルを回しても同じ5人組の顔が同じ席順でとなると、幾ら司会者が変わってもね~
司会者の突っ込みで主義主張が変わったら、それはそれで問題ですし。
ということは、いつも同じ話を聞かされるということで・・・
その上、総選挙で票のとれそうな目先の話が圧倒的となると、どうもね~~~
食料の多くをエネルギー資源の殆どを輸入に頼っている国として、唯一の被爆国として、国際社会とどう関わってゆくのかを含めた世界観、熱く語って欲しかったですね。
安心して子供が生め、安心して子育てが出来、安心して年をとれる社会。
それらこれらの問題を、何か全てお金で解決しようとしているような・・・
物事は全てお金で解決出来るのでしょうか?
確かにお金は大切です。
なくてはならないものです。
でも同時に、私的にはそれ以上に、人と人との繫がり“人間パワー”を生かすことによって解決できる部分も多々あるのではないかと考えています。
寛容な精神、助け合いの心、譲り合い、生きやすい社会をつくるための人間としての基本的な考えかた抜きで予算だけ弄っても、お金が底なしに掛かるだけではないでしょうか?
平和と命と環境はつながっている。
どれもお金では買えない。
そんな事を考えさせられた総裁選でした。
遠縁の彼は留任。
国民の為に頑張ってくれる事を祈っています。
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September 16, 2008
「楽や!これは楽や!車椅子があるとええな~」
ショートステイ中、施設内は広いので車椅子を使っての移動で”楽さ”に目覚めたようです。
まだ可なり危なっかしいながらも歩行器を使って何とか自力で歩けるので、家で車椅子を使うことには抵抗があるだろうと思い、勧めていませんでした。
それと車いすを使い出したら、早晩自力で歩く事はできなくなりますので。
長年、親子をやっていって全く気付かなかったのですが、大正生まれの戦争と戦後の困難の中を生き抜いてきた人達は、真面目、我慢強い、努力家。
(何故か娘達の誰にもどれ一つとして遺伝しなかったですね、残念なことに・・・)
昔からですが、新しいことには抵抗を示すタイプで、物凄く変化を嫌います。
言い出すタイミングの難しいこと難しい。
でも自ら望むのは余ほど大変だったのでしょう。
まるで新しい玩具を得た子供のように嬉しそうに心地良さげに“ちょこっと”座っています。
母の時は介護者が操作する用のコンパクトなタイプ、何の問題もありませんでした。
でも父のは自分で動かすタイプの物。
トイレもおふろ場もバリアフリーで、車イスが入るスペースもとってあるのですが、自分で動かすとなると切り返しなどかなり高度の技術が必要となります。
「たかが車椅子、されど車椅子」高齢者介護は車椅子一つとっても簡単にはいきませんわ。
使い始めて数日、目に見えて歩く力が落ちてきたのが判ります。
「ハビリで機能を取り戻すには大変な時間が掛かるけれど、落ちていくのは“あっという間”」と整形外科の先生からお聞きしたことがあります。
本当なのですね!
今、お試しで借りています。
このままレンタルに切り替えるかどうか、父が望むようにしようと思っています。
94歳、無理をして歩いてとは言いえませんもの・・・
母が入院した時の担当医の言葉「こうなると、何が良い悪い。どうしなければいけない、してはいけない。ということは何もありません」
いつも思い出している言葉です。
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September 10, 2008
朝5時過ぎ、階下から私を呼ぶ父の悲壮な声が、夢の中に割り込んで来ました。
『すわ転倒!』と階段を転がるように降りて父の部屋へ
部屋中コウコウと明かりを付けて、庭に出る窓の前にイスを運び、シャッターを数十センチ持ち上げ、私の名前を必死で呼んでいます。
今の父の状態でこれだけのことをするのには、1時間以上かかるでしょう。
両手で歩行器を持っていなければ立っていられないのですから。
「シャッターを開けておかんとヘルパーか入って来れない。門に車が止まっている」とブッブッ文句を言いながら。
まだ朝早い事を説明し、落ち着かせてもう一度ベッドに寝かせ、1軒落着!
転倒しなかったことが奇跡のような出来事でした。
次の日は母のお墓参りに行く予定でした。
朝6時半にシャッターを開けにいった時は何の異常もなかったのです。
出発45分間前、留守の間のヘルパーさんの予定を説明に行くと、べットに座って黙々と自分で着替えをしています。
いつもヘルパーさんにしてもらっているのに様子がおかしいと思いながら、ひょっと洗面所の方を見て、我が目を疑いました。
床中水浸し、大洪水です。
便器の中で紙おしめが水分を吸ってパンパンに膨れ上がって水の流れを止めています。
今の紙おしめは本当に優れもので吸収力抜群、お化けのように大きくなるのだ!と暫し見取れる程。
一瞬、出掛けるのは無理かな?との思いが過ぎりました。
まず父の着替えを手伝って落ち着かせ。
30分後に朝のヘルパーが来て全部後始末をくれるからと、時間と戦いながら解る様にゆっくりと説明。
こんな時の為に用意しておいたボロタオルを洗面所中に敷き詰めて出発。
新幹線のホームから電話をかけて後始末を頼みました。
次の日は、父が気に入っているデイ・サービスの日でした。
個別にリハビリを丁寧にしてくれる所で、毎回いそいそと出掛けていきます。
夕方、戻って来て、忘れ物をしてきたから電話で探してもらって欲しいと言います。
ところが何を忘れてきたのかが思い出せないのです。
持ち物は、全部持って帰って来ています。
でも彼にとっては何か忘れ物がある、引っ掛かっている事があるのです。
小1時間拘り続けました。
食事をすれば気が紛れるかもと、ヘルパーさんに急いで夕食の支度をしてもらいました。
案の定、食べ終わったら、ケロッと忘れていました。
父は94歳、本当によく頑張っていますが、何が起こっても不思議のない状態である事は確かです。
亡くなった母は要介護5の寝たきりで、自分分の状態が良く理解できていませんでした。
父は辛うじてですが歩行器を使いながら自力で動け、また意識も可なりしっかりしています。
全く違う2つのタイプの老人介護を体験しながら、上手に年をとることの難しさをヒシヒシと感じています。
明日は我が身ですから・・・
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September 01, 2008
天命庵のお庭で親様のお話を伺いながら、アフガンで亡くなった伊藤和也さんの子供のような純真な笑顔を思い出していました。
《何故、今の世の中はこんなにもおかしくなってしまったのでしょうか。
それは「自分さえ良ければ良き事」という心がはびこってしまったからです。
『自分だけ有名になればいい、自分だけ幸せになればいい、自分だけ豊かになればいい』という心。
分け与えていないのです。
自分が沢山の愛を頂いたら『それをお返しさせて頂きます』
沢山の力を頂いたら『自分も何か人の為にさせて下さい』という気持ちが無くなっているのです。
頂いたら返さなければいけない。
昔は木を切ったら新しい苗木を植えたものです。そうしたら森は、また森となります。
今の人の考え方は、木を切りました。立派な木を頂いて『ああ良かった、よかった』で終わってしまう。
未来のことを考えません。
木を切ったら次の木を植えていく。新しい森を造っていく。そういう考えが無くなりました。
皆さんも幸せな事を頂いたら「自分も何かさせて頂きたい」という気持ちが無くなっている。してもらうことばっかりを皆願っている。「させて下さい」「何か自分にもさせて下さい」という心が失せているのです》
彼のような人は、おかしくなってしまった今の世に、最も必要とされる、貴重な存在だったのに何故あんな悲惨な事に・・・
「ペシャワール会」のホームパージは、
『誰もが行きたがらない所に行き、誰もがやりたがらないことをする』の言葉で始まっていました。
《子供たちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう力になりたい。アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に戻すことをお手伝いしたい》が彼の動機でした。
他者への誠の愛、人に与える事の大切さ、未来を見据える目、を兼ね備えた方だったのですね。
そして何よりも凄いと思うことは、穏やかに楽しそうに喜んで現地の人々と働いている様子が、数々の写真から伝わってくることです。
彼はアフガニスタンの現状と「ペシャワール会」の活動の意味するところを私達に伝えて、この世を去って行ってしまいました。
私にも息子がいます。
もし、アフガンでお人の為に働きたいと言ったら、私は送り出す事ができるでしょうか・・・
伊藤さんは立派な方でした。
そして彼の崇高な志を理解したご両親も、ご立派だと思います。
彼の志が受け継がれてゆくことを願いつつ、そして、私も自分に出来る小さなことをコツコツと続けていきたいと思いつつ、僅かですが「ペシャワール会」に寄付を送ってきます。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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August 21, 2008
「両親の介護でなかなか天命庵にも伺えなくて・・・・」と何気なく言った一言に、
「えっ!他に行ってるんじゃないんですか?」
「はぁ~、他って何ですか?」と私、
「・・・神さまの話を聞きく所・・・香川さんも行ってるって・・・」
3年近く両親の介護でバタバタしている間に、あらぬ噂をたてられていたような。
ここでちょっと天命庵について。
宗教団体でも組織でもありません。
大徳寺さんが自宅を月3回無料で開放して、神さまの教えの話しを伝えておられる庵です。
昔の辻説法を、個人のお宅で開かれている、そんな感じでしょうか。
公共の場に人が大勢集まるには許可が必要な時代ですから。
氏素性を聞かれることもなく、心ある方ならどなたでも訪れる事ができます。
クリスチャン、お坊さん、他の団体で学んでいる方等さまざまな方が、毎回、1年に1度、数年に1度、一生に1度と思い思いに訪れて学んでいかれます。
そんな自由な学びの場で“他に行っているのではないか?”と噂されるとは、摩訶不思議!
それだけだったら『私も噂をたてられるほどの有名人だったんだ~』(冗談ですけれど)
お気に入りの神さまの教え《人が何事言おうとも、神が見ている気を静め》
で、お仕舞いにするところです。
「でも時々だけど・・・ず~っと来ていたんだけど・・・・」と私
「うん、本を書くために来ているって・・・」
「はぁ???」
6年前、主人が『金儲け、素人がやっていいこと、わるいこと』という本を出版しました。
金融のプロの主人が一般の方向けに、如何に分かり易く書か、心を砕いているのを側で見ていて、私も普通の方が関心を持って下さるような、分かり易い神さまについての本を書いてみたくなりました。
神さまの教えと、宗教団体の教えは別物ですから。
ほんの親しい数名の方にだけ、本の事を話しました。
「本を書く為に来ている」と言っている方がいると聞いた時『私って人を見る目がないんだ~』と、瞬間落ち込みました。
大徳寺さんに「噂をたてられているのですけど・・・」と申し上げると
「堂々としていればいいのです。堂々としていればそんな話、直ぐどこかに消えてしまいます」
「不安に思っているから、いろんなものを呼ぶのですよ」
この《堂々と》《不安》と言う言葉に“はっ”と気付いた事がありました。
親の介護の事でトラブルがあり、どうしようか考えていました。
《堂々と》していれば良いのだ、《不安》に思わなければ良いのだ、と今回の噂を通して、今私に最も必要な事を教えてもらいました。
神様も手の込んだ事をなさる、等と思うのは考え過ぎでしょうか。
人生は一話完結ではなく、連続ドラマなのです。
全ては繫がってゆく。
一っの出来事に囚われる事は無い、改めてそう感じた出来事でした。
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August 18, 2008
『無差別の恐ろしい事件が次々と起こる原因は、今世の中に(神の)教えが消えてしまっているから。
教えを聞いていると、人を殺せなくなります。
教えを聞いていると物を生かせるようになるのです。
教えを聞いていると自然を大切にできるのです。
そう云うと、どうして宗教戦争が起こるのですか?と疑問を持つ人がいます。
宗教は教えではないのです。
神様の名前を語って、人に言うことを聞かせ、神様の名を語って人を怖がらせ、怯えさせ、そして宗教団体の上の方の人達が私利私欲の為に怖がらせてお金を集めているのです。それは本当の教えではありません。
本当の教えというのは聞けば聞くほど、心が魂が向上したいと思うものです。
教えを聞いていると心が自由になるのです。
教えを聞いていると変な事を言われても気にならなくなる。教えを聞いていると何やかや云われても関係ない。そんな小さな事でぐちゅぐちゅしているのが勿体ない。
人は神様の方だけみればいいんだけれど、集まりに来ている周りの人の姿を見るのですね。
神様はよくおっしゃいます「人を見てはいけない。神だけを見なさい」
だってそうですよ、ここに来る方が聖人君子だったら、ここに教えを学びに来ないわけです。
皆、出来損ないだから来るのです。神様が呼んでくれているわけです。
心もできて、身もできて、性格も良かったら来ないわけです。性格が悪いから頑固だから来るわけです。呼び付けられるわけです。心を変えさせて頂くわけです。
“節から目が出る”と仰るでしょう。
いろんな問題-病気、夫婦、親子、仕事-で教えを学びなさい、とお呼びがくるわけです。それだけ皆可愛いわが子だから世の中にちらしておいたら何をするか分からないから呼んで下さるわけです。有難いではありませんか。育ててくださって有難いね。
そう思ったら、こんな良い所にどうしてあんな人がいるのかしら?あんな悪口を言う人がいるのかしら?
自分の中にもそういうものがあるのです。
ここは鏡屋敷です。出会う方はご縁のある方です。自分の映し鏡のように出会うのです。お互いに映しながら直していく。
もし教えの場で、いやなことを聞いたり耳にしたら、その方を通じて自分に教えて下さっている“有難うございます”と拝むと消えていきます。
本当ですよ。
神様のお側にいるから直ぐに消して下さる』
先月、湯河原の天命庵で伺ったお話です。
「良く言えば、それだけあなた方は個性的なのです。だから神様の教えを聞いて、周りの方に伝えていく、世の中を変えていく力になれるのです」と、いつもなら上げたり下げたり笑わせながら続いていきますが、可なり厳しいお話でした。
私にとって、本当に必要があって伺った内容でした。
実は、天命庵でちょっとした噂をたてられている事を知り、困惑しているところだったのです。
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August 13, 2008
父のショートステイ先から電話。
「ご自分でべッドから車椅子に移ろうとしてすべり落ちられたようで・・・」と本当に申し訳なさそうな女性職員さんの声。
「直ぐ看護婦が調べて、今の所何処にも異常はありませんが注意深く経過を観察します。申し訳ございませんでした」との事。
「家でも時々転倒しております。骨が丈夫なようですから調べて頂いて異常がなければ大丈夫だと思います。預かって頂けるだけでも有難いので、余りご心配していただきませんように」と答えて受話器を置きました。
何しろこの暑さ。
何しろ昨年末母を亡くしてから急激に体力が落ちている94歳。
夜の突然の電話は、心臓によくないですよねぇ。
大した事がなくてホッとすると同時に『そこまでご丁寧に知らせて頂かなくてもいいんだけどな~』というのが私の本音。
次の日に帰宅の予定なので、その時に報告してくだされば充分だと思うのですけれど・・・
このご時勢、預かっている方としては、そうはいかないのでしょうね。
施設に預ける、人に世話をお願いするという事は、相手を信頼してお任せする事だと思っています。
少しでも不安があるのなら、ちょっとのミスも許せないのであれば、全部自分で面倒をみるか、付きっ切りで世話をしてくれる人を雇うべきではないでしょうか。自分が出来なくて人にお願いする以上、相手に完璧を求めるのは筋が違うのではないかと思うのですが・・・
誰の目から見ても明らかな不注意によるミスは、勿論、他の方の為にも言うべきですけれど。
このままでいけばと言うか、すでに始まっているようですが、重労働で低賃金、その上ちょっと何かあれば苦情が出る。これでは介護の担い手がいなくなってしまって当然です。
結局言いたい放題をしていると、最後に困るのは自分達なのですけどね。
先日インドネシアから看護師・介護福祉士の候補生が来日したという記事が載っていました。
日本語の難しさ、3~4年でそれぞれの資格を取得しなければならない事、大きな壁だと思います。
でも一番大きな壁は、今日本中に蔓延している相手に完璧を求める不寛容さではないか、そんな気がします。
この夏、ヘルパーさんがいる時間帯と夜中以外は1時間おきに安全確認と冷房の温度調節をしています。
ショートステイの間、昼間は何かと忙しかったのですが、夜はゆっくりさせてもらいました。
“いつも笑顔でスタッフに接して下さり、気持ちよくお世話させてもらいました”との報告書と共に、父は無事帰宅しました。
私にとって、預かって下さる所がある事はとても有難い。
そして、父が皆さんと気持ちよく過ごす努力をしていてくれる事も、とても有難く思っています。
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August 11, 2008
笑って、泣いて、ほんのりと温かい“ちりとてちんワールド”満開でした。
BSで放映された時は、主人が録画に失敗。
ブルーレイに買い換えてから、時々ありまして、今回は録画に頼らずにリアルタイムでしっかり観ました。
スピンオフ作品とは、いかなるものかも知らず、ただ又徒然亭四兄弟に会えるのを楽しみに。
でも師匠も若狭も出ないので、内容的にはそんなに期待していなかったのですが、それは嬉しい誤算でした。
いつもの事ながら、藤本有紀さんの脚本は天才的に面白い。
あらゆる場面に伏線が張り巡らしてあって、細かすぎる演出との意見もあるようですが、私はワクワクして大好き。
凄く緻密な頭の構造をしておられるのだろうな~
ちょっと覗いて見たい感じ・・・
『ちりとてちん』は人と人との繋がりが、美し過ぎもせず、どろどろし過ぎもせず、程よく温かく軽快なテンポで描かれていました。
ほのぼのと心が和み、そしてしみじみと人との繫がりを考える。
愛というとちょっと大袈裟に聞こえますが、夫婦、親子、兄弟、隣人、友達、師弟、弟子同士に通い合う暖かな心、何故か懐かしさを感じるのですよね。
人との繫がりが希薄な時代になってしまったからでしょうか。
親が、師が、兄弟子が、縁有って出会った者を育てていく。
未熟な人間が、人を育てながら自分自身も一回りも二回りも大きく成長していく。
当節、そんな当たり前の人間関係が崩れてしまった気がします。
大の大人が人を育てられなくなっている。
育てるという言葉に引っ掛かりがあるなら、大人の生きる姿に『自分もああいう人になりたい』と思わせるような大人がいなくなってしまった。
そんな時代に、主人公喜代美の最後のセリフ「お母ちゃんのようになりたい」やはり藤本有紀さん只者ではない。
人と人との繫がりを取り戻せば、世の中は住みやすい方へ変わってゆくのではないでしょうか。
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August 06, 2008
「わ~、涼しい。天国!やっぱりご家族と同居はいいですね」
往診に見えた女医さんと看護婦さんが、父の部屋に入るなり口々に歓声をあげられました。
独居老人。
老老介護のご夫婦
軽い認知症のご夫婦
息子さんはお勤めで昼間は独居状態のおばあちゃん
最後が我家の往診だったそうです。
クーラー無し、窓も閉め切ったまま
クーラーがあってもリモコンの使い方がわからない、これが圧倒的に多いとか。
父もそうですからよく分かります。
35℃近い猛暑の中クーラーとホットカーペット両方の電源が・・・毎回その家の往診は、ホットカーペットの電源を切ることから始まるとか。
「同居してない家は大変。今年の猛暑は特に・・・」と先生
思わず「ヘルパーさんは?」
「入ってない家がほとんど。本人か身内しか申請の手続が出来ないので・・・
民生委員が手続きの代行をできるようだけど・・・
それぞれに家庭の事情があるし
他人に家の中を見られたくないという方も多いし
介護保険、複雑すぎて説明してもわからないし
負担は1割と云ってもお金のかかることなので「結構です」という方も多いし
たとえ本人が了解しても、他人がお金のかかることの手続きをした、と後でトラブルになることもあるようだし」
し、し、だらけでビックリ!
ぎりぎりまで、誰にも何もできない、何故なんでしょうね。
「お父さまは、娘さんとご一緒で本当に幸せですよ」と何回も言われるのを
複雑な気持ちで聞いていました。
一昔前のような他人の家庭の中にどっぽり入り込むようなお付合いは、私もしたくありません
でも何かあった時にはお互いに助け合える様な、程良い近所付き合いを普段からしておくことって大切だと思うのです。
今、自分の出来る範囲で出来る事でお人の役に立つ。
そして出来なくなったら頑なに拒絶するのではなく、人に有難く助けてもらって感謝する。
お互いさま、持ちつ持たれつの精神が、これから必要になってくるのではないでしょうか。
昔の人はいい事を言っています。
「遠い親戚よりも近くの他人」
もう始まっている高齢化社会、行政の力にも限界があるでしょう。
自分達で出来る事は自分達で。
主人と自治会の活動をしていて難しいと感じつつも、日頃から一人一人が小さな努力をすれば、もう少し住みやすい安心して暮らせる社会になると思うのです。
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July 31, 2008
例年、3日間のお祭りの1日は必ずお清めの雨が降るのですが、今年は連日のかんかん照り。
こんな所にも気候の大きな変化を感じます。
お祭りの間は、祭典副委員長を務めているので、自治会館に詰めて金庫番です。
主人は元銀行員ですが、私はお金とは全然関係がないので、大きなお金の出入りに最後に帳尻が合うかヒヤヒヤ。
でも文明の利器、パソコンのエクセルのお陰で皆がお神輿など片付けている間に会計報告書を仕上げました。
これって結構凄い事なのですよ(ちょっと自慢)
今年は有難い事に数名新しい方が参加してくれました。
新しい人が入ると新しい風が吹く。
わけのわからない物がぎっしり詰まっていた倉庫が、ワンルームマンションとして貸し出せそうな位、様変わり。
腰高の窓が現れて、そこから光がさし込んでいるのを見た時は感動ものでした。
皆で「倉庫に窓があったんだ~~~~」
指揮を取ったのは元私立高校の校長先生。
彼のいた学校は、隅々まで整理整頓が行き届いていたでしょうね。
でも生徒はちょっと大変だったかも等と思ったりして・・・
介護で時間と体力の無い元掃除魔の私といたしましては「我家も是非」と頼み込みたかったですね、マジで。
時々、94歳の年寄りを抱えながら物好きに何をやっているのだろうと自分でも思うことがあります。
でも介護の中に閉じこもらないで、外に出てと云っても徒歩2分の自治会館ですが、いろんな出会いがあって、ちょっぴり地域のお役に立て、そんなことがよい気分転換になっています。
彼のお陰で、我が自治会館の将来は明るい。
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July 14, 2008
父は「皆さんによくして頂いた」と言って帰ってきました。
どうやら“センサーマット”の力が大きかったようです。
「“もぞっ”と動くとヘルパーさんがすぐに飛んで来て助けてくれるんだよ」と笑いながら皆に報告。
立ち上がる事、歩行が大変になった父にとって、動きたい時、即、人が飛んで来て手伝ってくれる。何物にも代えがたいのでしょう。
「食事はまあまあ、来ている人達は有料老人ホームと雲泥の差」とキチッと状況を把握した上での感想ですから。
年と共に自分にとっての大事な物が変わっていくのですね。
94年間貫いてきた生き方、考え方がある所を境にコロリと変わってゆく。
老いるとは、なかなか察するのが難しい世界です。
ケアマネに「父の方は“合格”」とすぐ連絡を入れました。
彼女「本当?本当?」とにわかには信じがたい様子。
夕方様子を見に来て父と話をし「ほんまや~。でも今回はお試しで短期間だったから、1週間位いたら感想が変わるかもしれへんよ」と“言い出しっぺ”なのに一転して慎重に・・・
特養の送迎はストレッチャーが乗る超大型車に運転手さんとヘルパーさん2人。
様子を見て、歩行器から即車いすに変更、父は車いすごとリフトで車の中に吸い込まれていきました。
出発の立ち合いに来ていたケアマネと二人で「すごい~~」と顔を見合わせました。
有料老人ホームとか民間のデイサービスの送迎は、ミニバンでヘルパーさん一人か二人で走り回っていますから。
公立と民間の差は結構大きいのかもしれません。
後は自分にとって何が大切かにかかってくるような・・・
父から話を聞いて「特養にもいろいろあるわよ。良い所に当たったんじゃないですか?」といつも来ているヘルパーさんが言ってました。
ケアマネの言う通り、責任者がしっかりしておられるのは大きい。
滞在中、度々父の部屋に様子を見に来て何くれと気を遣ってくださったようです。
特養はお安いのと、個室が2部屋しかないので、中々思うようには予約は取れないのですが、でも父の気に入るショートステイが1つ見つかり、その上すぐお近くで少しほっとしています。
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July 10, 2008
父のショートステイ先を探し始めて4カ月、やっと今月から軌道に乗り始めました。
実はその間どうしようと悩んでいた5月頃、書類を届けにきたケアマネが会うなり「綺麗にお化粧しているけど疲れた顔してるね~」
しばし思案した後、思い切ったように何処かに携帯を掛け始めました。
それが、彼女にしては超丁寧語で話しています。
電話の後、以下関西弁です。
「誰と話してたん?」
「そこの、特別養護老人ホームの責任者」
我家から歩いて4~5分の所にあります。
「これだけ家庭で手厚く介護をしていたら、特養は無理や、と言ったのあんたやん。前のケアマネも同じ事言ってたけど・・・」
「そこのショートステイの責任者がとてもしっかりした人で、彼女の元なら預けても安心かと思って・・・」
等々話していたら折り返し電話があり「来週早々“2泊3日のお試し”の個室が取れました。日が迫っているので、明日ご本人とご家族の面談に伺います」
現れた責任者は、一分の隙も無いようなキリッとした中年女性。
スキだらけの私といたしましては、この上なく緊張しました。
父を預かるにあたって必要なことをテキパキと尋ねていかれ、その的を得た質問に、ケアマネが彼女なら安心といった意味が分かりました
転倒の危険性が高い事と「転倒は何処にいても起こりえるので、転倒した時はした時と思っております。家でも私が24時間付いて歩いているわけではありませんので」と伝えました
初めて顔を和ませて「なかなかそう言って下さる方はいらっしゃらないのですよ。すぐ苦情がくるので働いている者は落ち度がないようにピリピリしています」との事。
私なんか預かって頂けるだけで有難いと思うのですが、世の中の方は違うのですね。不思議!
べッドの足元にセンサーマットを敷いて、父がベッドから降りるとヘルパー・スーテションにすぐ連絡がいくようにしてもいいですか?と聞かれたので、
「結構です」と答えました。
試してみて、もし父が嫌がったら、その時はその時で考えればいい事。
私もやっとそんな風に柔軟に介護を考える事が出来るようになりました。
考えもしなかった思い掛けない方向に物事が進んでいきます。
深く考える暇も停める暇もないほどの勢いで・・・
こんな時、私は見えざる力が働いているような気がするのです。
たかだか父のショートステイのような小さな事に神様を引っ張り出さなくても、と思われるかもしれません。
ても“神の御業は細部にまでも行き渡る”そんな言葉を聞いたことがあります。
まあ、どちらにしても駄目で元々、そんな程度のことですけれど。
ショートステイの父の感想は・・・
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June 24, 2008
父の入れ歯がまっ二つに割れてしまいました。
94歳でステーキをパクパク、ピーナツをポリポリ、何でも噛めるご自慢の入れ歯でした。
それで具合が悪くなっていることに全く気が付きませんでした。
今日から何を食べさせたらいいものやら、慌てましたね。
でもそこは老人介護も2人目、母の時に訪問歯科のお世話になった事があるので、早速、友達のケアマネジャーに電話して、緊急で探してもらいました。
訪問歯科は、洗濯物を入れるような籠2ヶ分の品々で自宅が歯科医院に早代わり、入れ歯でも作ってもらうことが出来ます。
在宅介護、いろいろ困ることがいっぱいありますが、“歯”に関してはかなり制度が整っている感じ。
もっとも技術面ではばらつきがあるようで、ケアマネもその辺はよく分かっていて「腕がいいかどうかわからないけれど、明日訪問してくれる予約が取れたから応急処置してもらって」と連絡がありました。
父は歯科医師、特に入れ歯を作る時は、経験を積んだベテランがよいとの持論がありまして、当日、どんな歯医者さんが現れるか、ちょっぴり心配でした。
若いおっとりした感じの医師と、やはり若くて、でもテキパキやり手そうな助手との女性2人組が現れました。
「先生、先生」と煽てられながら医師が助手に使われている感じで、2人のやりとりが面白いこと。
やはり割れた方の修理は難しく新しい入れ歯を作ることになりました。
それまでは、応急修理をするので柔らかい食事をとの事。
1週間後にショートステイを控えていて、一瞬「どうしよう・・・」
今までの私ならば慌ててキャンセルするところですが、落ち着いて考えて“刻み食”をお願いして、預かって頂くことに。
流石の私もだいぶ慣れてきました。
母の時の医師と助手も若い女性の2人組でした。
母は痩せていて土手(歯茎の事)が無いも等しく超難易度の高い入れ歯作りだったので、こんなに若い人達で入れ歯が上手く作れるのだろうか、と正直不安でした。
ところが、出来栄えはそれはお見事。
それまで、母が合う入れ歯を造る為につぎ込んだ時間とお金は何だったのだろうと呆気にとられた程。
もしこれで父のがぴったり出来上がったら“入れ歯創りは若い女性歯科医に限る”と考え方を変えようかしら・・・
でも密かに、最近は腕前よりも、良い素材が開発され、技工士さんの技術も進歩したからかもしれない等と思ったりもしていますけれど。
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June 09, 2008
“止まらない、止められない、かっぱえびせん”状態(可なり古い!)
パズル、流行っているのですね。
介護に追われ世事に疎くなっていたのか、全く気が付きませんでした。
新聞に載ってい“数独”を何気なく解いて、面白さにはまって以来止まりません。
若い時からこういう手先でちまちま、頭の中でこちょこちょ、することが大好きです。学生の頃は何故か定期試験の前になると1,000とか2,000ピースのジグソーパズルが突如としたくなり、もう1ピースはめ込んだら、ここまで仕上げたらと思いながら、試験勉強と格闘していた苦い思い出があります。
何故かこの手の事は、超忙しいというか時間の無い時に無償にしたくなるもののようで・・・
一見介護生活の中に手軽な楽しみが見つかって良さげに思えたのですが、とんだ伏兵がいました。
それは、視力が両方裸眼で2.0なのです
それも楽々見えてしまいます。
眼科の先生曰く「広大な草原で獲物を追う狩猟民族の目で、農耕民族の手先で細かい作業をする目ではない」だそうな。
数独、どこからどう見ても農耕民族のお遊びです。
今まで、人生で1番目に悪いのはパソコンだと思っていたのですが、遥かにその上をいっています。
手軽なニコリのポケットサイズ問題集にしたのが、マスが小さくてよくなかったのかもしれません。
目のピントを至近距離に合わせていたら、遠くが見え難くなってしまいました。
余りの根の詰めすぎに、主人が「問題集、シュレーダーに掛けたらどうですか」と言う始末。
これは生活に支障が出ると、断念して本を資源ごみに・・・
暫くして目が元に戻ったので、ひょっとしたらパソコンにのっているかな?と検索。
な、なんと無料でごろごろ問題が、あるわ、あるわ。
迂闊でした。
何処でもできる、場所を取らない、お金がかからない、頭の体操になる、ちょっとした空き時間にピッタリ、こんな理想的な遊び、そうはないと思うのですが、はまってしまうと難しいものがあります。
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May 29, 2008
またやってしまった。そんな気分です。
月初めに父を4泊5日のショートステイに預かってもらう予定でした。
ところが、1週間前にデイサービスで流行のお腹の風邪をもらってきた様子。2回程下痢をしただけで熱もなく元気でしたし、1週間経てば他の方にうつす心配もなかったのですが、キャンセルしてしまいました。高齢なので大事を取った方がとの思いと、お世話してくださる方々にご迷惑を掛けてはと考えて・・・
月に1度の往診に見える女医さん曰く「いいのよ、そういう時は預けてしまえば。向こうが大変だと思ったら“引き取って下さい”と連絡があるから。高熱とか全身状態が余ほど悪ければ別だけれど、預けて大丈夫よ。深く考えないでいいのよ。真面目なんだから」と言われてしまいました。
そして、止めの一言「年を取れば、何時でも何処かしら悪いものよ。施設の方がそうゆう事に慣れているのだから」
うん~、あれこれ考えていたら、永遠にショートステイに預ける機会等ないということです。
そういえば去年、母をショートステイに預ける時、睡眠薬と安定剤の調整中で薬が定まらず、とても無理ではないかと躊躇った事がありました。
女医さん、心療内科の先生、家政婦さんに「大丈夫。大丈夫」と言われ、いろいろ智恵を授けてもらってやっと預けたことがありましたっけ・・・
本当に皆から言われたとおり、何の問題も起こりませんでした。
私、全然経験が生かせてないようで・・・がっくり。
性格的に何事もキチットとしたい方ないのですが、体力とも相談しながら、程々で妥協しないと長い介護生活は体力が持たなくなってきています。
どうもその辺が私は妙に真面目で、融通が利かない。
真面目の前に何か余計な言葉が付きそうな・・・
余り気を使い、心配をし、慎重になると、身動きが取れなくなってしまう、と今更ながら気が付いた次第です。
遅い!
ショートステイは主に介護者の為にある制度です。
だからお任せしてしまえばいいようなのですが、なかなか割り切れない性格で等と考えていたら、なんと超心配症の両親のしていた事と同じではありませんか。
これは一大事。
そしてもう一つ。
作家の曽野綾子さんが何かの本に「人によく思われたいと思うのは、色気だね」と書いておられたのを読んだ事があります。
そうなのです。
“キチットしていたい”とか“人様に迷惑をかけたくない”との思いはとても大切ですが、その中に“人に良く思われたい”そんな気持ちも結構混じっていて頑張っているところもあるような・・・
今は、色気よりも自分の体力を考えて行動しないと、返ってはた迷惑になりそうです。
考え方を変えるいい機会を頂いているようです。
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May 09, 2008
両親が我家に来た時から、90歳まで生きてきたのですから、後の人生は出来る限り好きなように過ごせばよいと思っていました。基本的にその考えは、今でも変わっていません。
それでいくと、お気に入りの絨毯は転倒の危険性があっても、父の気の済むようにすれば良いという事になります。
ところがここで問題が一つ。
父は後で“ふか~く”後悔するタイプです。もし絨毯のせいで何かが起こったら「あの時片付けておけば良かった」と後悔し続けるでしょう。後々悔いを残させないようにと思うと、父の好きなようにとはいかなくなります。
そこが非常に困るのです。
母は常に先々の事を心配し、そして過去の事をくよくよと悩むタイプでした。でも父はバリバリ仕事をするタイプだったので、晩年になるまで両親が似たような性格だとは気付きませんでした。若いころは違ったのに、年と共に似たもの夫婦になったのかもしれませんけれど・・・
私は母を見ていて、もうちょっと違う考え方、生き方があるのではないかと感じたので、天命庵で神の教えと云うか、人としての生き方のお話を時々伺っています。
こんなお話を聞いた事があります。
日々、前向きに楽しく暮らす事を阻む、2つの荷物
一つは、今さら考えても悩んでもどうにもならない過去を、いつまでも悔やんで抱えこむ荷物。
もう一つは、まだ経験したことの無い未来への不安や心配をする、取り越し苦労の荷物。
過去を必要以上に悔やまず、将来を案じないで、今日一日を精一杯プラス思考で暮らす。これが生き方の秘訣のようです。
この両親の娘ですから、私もかなり重い2つの荷物を背負っていました。
でもこの話を何かにつけ思い出し、考え方に気を付けていると、精神的にも身体的にも体が楽になり、ずいぶん健康になりました。
荷物は軽い方が楽で負担が少ないのですから、当然ですよね。
絨毯を片付けて寂しい思いを引きずるかと心配したのですが、父はすっかり忘れている様子。
歳と共に物忘れが進むのも、神様の計らいかもしれません。
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May 04, 2008
N・Yの5番街で集めたお気に入りの品々と共に、2年半前、父は我家に引っ越してきました。想い出がぎっしり詰まった物の中には2枚の置きカーぺットもありました。
年をとって何が怖いといって、転倒ほど怖い事はありません。骨折から寝たきりに、打ち所が悪ければ最悪の事態になる危険すらあるからです。転倒の原因は、お風呂場で滑るのと、カーペットの端につまずくのが圧倒的に多いとか。
友のケアマネは我家に来る度に、2枚の置きカーぺットを見て「危ない。危ない」と目の敵にしています。皆でカーペットを敷くのはを止めた方がいいと事在るごとに話すのですが、父は「大丈夫。大丈夫」の一点張り。
ヘルパーさんから「朝来たら床に座っておられました(転倒した事を意味します)痛い所は無いと言われています。絨毯の端が捲れていたので歩行器が引っかかったのではと思うのですが・・・」との報告がありました。
父に「大事に至らなくて良かったけれど、お母さんのように転んで骨折して寝たきりになったら、つまらないじゃない。絨毯片付けたらどう?」とやんわり勧めてみました。
返事は「いやや!」ときっぱり。
「そうね、お気に入りだもんね」と言って、改めて件の絨毯をしげしげと見てみました。確かに上等そうで美しい、そしてちょっと珍しい物です。
でもねえ~「命がけで敷いて置く程のものでもないんじゃないの?」と本当に感じたので、大きな声でそのまま呟いてみました。
父は声を出して笑い「そぉやな~、も~ええわ。片付けて・・・」
気が変わらないうちに、クルクルと蒔いて次の部屋へ担ぎ出しました。我ながら手早かった事。
長い間ハラハラドキドキさせたケアマネに報告の電話「やっと絨毯、片付けたわよ」歓声と共に「なんて言ったん?」
「命がけで敷いて置く程のものでもないんじゃないの?って言ったら意外とあっさり納得してくれたのよ」
「そのまんま、言うたん?」
「うん、そのまんま」
「さすがやね。今度何かの時に使わせてもらうわ」と受話器の向こうで大笑い。可なり受けておりました。
危険の種は、その辺にごろごろしているのですが、まずは1つ解決です。
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April 24, 2008
父の介護は、昨年亡くなった母と比べて楽勝と勝手に思っていました。
私はどうも見通しが甘いようで、だから90歳と88歳の2人を我家に引とれたのですが・・・
昨年末、母が亡くなってから父は毎月1段階ずつ要介護度が上がっていきます。
国の介護保険の抑制政策で認定条件がどんどん厳しくなっているにもかかわらずです。
主治医の女医さんも長年の友のケアマネも、介護度が上がる度に「良かったわね、と言っていいのか、介護度が進んで残念ですねと言うべきか・・・でも支援の枠が広がるのだか良しとしましょうか・・・」と複雑な様子です。
父は特に大きな持病も無く、認知も年相応程度なので、デイサービスとショートステイを組み合わせながら何とか介護が続けられると思っていました。
ところがどっこい、そもそもショートステイを実施している有料老人ホームが殆どありません。
終身で入居するなら、御安いのから超お高いのまで選り取り見取りなのですが・・・
母の時、やんわり断られた有料老人ホーム、先月なんとか2泊3日の“お試し”にこぎつけました。
帰宅する日にホームから電話があり「あと1時間でご自宅へお送りするところだったのですが、転倒されまして・・・すぐ看護士が検査いたしました。どこも異常はありませんが・・・」と平謝り。
受話器から“あと1時間で何事もなく無事帰宅させられたのに・・・”との責任者の思いがひしひしと伝わってきました。
「自宅でも24時間見守っているわけではございません。転倒する時は転倒すると覚悟をいたしておりますので、そんなに気にして頂かなくても大丈夫です」と私。
返事が良かったせいか、まぁ、そんなこともないでしょうけれど、とにかく父は無事合格をしました。
7月から(3カ月前に予約を取らなければいけないので)毎月4~5日預かって頂けます。
そのホーム、大きくて新しく綺麗、一見高級老人ホーム風です。
建ってから数年経つのにまだ空き部屋があり、人の気配が余りしないというか、妙に静かな点が引っ掛かっています。
贅沢を言ってられる立場ではないのですが、心配しながら父を預かって頂いても私の休養になりませんしね。
国は高齢者の在宅介護を奨めています。
療養病棟を今ある35万床から15万床に減らすとか減らさないとか・・・
確かに母を病院のショートステイに預けると、何処の病院もそうですが、毎回健康診断(心電図、レントゲン、血液検査等々)をするのです。
必要も無いのに何で?と常々医療費の無駄遣を感じていました。
ですから療養病棟の削減に決して反対の訳ではありません。
でも減少は、何らかの受け皿を作ってからにしてくれなければ・・・
介護は期間限定ではないのです。
何年、何十年続くかわかない仕事ですから。
今辛うじてあるショートステイは、2カ月、3カ月前に予約を取らなければなりません。
そんな先の予定、わからないですよ。
それに、1番肝心な万一の時に役に立ちそうにありません。
ショートステイ先探しは、まだまだ続きそうです。
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March 27, 2008
2月4日の節分が、母の49日でした。
春へと季節の移り変わる節目の前日、一つの区切りとして納骨を済ませたかったのですが、
何せ実家の菩提寺は滋賀県、雪深い所です。
都会の整地された墓地とは違って、木の生い茂る自然の中のお墓は、雪が降ると納骨が出来ません。
ご住職さんが「それは“たんと”降りました。まだ裏に“たんと”あるので、何でしたらお持ち帰りになりますか?」と冗談を言われ位、今年は降ったそうです。
それでも父の子供時代とは比べものにならない程、雪の量が減って過ごし易くなったそうですけれど・・・
菩提寺は奈良時代に開かれたお寺で、広大な敷地は県名勝指定の庭園があり、重要文化財の観音様、仏画を所持しておられます。
土地がいくらあっても、都会のように「墓地好評分譲中」「セール」と上りを立てて販売しても、売れるような土地柄ではないでしょうし。
檀家の限られたお寺としては維持をしていくのは並大抵のことではないのでしょう。
時の重みを加味しても、全体が可なり草臥れた雰囲気を醸し出していました。
納骨の後墓前で、子供の頃童謡歌手だった母が好きだった童謡を歌いました。
後でご住職さんに「童謡、良かったですねぇ。難しいお経よりもお母さんの心に届いたの
ではないかな」と言って頂きました。
魂は生まれ出てきた天に戻ってゆく。
人の体は自然に帰ってゆく。
土に戻ってゆく。
静かで豊かな自然の中で、改めて自然の摂理を感じました。
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March 15, 2008
フルナーゼ点鼻薬、アイビナール点眼薬、飲み薬はアレギサール錠5mg
ここ10数年、花粉の時期をこの3点セットで上手に乗り切ってきました。
多くの西洋医学の薬に異常反応を起こす私にとっては、珍しい事に全く副作用が出ない本当に3種の神器なのです。
花粉を目で感じ始めてから使い出してもすぐに効くし、この3点セットを使っていると殆ど自分が花粉症だという事を忘れている位、素晴らしい効き目を発揮してくれていました。
ところが、ところが、今年は3種の神器の神通力が落ちてしまったみたいで・・・
例年と同じように使っているのに、目はかゆい、時折凄まじいくしゃみと鼻水、頭の中は“ぼーっ”
どうしてしまったのか、まるで理解不能状態。
今年は去年より花粉が多いことは、確かなようですが・・・
でも、去年まで効いていた薬が、突然効かなくなるなんて事があるのでしょうか?
お医者さんに相談しなければと思いながら、去年との差は何だろ、と考えておりました。
それが思い当たったのですよ!
花粉情報を聞く前から『今年の花粉症は、疲れていて免疫力落ちているからひどいだろうなぁ~』と完全に気力負けしておりました。
病気は何でも“気”のせいと思っているわけではありません。
でも「病は気から」というように、気の持ち方もとても大きいと思っています。
時々掛かっている若い整体の先生、お鼻グシュグシュ、いかにも花粉症ぽいのです。
でも「先生、花粉症?」と効くと「僕は花粉症はありません!」と即、きっぱりと言い切ります。
花粉症が恐れをなして逃げて行きそうな、先生の周りの花粉が飛び散って消えてしまいそうな、そんな凄い勢いで。
病気に対する、そういう心構え必要かもしれませんね。
始まる前から『今年はひどいだろうな~』ではまるで花粉症を呼んでいるようなものですもの。
残念ながら、気が弱い方なので「花粉はない!」と花粉を撃退するほどの勢いはありません。
でも、心を入れ替えて『いつもの3種の神器を使っているのだから、今年も大丈夫』と思い直すことにしました。
そういえば昔「薬は効かない、と思ったら絶対に効きません!」とお医者さまに言われた事がありましたっけ・・・
それと、花粉情報は見ません。
あ~ら、不思議!
ここ数日、目の“かゆ、かゆ”が全然違って軽くなりました。
結構いい調子なのです。
気の持ちよう、考え方って大切ですね。
さてさて、検査で引っ掛かっている他の病気についても考え直さなくては・・・
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March 07, 2008
新薬は副作用が出やすい体質です。
それで10年ほど前から、一般内科なのですが望めば漢方を中心に治療してくれる、銀座のお医者さんに看て頂いています。
心臓に異常を感じた時、我家の近くの心臓専門の先生を探して紹介書を書いてもらいました。
私としては、検査をして病名がはっきりしたら、主治医に漢方中心で治療をお願いするつもりでした。
検査結果を報告すると、専門医とはまた違う角度から日常生活の細かな注意点等を教えてくれました。
でも専門医に紹介状を書いてお任せしたのだから、治療については手を出したくないという感じでした。
それは確かにそうなのですが、何故に1時間以上も掛けて先生の所に通って来ているのか考えて下さいよ。
どうしよう、参ったな~~~という感じでした。
昨年末から、胃腸の具合が悪くて、両親がお世話になっている女医さんに、胃カメラの検査の出来る医院を紹介してもらいました。
検査の後「女医さんに報告書を書きますから、治療はあちらでお願いして下さい」と言われました。
私としては消化器系の病気なので、専門の先生に相談したかつたのですが、なにか“もやっと”不思議な感じに話しが噛み合わないのです。
暫くして、お人の良さそうな、ちょっと気の弱そうな、胃カメラの腕前は抜群の先生が「はっきりした事が言えなくてすいません」と言われた時『あ~、そうゆうことなのか』と謎が解けました。
紹介してくれた内科の女医さんと、内科消化器科クリニックは、駅を挿んで南北に数分の距離。
駅前はお医者様の激戦区。
我家から歩ける範囲に、いったい何件の内科系の医院があるのか分からない程。
そんな中で同業者がうまく付き合っておられるのは、暗黙の不可侵条約を守っていらっしゃるからなのでしょうか?
紹介された患者に、頼まれた検査をしたら、カラー写真入りの報告書と紹介に対する丁寧なお礼状を持たせて、即、送り返す。
私にはそんな感じにとれました。
報告書を読んだ女医さん「お薬、強いのに変えますか?」
私「副作用が・・・」
女医さん、優しく「そうね、止めておきましょうね」
深く追求すると、お薬が増えそうなので、逃げ腰の私のほうが悪いのですが、余りの呆気なさに???
致し方なく銀座の主治医に「どうしょう?」
丁寧に病気と使う薬の説明してくれました。
「悪化する可能性の高い病気だから、強い新薬飲んだ方がいいと思うけど、よく考えてみたら・・・」と言いながら、いつもの煎じ薬の調合を症状に合わせて少し変えてくれました。
エコーの結果、他の科に検査に行くように云われているのですが、紹介無しの方が後の自由がきくのかな?と思案しています。
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February 22, 2008
1ヶ月半、思うように食事ができない日々が続いていました。
自称天然ボケの女医さんも銀座の漢方メインの主治医も「お母さんの介護が大変だったから、その性では・・・」と言われるのです。
確かにそうなのですが、それにしても具合の悪すぎ。
「胃カメラの検査を受ける!」と、先週強行してきました。
結果は「胃・食道逆流症」
消化器科の先生、検査の後「最近、何か生活に変化がありましたか?」
『え~~、やっぱり、そうきますか・・・』
2年前から、母の事は覚悟ができていたし、自分としてはちょっと冷静過ぎるかなと思う位、気持ちの整理が付いているつもりなのです。
でも、3人のお医者様の反応をみていて、不安になってきました。
体に裏切られているような気がして・・・
自分の本心は何処にあるのだろう、みたいな・・・
子供の頃から体が弱くて、60年間行く先々でお医者と親戚付き合いをしながら生きてきました。
でもいつも一過性の病気で、どちらかというと“病は気から”みたいなものばかり。
本格的な?病気とはご縁がないと勝手に決めていました。
それがここにきて、連続で“発作性上室部頻脈”“胃・食道逆流症” と、一人前の病名が付きだして正直うろたえました。
先日、友のケア・マネージャーとコーディネターさんが、父の介護の認定が2段階上がって要介護2になったので、支援の相談に見えました。
ヘルパーさんに抱えられてやっと歩いている父の姿に、一瞬二人とも驚愕の表情を浮かべられました、余りの急激な衰え方に・・・
ケア・マネが「これは、もう一段階上の認定やわ・・・」と呟いていました。
それから2時間半、皆で父の動線と、転倒した場合の危険を考えながら家具をあちこち動かして、今後のヘルパーさんの手配の打ち合わせ。
何のことは無い、母が亡くなって2ヶ月、又どっぽり介護生活に戻りました。
体調が悪かったのは、疲れと年の性もあるのでしょうが、母の介護が終わって一休み出来そうな、父の事があるので気が抜けないような中途半端な状態が大きかったようです。
性格上、介護生活なら介護生活とはっきりした方が生き易いタイプのようで・・・
ただし、今回は、友のケア・マネージャーがいろいろ考えてくれているので、お任せしょうと思っています。
母は特殊だったので私が走り回らなくてはならなかったのですが、父の場合は大丈夫そうです。
私、人任せが出来難いタイプなのですが、これも良い勉強になると思います。
ヘルパーさんたちに感謝しながら、体調が戻るまで出来るだけゆったり過ごすよう心掛けています。
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January 28, 2008
母の49日が過ぎてから父のリハビリを考えようと思っていました。
ところが足腰が目に見えてに弱っていくのが日に日に感じられ、そんなにおっとり構えてられない状況に。
ケアマネージャーさんが、近くて、リハビリが中心で、小規模で、短時間の所をいろいろ探してくれたのですが、条件に合う所は少なくそしてみんな空き待ち状態。
「新しく開所した処で一箇所、すぐに受け入れてくれるところがあるけれど、どうする?」
探していた条件とはまるで違う、機能回復のトレイニングをすると言うよりも、“ディサービス”で一日ゆっくり過ごす所。
父は93歳です。
「今更リハビリ等したくない。このままでいい」というのであれば彼の意思を尊重しようと考えていました。
それで、どうするか尋ねてみると、行って見たいとの事。
自分でもこのままでは寝たきりになると危機感を抱いていたようなのと、春になったら又いっぱい顔馴染みのできたお向かいのデニーズに行きたいとの夢があってかなり意欲的でした。
当日の朝は、あいにくの今年初めての雪。
朝のお世話に来ているヘルパーさんが心配するほど、父は緊張して落ち着かない様子。
お迎えの時は、付き添いのヘルパーと運転手さんの2人に両脇を抱えられてやっと車に乗り込んだのですが、帰りはヘルパーに支えてもらい杖をつきながら戻ってきました。
数時間行くだけでも違うのですね。
「いろいろ参考になった、勉強になった、皆親切だったと」言いながら戻ってきました。
ケアマネとは“人生について”お勉強していた時の仲間同士。
大阪弁で「どないする?でも一箇所だけというのが何か意味がありそうやね。これもご縁や。なんとかなるか~」
母を見送った後で体調を崩していたので、そんな乗りだったのです。
体力があったら、あれこれ考えて躊躇っているところです。
でも、成って来たご縁を大切にして良かった。
流れに沿ったお陰で、私にとっても思い掛けない収穫がありました。
我家に両親が来て以来、初めて自分の家で一人ゆったりとした時を過ごしました。
これからこうゆう時間が毎週持てそうなので元気が出てきました。
父のデイサービス・デビュー、初めて幼稚園に行くわが子を送り出す母親のような心境でした。
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January 23, 2008
何年振かで救急車を呼ぶ心配なしのお正月を迎えられると思ったのですが、そんなに甘くはありませんでした。
母が亡くなってから、93歳の父の足腰が急激に弱わり、度々転倒します。
90歳近くまで車の運転とテニスをしていたので運動神経は抜群、上手に転ぶのと骨が丈夫なようで大事には至っておりませんけれども。
でも一度は転倒の後、息ができない程の痛みが間欠的に襲ってきて、内科の主治医に相談しました。
この周辺に1軒だけ往診してくださる整形外科があると教えて下さり、すぐ電話を掛けたら、午前の診察の後往診に来てくださるとの事。
自宅までの道案内に診療所まで来て下さいと言われ、緊急でヘルパーさんをお願いして、父を看ていてもらい地図を片手に先生をお出迎えに行きました。
自称天然ボケの女医さん「医師会で1番ダンディーな素敵な先生よ~」とべた褒め。
父の常時ではない痛がり方が気掛かりながらも、ちょっと興味津々。
お会いしてみると、お医者さまというより学者のような、浮世離れした感じのご年配の先生でした。
看護婦さんと駐車場で待っていると、挨拶も名乗りもせず、いきなり運転席に乗られるので私も慌てて助手席に、道順を確かめられると即発車。
私、こうゆう状況苦手なのです。
でもまあ何とか名乗ってご挨拶をしました。
全然反応なし。
人の好みはいろいろで、どうも女医さんと私の好みは全く違うようで・・・
ただ電話1本で今まで看た事もない患者の為に、お昼休み食事もせずに往診に来て下さるとは、まるで“医者の鏡”のようないい先生であることは間違いないですよね。
痛み止めの注射して、それで痛みが治まったら単なる打撲。
それで治らなければ、打撲のショックで内臓が痙攣を起こしている為の痛みだろうとの事。
骨折の心配ばかりしていたので、全く違うお見立てに一瞬キョトン!
そういえば女医さんから“すてきな方よ”とばかり聞かされて、腕前については全然聞いてなかったと少々不安に・・・
緊急で来てくれていたヘルパーさんが「木島先生?息子が見てもらったことあるけど、親の間で理論的で評判いいんですよ」とそっと耳打ちしてくれたのでほっと一安心。
痛み止めの注射は全然効きませんでしたが、内臓の痙攣を止める薬を二錠飲んだら間欠的に襲っていた激痛がぴたりと止まりました。
先生がダンディーかどうかは私にはわかりませんでしたが、腕前は確かでした。
それにしてもまあよく次々と騒ぎが起こります。
そして本当に凄いタイミングで“拾う神”の登場。
ブログはなかなか更新できませんが、何とか生きております。
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January 14, 2008
お飾りや門松を焚き上げてその年の無病息災を願う火祭りです。
地域によってさまざまな言い伝えがあるとか。
どんと焼きの火で、書き初めの紙が高く舞い上がると字が上手くなる、火に体をあてると若返る、体が丈夫になる。
また、この火で焼いた団子や餅を食べると病気をしない、お尻をあぶれば長生きをする、残り灰を体にまぶして無病息災のおまじないをする等、いろいろな願いがこの火祭りに込められているそうです
今日は雪空で飛び切り寒い一日でした。
そんな中、例年よりも大勢の300~400名の氏子が集まって賑やかに行われました。
住んでいる神奈川県では、お団子を火で炙る神社が多いとか・・・
我が氏神さまも、長い竹の先に白、緑、ピンクの3色のお団子を刺して老若男女が集まりました。
3~4mの竹に直径5~6cmのお団子3つ、自家製の人、神社の俄か団子売り場で買った人といろいろでした。
白幡神社どんと焼き団子の3つの色には、意味が込められていて、
白のお団子は、白幡神社の大地に
緑のお団子は、新しい芽が息吹き
ピンクのお団子は、希望の花が咲く
だそうです。
消防団の見守る中、空高く火柱が上がり、炎が舞い上がり、そして青竹の爆ぜる音が響き渡りました。
地域で伝統行事を受け継ぎ守っていく大切さを思いながら、無病息災を祈ってきました。
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December 25, 2007
発熱してからは急激に体力が落ちていって、ほとんど手の打ちようがなかったそうですが、眠るように安らかな最後でした。
もともと体が弱く、特にここ数年は20数kgの体でしたから、よく90歳まで頑張ったと思います。
滋賀県にある実家の菩提寺に「母が息を引き取りました」と伝えました。
母は娘3人、孫5人、曾孫2人に息を引き継いで、命を繋いでゆきました。
丈夫ではなく、か細い母が、しかも今のように物も無く便利でない時代に、3人も生み育てたのは、子供からみてとても立派な事に思えます。
天命庵の親様は「人が亡くなったら“良く頑張りましたね。ご苦労さまでした”と必ず生きていたことを労らって差し上げて下さい。亡くなった時この世でたった一人の人からでも“ご苦労さま”と言って貰った方は、『自分の人生はこれでよかったのだ。この世での本分は全うできたのだ』と安心して天の国へ戻って行くことができるのですよ」とよく話されます。
私は “ご苦労さま”は“亡き人を天国へ送るパスワード”と信じています。
「ご苦労さま。そして有難う」と、母に語り掛けています。
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December 16, 2007
母のショートステイ最終日、迎えに行くタクシーの中で携帯がなりました。
私の携帯は “バックの底で昼寝をしている”と主人に言われる位、何処からもかかってこない代物で、たまに鳴ると心臓が飛び上がる程ビックリします。
しかも後10分程で着く予定の病院から、「帰宅の準備をしていたら熱が38度5分はありますけど、どうしましょうか?」
「どうしましょうか?」と突然言われてもね・・・
看護婦さん、大分慌てておられて要領を得ないので、「もうすぐ着きますので、それから・・・」と切りました。
急なことで混乱した頭で考えるに、先月からショートステイに預かってもらうようになった新しい病院なので、まだ外来に掛かった事が一度もないのです。
それで自宅に連れて帰って、掛かり付けの医師に看てもらいたいかどうか、の意向を確かめられてたような・・・
病院に着くと看護婦さんとヘルパーさんが、往診中の院長先生が戻ってみえるのを今か今かと待ちわびている様子。
でもまごまごしていると、迎えの寝台車が来てしまうので、一般病棟に空きがあるか調べてもらってから、寝台車をキヤンセル。
寝台車をキャンセルして、病室に空きがなかった母は宙に浮いてしまうし、8度5分で帰宅してやはり入院となったら、今度は救急車(寝台車は台数が少ないので)になりかねないし。
老人介護は瞬時に判断しなければならないことの連続で、ホントに気が休まりません。
実に素朴で親切な看護婦さんとヘルパーさんの達が総出で、母を一般病棟へ移動させてくれました。
院長先生が戻られて、いろいろ検査が始まりました。
炎症反応の数値が異常に高いのですが、原因は特定できず様子を見る事になりました。
勿論無事帰宅できたにこしたことはないのですが、でも病院にいる間の発熱でよかったと思っています。
今の私の体調では、発熱している母と転倒の危険性のある父の両方を看るのは難しいものがありますから。
病院で預かってもらえれば一番安心なので、しばらく休ませてもらいます。
しかし事件が多いな~。
心臓に優しくない毎日です。
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December 13, 2007
検査結果はホルダーを外してから5分後にでました。
「今日はお1人ですか?」と先生が主人を探されたので、余り良い結果ではないかもと直感。
「データーはきれいなのですが、一箇所気になる乱れがあります」
「2時50分。八幡宮の所ですか?」との私の問いに頷かれました。
検査の間、分刻みで克明に行動と体に感じた異常を記録しました。
やはり八幡宮の前で感じた異常は気のせいではなかったようです。
さすが心臓の専門医、パソコンと色刷りされた絵を使って、今の心臓の状況と今後の治療について丁寧に説明してくれました。
ここ数年、心因性と固く信じていたので、本当に悪かったのだと一瞬うろたえました。
その上、将来ひどくなると心不全の可能性もと聞いて、
「え~~心不全、それって死ぬんじゃないですか?」と例によって素っ頓狂な声を・・・
「まあ、そういうことにならないように治療しましょう」と先生。
要するに“薬を飲みなさいと、いうことかな”と思ったのですが、薬は発作が出た時の頓服から徐々にということになりました。
かなりショックを受けたのですが、その後すぐに母をショートステイの病院に連れて行く寝台車が迎えに来て、慌ただしく一日が過ぎました。
忙しいのもあれこれ考える暇がなくていいような、疲労が1番よくないというからやはり忙しいのは問題のような・・・
いつも忘れたころに起こる発作が、24時間ホルダーを付けている間に起こるとは幸運のような、やっぱり病名のつくような病気ではなかった方がよかったような・・・・
でも今の状態で何も出なかったら、24時間では見つけるのが無理なのだろうと、きっと不安な思いを抱きつつ日々を過ごすでしょうから、やはり幸運だったことにしておきます。
きっと、八幡様のお陰かな?
どうやらかなり頻繁に発作の前触れ症状が出ていたようなのですが、忙しさにかまけて気付かづにいた様です。
「心因性だと信じていたんですけどねぇ~」と先生に言ったら、
「心臓の心は“こころ”と書くから全く関係ないわけではないんですよ」と・・・
そうです、そうです。
病は気から。
いい機会ですから、この訳のわからない介護生活を見直して、心の使い方、時間の使い方を整理してみようかと思っています。
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December 09, 2007
明け方から、脈拍毎分136、血圧上77、下64。
血圧計は異常事態に対応できずエラーの連発。
それでもやっと出たのがこの数字です。
右の頚動脈とお臍の回りがドクドクと異様に脈打っていました。
ここ何年か年に数回、脈拍が異常に速くなることが続いているので、万一の時の為に銀座の主治医から我家の近くの心臓血管外科へ紹介状を頂いてありました。
“御守り”代りにと思っていたのですが、どうやら出番がきてしまったようです。
紹介状を書いて下さった主治医も、書いて頂いた私も、どうせ心因性で検査をしても何も出ないだろうと内心思っていたのですが・・・
発作は3時間ほどで収まったのですが、念のため主人の車で歩いて数分の病院に。
子供の頃から“医者ずれ”をしておりまして、結構お医者様にはうるさいのです。
待合室からちらりと見えた先生に、主人と付けたあだ名は「メタボ先生」
主人も可なりメタボリック症候群の気があるのですが、先生その上をいってましたね。
「メタボ先生」何故に私が銀座の医師からの紹介状を持って現れたのか、気になるご様子なので、
「新薬は副作用が出易い体質なので、体調を崩すと漢方薬で治療をして頂いています」と説明すると
「じゃあ僕も余り薬は使えないということですね」と実に物分かりがよく、いい感じで合格。
もっとも先生の方は、思うように薬の使えない患者なんて不合格でしょうけれどね。
心電図をとったのですが、予想通り何の異常も出ず。
「もう少し発作が頻繁に起こるようなら“24時間のホルダー心電図”を付けましょうか?」と、誰もが考える結論に落ち着きかけた時、
せっかちが洋服を着ているような主人の「いい機会だからやってしまえば」との一声で
“ホルダー心電図”を付ける羽目に。
明け方から数時間、心臓がバクバクしていたので、両親の介護をヘルパーさんに任せて一日ゆっくり休もうと考えていました。
ところがホルダーを付けながら、看護婦さんが「いい機会だから色々と試して、心臓に付加を掛けて具合をみてください。静かにしていては何も出ませんから」と言われビックリ仰天。
付加を掛けてひっくり返えりでもしたら如何してくれるのですか?
でも、根が妙に真面目なものですから、お言葉に従って動き回りました。
母の代診の心療内科に行って、ついでに?歩いて数分の鶴岡八幡宮へ。
境内へ入ろうとした所で、心臓が“ヒクッ” 発作が「来たか!」と思いましたが、それだけで止まったので、61段の石段を登って上宮へ。
神様に、日々恙無く暮らさせて頂いている事にお礼を述べて参拝。
それから例の御神籤を引きました。
今年何度目かな???
何と「大吉」
鶴岡八幡宮はなかなか「大吉」が出ない神社なので、とってもいい気分に・・・
『病気 軽いけれども充分に注意をして下さい』と書いてあります。
「フム、フム」と明日の検査結果を楽しみに帰ってきました。
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November 15, 2007
真っ青な空と海、美しい白砂のビーチ、燦燦と降り注ぐ陽光、3時間半の飛行で別世界が開けました。
暑いのが大好きなので気温32~34℃は最高の気分。
暑いと開放的になるのか、自分でも意外な位開き直って、楽しんできました。
11月は雨季でオフシーズン。
そのせいか、町全体がブームを過ぎた観光地のようなひなびた感じが漂っていました。
看板などの説明は、英語、日本語そして時々韓国語。
アメリカというよりは、アジアのどこかの国に来たような、可なり不思議な空間でした。
1人前で2人分はたっぷりあるレストランの食べ物は大味。
食事の度に、ここは間違いなくアメリカと納得。
でも海に囲まれた街なので魚介類は新鮮で豊富。
息子夫婦が連れて行ってくれた海鮮料理の店は美味でした。
驚いたのが、レストランの予約を取るとホテルまで無料で送迎してくれる事。
これはとても便利でした。
フリーポート(自由貿易港)なので免税店がいっぱい。
でもブランドものはどこに行っても高いですね。
日本のお値段とそんなに変わらないようです。
目の保養をしてきました。
ちょっぴり残念だったのは、5日間もいたのに“日焼け止め”を塗り過ぎて、全然焼けなかったこと。
せっかく南国に行ったのに勿体なかったな~。
お陰様で1日200円(保険込み)、借りた海外用携帯電話は使わずにすみました。
ヘルパーの皆さん、お世話になりました。
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November 03, 2007
この日々緊急事態の中で、どうして旅行する事になったのか自分でもよく分かりません。
この春息子が外資系に転職し、夏休みが11月にずれました。
11月なら温かい所にでも皆で行こうかと、何となく決めてしまいました。
物事が決まる時は、そんなものなのかもしれません。
いろいろ考えていたら切りの無い状況ですから。
当初の予定では母をショートステイに預け、父にお留守番をしてもらうはずでした。
ところがこの1カ月半程の間に、父が1人で家にいるのは難しい状態になり、家に2人を置いてヘルパーさんと泊まりの家政婦さんに看て貰うことしました。
この準備が、かなり大変で飛行場に辿り着く前に疲れてしまいそうです。
B4-7枚に緊急時の対応の仕方から5日間の献立まで、事細かに書き出しました。
薬から日常品まで揃えると、買出しも結構な量になります。
主治医の女医さんも心療内科の先生も「ゆっくり楽しんでいらっしゃい」と賛成してくれました。
ただケアマネージャーとコーディネーターのお二人は、今からハラハラドキドキしているようです。
友のケアマネとは本音トークなので「ヘルパー達皆、自分の担当の間に何も起こらないように、と祈るような気持ちだと思うよ」と言われてしまいました。
誠に申し訳ない。
周りからは「介護の事は忘れて、楽しんで」と言われますが、なかなかそうそう吹っ切れるものではありません。
A 型のせいもありますし・・・
これからやっと自分の荷作りです。
いつも主人が荷物の多い私に「お家中持って行ったら」とからかいます。
今回は荷物を集める体力も無いので、程よい量になりそうです。
ドコモショップで海外で使用できる携帯電話を借りました。
鳴らない事を信じて出かけます。
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October 28, 2007
カラスの群れが忽然と消えました。
有料化と共に個別収集となり、各家庭の前にゴミを出すようになりました。
皆、自分の家の前に出すとなると、カラスに狙われないよう細心の注意を払うのですね。
以前は収集日になると、ごみ置き場付近の電線や屋根等いたるところにびっしりとカラスが並び、その姿と鳴き声が辺りに異様な雰囲気を作り出していました。
ヒチコックの映画「鳥」が、現実になるのではないかと恐怖感を抱く程。
どうしてカラスにごみ収集日がわかるのか、不思議ですよね~
頭がいいのか、本能でわかるのか。
餌が取れるかどうか、生活がかかっているのですから、あちら様も必死なのでしょうか。
でも、そんなこと感心していられない程、カラスとの戦いは大変でした。
それが有料化のお陰で解消されました。
勿論、我が市のごみ有料化の目的はカラス退治ではありません。
これはあくまでも副産物なのですが、私個人としては、自治会の“ごみ当番”の仕事が無くなりほっとしています。
本題のごみの量ですが、確かに減りました。
ごみの分別は、立場上、有料化以前から気を使ってキチットしていました。
今回、特別に減らす努力をしたわけではないのですが、何故か減りました。
それも半分位に・・・
ご近所の方達も「ごみの量が減った。減った」と言われています。
1つ考えられることは、指定収集袋が40ℓ(80円)、20ℓ(40円)、10ℓ(20円)、5ℓ(10円)の4つに分かれています。
40ℓの袋は可なり大きいので、20ℓ位に抑えておきたいなという考えが、どこかで働いているのかもしれません。
1つ困ったことは、隣町からのヘルパーさんが数名いて、ごみの出し方が全然違うので戸惑っておられます。
焼却炉の許容量とか火力とか、いろいろな事情があることは理解できます。
でも、ごみの収集方法を全国、せめて周辺地域で統一しないと、混乱の元ですよね。
今の所、ごみ有料化は思ったよりいい感じです。
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October 26, 2007
いつも人の話をジックリ聞いてくださる物静かで思慮深い先生の苛立ちムードが、若い受付嬢達とのやり取りから伝わって来ました。
完全予約制で午後の診察が始まったばかりなのに、何故か待合室には5人も患者さんが溜まっています。
夕方まで心を病んだ患者さんが先生を頼って次々と来院するのですから、ここは何とか先生にいつものモードに戻って頂かないと・・・
すぐ呼ばれたので飛び切り明るい声と笑顔で診察室に入り、
「こんにちわ。お陰様で母、無事合格しました。有難うございました」と、ショートステイ先の病院へ紹介状を書いて頂いたので、まず報告と御礼。
そして先方から預かって来た手紙を渡しました。
「それはよかった」と喜んでくださりながら、報告書を見て「あれ!“おかあさん、昼間時々大声を出しておられました”と書いてあるよ・・・・」
「エ~~、私、そんなこと聞いていません。看護婦さんに“母、大人しくしてましたでしょうか?”って伺ったら“大丈夫でしたよ。来月もどうぞ”と言って下さったので次回の予約もしてきたのですけど・・・」
「ここはお言葉に甘えましょう。先方が受け入れて下さると言うのだから、あなたは聞かなかった事にして・・・」と先生が言われたので、一緒に笑ってしまいました。
ちょっと前の私なら、ご迷惑ではないかと、いろいろ気にするところです。
でも只今そこまで考える気力もなく“成るがままでいいかっ?”てな感じになってきました。
どうやらそれが丁度良い加減のようです。
「来月、気分転換に孫達と海外旅行に行くので、お薬3週間頂けませんでしょうか?」
カルテを書きながら私の話を聞いておられた先生
「エッ!お孫さんいらっしゃるんですか???」
ハトが豆鉄砲を食ったような、虚をつかれたようなお顔。
そこまでビックリしてくれなくてもいいのですけどね。
ちょっと驚かすつもりだけだったのですから。
「幾つ?いや何年生まれ?」
「今年還暦です」
私の場合、下手な冗談を言うよりも、自分の年を言った方がず~っとお相手の反応が面白い。
「僕より年上なんだ。少しですけどね・・・」
母がお世話になって8年、時として娘のように対応して下さっていたのは、私の方が年上などとは思って見たこともなかったからなのでしょうね。
「しかしお元気ですなぁ~、僕なんかあちこち悪くてもうボロボロですよ」。
2人の老人介護でヨレてる私の方が元気に見える位、本当に心身ともにお疲れの様子。
それから、グワムの話をあれこれ。
生真面目な先生が、旅行の間母をどうするのかも聞かれず、暫し無駄話をもったりと。
いつもご迷惑を掛けてばかりなので、ほんのちょっと先生の気分転換のお役に立てたかな?
もっとも“暗めで物静かなムード”の先生が声を上げて笑うのを見て、ニヤッなんて、結構私のストレス解消も兼ねていたのですが。
私のささやかなご恩返しでした。
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October 11, 2007
自分のブログ名がニフティーのトップぺージに載っているのに出くわした時は、狐に抓まれた様な心境でした。
何が起こったのか訳が分からなくて・・・
アクセス解析で調べてみたら、丁度1年前の10月2日にアップした「かけがいのないもの-高嶋ちさ子」にアクセスが集中しています。
バイオリンニスト・高嶋ちさ子さんとダウン症のお姉様についての記事です。
高嶋さんにとってかけがえのないものとは、ダウン症のお姉様。
「姉のおかげで今の自分がある」と言い切れる彼女と彼女を育てたお母さまはとても立派だと思います。
彼女、もう少し言葉遣いが美しいと、言うことないのですけれどね・・・
『・・・高嶋さんにとって一番大変だったことは、世間の無理解だったそうです。
ダウン症を持った新生児はどこの国でも約1,000人に1人の割合で生まれるそうです。
それは確率の問題ですから、もしかしたら私だったかも、あなただったかも、自分の家族の誰かだったかもしれない。
そのように考えた時、お互いに助け合って生きていこう、支えあっていこうという気持ちが自然に心から生まれてくるはずではないかと、ある医学博士で宗教家が書いておられたのを読んだことがあります』そんな内容です。
そういえば前日の夜、TBSテレビ「ぴったんこカン・カンスペシャル・肉食怪獣高嶋ちさ子・・・極上牛肉を丸呑み・・・」を主人とみて大笑いしました。
番組をみた方が高嶋さんの迫力のある独特のキャラクターに関心をもって私のブログを訪れて下さったのかも・・・
神様の教えについて、両親の介護について、地味で硬い内容のブログをボチボチ書いております。
最近、93歳と90歳の介護疲れを少々感じておりました。
暫くブログを休止しようかなと考えていた矢先のランキング2位。
またボチボチ続ける気力を貰ったような気がします。
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September 29, 2007
我家での受け入れ態勢の手順を考えながら家路を急いでいると、家の近くで休診日の母の主治医にばったり。
病院の担当医との話を聞いて「転院先を探しましょうか」と尋ねられました。
一瞬、その手もあったのかと・・・
でも、もう一度父の側で過ごさせようと決め、家での介護の段取りを考えていたので「一旦連れて帰るつもりです」と答えました。
「必要ならば毎日点滴に伺いますよ。訪問看護士さんとも相談して出来るところまでご自宅で。難しくなったら“あのお高い病院”にお願いすることにしましょうか」と言われたので、笑ってしまいました。
今、唯一快く母をショートステイに預かってくれる病院のことを、女医さんとの間で「あのお高い病院」と呼んでいます。
ただ2週間後にお盆休みを控えているので「休み明けまで入院させておいてもらえないか」お願いしてみたら、と言われました。
担当医の答えは「主治医とご家庭の都合でお母さんを“箱”(彼は何故か病室の事を箱、箱といいます)に後2週間も入れておくのですか???」でした。
断られる事を予期していたので「そうですね。受け入れ態勢が整い次第退院させます」と
あっさりと引き下がってきました。
ケアマネージャーと家政婦会に母の症状を伝え、介護と時間延長の相談をしました。
家政婦会は、病院の付き添い等をこなしているのですんなりOK。
20年来の友のケアマネージャーは「怖いね~」と言った後、暫し考えていました。
私も“怖い”と思っているのですから当然でしょうね。
何が起こっても不思議のない状態での退院なので「何なら責任は全て私がとります、と一筆入れましょうか?当分、特に食事の時間帯は私が家にいるようにするけれど・・・」と話したら、そこまでしなくてもと引き受けてくれました。
今回何が助かったかといって、母の心療内科の先生の夏休みが9月始めでお盆休みとずれていた事。
続々と“拾う神さま”がお出まし下さっている、そんな感じです。
その後も“捨てる神あれば、拾う神あり”と状況が目まぐるしく変化しております。
ケアマネージャーに「うちの介護、結構ドラマチックでしょう」と言ったら「激動です!」と返ってきました。
ウム、やっぱり・・・
激動の中に身を置いて、過労で少々のびております。
老人介護、老人医療について書きたいことが沢山あります。
ぼちぼち更新できればいいな~と思っております。
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September 06, 2007
連休明けの1番忙しい時間帯に救急車で運ばれてきた母に、担当になった若い医師は明らかに不機嫌そうでした。
診察室で立ったままレントゲンを見て「誤嚥性肺炎と脱水で2週間程の入院です」と告げただけで、後何の説明もありませんでした。
これは言い訳ですが、救急車での緊急入院は、主治医の女医さんと受け入れてくれた病院の主任さんの判断で、私が決めたのではありません。
毎度お馴染みの「当院は老人病院ではありませんので、延命治療はいたしません。その旨了解しておいてください」の説明も当然然ありませんでした。
担当医からの初めての説明らしい説明はそれから1週間後、病室で母のべットを挟んで始まりました。
カルテを見ながら『こうなると何が良い悪い、どうしなければいけない、してはいけない、と言う事は何もありません。
誤嚥性肺炎は近日退院出来る位良くなっています。
でも何しろ食べられない。
看護婦が付きっ切りで食べさせても、病院食の1~2割の摂取がやっとです。
食べられないのをどうするか、ご家族でよく相談してください。
胃楼という方法もありますが、当人が食べないのに人工的に栄養を仕込むというは人道的にどうかとも思いますし・・・
このままにしておくのも・・・お母さんは意識がとてもはっきりしているので・・・
選択肢が増えてしまったので、反ってどうするか難しくなってきているのです。
今の状態だと退院しても緊急入院の繰り返しになります。
「しばらく療養病棟で看て頂くことはできませんでしょうか?」との私の問いに
「療養病棟で何をするんですか?」と問い返されました。
早晩この体では(体重20数キロ)点滴も出来なくなる時がきます。
点滴には限界がありますから・・』
そこで言葉を止めて、母の方をちらっとみて、声を落とし
『餓死ですな・・・まあどうするか、ご家族でよく相談してください。
立ち話ですみません』
と小さな声で呟いて病室を出ていきました。
母は異常に勘の鋭い人なので、自分を挿んで交わされた話の内容を感じとっていたはずです。
「お母さん、もうすぐ退院できるんですって。ヘルパーさんや訪問看護士さんの手配をするからもう少し待っていてね」と言うと母が嬉しそうに頷いたのでほっとしました。
“世の中で出会うことには、偶然も無駄なことも何も無い”
神様の教えの話をうかがいに行く天命庵でよく聞く言葉です。
丁度2日前、ご町内の同じ年配の女性から「祖母(彼女はご両親が亡くなった後に残され106歳の父方のお母さんの面倒を見ている奇特な方です)が、食事がほとんど取れないのに病院から退院してくれと言われた」との話を延々1時間半にわたって聞かされました。
彼女は医師と掛け上がって、毎日外来で点滴をしてもらうことを条件に退院をシブシブ認めたと激怒していました。
母の担当医の話を聞いてすぐ、同じ事が我が身にも起こっている事がわかりました。
厚生労働省が、2012年までに療養病棟の削減と廃止、高齢者の診療報酬(特に入院の)を儲からないようにした結果がすでにこうゆう形で現れているのです。
彼女の話を聞きながら、私ならどうするかなとぼんやり考えていた事が、即役に立ちそうでした。
そう、世の中で出会うことには、偶然も無駄も無い。
それをどう生かしてゆくかに掛かっている、そんな気がしています。
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August 28, 2007
寝たきりになった母にとって、食べることは唯一の楽しみです。
そして若い時から痩せていた母は、食べることに異常なまでの執着をもっています。
その母に食べる事を諦めさせる。
精神的バランスを崩してしまって母には、どんなに説明しても理解する事は出来ないでしょう。
自分の口から食べられる可能性がある限り、食べる喜びを残しておきたい。
父も姉達も母の胃楼に賛成しませんでした。
ご相談した母の主治医も、胃楼について暫らく考えた後「私も同じ位の歳の母がいますが、母にはしたくないですね~」
「香川さん、ご自分だったらどうですか?」と突然振られました。
私自身についてなら、答えは決まっています。
神様の教えを伺っている天命庵で「人は如何に生きていくべきか」を学んでいると、自然に人の生死について、日頃から何となく考えていますから。
できる限り自然に逝きたいですね。
それが私の寿命だと思うので・・・
自分の考え方が誰にでも当てはまるとは思っていないし、当然押し付ける気もありません。
だからこそ他の人については、難しいのです。
特に、母は永遠に生き続けるつもりでいる人ですから・・・
それから1年8カ月、流動食ですが何とか自分の口から食べていました。
胃楼をせずにここまでこれたのは、偶さかの幸運だったのかもしれません。
でもそれが母の持っている生命力なのだと思います。
母が「美味しい。美味しい」と流動食を食べているのを見て、胃楼にしなくて良かったと思っていました。
そして先月、救急車で緊急入院。
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「当院は老人病院ではありませんので、延命治療はいたしません。その旨了解しておいてください」
母が再三お世話になっている病院は、入院初日に必ず担当医からこのような説明があります。
どの医師も皆同じ内容をほぼ同じ言い方で・・・
マニュアル通り伝えているのでしょうね。
2年前、母が誤嚥性肺炎で入院した時も、毎度お馴染みの「当院は老人病院では・・・」の説明を受けました。
それから3日後、検査結果と今後の治療について話がありました。
誤嚥性肺炎は非常に繰り返す可能性が高く完全な治療法はないとの事。
再発の可能性を小さくする選択肢として“胃楼”、腹部から胃に穴を開けて高カロリー栄養を入れる方法があると言われました。
主治医は、88歳(当時)体重23キロの母に強いて勧めはしませんでしたけれど。
説明を聞きながら、主人の両親が二人共径管栄養で数年、意識のないまま命を繋ぎ亡くなった時の事を思い出していました。
私の中では高齢者に対する径管栄養は延命治療と感じていたのです。
それが「延命治療はいたしません」と宣言した担当医の口から胃楼の話が出たので“胃楼は延命治療には入らないのだ”と驚きながら説明を聞いていました。
胃楼、経管栄養を、全て延命治療と決め付けるつもりはありません。
それらの治療法によって、生活のレベルを向上さている方々がたくさんおられるのも知っています。
人は自然治癒力を始め、生きようとする生命力を備えています。
その生命力がなんらかの理由で弱った時に補うのが医療の役割であって、医療が人間を生かす、医療が主役ではないと私は常々考えています。
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August 17, 2007
午前1時過ぎ、夢の中に市からの防災無線アナウスが割り込んできて飛び起きました。
「ただいま気象庁から東海地震注意情報が出ました。東海地方を震源とする大きな地震の発生の可能性が高まったことを意味する情報ですが、すぐにこの地震が発生することを意味するものではありません・・・・・・・・・・・・」
その後、なが~い沈黙が・・・
慌ててテレビをつけると、どの放送局も津波注意報を流していて、東海地震情報にはまるで触れていません。
そうこうしているうちに防災無線から、けたたましいサイレンの音が聞こえ、今度は津波注意報が流されました。
その時点で、津波注意報と地震情報を間違えたのだろうと察しが付きました。
なんという事をしてくれるのですか!
一時は“うっ、来た!”と本当に信じましたよ。
信じた理由は、
連日の異常な猛暑。
私には自然界が警告を発しているように思えています。
自然界に何が起こっても不思議はないのではないか、そんな異様な感じを受けているものですから。
もう一つ、その夜8時44分に市の防災無線が、南米ペルーで起きた地震による津波注意報を出していました。
詳細が分からなかったのでNHKの9時のニュース、テレビ朝日の報道ステイションを見たのですか、どの局もペルーの地震について触れませんでした。
海に面した我が市は結構情報を集める能力があるのかも、と感心していたので、コロッと信じてしまった訳です。
翌朝、市の行政改革の副会長をしている主人は他の件で行革担当に電話したついでに、
「夜中のあれは何だったのよ?
操作ミス?
間違えたの?
東海地震注意情報は前もって用意してあるの?
如何すると間違えるのよ?
間違え易くなってるのか?
後の訂正とお詫びはどうなってるんだ?」
役所の人がインターネットにお詫びを出したと答えたようで、
「そんな時間に誰もインターネットなんが見ないぞ~」
正確には30分後に東海地震注意情報は誤りでした、と知らせる訂正放送をしたそうですが、私達は寝ていて気が付きませんでした。
余りに無邪気に率直な質問をするので、噴出しそうになり、階下に母の様子を見に。
情報で起されて洋服を着替えたというヘルパーさん、主人が市役所の人と話していると言うと、皆が言いたいことですよね、と手を叩いて喜んでくれました。
でも夜中だったことが不幸中の幸いだったかもしれません。
もしも真っ昼間に市内全域247局のスピーカーでこの誤報が流れたら、街中がパニックに陥っていた恐れもあります。
こんな信じられないような事、起こってしまうのですね。
何事も鵜呑みにせず、情報は複数から得るようにして、よく自分で考えて行動しなければ危ない時代のようです。
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August 16, 2007
東に報復の戦争が起こりそうだと聞けば、武力は武力の、暴力は暴力の、憎しみは憎しみの果てしない連鎖を招くだけで何の解決にもならないことを説きに駆け付け。
どんな戦争にも良い戦争というものは絶対にないはずです。
人の尊い命を奪い人の生活を地球を破壊するのが戦争の本質だからです。
西に宗教戦争があると聞けば、仲裁の為に駆け付け。
日本は現在あらゆる宗教がそれなりに仲良く共存し、そしてほとんどの国民は自分が無宗教だと信じている、世界から見て宗教的に偏っていない無色透明に近い摩訶不思議な国です。
だからこそ紛争国の意見を中立の立場でじっくり聞いて、仲介のお手伝いをするのに打って付けです。
南に貧しさからくる内戦が起こっていると聞けば、貧しい人々が自立できるように資金と技術援助をしにお金を持って駆け付け。
そうです世界平和の為に動き回る資金は、私達日本国民の大切な大切な税金です。
同じ私達の税金を使うのなら、戦争の後方支援や戦後の復興支援の為よりも、争いを未然に防ぐ為に使った方がずーと有益です。
今医療でも病気の発生を抑える予防医学と健康を維持・向上させる健康増進に力を入れている時代ですもの。
平和予防と平和増進に私達の血税は使って欲しいと思います。
北で独裁者が自国の力を誇示する為に核を持とうとしたり、国民を圧制していると聞いたら、周りの国々と結束し皆で知恵を出し合って独裁者に退陣を促がす為に飛び回り。
人も国も一人では一国ではこの地球上で生き延びられません。
他者と他国と協力し合って始めて存続することができます。
そして自国の利益のために独裁者を手助けする国があったら、核戦争がどんなに悲惨なものかを唯一の体験国として訴え、援助しないように説得するのです。
私は日本に、そんな国に成って欲しい。
何から始めましょうか?
詩人、谷川俊太郎さんの言葉、
「人を憎んだり、差別したり、無理に言うことを聞かせようとしたり、自分の心に戦争につながるそういう気持ちがないだろうか。 自分の気持ちと戦争は関係ないと考えるかもしれないが、それでは戦争はなくならない」
あなたが地球の為、子孫の為、自分の為に世界の平和を願うならば、まず自分の身近な所から平和な雰囲気を醸すし出していきましょう。
夫婦、親子、子供、隣人、友人、同僚等皆と仲良くして先ず小さな平和を創る工夫をして下さい。
争いを起こさないで下さい。
物事は全て小さな小さなことから始まります。
“なーんだ”と思うような、ついおろそかにしてしまいそうな小さな事から全ては始まっているのです。
自分の出来る小さなことを一つ一つコツコツと努力していくことが、結果的には平和を成す一番の近道だと思います。
平和の旗を振るには日頃からそれに相応しい行いをしていなければなりません。
信頼されうる国造りをしていなければ、どんな正論を説いても国際社会で相手にされないでしょう。
国民一人一人が平和への思いを地道に積み重ねて始めて叶うことです。
ある平和外交家が「平和は生まれてくるのではなく自分達で作るもの。言葉ではなく行いによって日常生活の中で実践していくもの」と言っていました。
きな臭い昨今、神の教えを学びながら、私なりに平和についての日本の役割をこんな風に感じています。
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August 15, 2007
日本には世界に類のない2つの特徴があります。
1つ、地球上で唯一の戦争による核の被爆国であること
2つ、戦争放棄を詠った平和憲法を有していること
この2つの特徴を踏まえて、日本には国際社会の平和に貢献してゆく大きな使命があるはずだと感じています。
しかし平和憲法を有していても何も行動をしなければ、それは宝の持ち腐れです。
ただ護憲、護憲と叫んで飾っておいては何の価値もありません。
世界の平和の為に行動し、汗をかいて始めて平和憲法が生きてくるのです。
活用して初めて価値が生まれてきます。
世界には日本が平和憲法を有していることすら知らない国が多いのではないでしょうか。
それでは平和憲法は実在しないも同然です。
しかし真に平和の為に貢献したいと願うのなら、それが叶う充分な下地が日本にはがあります。
それが初めに書いた2つの特徴です。
被爆後50年はペンペン草も生えないだろうとまで言われた無残な被爆地の実情。
被爆地となった広島と長崎の人々がその悲劇を限りなく連鎖してゆく憎しみ恨みの世界へではなく、世界の平和を願う愛の世界へと高めていった心情。
憎しみ怨みに囚われ続けることなく、ひたすら努力をして見事なまでの復興を成し遂げた街並みと被災者の姿。
これらのことを私達は世界中の人々に伝える責務があるのではないでしょうか。
日本が何故被爆国になったのか、誰が核を落としたかを問い責めるのではなく、ただコツコツと地道に核の悲惨さを、戦争のおぞましさを訴え続けていく。
それが故に日本は絶対に戦争はしないという平和憲法を有し、そして世界平和を築く為にあらゆる協力を惜しまない国であることを、地球上の全ての国々に認識してもらう努力をするべきだと思います。
地球上の国々は其々の役割に応じて必要な資源や資質を有して創造されています。
日本は“和の心”の資質を持っている国です-平和、調和、温和、混和、和睦、和解を生み出す力です。
和の心で美しい精神文化を工夫して創っていく心の資質を持った国です。
和の精神文化とは皆が仲良く輪になってお互いの良さを認め合い生かし合って“美しい心”を醸していく文化です。
日本には国々の間に入って友好関係を築きそれを保つようにお手伝いをする役割ができるはずです。
テロと戦争で幕を開けてしまった新たな21世紀に、私が理想とする日本の姿を次回に書いてみます。
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August 05, 2007
「何時か伺おうと思いながら聞きそびれていたのですが、ご両親の最後をご自宅で看取る覚悟はおありですか?」
「覚悟がおありかどうか伺っておきたくて・・・」
「もう覚悟はできていらっしゃると思うけど・・・」
「どうしても在宅で、との覚悟がおありならばお手伝いします」
この1年8カ月、何度か主治医に尋ねられ、答えようと思うと何故か不思議に話が逸れてしまう、そんな繰り返しが続いていました。
自称天然ボケの女医先生、明るく気さくで優しくて、医師としての腕前はともかくとして、お人柄は申し分の無い方です。
在宅介護に力を入れておられ、最後の見取りもされているとの事。
ただ、この「覚悟」「覚悟」には正直当惑しておりました。
私を含めて全ての人は、後か先かの時間の差はあっても、いいずれ必ず最後の時を迎えます。
この世に生を受けた以上、死は誰にも平等に訪れるものであり、自然な事です。
常々生まれて出ることと、死に行くことは神の領域だと思っています。
なので、自分の最後についても、身内の最後についても、自分がどうこうしようとか、どうこうしたいという考えが殆どありません。
行き当たりばったりというのではないのですが、一番自然な形でその時を迎えられたらと思っています。
死とは、自分が生まれ出て来た“源”へ帰ること。
この世に生を受けた事が、めでたき事であるならば、生まれ出てきた“源”へ帰って行くことも又めでたき事。
日頃から、そんなふうに考えています。
明日母が退院してきます。
いつ再び緊急入院することになるかわからない状態での退院です。
今後の事を主治医と話し合った折「出来るところまで自宅で、難しくなったら病院にお世話になるつもりです。93歳の父のこともありますので」と伝えました。
母の意識がはっきりしている間に、もう一度二人で過ごしてもらいたい。そして静かに母を見送ってもらいたい、と思っています。
母にとって、父にとって、一番良き道へとつながつて行く事を信じて、祈りながら自然体でいきたいと思っています。
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August 03, 2007
参議院選が終わっても、自民党の惨敗、安部総理の続投、この時期の赤城氏の更迭と、連日政治のニュースで賑わっています。
選挙に行って国民の義務を果たしたらお仕舞い、次の選挙まで政治の事は忘れてしまう。
そんな国民性なので政治の話題が続くのもいい事かもしれないと思いつつ、可なりレベルの低い話ばかりで呆れ返っております。
投票は、あくまでも始めの一歩です。
自分の1票を投じた人が、私達の大切な税金を使ってどのような活動をするか見守る責任があると思っています。
それでなくては、投票に行った意味がありません。
選挙が終わってからも国民としての義務と責任は続くのです。
日本人(マスコミを含めて)は一寸せっかち過ぎるのではないでしょうか。
猫の目のようにくるくると総理大臣や大臣を代えていては、政策が全部中途半端で終わってしまいます。
すぐに代わる総理や大臣では、対外的にも世界各国からまともに相手にしてもらえないでしょう。
その結果一番損をするのは国民自身だと思います。
何事もそうですが始めが大事なのです。
初めに国会議員にふさわしい人を、将来大臣や総理になれそうな器の人を、育てがいのある人を選んでおかないと、こういうことになります。
参議院選の顔になりそうだから、票が取れそうだからと総理に選んだ自民党の人達、選んだ動機が余りにも不純です。
10カ月で大臣4人、そして総理自身も辞めるとなると、内外に人材不足をまるでアピールしているようなものです。
本当のことなのですから見栄を張っても仕方がないことなのかもしれませんが・・・
今まで国民がしっかりとした政治家を選び、育ててこなかったツケが“どっ”と噴き出している感があります。
ここから新しい流れを作り出す事ができるかどうか、私達、国民の手に掛かっています。
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July 27, 2007
朝の9時過ぎ、妙にソフトムードの若い男性から電話。
この手の声の主は新米の押し売りが多いので、我家の一番忙しい時間帯にと思いながらいい加減に応対していました。
「今回の参議院選の世論調査に協力をお願いしたいのですが、5~6分お時間を頂けませんでしょうか?」
NHKから委託を受けているとの事。
あらあら、あの1000人位が対象の世論調査に選ばれちゃった!
気合をいれて答え始めました。
「ご家族で20歳以上の方は何人ですか?」
「その中の上から3番目の方は何歳ですか?」
「電話をその方に代わって頂けませんか?」
がくっ!
我が家の上から3番目は主人です。
私でなくて、がっかり~~
主人は出掛ける間際だったので、お断りすると「夜2~3回掛けさせてもらっても宜しいでしょうか?」とソフトムードの割には押しが強い。
調査の公平さをきす為に、最初にランダムに選んだ人を変えないそうで、その人が駄目だったら次の人を、とはいかないそうです。
2回目の電話の時主人が帰宅していて、てきぱきと答えておりました。
今回の選挙、投票に行く予定ですか?から始まって、投票する候補者は決まっていますか等、お決まりの質問。
中で意外だったのが、赤城農林大臣の件について4択の質問が含まれていたこと。
主人は「少しは考慮する」と答えていました。
政策で重視することは、年金、格差等4択で、選択肢がなさすぎると「その他」にしていましたね。
この結果は何時頃NHKで発表するのでしょうか。
「ご質問があったらご連絡を・・・」と電話番号を言いかけているのに、主人は「いいよ、いいよ」とさっさと切っちゃったので何も分からず。
感想は世論調査って本当にやってたんだ~。
別に疑っていたわけではないのですが、自分とは関係のないところで行われている事のように感じていたもので・・・
それと、ここ数週間マスコミの選挙報道に感じている事があります。
今朝の朝日新聞にも『民主、勢いを維持』『自民40議席割れも』との見出しが躍っていました。
でも記事を読み進んでいくと「ただ、有権者の5割近くを占める無党派層は棄権も含め投票行動をぎりぎりまで決めない傾向が強く、なお流動的な要素がある」
こういう書き方って変ではないですか?
支持政党をしっかり持っている人達はこういう見出しに左右されることがないでしょうが、無党派層の人達にとってはかなりの影響を与える場合があると思えるのです。
この時期、政治、選挙に関して紙面を割くこと大賛成です。
各政党の考え、候補者の考えを詳しく分かり易く載せてほしいとも思います。
でも投票も始まっていないのに、まるで結果が出てしまったような見出しは、投票率にも候補者の選択にもマイナスではないでしょうか。
誰に投票するかは選挙民一人一人が自分で判断すべきことです。
世論に左右されるものではありません。
でも、よい意味でも悪い意味でも世論の流れを判断基準の中に入れてしまう可能性はかなりあると思います。
あまり派手な見出しやしばしば発表される世論調査は、何か本来の選挙の姿を歪めてしまう様な気がするのですけれど・・・
今回、私は民主党に投票します。
皆さんも選挙に行きましょうね。
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July 24, 2007
万燈みこしが氏神様に戻られるのを神社までお見送りして、今年も夏祭りが無事終りました。
お参りして、ひょっとお賽銭箱の横を見ると何故かおみくじの箱が置いてあるのです。
いつも社務所の受付にある箱が・・・
おみくじ好きとしては、折角移動して待ってくれているのに、引かないわけには参りません。
今年何度目かな???
神社の境内のほの暗い提灯の下では何を引いたのかよくわからなかったのですが、後で見たら“大吉”でした。
大吉は何度引いても嬉しい、気分が良いものです。
くたびれ果てている私への神様からのプレゼントかな・・・
「おもうがままになる運です」と書かれていました。
残念ながらくたびれ果てていて“思うがまま”が何なのか頭に浮かびません。
両親も93歳と90歳、神様にあれこれお願いする事はなくなりました。
毎朝「御心のままに。父と母が今日1日、恙無く過ごせますようにお守りください」と祈っています。
お祭りの間に、長姉がお見舞いに行ってくれて、父に様子を知らせに我家に寄って行きました。
私は自治会館に詰めていたので後から父に聞いたのですか「母はだいぶ弱っていて、今年いっぱいは無理だと思う。そろそろ寿命じゃないか」といって帰ったそうで・・・
前日私が母に会いに行った時は、点滴をしてもらって静かに寝ていました。
看護婦さんからも「症状は落ち着いている」と説明を受けたばかりだったのですけれど。
でも姉の話を聞いて父はおろおろしているし、年寄りは急に病状が変わる事もあるので、お祭りを抜け出して様子を見に行きました。
抗生剤の点滴が効いてきているのか、大分元気になっていました。
一安心。
姉は思っている事を何気なく口に出してしまう性格なので、電話を掛けて余り年寄りを脅かさないようやんわりと忠告。
「先月ショートステイで見舞いに行った時より大分弱っていたから」と言うのですが、それはそうですよ、救急車で運ばれる位ですから。
でも「そろそろ寿命」はないでしょう。
人の生き死は、神の領域ですもの。
私は毎日母を看ていますが、たまに会うと変化を大きく感じるのでしょうね。
父が落ち着かないようなので、これから一緒に母に会いに行ってきます。
次から次と用事が絶えないのは、元気に生きて働ける証拠ですよね、きっと。
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July 21, 2007
1度目は元旦の夜。
2度目は3連休、海の日の翌日でした。
子供とお年寄りは医師の休みの日を狙うかのように体調を崩して慌てさせてくれます。
この祭日は主治医の女医さんが遠出をしておられ、携帯電話で指示を仰ぎながら訪問看護士さんが3回処置に訪れてくれました。
結局、翌朝、いつもお世話になっている病院に救急車で入院になりました。
いつも感じることですが、救急車の隊員さん、本当に親切でした。
こんなに親切な人達が世の中にいるのかと感激するほど。
心から頭が下がりました。
両親の介護を始めて1年7カ月、お世話になる方々に一生分の頭を下げたような気がします。
まだまだ続きますけれど・・・
病名は誤嚥性肺炎。
1年半前、誤嚥性肺炎で入院した時、胃楼の(腹部から胃に穴を開けてそこから高カロリーの栄養を直接摂取する)打診を受けました。
と言ってもお若い担当の先生、当時体重21キロの母の手術には消極的で、半部逃げ腰の感じでした。
一様あらゆる可能性は説明しておかなければならない規則ですからみたいな・・・
父も姉達も、胃楼の手術には賛成しませんでした。
それから1年7ヶ月、ミルで作った流動食とはいえ、すき焼、うなぎ、フライ物と好きな物を味わう事ができました。
ですから今回の誤嚥性肺炎はある程度覚悟していた事です。
また流動食がむせずに食べられるようになるのかどうか、分かりません。
入院の手配をして下さった主治医の先生に報告に伺うと「病院に預けておけば安心だから、まずゆっくり休みましょう。これからの事は後で考えましょう」と言われました。
入院の当日から、庭師さんが4人。
そして翌日から夏祭り。
目が回りそうな忙しさです。
夏祭りの間は、一日中自治会館に詰めて、お参りに来る方への接待と金庫番をしています。
姉が代わりにお見舞いに行ってくれています。
それにしてもゆっくり休むとは程遠い生活ですが、今の私にはいいのかもしれません。
病院にお任せする、それが一番ですから。
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July 15, 2007
『宝くじは買わねば当たらない
世の中は投票せねば変わらない
だから、選挙に行こう』と偶然訪れたtondemoさんのブログにありました。
我家ではここ何十年、主人が宝くじを買う度に同じ会話を交わしています。
「買っても無駄じゃないの」と私。
「買わなければ当たらないよ」と主人。
その言葉が、これからの日本の流れを決める参議院選挙の記事に使われていたので「えっ!!!」
若い方のブログかと思ったら、どうも私と同じ位の方のようで・・・
今の私の願いは、1人でも多くの方が選挙に参加して、政治の流れを変えて欲しい事。
それで、ブログを読んだ方が選挙に関心を持ってくれそうな記事には、拍手を送りたくなります。
私は必ず選挙にゆきます。
政党よりも国の将来、国民の生活、世界の平和を考えてくれそうな人物本位で(なかなかいませんけどね)選んでいます。
どうせ投票しても何も変わらないと思っている方多いと思います。
私も毎回行っていて、政治に民意が反映されている確かな手応えは感じていません。
でも行く理由の1つには、行かなければ組織票の力が強くなってしまう事もあります。
選挙は特定の組織が自分達の都合のよい政治を行う為に、お墨付きを与える為の物ではありません。
特にそれが宗教がらみだったりすると、憲法でうたわれている政教分離はどうなっているのかと不可解になります。
選挙は民主主義の象徴です。
一人一人が自分の意思を投票という形で表明し、国政に関わる最大のそして唯一のチャンスなのです。
日本の将来は私たち国民の選ぶ政治家の手にかかっています。
今、世の中が必ずしも良い方向に向かっているようには私には感じられません。
それなのに政治家が打開策を講じているとは思えないのです。
勿論その政治家を選んでいる、又は無関心でいる私達国民の責任も重大です。
安心できる未来のためにキチット政治に目を向けませんか。
選挙で投票にいかなければ、絶対に世の中は変わりませんもの。
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July 12, 2007
ユニセフから住所と名前を書いたパーソナルラベルが届きました。
毎年僅かながら支援を続けています。
開発途上国では、栄養不良や感染症、不衛生な飲み水などが原因で1日に29,000人の子供たちが貧困の中でなすすべもなく命を落としているそうです。
1日に29,000人の命を救う為に、私が微かばかりの募金をしても・・・との思いもあります。
それでも募金をし続けているのは、かつて敗戦で荒廃していた日本がユニセフの援助によって支えられたことがあると聞いたことがあるからです
ユニセフは1946年に戦禍に苦しむ子供たちへの援助活動を開始しました。
その3年後の1949年から、日本は学校給食でのスキムミルク(大人になった今でも覚えているほど恐ろしく不味かったですけれど・・・)や毛布、衣料の原料、医薬品、医療資材、災害時の緊急援助等、15年の長きに渡り当時の金額で65億円もの援助を受けました。
現代のように情報が世界中を飛び交っていなかった時代、アメリカやヨーロッパに住む普通の人達は日本が地球上のどこに位置するかもよく分からなかったであろう時代に、遥か彼方からの心のこもった募金で、大勢の日本の子供達が救われたのです。
国レベルでの援助は国に任せるとして、私たち一般市民も自分たちのできる範囲でお返しをするのも大切な事かなと感じています。
天命庵の親様は人が助け合うことの大切さをよく話されます。
なぜ人は助け合わなければいけないのでしょう。
人はこの世に生まれ出る時、自分で勝手にお母さんのお腹から出てきた人はいません。
人の手を借りて、人に助けてもらって生まれてきます。
この世に生を受ける時から、人は皆、他の人に助けてもらっているわけです。
そのお返しに、自分の出来る事、無理なく出来る事で、人の為、世の中の為に何か良い事をするのは当たり前のことではないでしょうか。
皆が互いに助け合う事によって世の中は成り立っています。
その事を忘れずに生きてゆきたいと思っています。
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July 01, 2007
仕方がないので「未納のままだと将来支給される年金はどうなるのですか?未納1ヶ月分、今払うことができるのですか?」と質問をしたら、やっと説明が始まりました。
60歳以上の任意加入の手続きを取って納付すればよい。
ただし保険料は今の額で、未納時の額より大分高くなっています、との事でした。
職員の方からはお金を納付させる話は言い出さないようにしているのかな・・・と何となくそんな感じがしました。
ついでに私の年金が幾ら位なのか、皆目見当もつかなかったので、聞いてみました。
「ズバリ言いましょうかね。驚かないでくださいよ。驚かないでくださいよ」とえらい軽いのりで暫く電卓を叩いてから、教えてくれました。
軽いのりは「少ない!」と文句を言われない為の予防線のようでした。
いろいろ文句を言う方が多いのでしょうね。
私は配偶者の部分だけなので、月数万位かなと思っていたのですが、それよりは支給されそうなので、そんなものかと納得。
65歳まで任意加入して年金を払うと支給される額が年に10万円増える、との懇切丁寧な説明に、うっかりのりそうになりました。
余り待たされなかったし、職員さんも感じが良かったので、1ヶ月の未納は「まぁ~、いいか」と思いながら社会保険事務所を後にしました。
帰宅してから年金の説明の間、左手に握り締めていた “オレンジ色の年金手帳” 職員さんが1度も見なかった事に気付き、慌てて国民年金の記録のページを確かめてみました。
「被保険者となった日」と「被保険者でなくなった日」が9行に渡って、1日のズレもなくつながっています。
そして一つ一つの欄に市のハンコが・・・
勿論、社会保険事務所で渡された記録で未納になっている18日間も、配偶者の“3A”から“強”に変わって記載されています。
年金手帳に記載されている内容と社会保険事務所からもらった記録は、未納の1カ月分以外はぴったり一致。
翌日もう1度社会保険事務所を訪れました。
前回とは打って変わって無愛想な職員さんで曰く、
「年金手帳は関係ないんです。
年金手帳の記録と年金を払ったかどうかは別です。
社会保険事務所が出している記録が全てです。」
と年金手帳を見もせずに言うのです。
そして昨日渡された記録紙の平成5年12月のところに印をつけて「これ以降は正確な記録に基づいて記載されています。でもここからマークが違うでしょう。それ以前の部分は正確な記録ではなく、資料を元に作られたものです。昨日渡した記録が正しいのです」
「私の年金手帳では、全部つながっているのですけど・・」ともう一度言うと、
「つながっていないと年金が支払われなくなるのでつなげてあるだけです」と今にも切れそうな感じなのです。
彼の説明によると、市は保険料が未納であっても、「被保険者となった日」を認めるハンコを押していることになります。
何しろ「年金手帳は関係ない」と言われてしまうと咄嗟に何と言ってよいのか分からず、納得がいかないまま、すごすごと帰ってきました。
本当に市役所の年金課で記載された年金手帳の記録は、過去の納付と関係ないのでしょうか?
年金の記録も説明も、とてもずさんな感じがしています。
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June 24, 2007
「耳は大きく、人のことをよく聴き
目は高く、目上の人を見習い
鼻高からず、天狗にならず
口は小さく、人の悪口は言わず
頭は低く、気は長く
腹を立てずに、心は丸く
そうすりゃ自然と、命は長し」と続きます。
お世話になっている内科の待合い室に、達筆で書かれ大きな額が掛かっています。
待っている間に読んでいる人達の感想というか反応が、ほとんど同じなのが気になります。
検診に来たと思しき4人組の中年女性。
「いいこと書いてあるはね、でも最後は余計よ」と1人が言い出すと皆が賛同。
その後は身内、知り合い、ご近所の高齢者と世話をしている人の大変な話が尽きることなく次々と・・・
品のいい初老のご夫婦、2人で声を揃えて読み進まれ、最後の行で沈黙・・・
先日、隣に座った女性に、「その通りだけど、するのは難しいね。長生きはしなくていいよ」と話しかけられました。
今年80歳で、診察を終えたら、病院の近くのお店で午後4時から夜中の12時まで仕事だそうです。
とてもそんなお年には見えなかったしお元気そうだったので「その年でお仕事があって元気に働けるなんてお幸せですね」と言いました。
「この年で働けるのは有難い事だと思ってるけど、もう充分」実感がこもっていました。
この文章を考えた方、皆の反応にビックリしておられるでしょうね。
多分真意は“この様な心遣いをしながら日々暮らしていれば、体にも精神にも優しく、穏やかに健康に長生きできますよ”と言いたかったのではないかと思います。
でも今、誰もそこまで考えられないのですね。
「命は長し」その言葉に抱く不安はとても大きいのです。
長生きをする事は、決して幸せな事ではないと多くの人が思っている国。
本当に「美しい国」と言えるのでしょうか?
特別“美しく”なくてもいいから、国民が不安を感ぜずに普通に暮らせる社会のシステム、医療体制を造って欲しいと、私は思っています
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June 22, 2007
病院に迎えに行くと、今回お世話になった若い事務員に「担当医からお母様お預かりして何も問題が無かったので、次回から2週間でも大丈夫です、との連絡が入っています」と告げられました。
これで何とか母を預ける先を1カ所、確保することができました。
高齢者を2人抱えている身にとっては、これは「バンザイ」したい位とても大きな事なのです。
病棟に上って看護婦さんから滞在中の様子の説明を受けました。
それで合格した理由が判明。
就寝時の薬、よく説明して量に幅をもたせて薬剤師さんに渡してありました。
1週間、その薬が目いっぱい飲まされていました。
それは問題が無かったと言うよりも、眠りこけていたのでしょうね。
トイレの訴えをする間も無く・・・
それだけ眠らせても、食事は毎回食堂で、飲み込み違いを全くさせないでそこそこの量のミキサー食と薬を取らせる事ができるのですね。
心療内科の先生の絶妙の組み合わせで眠り過ぎても危険のないようにしてくれてありますが、家庭では眠り過ぎるとどうしても嚥下が困難になって、危険な状態になります。
さすがプロ集団は違います。
帰路、ストレッチャーに乗った母と受け付けの前を通りかかったら、件の事務員さんに呼び止められ「来月13日から2週間ショートステイの予約を入れておきましょうか?金曜日が今回の担当医ですから・・・」と尋ねられました。
「有難うございます。家に帰って、父と相談してまたご連絡させて頂きます」と予期せぬ問いに頭の中が混乱・・・・。
帰宅すると、6月15日から入院した母の1日分の施設療養費請求書(15日絞めらしい)が病院から届いていました。
1日分、29,573円
今の我家にとつては、それでも預かって頂ける病院があるのは有難いことで、感謝しています。
でも正直言ってお金次第というの、私の好みではありません。
今度は落ち着いて他も当たってみようと思っています。
でも落ち着いて他を探す余裕は、今回の病院のお陰?
矛盾しているかな?
何はともあれ一息つけました。
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June 17, 2007
天命庵でよく伺う話です。
いつも頷きながら聞いています。
でも自分に当てはめて深く考えた事はありませんでした。
今回、母を病院にショートステイに預けるにあたって、周りの方からいっぱい知恵を付けて助けてもらいました。
母を送り出す前日、内科の女医さんが父を安心させる為に再度往診に来てくれました。入院当日、担当医師、担当看護士、薬剤師、栄養士と面談があるので、今の母の状態をなんと言ったらよいものかと思案していたら、対応の仕方を伝授していかれました。
其れが、凄い。
「医療情報提供書に必要なことは全て書いてあるのだから、今度はこちらの聞きたい事を質問して、お願いしたい事を全部頼んでいらっしゃい。間違っても預かって頂くなんて思わないのよ、高いお金払うのだから。(本当にお高いのです。でも只今我家は選んでなどいられない状況ですから致し方ありません)おたくに預けてあげる位の気持ちで連れていらっしゃい」と。
お見かけホンワカムードの自称天然ボケの女医さんなのですが、恐れ入りました。
「え~~、そんな~~~」と笑い転げた私、正直そういう芸当は無理ですわ。
ご迷惑をかけると思うと、申し訳なくて弱気になりますもの。
このやりとりを見ていた家政婦会から来ているヘルパーさんにも、しっかりハッパをかけられました。
老人介護施設でも働いておられるそうで「高齢者は2週間も経ったら体調が変わって当たり前。昨日と今日、場合によっては1時間前とでも違うのが普通です。安心して連れていかれたらいいですよ。全然大丈夫」ときましたね。
心療内科の先生も夜9時、母が寝た頃を見計らって電話を下さいました。
「病院でお母さんの様子を看て何か聞かれたら、昨夜寝つきが悪かったので少し薬の量を増やしました。何かわからないことがあったら心療内科の先生に電話をして下さい」と伝えなさいと。
私メチャクチャ頼りなく見えるようです。
母が迷惑をかけているというよりも、私の方が周りの方に迷惑をかけているのかもしれませんね。
私も知識や情報を生活の中で生かす知恵を余り持ち合わせていないのではないかと、考え込んでおります。
皆さんに知恵を付けて頂いて、無事母を預けてきました。
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June 13, 2007
母は体重20数キロ、中々うまくいかず時間が掛かっております。
それがブログの更新が滞っている理由なのですが・・・
1年以上前から心療内科の先生「ご家庭で薬の調整をするのはもう無理」と言われていました。
かといって心療内科と内科の両方があり、薬の調整の為に高齢者を受け入れてくれる適当な病院も見つからないようで、結局いつものように先生の細かい支持を受けながら私がする羽目に・・・
母の状態を、週末も夜も先生の携帯に連絡を入れながら薬を調節してゆくのも大変なのですが、それ以上に大きな問題がおきています。
微調整の結果、眠り続ける日もある事を説明しても、父には理解できないようなのです。
昨日も「母さんは、90歳の誕生日(5日後の6月17日)までもたない。このまま死ぬのだからショートステイには行かせないで、家で死なせてやってほしい」と悲壮な顔で訴えます。
一昨日、心療内科に私が代診で行く時は「どこでもいいから病院を探して貰ってくれ」と言ったのですが・・・
もちろん揺れる気持ちは重々わかります。
ただこういう時に大切なのは普段からの言動なのですよね。
昔から何かあると思い詰めて悲壮になり、事態が落ち着くときれいさっぱり忘れてしまう、の繰り返し。
毎日、母の薬の調整で神経を使い果たしていますから、それに対応してあげる余裕がなくなっています。
考えあぐねて女医先生に母の状態を報告がてら電話で相談したら、午後の診療が終了後往診に来てくださいました。
本当に有難い!
母を見て「あら!お元気そうじゃないの、大丈夫よ」と言ってブドウ糖を注射して「明日も診に行きますからね」と帰っていかれました。
父は納得していないようですけれど。
その他にもいろいろありまして、病院にショートステイの相談に伺った頃と母の症状が大分違うので、どうしょうかと“オロッ”としております。
でも、心療内科の先生も主治医の先生も「大丈夫。預けてしまいなさい」と軽く言われます。
連れて行くの私なんですけどね~~
「朝食の時、眠りこけていて起きなかったら、病院側困られますよね」と言ったら、女医先生曰「1食抜くと体力が落ちるので、起して食べさせて下さい」と看護婦さんに頼んでいらっしゃい、との事。
「そんなのありですか~~?」と、笑ってしまいました。
世の中そんなものなのでしょうかね。
こんな時に笑っている自分がいるのも不思議です。
でも先生方の反応が、どこか自分が思っているのと違うところがあって・・・
今、私が冷静な判断が出来ていないのか、高齢者に対しては可なりアバウトでいいのか?
よくわからん世界で暮らしております。
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June 03, 2007
母のショートステイの審査結果を待っていた病院から「少々遅くなりますが6月の中旬に1週間“お試し”でお預かりします」との返事が来ました。
“お試し”でも“1週間”でも今の我家にとっては預かって頂けるのは有難い事です。
5月末から過ごしやすい気候になって、93歳の父が体力、気力共に持ち直してきたので、入院まで2週間何とか母と同室で過ごせそうです。
神様が「いいあんばいしてくださる」と信じながらも、今回は焦りましたね。
何しろ受け入れてもらえるかどうかの結果が判明するのに、1ヶ所につき2週間近くかかるので、どんどん時間が経ってゆきます。
まず電話で母のショートステイの打診してから、入院相談室の方に会いに行き可能性がありそうだと医療情報提供書申を頂いて、主治医二人に書いて頂きます。
この医療情報提供書、作成に1週間近くかかるといわれるなかなかの代物。
それを先生方は3~4日で書いて下さいます。
出来上がると連絡が来るので取りに行ってそれを病院に提出、審査会の結果を待ちます。
この審査会の開かれ方が病院によって、随時、1週間に1度、月に1度とまちまちです。
3件トライしたら、疲れと相まって諦めムードになってきました。
今後の為に、2件位は受け入れ先を捜しておかなければならないので、まだまだ続きます。
ところで今度“お試し”で受け入れてくださる病院、実は以前アポなしで偵察に行って、受付の余りの感じの悪さに止めた所です。
何しろ我が家は只今あれこれ選んでいられない状況なのです。
でも今回の入院相談室の小柄なお姉さんは、とっても感じの良い方でした。
母のショートステイが2週間先になる理由を丁寧に説明してくれました。
それがなんと入院患者さんに夜中15分おきの頻尿の方がいて、看護婦さん達が大変な状態だと聞いて、悪いとは思いつつ笑いながら思わず聞いてしまいました。
「母はそこまでひどくはないのですが、でもそういう状態でも預かって頂けるのですか~~?」
「今までは2時間おきぐらいだったものですから・・・」と相談室のお姉さん。
でもこの話を聞いた友が「その患者さんの後に入ったあなたのお母さん優等生に見えて、次回はお試しじゃなくて正式に預かってもらえるわよ、きっと」と慰めてくれました。
母は夜、睡眠薬でぐっすり寝ていて、そうゆうご迷惑を掛ける心配はないので、ひっとしたら上手くいくかもしれないと、微かな期待を抱きはじめています。
今の心境は補欠でやっと引っかかった受験生、そんなところでしょうか・・・
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May 30, 2007
いつしか私も彼女の歌と歌声に魅せられていました。
時が経ち、彼女は40歳になっていたのですね。
私の中ではいつまでも澄んだ爽やかな歌声の20代のお嬢さん、そんな感じだったのですが・・・
澄んだ歌声に乗せて、若者から中高年まで世代を越えて、勇気と生きるメッセージを伝えできた彼女。
ミリオンセラーを連発し日本の音楽シーンを代表する1人、“トップ10”入りした彼女の歌は女性歌手の中で最多の40作だそうです。
今の人の平均年齢を考えると、40歳はまだまだこれからと早すぎる死がとても残念に思えますが、人の一生はその人の生きていた年月の長さではなく、内容だと常々考えています。
彼女は、多くの人に感動と元気を与えてくれました。
短いように見えるけれど、ぎゅっと凝縮された中身の濃い豊かな人生を、送られたのではないでしょうか。
久し振りにCD「揺れる思い」を聞きました。
慌ただしい今日此の頃、思いがけずゆったりと過ごす機会を彼女からもらったような気がしました。
彼女は彼女の歌と共に、人々の心の中に生き続けるのでしょう。
お疲れさまでした。
素敵な歌声をありがとう。
天国でゆっくりお休み下さい。
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May 27, 2007
「やっぱり」との思の方が強いのですが、現実を突きつけられてショックを受けております。
この1年半、本来ショートステイをあつかっていない総合病院に、ベッドの空きがある時は入院させてもらっていました。
今回は5月の連休過ぎにとお願いしていましたが、うまく個室の調整が付かないので他をあたってほしいと医療相談室の方から連絡がありました。
実は前々からもう1箇所ショートステイ先を捜しておいてほしいと言われていたのですよね。
でも今まで奇跡的にうまく預かってもらえていたのと、父が 母を預けるのはその病院の個室にと拘り続けるので捜すのを怠っていました。
慌てまくって思い付いた結果の一つが、車で15分ほど先に最近建った有料老人ホーム。
電話をしてみたら、まだ入居者が半分ほどなので当分ショートステイ用の部屋も用意しているとの事。
早速主人と見学に行っていろいろ母のことを説明し、審査会の為の書類を提出することになりました。
書類を作って頂きに行った自称天然ボケの内科の女医さん「あそこなら大丈夫よ~」と軽いのりで書いて下さいました。
一方、心療内科の先生は「五分五分ですな~」
残念な事に「五分五分ですな~」の方が当たってしまいました。
2軒目の病院は、所定の審査書類をざっと見て心療内科の先生曰く「この病院けっこう敷居高そうだな~~」
帰り道もう1軒、女医さんが「ちょっと心配だけど(何が心配なのかははっきり言われないのですが・・・)あそこの病院ならいつでも入れるわよ」と常々名前の上がっている病院に寄ってみました。
玄関先の入院案内のパンフレットに個室1室とあったのですごすご退散。
そうなんですよ、ただでも預かって頂くのが難しい状態なのに、あれこれ条件を付けたら預かって頂ける所なんてないんですよ。
父は若い時から変化を嫌うタイプ、それが特に年をとってからは頑ななまでに固執します。
できるだけ願いは叶えてあげたいのですが、そうもいかなくなってきて今回は無理なようです。
物事を自分で選べなくなる時もくる。
流れのままに従わざるを得ないこともある。
自分達の置かれた条件の中で、成ってきた事を受け入れることも大切だとは思いつつ・・。
父もそして私もそれができにくいタイプなのかもしれません。
家庭で面倒みるのは無理との医師の意見を無視して在宅介護、ショートステイに預かって頂けそうな病院や施設にはもう少し良い所をと高望み・・・
母の為とはいえ、ずいぶん我儘で贅沢なのでしょうね。
そろそろ現実を受け入れなければどうにもならないところに来ているのですか、またジタバタとあがいてインターネットで少しでも良い所がないか捜しまくっている自分がいます。
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May 16, 2007
日経新聞夕刊(5/12)に「ストップ!食卓崩壊」とのタイトルで、こんな記事が載っていました。
『・・・食に限ったことではないが、家事全般について、祖母世代が今の40代以下の母親世代に伝えなくなったことも大きい。今の祖母世代が子育てしていたのは冷凍やレトルト食品、家電が登場し、さまざまな情報が手に入るようになった60-70年代。便利さが尊ばれ、「その都度新しいものに差し替えればいい」という価値観が伝承された。ここで単にノウハウや情報だけ伝えればいい、という姿勢が根付いてしまったのだ・・・』と書いてあって、なる程と思いました。
女性だから家事が出来なければいけないと決め付けているわけではありません。
男性はもっと出来ないのでしょうから。
ただ介護事業所から派遣されてくる年齢30半ばから60過ぎのヘルパーさん、今のところ100%女性です。
そして仕事の一部である生活援助がどうも心許無いのです。
ヘルパーさんになるには資格が必要です。
講習を受けて試験に通った人達ですから身体介護の方は皆さんそれなりにできます。
でも問題は誰にでも出来そうな生活援助-調理、掃除、洗濯等の家事全般の方なのです。
お魚の煮付けを頼んだ時の事です(介護保険外の自費で我家の家事もお願いしています)
「私、金目鯛大好きなんです」と言うので大いに期待していました。
仕上がりは直径20センチの深鍋の中程まで煮汁が入っていてその中に4切れの切り身が浮いていました。
“切り身のオトトが泳いでいる”そんな感じ。
“スープスパゲティ”があるから“スープ煮魚”もありかな?と思いましたがとても食べられませんでした。
60過ぎの方なのですが、結婚したお嬢さんが同居していて家事一切をしているそうです。
ごみの分別もした事がない、との事なので一から説明しました。
以来新しいヘルパーさんが見えると、恐る恐るお料理を任せても大丈夫そうかどうか「お料理お好き?何が得意?」と聞いてみます。
色好い返事は返ってきませんね。
カボチャの煮つけをお願いしたら、煮物は全部“めんつゆ”で作るとか・・・
おダシを取って、砂糖、醤油、みりんでお味付けして欲しいな~
こんなことも毎日の事となると、結構ストレスになります。
中に一人お料理の上手な方がいます。
そういう人は何故か掃除も上手い。
家事、お人柄とは全く関係ないのですが、頭の良し悪しとは大いに関係がありそうです。
でもなによりも日頃からしているかどうか、慣れの問題が一番は大きいように感じます。
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May 14, 2007
母の心療内科の代診に行ってきました。
母の症状は比較的落ち着いているのですが、父が体力的に大分弱ってきて母のちょっとした呟きにおろおろしてしまう現状を伝えてきました。
先生「なかなか楽にはなりませんね~」と深い深いため息をつかれたので、思わず「ため息をつきたいのは私の方なんですけど・・・」と。
でもふか~いため息が“あなたの気持ち分かってますよ”と言ってくれているようで有難くもありました。
帰り道すぐ近くの鎌倉八幡宮にお参りして、本殿の側の売店でおみくじを引ました。
私おみくじを引くのが大好きで、数週間前に氏神さまで大吉を引いたばかりです。
それで止めておけばいいのに、神社にお参りに行くとどうしても引きたくなる悪い癖と、大吉の内容がいまいちピンとこなかったこともあって、またまた引いてしまいました。
それが、な、なんと大凶!
毎年10数回は引くのですが、めったにでない人生2度目の大凶です。
神社におみくじを結んできてしまったので内容ははっきり覚えてないのですが、1つだけ強烈に記憶に残っていることが「気晴らしが必要」との1行。
大当り。
絶対に言えてます。
でも何をしても気が晴れないのですよ。
両親の介護で考えることがいっぱいあって・・・
昨日、主人が都心のホテルでセミナーを開いたので、その間息子一家と一緒にお茶を飲み、夕食を鉄人 陳建一の“赤坂四川飯店”でとりました。
ビルの5階にひっそりとある落ち着いた雰囲気のお店です。
孫がいるので個室をとったのですが、専属でサーブをしてくれる人が絶妙のタイミングでお料理を出してくれます。
ちょっとそこいらでは出会えないような、まぁ~~、いいお味。
ホントに美味でした。
カニの卵入りのフカヒレスープ。
牛肉と春野菜の炒め物、牛肉がこの世の物とはと思えないほど柔らかくて感激。
最後の名物「麻婆豆腐」は主人が辛い方を頼んだので、口の中が火の海状態で余りたくさん食べられなくて残念。
美味しいものは人の心を幸せにしてくれます。
しかし幸せは束の間でした。
今日の夕方買い物から帰ってきたら、看護婦さんが2人母のベットの側に・・・
ヘルパーさんが「お母さんの痰を吸引してほしいと」お父さんが緊急連絡先に電話をかけて呼ばれました、と小さな声で。
言外に「必要ないのに」とのニュアンスが含まれていました。
何せ便利な所に住んでいるので、お医者様でも看護婦さんでも5分で飛んで来て下さいます。
でもね、余りそれをやったら“オオカミ少年”になってしまうのですけどね・・・
93歳に分かってもらうのは難しいものがあります。
要介護5のお母さんだけでも大変なのだから、お父さんは静かにしていてくれないかな~
私の切なる願いです。
当分「気晴らし、気晴らし」と呪文のように唱えて気分を変え続けた方がよさそうです。
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May 08, 2007
と日経新聞に載っていました。
要介護5の母がいる我家は介護保険を利用し始めてから数年経ちます。
とても助かっているのは事実ですが、知るほどに不備だらけの制度です。
介護の実態を全く知らない人達が適当に作ったのかな?と思うほど・・・
削減が必要かどうかより、先ずあり方から考え直した方がよいような・・・
詳しくはもう少しまとめてから後日書きますが、先ずは高齢者介護をしている我家の連休の様子から。
今年のゴールデンウイークは、両親とも病状が落ち着いていたので、無事恙無く過ごせました。
お正月、ゴールデンウイーク、お盆と国中がお休みモードになる時期は、高齢者や病人を抱えている家族にとっては気の休まらない時でもあります。
それでもハプニングはありました。
4日の朝、ヘルパーさんが何の連絡もなく来ませんでした。
初めから休みと分かっていれば、母の流動食を作ってから父の朝食の用意と忙しくても何とか一人でこなすのですが、現れるか現れないかわからないのが1番困ります。
緊急の連絡先は知らされています。
でも休みの朝8時から電話をするのは躊躇われ、食事の準備を着々と進めながら20分ほど待って、電話をしました。
コーディネーターが電話口で慌てふためいておられるのが手に取るように感じられました。
でもね、父も私も何となくこの様な事態が起こりそうだと予測してたのですよね。
この4月から金曜日の朝1時間、我家の担当になった彼女、長くは続かないだろうと・・・
一度前もって先輩に同行し母の介護の仕方を習われた後の初仕事の日、「時間が無くなっちゃった。すみません」とお台所の後片付けをほったらかして帰ってしまわれて唖然。
我家は私が同居しているので仕事をし残していかれても何とでもなるのですが、独居老人、老夫婦だけのご家庭ではこうゆう雑な仕事をされては大変です。
ケアマネージャーさんが、介護のような仕事は景気が良くなると人が集まらなくなる。
一人辞めると代りの人はもう来ないとこぼしておられました。
若い人が、新しい人が景気に左右されることなく働きたいと思うような賃金を含めてシステムを作っていかないと、もうすでに始まっている高齢化社会にとても対応できませんね。
1時間遅れて飛んできた彼女の代わりのヘルパーさんが「すいません。すいません」と謝るので「大丈夫よ」と気の毒で止めたのですが、ケアマネージャーからは何の説明もありません。
1年半程お世話になっている介護事業所、とても丁寧な仕事をしてくれる所で良い事業所が見つかったと喜んでいました。
でも3月中旬にコーディネーターが1人辞められて以来、おかしな事が続いています。
今週の金曜日、誰が来るのかちょっと興味津々です。
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May 02, 2007
今まで何度か購入を考えたのですが、小さいシュレッダーだと細断したものがすぐ一杯になってしまうとか、重ねて入れると詰まるとか余り良い評判を聞かなかったので思い留まっていました。
この連休に書類をいろいろ整理する事になり、原始的に一枚一枚細かく破るより文明の利器をと考え求めまた。
今回求めた物は、幅約26×奥行約36×高さ約51.5㎝、重量約7.5kg。
かなり大型ですが、下にキャスターが付いているので使わない時は机の下に片付けておけます。
CD-ROMが真っ二つにカットできる機能の付いたものもありましたが、キャスターが付いていなかったので止めました。
一度に細断できる枚数はA4コピー用紙6枚、連続細断は10分以内。
一頃のきしめんのような帯状の細長い紙に裁断されるのと違って約4×26mmに細かく裁断されて出てきます。
結構すごい勢いで細断されます。
ちょっと悩んでいることが細断された物の後始末です。
わが市のごみの分別収集的には資源ごみの雑紙に分類され、紙の袋に入れて紐で十文字に括って出すのですが、細かすぎて其れは不可能です。
資源ごみはビニールの袋に入れては出せないことになっています。
そうすると細かい紙が飛び散るのを防ぐためにビニールのゴミ袋に入れて可燃ごみに出すのかなと思います。
せっかくリサイクルできる資源を可燃ごみに出してしまうのは勿体無いですよね。
只今思案中です。
綺麗な新聞の広告などをいれて、色とりどりに細断されるのが面白くて楽しんでいます。
パーパーシュレッダーは可なりの優れものです。
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April 28, 2007
我家から50m先、130坪の土地に地上10階58戸のワンルームマンションが建ちます。
事業主の部長さんが挨拶に見えました。
主人が不在で応対に出た私に「今はミニバブルです。マンションを建てれば必ず売れます。それも1棟買いで売れるのです。ここは商業地なので建蔽率9割さえ守れば高さ制限も日照権も何も問題ありません」と、ものすごい鼻息で説明していかれました。
確かに彼の言うとおりです。
先月、100メートル先の100坪弱の敷地に14階建て62戸のワンルームマンションが完成しました。
と同時に隣町の個人が一棟買いです。
早い話が「売り抜け」。
近隣の住民や街の景観、そんな事にはお構いなく、ただ少しでも高く売り抜けるためだけの物件を建てる。
そんなものが街に住民に優しい訳がありません。
着工の為の全てのお膳立が整った後で、シブシブという感じで近隣住民との説明会が開かれました。
当自治会は、弁護士、建築士、不動産屋、金融関係と役者が揃っていて、相手をたじたじとさせるほどの追求を繰り広げました。
それでも民間から建築許可が下りていては、住民が反対をしたところで後の祭りです。
4月から建築予定で、3月始めに施工業者が決まっていないというのです。
100m先に出来たワンルームマンションは東京の不動産会社、建設予定のワンルームマンションは東海系です。
何の関係もないそうですが、100m先が完成したらこちらの工事に入ってもらえないか、工事資材と人を動かす費用が節約できるので頼み込んでいるので決まっていないとか・・・
ビル1棟建てるのに、施工業者は現地調達ですか???
幾ら聞いていても物凄くずさんな話なのです。
最後に件の部長さん、リラックスして「ここだけの話ですよ。他で公開してもらっては困るのですが、この市の建築法は“ざるですよ、ざる!”」と言い放ちましたね。
自治会役員10数名を前に、ここだけの話はないでしょう。
黙っているわけないじゃないですか!
主人は“ザル”と言われ市の行政改革の副委員長をしています。
早速、市の助役さんに「市の建築基準は“ざる”だって言われているの知ってるか?」って電話してましたよ。
裏表のない性格の方なのでしょうけれど、実に失言の多い方でした。
それだけによく建築業界の事情が透けて見えました。
ここでもまた日本の社会を覆っている、儲け第一主義。
儲かれば違法でない限り何をしてもいい、という感じが満ち溢れていました。
主人が建築予定のマンションに付けた名前は「湘南財テクマンション」
さすが関係者は苦笑いして俯いていましたね。
今、主人が弁護士さんと住民協定を作っています。
でもね、来年建ち上がると同時に売り抜ける事は確実です。
建物の持ち主が何回か変わったら、住民協定書なんていうものは反故同然になってしまうのでしょうね。
自分達の地域を守るために出来るだけのことはしました。
でもこの国の行政は国民の方を向いていませんね。
一般市民の生活を守る事を忘れているようです。
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April 23, 2007
選挙が終わって街に静寂が戻ってきました。
それにしても政治家の皆さん、いつもの事ながら選挙期間中はホントに低姿勢でしたね。
あの気持ちをずっと持ち続けることができれば国民の為に素晴らしい仕事ができるのに、そうはいかないのが人間のようで・・・
別にこれは政治家に限ったことではないのですけれど。
地位、名声、権力、富などを得ると、殆どの人は変わってしまいますね。
如何してなのかなといつも不思議に思っていたのですか、先日、天命庵の親様の話を聞いていて納得。
自分自身が偉くなったと思って奢ってしまうのですね。
まるで天下を取ったような、1番になったような気分になって。
人が奢る時はたいがい自分が1番だと思ってしまっているとか・・・。
でもホンマモノの信仰を持っている人はいつも自分が2番だと分かっています。
何故ならば、1番は神様だからです。
例え自分がどんなに偉くなっても、神さまが1番と常に己の存在を2番として受け入れることができます。
それは、必ずしも神の存在でなくてもよいのです。
両親、恩師、先輩、偉人、知人、どなたでも・・・
自分よりも偉大な存在を感じている人は謙虚です。
2番を保つということはとても難しい事です。
ちょっと調子がいいとすぐ1番になりたくなります。
2番はいつも己の心が中庸でなければ保てません。
世の中で人気でも地位でも1番になった人というのは奢り高ぶっている方がとても多いものです。
大切なことはどんなに偉くなっても、どんなに人から褒めて頂いても、常に自分を中庸の立場に保つこと。
どんなに成功しても自分は2番でありますという人の心の方が自由なのです。
お偉くなってはいけないのです。
偉くなると神様はこう仰るそうです。
「偉くなるとえらいことになるで~~」
えらいことに成らないように、常に2番の心で謙虚に生きたいものです。
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April 17, 2007
“GIVE & TAKE” という言葉があります。
「あなたにこれだけのことをしてあげるから、私にもこれだけのことをして」と言う感じの割り切り方が、余り好きではありませんでした。
日本語の「お互いさまです」には、自分の行いや心遣いがお相手に負担を掛けないようにとの、深い配慮が感じられて大好きですけれど。
それでも考えてみると“GIVE & TAKE”は、与える事が先、それから貰うのでうね。
“TAKE & GIVE” や“TAKE & TAKE”でないところが、今時の人の考え方よりずっとまともだと、この頃の事件を見聞きして思うようになっています。
今は自分から与えることをしない時代のようです。
個人も企業も与えることを忘れて、奪うことばかりを考えている時代。
いま話題になっている生命保険38社の不払い問題はその典型です。
5年間で、なんと25万件、総額284億円にもなるそうです。
今後、件数、金額とも大幅に増えるのは確実との事。
もっとも「生命保険は史上最大の詐欺商品」と揶揄されているとか。
それでも人は“安心”を求めて買うのです。
そしてそれが無駄になっても、保険金を受け取らなければならないような不幸に会わなくてよかったと、自分を納得させるのです。
欲しい欲しいと相手から奪うことばかりを考えている時代。
奪う始まりは物やお金ですが、最後には人の命をも奪うことに繫がってゆきます。
その最たるものが世界中で起きている紛争であり戦争なのでしょう。
人の生活している国土を破壊し、住んでいる人達を殺す、全てを奪い尽くすのです。
与える。
笑顔を、優しい言葉を、暖かい思い遣りを、周りの方に与える。
皆がちょっと心掛ければ、世の中に穏やかな空気が流れれば、毎日のように起きている命を奪われる事件は、少なくなるのではないでしょうか。
今の世の中、とても複雑そうに見えます。
でも物事の本質は今も昔も何も変わっていないと思います。
実はとても簡単な事でなりたっているのではないかと・・・
与える。
先ずは“GIVE”から。
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April 15, 2007
若い頃はお誕生日を迎えても「年を取る」とは言いません。
いつ頃からでしょうか?
「年を取る」と言い出すのは・・・
お誕生日の度に重ねてきた年を、今度は1才づつ取ってゆく。
若返るのですね。
「年を取る」って素敵だと思いません?
私、お誕生日が大好きです。
周りの人から「おめでとう」と言ってもらって、ご馳走とケーキを食べて、プレゼントも貰って、良い事尽くめ。
年に一回なんて勿体ないみたい・・・
主人には単純だと言われますが、誕生日が大好きな理由がもう一つ。
若い時に何度か「中年以降運が開け年と共に幸せになる」みたいなことを言われたり読んだりしました。
それで年を重ねると、どんどん幸せに近づいていくような気がして、とても楽しみでした。
国語辞典で中年とは幾つからの事か調べたりして・・・。
昔の考え方では、還暦は中年というよりは初老に入るのでしょう。
でも今と昔では、平均寿命も年齢に対する感覚も違います。
私、只今気分は中年真っ只中です。
年と共に精神的に落ち着いてきて、今とっても幸せ♪
中年に、神様の教えに出会ったことが大きかったと思います。
還暦、人生に於ける充実した季節、そんな気がしています。
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April 04, 2007
3人姉妹の長女として家業を継ぎ、妹達の実家として私達姪も大変可愛がってもらいました。
母がショックを受けて寝られなくなるのではと案じたのですが、両親の代理で滋賀県まで出掛ける私に「宜しくお願いします」と一言、心を乱された様子もなかったのでほっと一安心。
むしろ父の方が、1歳年上の伯母が亡くなってショックを受けている様子でした。
人の死に出会うと『「良く頑張りましたね。ご苦労さまでした」と必ず生きていたことを労らって差し上げて下さい』との天命庵の親様の教えを思い浮かべます。
何故ならば、亡くなった時この世でたった一人の人からでも「ご苦労さま」と言って貰った方は、『自分の人生はこれでよかったのだ。この世での本分は全うできたのだ』と安心して天の国へ戻って行くことができると伺っているからです。
ここがとても大事なのですが、その方の人生の長さ、その方の亡くなり方、その方がこの世でどの位の仕事をなし遂げたかということとは無関係です。
この世に生を受け、生きたことに対する労いの言葉。
「ご苦労さま」は亡き人を天国に送るパスワードなのです。
もう2度と会えないのは寂しいけれど、私は人の生まれ変わりを信じているので、この世でご縁があった方にはまた何時か何処かで出会うのでは、そんな気がしています。
だからこそ今この世で出会っている人々に、優しく温かく接することができればいいな~と思いながら生きています。
おばちゃま、ゆっくり天国でお休みください。
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March 30, 2007
母がショートステイから帰宅しました。
10日間の予定だったのですが、途中発熱して22日間も預かって頂きました。
お蔭で、父も私も久し振りにゆっくりした日々を過ごしました。
退院の折、主治医が母の状態を説明した後で「お母様をご自宅で介護したいというお気持ちは充分わかります。でもご一緒のお父様か、あなたが倒れる前にお母様を施設に預ける事をお考えになられる時期だと思います」
若い女医さん、柔らかい微笑みを浮べながらもきっぱりと・・・
一昨年の暮れ、母を我家に引き取る時から、心療内科の先生に自宅で面倒をみる限界はとっくに過ぎています、と散々言われています。
この頃は時折「まだ頑張りますか?」と半ば諦めムードで聞かれる位で、余り話題になっていませんでした。
それをショートステイ先の医師から言われるとは予想だにしていなかったので、人間、不意を付かれると弱いですね。
周りの方は私を気遣って、1人で両親2人の介護をするのは大変だからと要介護5の母を施設に預けるようにと勧めてくれます。
でもね、私的には、両親がこの年まで(90歳と93歳)一緒に生きてこれたのだから、出来たら最後まで一緒に、と思っているのです。
一瞬『やっぱり無理なのかな~』との思いが胸を過ぎりました。
でも私、立直り早いのですよ。
なにせ14年間も神の教えの話を伺っているもので・・・
他力本願という言葉があります。
「人に頼って物事をしょうとする事」等と余りよい意味で使われないのですが、本来の“阿弥陀様の他力本願”という意味は違います。
甘えとか、人任せにするというような、いい加減な頼り方ではく「阿弥陀様に全てを預け信じること」だそうです。
絶対的な他力本願というのは、全てを信じて委ねること。
人生で現れる様々な事は全部素晴らしい事と受取り、流れに沿って生きてゆく事が、絶対的な他力本願だそうです。
自分がああしたい、こうしたい、こうあるべきだ、こうしなければならない、と余計なことを考えると無駄な力が入ります。
寝て待つのでもなく、優柔不断でボーと待つのでもなく、人に決めてもらうのでもなく、自分が今なすべきことを淡々とこなして、後は天に任せる。
聖書の言葉「人事を尽くして天命を待つ」に通ずるようです。
それで、私は他力本願でいく事にします。
マア、私の場合は絶対的な他力本願と言う程、大げさなものではなく成り行き任せ的なところもあるのですが・・・
どうしても自宅介護が無理になったら、その時はその時の流れに従うつもりです。
急いで決めなくても、物事は成るように成ってゆくのですから。
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March 28, 2007
今朝の朝日新聞に小さな記事を見つけた時は「よかった!!!」
ホッとして、長い間コッコッと戦い続けてこられた我が主治医の「銀座内科診療所のホームぺージ」を開けました。
「亡くなって8年近くたってようやく中原さんが労災と認められた。当然のことだが、その当然が現実になるまでの道のりの険しく遠かったことを思うと嬉しいというよりも、何か気が抜けたような、不思議な気持ちがする」
そうなのでしょうね。
勝訴、が決まっても失われた命は戻ってきません。
控訴しない理由は、判決が認めた過重労働よる心的負担の大きさを覆すのは難しいとの判断だからそうで、これを教訓に働く人々の環境改善をという方向へ行く訳でもないようです。
いつから、当然の事が当然と認められない時代になってしまったのでしょう。
どうして、当然の事が当然と認められるのに裁判まで起さなければならい時代になったのでしょう。
作家の五木寛之さんが「城山三郎さんを悼む」(朝日新聞、3/27)でこのように書いておられました。
『訃報を聞いて最初に感じたのは一つの時代が終わったな、ということだった。その「時代」がどういうものか、とたずねられても、簡単明瞭には答えようがない。漠然とした表現をすれば、経済活動に志(こころざし)がともなっていた時代、とでもいえようか』
働くという字は、人が動くと書いて、はた・らくと読みます。
働くとは“はた”(自分の周りの人々)を“らく” (楽)にさせる為に、住み易い社会を築くために、人が動く事なのです。
働く“志”が、本来の働く意味が、皆の心から失われてしまったような気がします。
経営者も、政治家も、お役人も、今働いていない人が多いですね。
“志”の伴わない仕事、単なるお金儲けの為の仕事が増えれば、世の中に労災も含めてあらゆる危険が増える、そんな恐れを抱いています。
明日は民事訴訟の判決だそうです。
当然の判決でありますように。
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March 24, 2007
「小児科医自殺は労災」との朝日新聞の見出しに、ひょっとしたらと思い社会面を見ると、いつもお世話になっている中原のりこさんの大きな写真が載っていました。
彼女は自殺した小児科医の奥様で、私が通院している漢方診療中心の銀座内科側で薬剤師をしている方です。
労災と認められて「よかった。よかった」と単純に喜んだのですが、銀座内科診療所のホームページを開いて愕然。
一審で勝訴したからといって、終わりではないのですね。
とっさに頭が回らなかったのですが、当然のことです。
勝訴の判決と同時に、国に対して控訴断念を要請する為の運動準備が整えられていて、今まさに大展開中です。
さすが我が主治医、九鬼先生。
この先生かなりユニークな方で、元朝日新聞記者、鍼灸師の資格を持ち、富山医科薬科大学で学んで40歳過ぎて医師になられた経歴の持ち主。
“余は如何にして医者となりしか”を「記者のち 医者 ときどき患者」のタイトルで朝日新聞社から出版しておられます。
いろいろな経験を経てこられたからか又はご性格からか、多分両方なのでしょうが、患者とトコトン付き合って下さる先生です。
この2年間あまり、中原さんの訴訟にもトコトン付き合っておられるのが、ひしひしと伝わってきていました。
全ての仕事や労働は、直接的間接的に人の命にかかわっています。
だからこそ労働条件や環境は全ての働く人にとって守らなければならない大事な事だと感じています。
過労死寸前だっり疲労のために精神を病んでいるお医者さんに診察してもらう、疲れきった人の運転する乗り物、製造した食品、薬剤、機械等々では私達の生活の安全は守られませんもの。
働く人を大切にしなければ、人災が起こるリスクはどんどん高くなります。
新宿労働基準監督署、東京労働局、厚生労働大臣に控訴しないように葉書を出して訴える運動に、知人にも声をかけて参加しています。
微力でも自分の出来るところから住み易い世の中を創るために努力したいと思いつつ・・・
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March 21, 2007
早朝「ホー・ホケキョウ」鶯の透き通った声で目が覚めました。
土曜日沖縄から戻った羽田で粉雪が舞っていて、冬に逆戻りかと思っていたのですが、やはり春まじかなのですね。
今年も鶯が訪れてくれました。
年々遊びに来てくれる鶯が減っています。
5~6年前までは、週末の朝など我家の庭と隣の庭のあちこちで「ケキョ、ケキョ」と鳴かれ、風流を通り越して「うるさいな~もう少し寝かせて」と贅沢な事をぼやいていました。
それも周りに高い建物が増えるにつれ年々減り、去年は1羽が数日訪れてくれただけ。
『去年で聞納めかなぁ』と思っていたので、さえずりを聞いた時は感激でした。
鶯は「声は聞こえど姿は見えず」といわれる鳥ですが、一度頭上で「ホーホケキョウ」と聞こえたのでそっと見上げたことがあります。
ウグイス色の美しい姿を想像していたのですが、そこには何の変哲も無い茶褐色の地味で小さな鳥がいました。
“日本三鳴鳥”といわれるあの透明な美しい鳴き声が、どこからでてくるのか不思議な感じでした。
「天は二物を与えず」と言ったところでしょうか。
自然も街並みも、年々激変してゆきます。
72年間営業していた3軒先にある映画館が今月いっぱいで閉館することになりました。
洋画専門の映画館で、自治会の新年会に見えた責任者の方が「洋画は今人気がないのですよ。ロビーで若者たちが、字幕を読むのがカッタルイと言ってましてね・・・」とこぼしていました。
あの頃、きっと閉館することが分かっていたのでしょうね。
古い建物が壊されると、商業地なので後には必ず十数階建ての高層ビルが建ちます。
メインストリートは日が射しこまなくなり、冷たいビル風が舞います。
折角ある自然を惜しげもなく壊して高層ビルを建てる。
お金儲けの為に。
自然が無くなり鶯が遊びに来なくなる街は、人間にとっても住みにくい街なのではないでしょうか?
今度の地方選挙、住み易い街造りを考えてくれる候補者も投票の条件の1つになりそうです。
鶯が、遊びに来てくれるような自然を大切にする人を選びたいな~
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March 19, 2007
“大人の隠れ家”といわれているナハテラス。
那覇の新都心にありながら静かな落ち着いた雰囲気のホテルでした。
息子夫婦と一緒の旅で、育児疲れのママと介護疲れの私は、リラックス空間でゆったり寛いできました。
私達夫婦は3度目の沖縄、今回は1歳5ヶ月の孫娘連れなのでナハテラスの周辺だけを散策しました。
近くにDSFギャラリー・沖縄があって、なんとフード・コロシアムでの昼食を含めて、3時間半の滞在。
広々とした建物に豊富な品揃え、幼児を遊ばせながらゆっくり買い物が出来ます。
世界各地にあるDFSギャラリーの中でも充実している方ではないかと思います。
国際通り周辺は土産品店と飲食店がギッシリと立ち並ぶ一大繁華街。
わき道に入っても何処までもお店、出店が続いていてどの店もカラフルな商品が山積み。
通りが南国の色彩に染まっていました。
翌日名護のブセナテラスへ。
数年前訪れて是非もう一度と思っていた地へ、家族で訪れる事ができてとても幸せでした。
事前の予報では滞在中、曇り一時雨だったのですが、グラスボートや水中水族館を訪れる日は薄日が差す穏やかな日になりました。
透明な青い海とサンゴの白い砂浜を思いっ切り満喫。
“潮騒が非日常へ誘う南国のリゾート”とはピッタリの表現です。
ほんの4日間でしたが何もしない贅沢でフレッシュ。
いつも介護で時間に追われていますからね。
テラス系ホテルは、インテリアもアメニティーも細部にまで心遣いが感じられ、従業員の穏やかな笑顔と行き届いたサービス、そして何よりもお食事が美味でした。
海外までわざわざ出掛けなくても、日本の中に至福の時を過ごせる楽園がありました。
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March 07, 2007
自治会のお母さんから、子供達の集りを開きたいので力を貸して欲しいと頼まれました。
ご町内の子育てを卒業したおじさんおばさんが、助っ人になることに。
先日、会の趣旨と段取りの説明会があったのですが、どうもイマイチ要領を得ないのです。
初回は「おにぎりをにぎろう」
案内のチラシに「事前のお申し込みは要りません」とあります。
おにぎりの為のご飯を仕込む都合もあるので、当日参加も大歓迎だけれど大体の人数を把握した方がよいのではないか?と言うと、
「会った事もない人からの回覧に、親は子供の名前を書きません」と言われて、おじさんおばさんは沈黙。
自治会からの回覧は不審物扱いのようです。
「会に参加した子は“~ちゃん”と名前で呼んであげたいので、受付の時名前だけ聞いてください」との事、当たり前と聞き流していたら、だんだん目が点に・・・
「苗字は聞いてはいけない。名前だけ。住所、電話番号なんてトンでもない」とくるのです。
ここでやっともやもやした訳の分からない説明が、個人情報保護法のせいだと読めてきました。
それでも子供の事、何かあった時に困るから、自宅の住所や電話番号が聞けないのなら、通っている学校、学年、氏名は確かめておいた方がよいのではないか?と言うと、
「学校に問い合わせても絶対に連絡先は教えてくれません。小学校にはクラスの連絡網がありません」
「緊急時などの連絡はどうしているの?」と声を揃えて聞いたおじさんおばさんに、
「連絡事項が発生した時は担任が各児童宅に直接連絡しています」
えらい時代になったものです。
大人が子供を守るのは当然の事です。
安全の為出来るだけの事をするのに反対ではありません。
でも今の在り様が純粋に子供を守る為だけとは受け取れないのです。
そこには極力責任を回避したい、そんな大人の思惑がちらちらしているような気がして・・・
そんな中、危険を冒してまで?子供会を開きたいと提案するお母さんは偉い!
ということで、若いお母さんたちに育っていただく為にもここは黙ってお手伝い。
おじさんおばさんは手分けして4升のお米を炊いて持ち寄る事にしました。
これで当日のおじさんおばさん宅の晩御飯は、残ったおにぎりに決まりだね、何て思っていたら留めの一言。
「ボランティア保険があるのですが・・・」
当節ご近所の子供達と一緒に遊ぶのは、保険を掛けなければならないほど大事なのだ~~
子供達が“おにぎり”を結んで喜んでくれればそれでよいのです。
でも個人情報保護法の扱いも、子供を守る方法も何か少しずれている、そんな感じがするのですが・・・
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March 04, 2007
ごみの個別収集と有料化に伴う市の説明会を、自治会で開きました。
私ども市民に対して敬語の使いまくり。
始め「利用者さま」だったのが、途中から「お客様」になってしまって、「お~」という感じで思わず周りの人と顔を見合わました。
「ゴミ袋は○○円で、ご提供させて頂いております」
アレ、ごみ袋って市から提供されるものだったっけ???
「収集時間の目安を1軒1軒紙に書いてお教えします」
人件費が掛かりそう、と心配したくなる位全ての事に、ご丁寧なのです。
最後は「何なりとご遠慮なくお申し付け下さい」
自分の義務は放棄して権利ばかり主張する住民の多い時代に、そんなこと言って大丈夫?てな感じでした。
3年前、ごみの分別収集の説明会の時と、お役人さんの態度がコロッと違います。
この異様な低姿勢の訳は、住民が大変な関心を示した事と、何でも反対なさる某政党が有料化反対の署名を集める運動をしたからです。
そんな中での有料化ですから“市民の皆様”に気を使っているのをアリアリと感じました。
有料化は致し方ないと思っております。
各自が責任を持って自分の家の前に分別したごみを出す。
そうすれば、正しく分別するようになるでしょうし、ごみの量も少しは減ると思うのです。
主人は自治会の会長をいたしておりますが、仕事の大半はごみ問題です。
昼間代理をしている私は、会長の仕事を“ごみ当番”と言っております。
これは自治体の方のマナーが悪いというよりは、街中に住んでいる特殊事情もありますけれど・・・
それで私、有料化で“ごみ当番”の仕事が減る事を密に楽しみにしております。
市の試算によると1カ月400円程度の負担だそうでうが、日々の生活に直接関係する事なので大勢の市民が真剣に考えたようです。
同じように日々の生活に直接関係する大事な事なのに、私達が余り真剣に考えいない事があります。
私達が国に県に市に払っている税金がどのように使われているかについてです。
自分達の払っている大切なお金です。
それもごみ有料化の400円とは比べものにならない位の、桁違いに大きな額です。
その使い道にもっと関心を持って意見を述べるべきではないでしょうか?
政治家が真剣に対応せざるおえなくなる位。
それが今の国民に欠けているのではないかと、今回市のお役人の対応の変化を見て感じております。
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February 28, 2007
ここ数年、殆ど感じなかった花粉を日増しに感じて『少ないはずなのに、おかしい、おかしい』と不可解に思っていました。
くたびれているので体力落ちているからかな?とかいろいろ考えていたのですが、何のことはない花粉が飛んでいるのです。
「予想外れ、2週間早く花粉猛威」との記事を読んで、心外ながらも納得。
こうゆう要らないことには敏感に反応する体質です。
今年は少ないからといい加減に使っていた、目薬、飲み薬、点鼻薬の3点セットを気合を入れて使っています。
それにしても、見事に外してくれますね。
外れた理由は「想定外の暖冬」だそうです。
でもこれだけ“地球温暖化”が騒がれている時に予測の中に暖冬が加味されていないのは、花粉予測を真に受けた私の想定外でした。
天気予報は年中外れるので当てにしていません。
花粉情報については必要ないと思っていました。
「花粉が多いです」と予報を聞いただけで鼻がムズムズするという方、意外と多いのです。
予防の為に知りたい方にはインターネットとか電話で情報を流すとかの工夫が必要ではないかなと感じています。
日頃、自然界で起こる事等、誰にも分かるはずないと思っているにも関わらず、人間自分に都合の良いことは信じたいもので、平年の20%に飛び付きましたね。
自然は人智を超えたもの。
人間は自然のほんの一部。
その人間が自然を完全に予測したりコントロールする事は不可能だと思っています。
過去の統計、科学技術の進歩等によって、天気、地震、台風、津波等自然現象の当たる確率は上がるかもしれません。
でも自然界の天災に人災の部分が加わって余計にややこしくなっている時代ですから、予測はあくまでも予測の域を超えないのではないでしょうか。
母の往診に見えた女医さん曰く、今年の花粉症は例年の薬では治まらない患者さんが多いとの事。
“病”は“気”から。
期間限定の症状なので気合で打ち勝たねば。
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February 23, 2007
『38歳桑田 挑戦 自然体』朝日新聞(2月20日)スポーツクリック欄
桑田投手(前巨人)が大リーグを目指して単身渡米し、ゼロからの出発、との記事が載っていました。
記者の『なぜ、大リーグ昇格を争う相手に牽制球の技術を教えたのか』との問に、
笑顔で「巨人時代から、他の選手を『ライバル』なんて考えたことがない。人は人。昔から、自分がやるべきことを、思うようにやっているだけ。試合で(自分を)使うかどうかは監督が決めること」と。
この“人は人。自分は自分の本分を全うするのみ”の意識が本物だからこそ次の言葉へと続きます。
『限界説もささやかれる』
「何歳だから、ダメというのはない。人の評価に絶対はないと思う。神様じゃないんだから、偉そうなこと言っても当たらない。だから気にしても仕方がない」
今まで偉そうな評論家と呼ばれる人達にいろいろ無責任なことを言われてきたのでしょうね。
自分の心に少しでも不安があったら乗せられてしまうところですが、自然体だからこそ流せるのでしょう。
「人が何事言おうとも、神が見ている気を静め」私の好きな言葉です。
人の意見に耳を傾けてみることは大切ですが、それに振り回される必要はないのです。
『生き残れる勝算はあるのか』
「外国人だって、同じ人間でしょ。だったら、僕にも出来る。どうして皆物事を深刻に考えるのかなあ」
これは日本人の特性です。
余り深刻に考えるから緊張して失敗してしまう。
プラス思考の彼にはその心配はなさそうです。
『通算200勝まであと「27」』
「当然、狙いたい。結果がすべての世界だが、大事なのは過程。目標に向かって、どれだけベストを尽くせたか。それが人間を成長させると思っている」
本当にその通りです。
人生における全ての事は、自分自身を成長させ磨く為のものです。
でも今時は結果ばかりを追い求めすぎて、心が偏ってしまっているように感じます。
『野球人生は米国で全うするのか』
「今は、1年1年が勝負としか考えていない」
記者さん!愚問です。
先の事なんか誰にもわかりません。
今を一生懸命生きるのみです。
難しい事ですが・・・
そして最後に笑顔でこう語ったそうです「人間は200年も300年も生きていられない。だったら、自分の思うまま、自分らしくやろうよ」
いいですね~
自分の思うまま、自分らしく生きられたら最高です。
“人によく思われたい”とか“良く見せたい”とか余計な事を考えてしまうと、なかなかそうはいきません。
実は私、巨人時代の桑田投手、まるで関心がありませんでした。
たまたま記事を読んで、38歳あっぱれ!と思いました。
彼はどういう結果になっても後悔しない人生を自信をもって歩んでいるのですね。
考えさせられました。
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February 19, 2007
でも便利になるという事は人との関わりが少なくなることでもあるような・・・
週末、我家と両親の確定申告書を制作しました。
所得や領収書を項目別に仕分けするのに手間が掛かります。
特に両親の医療費の領収書は半端な枚数ではありませんから。
でも大変なのはそこまでで、後はパソコンがしてくれます。
金額をエクセルに打ち込めば合計がでて、検算の必要はなし。
後は「確定申告書等作成コーナー」の順に沿って打ち込んでゆけば出来上がりです。
2家族の申告書を仕上げるのに1時間ちょっとで終わりました。
こんなに楽をさせてもらって、文句を言うのもなんですが“ フト”感じた事・・・
当節、生活のいろんな場面で楽ができるのですが、其れは同時に人との関わりが少なくなることを意味しているような気がします。
人の代わりに機械がいろんな事をしてくれて、人に支えられる人に助けられる部分が少なくなっているような・・・
一回り年上の友が、駅の改札が自動化された頃から世の中が変わったような気がする、としばしば口にします。
朝夕、通勤通学の時、改札で定期を見せる切符を切ってもらう。
忙しい時間帯ですから言葉を交わすことはなくても、ちょっとした挨拶を、軽い会釈を、子供は大きな声で「おはようございます」と言っていたかもしれません、そこには何らかの人との触れ合いがあったのではないでしょうか。
機械化、効率的でいいのですが、何処かで人間の心も機械的になって温もりがなくなっているような気がします。
パソコンで確定申告書を作り終えて、便利な世の中になるのはよいけれど、何処まで進むのかな?と思いました。
便利なのも、楽なのもよいけれど、人との触れ合いを大切にする社会でありたいですね。
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February 15, 2007
もう一度お元気になられる事を祈っていました。
こうゆう方にこそ命を繋いで頂きたいと願っていたのですが残念です。
小学生が千羽鶴を、母親に手を引かれた子供がお見舞いの手紙を、お年寄りがお花を、地域の人々に、心から慕われておられた事が伝わってきます。
日頃から心を込めて、命を込めて警察官という危険の伴う仕事に向き合っておられたから、あのような行動がとれたのでしょうね。
告別式で奥様が「夫の性格からして、これは夫の天命と受け止めようと努力しています。夫の行動を誇りに思っています」と挨拶なさったそうです。
『親が厳しく小遣いが少ない。との理由でご近所の親子を殺害する学生』
お金が欲しかったら自分で働きなさい!
『障害者のお金 守ってあげるつもり。と27億円の詐欺をはらたく福祉会社の女社長』
障害を持っている方達の身近で仕事をしていて、あなたが一番彼らの大変さを分かっているはずではないのですか?
と、怒りを通り越して余りの酷さに気が滅入りそうな昨今、宮本警部さんは人の心に温もりと勇気を残していってくれました。
人への限り無い暖かさを持っておられたのではないかと思います。
そして宮本警部さんのように、それぞれの持ち場で自分の本分を尽くしている大勢の人達に支えられていることに改めて気付かされました。
職責を、この世に生まれてきた使命を全うされて天の国に旅立たれた宮本警部さん。
頭が下がります。
心からご冥福をお祈りします。
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February 14, 2007
少子化対策という政策が、私にはよくわからないのです。
誰の為の対策なのでしょう。
明らかに生まれてくる子供の為ではないですよね。
国力の為とかこれからの高齢化社会を支える為とかいろいろ聞えてきますが、人の命を損得勘定で考えているような不純さが透けて見えて不愉快に感じます。
日本の人口がどんどん減って、存続の危機なんて事になったら大変ですから、今のうちから手を打たなければとの考えよく分かります。
でも国民の頭数を増やせば、日本は安泰かと言えばそんな事はないと思うのです。
先ほど問題になった給食費を払わないような親に育てられた子供達が、将来国を支えてゆく力に成り得と政治家は考えているのでしょうか?
女性が頑張って子供を生めば何とかなる問題とは明らかに違います。
私は子供の頃から、結婚して母親になる平凡な生活を夢見ていました。
いざ子供を産んで、生後5カ月の子をロンドンで育てるというハンデーもあったせいか、子育ての大変さを何も知らなかった自分に驚き、そして周りの大人も誰も教えてくれなかった事に呆然としました。
子育てという、命を育む大変な仕事に国家試験が無いのが不思議に思えた位。
高校、大学に入学試験があるように、車の運転に免許がいるように、学校の先生、看護士さん、保育士さん、会社員、何でも試験で合格するか免許や資格が必要です。
子を産むことが、何の資格も免許も要らないからこそ、命の神秘を、生命を育む事の大変さを、人間として教育する大切さを、子供の時から折に触れ学ぶ機会を作るべきではないでしょうか?
例え少子化が進もうとも、生まれてきた命を粗末にする位なら、虐待する位なら、子供を生まないほうがよいのではと思っています。
一つの生命を、キチンとした社会人に育て上げる覚悟が無いのなら、子供を生む前に自分自身を育てるべきでしょう。
大人と子供の社会からいじめを無くす、受験戦争という戦争の中から子供を救い出す、格差社会を是正する、夫婦で子育てがし易い社会を作る、高齢者を大切にする等々・・・
今日本の国に生まれてきた人達が、生まれてきてよかったと思えるような国造りをすれば、子供は自然に増えるはずです。
子供は世界の未来なのですから、まず育て易い環境をつくるのは当然の事でしょう。
子供は天からの授かり物。
柳沢厚生労働大臣の失言にも、それに対する批判の中にも、生命の神秘に対する謙虚さがまるで感じられないことが一番気掛かりです。
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February 09, 2007
結婚すると「子供はまだ?」
1人目が生まれると「二人目はどうするの?一人っ子は可哀想よ」とまるで挨拶代わりのように赤の他人から言われるのが日本の社会です。
数十年前の事ですが、息子は主人の仕事の関係で帰国子女になることが分かっていたので、カトリックの小学校を受験させました。
その学校は、一人っ子は受験で不利だと言われていました。
親の面接の時、先ず「ご兄弟をつくるご予定は?」と尼さんの校長さんから聞かれました。
主人は躊躇うことなく大声で堂々と「ありません!」
『こりゃ落ちたな』と内心思いましたが、結果は合格でした。
しかし、よく質問しますよね、そんな事。
個人の家庭の事情にまで踏み込む事は礼に反する、との認識がまるで無いのが私達日本人のようです。
一昔前までは、平気で人の心の中までズカズカと入り込むのは、おばさんの専売特許みたいに思われていました。
この頃は無神経、気配りが出来ない、場の雰囲気が読めない日本人が増えているように感じます。
柳沢厚生労働大臣の発言がその典型です。
日本人は繊細、礼儀正しい、慎み深い国民と言われていたような気がするのですが・・・
礼節を大切にしたのは遠い昔のことなのでしょうか?
結婚するか、子供を産むか、何人生むか、それは明らかに個人の問題です。
他人が立ち入るべきでないと思う一番の理由は、結婚も出産も其れによってその後数十年、自分が下した決断に全責任を持たなければならないからです。
女性に頑張って産んでもらった後は、厚生労働省が責任を持って育ててくれるというのなら、それはまた別ですが・・・
自分が最後まで責任をもてない事を、軽々しく人に勧めるべきではないのでは、と思います。
特に国政に関わる人は。
しかし、礼節無き言葉、態度、考え方、日本列島中に氾濫していますね。
マスコミ、特にテレビにも責任の一端があるように感じています。
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February 05, 2007
心電図をとりに銀座まで行って来ました。
ところが病院にたどり着く前に東海道の中で気分が悪くなって、あらあら本当に体調が悪いのだと自覚する破目に。
昔から乗り物に余り強い方ではないのですが、電車で酔ったのは初めてのような・・・
青い顔をして診察室に入ったら、先生が「疲れてるんだよな~、よくもっているよ」と。
我家の事情をよくご存知なのと、ご自身の両親を有料老人ホームへ預けておられるので、いつもそっと見守るって下さっている感じなのですが、もろ本音が出てました。
丁寧に聴診器で心音を聞いて、今は綺麗な音でどこも異常が感じられないから、心電図をとっても何もでないと思うけれど、暫く取ってないのなら念の為ととってくれました。
結果は規則正しい綺麗な線が描かれていて無事合格。
不調の訴えによく耳を傾けてくださり、一生懸命考えて丁寧に説明して下さる先生です。
心臓は自律神経の影響を受け安く、寝入り端とか明け方は自律神経が一番不安定になる時間帯だから、たぶん心配ないだろうと思うとの事。
「家族に心臓の悪い人がいるとか、特に心配な理由ある・・・」と聞きかけて「ご両親その年まで長生きしているのだから心臓は丈夫だよね・・・」と自問自答しておられました。
もしひどくなるようなら24時間モニターを付けることを考えましょう、とのいつもの結論になりました。
心臓よりも疲労が溜まっている事の方が心配な様子で「安定剤でも飲んでゆっくり寝るのは無理だよね~」と呟かれました。
無理な事はないのですが・・・
年が年ですから(93と90歳)なるようにしかならないと思っていますし、先は神様が良い按配にしてくださると信じています。
でもね、老人介護は瞬時に決断しなくてはいけない事が多くて、何処かで神経がたっています。
母の主治医に万一の時は落ち着いて先ず主治医のところ電話をするように、救急車を呼ぶ前に電話をするようにと言われています。
お医者様のいない所で最後を迎えると後がいろいろあって、イヤな思いをなさる事があるから・・・と。
自称天然ボケの女医さんから「肝が座わっていらっしゃるから、大丈夫、出来るわよ。」とお墨付きを頂いておりますが、草臥れていると怪しいものです。
自分では可なり上手に気分転換しているつもりですが、体がしっかり裏切ってくれております。
ちょっと心の使い方見直してみます。
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February 01, 2007
介護を始めてから数ヶ月に1度、寝付く間際に数分間心臓が異常に早く打ち出し呼吸がし難くなる事があります。
医師から、心電図を取っても症状が起こっている時しかモニターに出ないので、もっと回数が多くなったら24時間モニターを付けてみますか???と言われています。
先生も私も内心、心因性で大丈夫と思っているので軽い感じの会話が交わされていました。
それが実家の片付け中日の明け方、いつも数分で治まる症状が止まりません。
口から心臓が飛び出してきそうな動悸を体全体で感じながら、夜の明けるのを待ちました。
今心電図を取ったら、異常があれば分かるかもしれないと少々残念に思いながら・・・
夜明けと共に起きて、まずいつもの朝の祈りを朝日を燦燦と浴びながらゆっくりと丁寧に。
祈りは大きな事から小さな事へ。
遠くの人から身近な人へ、そして自分の足元へと祈っていきます。
世界中の人が仲良く支えあって幸せに暮らせる世の中に早くなりますように。
戦闘の地にある人々の上に一日も早く平和が訪れるよう世界中の人が力を合わせられますように・・・ブログで出会った方々が恙無く一日を過ごされますように・・・それから主人、息子一家、両親へと。
そして最後に、実家の後片付が無事終わるように今日一日働かせてくださいと・・・
1時間ほど祈った後、気が付いたら普通に息をしておりました。
日頃、天命庵の親様から「医者も薬も神が知恵をつけたもの」と伺っています。
私は子供の頃から体が弱かったので、病状を楽にしてくれるお医者さまも薬も大好きです。
体調を崩すと直ぐに病院へ飛んで行きます。
転勤先の各国でも良いお医者様を見つけ出しては親戚付合い(ちょっとオーバーかな?)をする私を、若い時は病気知らずだった主人は呆れ返って見ておりました。
でもお医者様や薬と同時に、自分の体を直すのは自分自身だとも思っています。
体調を崩す時は、やはり精神的にバランスを崩している事が多いようなので。
「体の痛みは心の痛み、心の痛みは体の痛み」
静かに座して祈りを捧げる。
自分の拘りや囚われから心を開放することから始めると、随分体が楽になることがあります。
片付けも無事終わり、やっと時間が取れたので、明日検査に行ってきます。
心臓は大丈夫との自信がありますが、疲労が溜まっていそうなので念の為。
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January 31, 2007
それは見えざるものを敬わなくなり、自然を敬わなくなり、人を敬わなくなり、親を敬わなくなり、と敬うという心が“有耶無耶”になってきた為に人間の良心が狂ってしまっているから、と天命庵のお話にありました。
本来日本人が持っていた、教えの土壌というものが見えなくなってしまっているのです。
日本人の精神的土壌とは、神を、自然を、人を、命を、目上を、親を、敬い拝んで感謝しながら生活する事でした。
それがいつからか有耶無耶になってしまったのです。
神とは特定宗教団体が崇める教祖のことではありません。
この宇宙を、地球を、自然を、人間を創造した偉大な力のことです。
人間を越えた存在に畏怖の念を抱く、大切な事ではないでしょうか。
人間が一番、自分が一番と奢った瞬間から、相手を敬う事は難しくなりますから。
人の命を敬う心があれば、兄が妹の、妻が夫の、親が子の命を奪う等という事は起こりえません。
人の命を敬う心があれば、安全でない食品を製造する、健康に関する問題を捏造する、耐震を無視した建物を建てる、飲酒運転をする等という事は出来ないはずです。
でも人の命を敬う心を忘れて、自分の思うとおりに相手を動かしたい、お金が手に入ればいい、自分の会社が少しでも儲かればいいとなれば、世の中何でも起こってしまいます。
日本人は一昔前まで、大きな事から日常の小さな事に至るまで感謝をしつつ生活をしていました。
山の神、海の神、火の神、米粒の中にも神、全てのものに神が宿ると敬い拝んで暮らしていたはずです。
この伝統的な精神を呼び戻すことが、この混沌とした世の中を蘇らす鍵かなと感じています。
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January 25, 2007
「全国で約十万人」の文字が、朝日新聞の朝刊に踊っていました。
その内「保護者としての責任感や規範意識」の問題が60%、「経済的な問題」が約33%と見られるとの事。
本当に普通では考えられないような事が、よく次々と起こりますよね。
また!見たいな感じで、段々驚かなくなっていく自分が恐いのですが、この話は酷い。
外で食事をして、お金を払わなかったら無銭飲食、立派な犯罪ですもの。
其れが、学校で堂々と行われているとは・・・
親、学校の先生、医療従事者、警察官、経営者、政治家、みんなレベルが落ちました。
人間全体のレベルが落ちてしまった感すらあります。
このままでいくと、人間が人間としての理性ある行動を取らなくなってしまうのではないか、と恐ろしくなる位。
先生のレベルがいろいろ言われています。
今回の「教育3法改正案」にも、教員免許に更新制を導入とあります。
更新制の導入に別に反対ではありません。
でもその前にか、それと同時にか、するべき事が沢山あるように感じます。
私は学校の先生とは、生徒に社会に出て一人前の人間として生きてゆく為の知識と知恵を教えるのが仕事と思っています。
ところが安心して生徒の教育に専念できる環境作りが出来ているか、とても疑問なのです。
先ず本来家庭で親が教えるべき基本的躾がなされないまま、学校に子供が送り込まれて来る。
部活といわれる課外活動、朝夕の練習そして休日も返上している先生方が結構多いのでは。
オランダでは課外活動は地域社会と親の責任で行われるものであって、学校の先生の領域ではないのが普通です。
これは聞いて話ですが、上への提出書類が多くてパソコンの前で書類の作成に追われている時間が長いとか・・・
これでは本来の学問を教える為の先生自身の勉強や、授業に遅れている子の面倒、いじめ問題に時間を掛けて取り組む事が出来ないと思うのです。
その上、給食費の取立てまで先生の仕事となると、本当にお気の毒です
今回の給食費滞納問題、文科省がどのような解決策をとるのか決まっていません。
ただこれ以上先生に生徒を教えること以外で、負担を掛けるべきでは無いと思います。
そうでないと、結局皺寄せは子供達にいくのですから。
でもね、先ず親を教育し直さないと駄目でしょうね。
そして、そうゆう“親”を育てた“親”を見てみたい。
問題は半世紀以上前から始まっているのです。
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January 23, 2007
気分は、終わった!終わった!終わった!とマァ~そんな感じです。
家具から小物まで、使える物はほぼ嫁入り先が決まり、それぞれの所に嫁いでいきました。
父も愛着のある物を手放す寂しさはあったと思いますが、次々と喜んで使ってくださる方が出てきて有難いことでした。
物は使われてこそその価値が生きてくるのですから。
残こりの使える物は自治会内にある地域支援センターのバザーに寄付することにしました。
丁度年明けから寄付を受け付けているので絶好のタイミングです。
主人の実家の時も寄付してとても喜んで頂きました。
今回の後片付け、丁度今年還暦を迎える私にとつて、今後物とどのように付き合っていくかを考える良い機会になりました。
「立って半畳、寝て一畳」という言葉があります。
人間それだけのスペースがあれは充分暮らして行ける。
当然、物もそれほどいらないっていうことを意味しているのでしょうね。
日々生活するのに必要な物と、生活に潤いを与える為の程々の物があれば充分。
実家から嫁入りしてきた物の分、今ある我家の物を整理して、ついでにいろいろ始末してしまおうと思っています。
でも実は主人の実家の整理に関して苦い思い出がありまして・・・
義父は77冊の地理の専門書を出版していました。
それに関する膨大な資料があったのですが、離れを壊す時全部始末しました。
それから丁度3ヵ月後、義父のことを卒論に書きたいので資料があったら見せて頂きたいと、丁重な手紙を受け取って、主人と2人で引っくり返りました。
長い間全く出番の無かった物が捨てた途端に必要になる、時々起こるのですよ。
それでも整理を始めよう、と思っています。
其れ位、実家の大切に大切に仕舞い込まれた物、又物の山はショックでした。
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January 21, 2007
健康によいもの、ダイエットに効く物が、主人は大好きです。
「これは体にいいんだよな~。これを食べると太らないんだって」と言いながらパクパク食べます。
本当に美味しそうに食べるので黙って見ております。
でも何であれ食べたら絶対に肥る。
これは自然の法則だと私は思っています。
本当かどうか知りませんが、水を飲んでも肥る人は肥るという話を聞いたこともありますし。
先週近くのデパートで仙台の物産展を開催していました。
納豆売り場は午前中で完売。
世の中ビックリする位痩せたい人がいるのですね。
数カ月前、ストレス太りで体重が増える危機感を初めて持ちました。
今は完全に元の体重に戻りましたが、戻った原因は簡単。
介護と実家の整理で疲れすぎて、食欲がガタ落ちになったからです。
食べてないのに動き回っていたら、あっと言う間に痩せました。
物事って何でも本当に簡単な事なのではないかと思います。
痩せたかったら、摂取エネルギーと消費エネルギーのバランスを考えて食べればいい。
簡単に言えば食べたら食べた分以上に動く。
動かないのだったら食べる量を控える。
番組の内容を捏造する放送局が悪いに決まっていますが、見ている方も簡単に乗りすぎではないかなと思います。
これはダイエットの話だけでなく、病気が治る、お金が儲かる、何でも通ずることです。
“誰にでも簡単に出来る”という話には必ず裏があると思うべし。
「納豆を食べればやせる、というなら水戸の人はみんな痩せてなきゃおかしい」と朝日新聞にコメントしている方がいて、言えてると笑ってしまいました。
主人は元々納豆が好きで、以前から殆んど毎日食べていました。
今回の騒ぎで量が増えただけですが、毎日納豆2箱ってかなりのカロリーだったのではないかな?
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January 17, 2007
12年前の1月17日朝6時過ぎ、電話のベルが鳴りました。
「テレビ見てる?地震だよ!地震!」と関西の大学に在籍している息子の緊迫した声が受話器越しに飛び込んできました。
慌ててテレビを付けると、音声のない静止画面が只ならぬ出来事であることを無言で語りかけていました。
その後しばらく連絡は途絶えました。
一ヶ月程して無事我が家に戻ってきました。
大勢の犠牲者の中には、息子の大学の職員さんも、学生さんも、同窓生もおられました。
あれから12年、息子は社会人となり結婚をし、一児の親になりました。
でもあの時のままきっと時間の止まっている方達がいらっしゃると思うと、とても複雑な気持ちでいっぱいです。
亡くなられた方々が安らかでありますように。
ご家族に平安が訪れますように。
心から祈りを奉げております。
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January 15, 2007
「人に自分がされたくない事はしない。自分がしてほしいことをして差し上げる」
よく聞く言葉です。
前半の部分はその通りだと思います。
でも後半の言葉、この頃両親を見ていて段々疑問に感じています。
自分のして欲しい事と、相手がして欲しいと思っている事はいつも同じでしょうか?
人間は十人十色、千差万別です。
考えている事、感じている事、思っている事、人それぞれです。
それなのに相手に“自分がしてほしいことをして差し上げる”ちょっと無謀なような気がするのですが・・・
相手に何かして差し上げる時は、相手が何を望んでいるかよく相手の気持ちを推し量って相手の身になって考えることが、大切なのではないかと思うのです。
例えば子供に、人に優しくすることの初歩の心遣いとして「自分がされたくないことはしてはいけません。自分がしてほしいと思うことをしましょう」という表現はとても分かり易くていいと思います。
でもそれは優しさの“始めの一歩”のような気がします。
本当の優しさというのは、相手の身になって考え相手がしてほしいと思っていることをさり気なくして差しあげる、ことではないでしょうか。
相手が良かれと思ってしてくれた事が自分の意に沿わないことであったとしても、その心遣いは有り難く受け取って感謝するべきです。
でもそれがいつもいつもだと、ため息が出ますよね。
相手のことを本当に心から考えているのかな?と疑問に感じてしまいます。
“自分がしてほしいことをして差し上げる”この言葉、一歩間違うと善意の押し売りに繫がりかねません。
父が母を気遣って、善意の押し売りをせっせと致しております。
92歳という年のせいもありますが、昔からそうだったような・・・
この善意の押し売り、母の命に関わりそうなことがあって、ヘルパーさん達とそっとカバーするのが大変です。
「人に自分がされたくないことはしない。人がして欲しいと思っていることをして差しあげる」
とても難しい事ですが、これが本当ではなかと感じています。
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January 11, 2007
4神社を初詣巡りしました。
どこの神社もちょっとお洒落をした若者でいっぱい。
数年前の調査ですが「あなたは、宗教や信仰に関心がありますか。関心がありませんか」との問いに、「宗教に関心がある」と答えた人23%。特に女性の20代ではわずか6%でした。
信じる以前の関心もないはずの神仏に、硬貨数枚で家内安全、商売繁盛、交通安全、健康、受験祈願、縁結びまで、何でもかんでも、なが~いお願い。
さぞや神様も仏様も当惑されているだろうと思うのですが・・・
その時だけ変身して信じるのか、初詣で神仏の前で祈る事は若者にとって宗教的行為ではなく年の初めの行事みたいなものなのでしょうか。
これだけ数多くの神社仏閣に囲まれて(日本全国に宗教施設はおよそ23万ヶ所)子供が生まれればお宮参りに始まり、七五三、成人祝いだといっては神社にお寺にお参りに行き、結婚式は殆どの方は神式で、又はにわかクリスチャンになって教会で、そして人生の最後はお坊さんにお経をあげてもらってお寺の先祖代々のお墓に入る。
人生の節目節目で何らかの形で神社仏閣と関わりを持ちながら、神、仏、宗教、信仰について深く真剣に考える事無く一生を過ごしていく、しかもその時々に応じて宗教を使い分けながら・・・
その時々によってまるで宗教を変えるかのような日本人の宗教に対する姿勢は、キリスト教やイスラム教のような一神教を信仰する人々から見れば無節操にいい加減に見えることでしょうね。
でもいい加減は、好い加減でもあります。
近年の世界情勢を見ていて、リーダーの宗教、宗教観が紛争を巻き起こし平和の邪魔をしているなと感じる事が多々あります。
それに比べると、なんと大らかな宗教観を日本人は持っているのでしょう。
全ての神仏を敬い大切にする。
日本独特の宗教に対する大らかさは、世界が平和に共存していく為に必要なことなのかもしれません。
ただ神仏へのお参りは、何でもかんでもお願いをする為ではありません。
先ず、平素のお礼と感謝、世の中への祈り、それからこのような努力をしますので思いが叶うようにお願いします、と祈るのが順番かなと思います。
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January 07, 2007
『イノシシは直進してポーンとやってきます
慌てず騒がずのんびりと心を磨いて、神様の教えに沿った穏やかな生き方を来年は心がけてください』
そんなお話を天命庵で去年の暮れ、亥年に気を付ける事と一緒に伺ったのを思い出しました。
本当に元旦の夜、直球で“ポーン”と来ました。
お医者さんが皆、休んでいるお正月だったから慌てましたね。
でも主人が、即「救急車を」と判断したので後は流れのままでしたけれど・・・
今の状況で慌てず騒がずのんびりとは、余ほど心を磨かないと、とてもとても無理ですわ。
穏やかに生きられたらいいですね。
先ず笑顔からだそうです。
笑顔というのは祝福です。
「笑う角には福来る」と言いますね。
『いろんな事があっても直ぐに嫌いとか嫌とか思うのではなく、先ず微笑んでから考えみること。
恐い顔をしてあちこちガンを売っていると変な方が寄ってきますよ』なんてお話もあって大笑いをしました。
『相手を嫌わず心からお相手を理解しょう、許そうとする心が大切な一年』とも。
これは観音さまの心です。
観音さまは菩薩さまであり、慈悲の方です。
92と89歳を抱えて、どこまで慌てず騒がず微笑んで過ごせるか、今年の課題です。
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January 03, 2007
今年は無事落ち着いてお正月が迎えられるかと思っていたのですが、そうはいきませんでした。
元旦の夜、2度目の救急車に同乗しました。
お正月休みでなければ、主治医とか訪問看護士さんに処置をお願いできる程度だったのですが、元旦は連絡がつきませんでした。
仮に連絡がついても皆さんご迷惑ですよね。
痰が詰まってあっという間に、呼吸困難に。
119番に電話して事情を説明したら、お年がお年ですから向かいますといわれ、元旦から、救急車のサイレンが我家の前で止まる羽目に・・・
皆さん、お騒がせしました。
車の中で吸引をしたら大分落ち着いて、病院で点滴をして帰宅できました。
それにしても救急隊の人も病院の先生も看護婦さんも、元旦から働いてくれていて、皆本当に親切で頭が下がりました。
新聞やテレビから漏れ聞こえてくる嫌な世の中とはまるで違う、大勢の人が一生懸命気持ちよく働いている世界が身近にはあるのですね。
とても有り難かったです。
大事に至らなくて良かったのですが、3年連続主人はオチオチお酒も飲んでいられないお正月です。
元旦から救急車騒動、エネルギーを使いました。
立ち直るのに少し時間が要りそうです。
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December 29, 2006
天命庵に今年一年つつがなく過ごさせて頂いたお礼参りに伺って、来年の心構えを伺ってきました。
毎年きまっておっしゃることですが「良い事をした人は幸せになるでしょう。悪いことをした人は幸せにはならないでしょう」
これは占う以前の生きてゆく基本ですね。
自分勝手なことをしておいて来年はいい年でありますようにと願っても、そうは問屋が卸しませんもの。
『亥年は十二支の最後の年です。
十二支の最初に戻る最後の年という事で、やり残したことがないだろうか、ああ、あれもしておかなければいけないわね、と焦る年でもあります。
「急いては事を仕損じる」
あまり前進し過ぎないで、いつもブレーキをかけて、なれべく走らないようにしてくださいよ。
調子の良い「す~」と行きやすい年ですから。
そういう時は用心してください。
どうぞ気を付けてください。
来年は特に気をつけるのですよ。
よーく自分に問うて、余り物事がよく動き過ぎたら止まることです。
甘い話に乗らぬように、流れをしっかり見て。
今まで積み上げてきた事でなってきたことは良いですけれども、急に思い掛けなく起きてきたことにはよ~く気をつけること。
欲の心のある人は騙されますよ。
気を付けましょう。
欲の心を取って、人さんの為に喜んで良いことをして下さい』
随分気を付けなければいけない年のようですが、はじめの言葉のように良い事をしていればいいわけで、何事も自分次第ということですね。
喜んで人さんの為にというのは、家族を含めた身近な方にちょっと気を使う事も含まれるのです。
とても簡単な事のような、この身近な人というのが意外と曲者のような・・・
ただ今、私、人さん(92と89歳の両親)の為にいくらでもする事があります。
私、来年は年女です。
赤いちゃんちゃんこなんて時代ではないので、洒落たダウンのベストでもリクエストしようかな?
どんな年になるのかとても楽しみです。
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December 26, 2006
一昨年の暮れは母が大腿骨骨折で人工骨董の手術を受けて入院中、病院の母と実家の父の世話で暮れもお正月もありませんでした。
昨年は骨盤骨折で3ヶ月の入院の後、体重21kgになってお正月を過ごしに我家に。
3日後から発熱、お正月明けに再入院でした。
今年は有難い事に、今のところ何とか平穏に新しい年を迎えられそうな気配です。
というわけで大掃除らしいものをボチボチしております。
主人の実家、自分の実家と後片付けが続いた弾みで、そこいらを整理して物を捨てまくっています。
流石、大正生まれの両親の子、いろいろ溜め込んでありますわ。
何時か使えるかもしれないと思って・・・
しかし、物を捨てるのって勿体ないですね。
頂いた物もありますが、殆んどはお金を出して買った物。
捨てるという事はお金を捨てているのと同じことで・・・
昔は物を大事に使い、修理し直して、寿命を全うさせてから捨てていましたが、今はまだ使える物をどんどん処分していきます。
物によっては新品を買うのと同じ位修理代が掛かる時代ですゆえに。
『なんとかならないのかな』などと思いながら整理しております。
お陰で、棚もクローゼットも押し入れも、物がゆったりと心地よさ気に納まっております。
そんな中で特に見ちがえる程綺麗になったのは、私の机の上。
数年前、「机の上が5分でクチャクチャになる人」とのタイトルの本を見て、主人と息子の顔が浮かび『読ませたいなぁ~』と思ったことがあります。
ところがここ数年は『私が読んだ方がいいな~』という状態です。
机の上は、ブログに書きたいと思う新聞や雑誌の切り抜きが溜まってお山ができていました。
その山が時々崩れて床に・・・
それにつけても綺麗好きだとか整理整頓がうまいというのは、今まで単にそうしていられる状況にあっただけのこと。
状況が変わればそんなものは吹っ飛んでしまうものだとしみじみ感じています。
何事につけても人の事はとやかく言えない。
自分自身が相手と同じ状態になった時にどうゆう行動するか、それは本当にその立場になった時でないとわからないことなのです。
さてさてこの美しい状態がいつまで続きますことやら。
来年の暮も又必至になって片付けをしているかもしれません
でも新たに物を買うのは程々にしておきます。
今あるものを上手に使って生活していきたいと思っています。
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December 24, 2006
体調を崩したヘルパーさんがいて母の介護のローテイションが崩れ、皆がアタフタしていました。
そこに突然若くて可愛い新米のヘルパーさんが出現。
「先輩に同行してお母さまの介護を見習わせて頂きます」とのこと(そういえばそんな話があったような・・・)
彼女にバイクを停める場所を教えて、主人の世話に母屋に戻りました。
それからすぐに異様な声で呼び戻されました。
バイクを止め損なって「お向かいの塀にぶつけてしまいました」と新米さんがオロオロしています。
「怪我は?」と無事を確かめてから、早速彼女を連れてお向かいに謝りに。
お向かいのおじさん、可愛い美人さんが今にも泣きそうな顔をして頭を下げ、真摯に謝るので「いいよ、いいよ」てな感じ。
「あの塀は古くて、いずれやり直すつもりだったから・・・」
こういう時、若い美人さんは得なような~
「内の方は全然気にしなくていいし、向かいのおじさんもいいと言ってくれているのだから、会社に戻ったら“ご迷惑を掛けました”とよーく謝って終わりにしなさい。後は保険でカバーしてくれるはずだから」と慰めても「どうしょう。どうしょう。大変な事をしてしまって・・・」と震えが止まらない様子。
それにしても今時珍しいような初心な子で、予想外の出来事の連続よりも彼女の態度の方にびっくり!
先輩のヘルパーさんは、内に来ているヘルパーさんの中で一番男っぽいさぱさぱした性格の人で「先ず仕事、仕事。グチュグチュ考えるのは家に帰ってからにしなさい」と厳しいお言葉。
「先輩!いじめては駄目よ。新米なのだから」等と言いながら、先輩のヘルパーさんと私で母の世話を次々とこなしていくのを、彼女はボーっと見ていました。
人が真摯に詫びる姿は美しい。
清々しさがあります。
それに引き代え、TVのニュースでよく見かける、不祥事を起した責任者一同が頭を下げている姿、時々私は見苦しさ感じます。
勿論心からと言う方もおられるのでしょうが、責任逃れの弁明を続けた後逃れ切れなくなって致し方なくなんて場合が多いようで・・・
年を取り、地位や権力を手にすると、真摯な心、潔さ、良心、なんて何処かに忘れてしまうものなのでしょうか。
最も、先輩ヘルパーさんと「私達もあんな時代があったわね」なんて会話を交わしたのですから、忘れるものなのでしょうね。
ふむ、あの初々しさには逆立ちしても戻れない、でも上手に年を重ねたいと彼女の姿に感じた次第です。
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December 21, 2006
銀座4丁目、鳩居堂へ「大徳寺昭輝書画展」を観に行ってきました。
今年は主人と息子のパートナーの綾ちゃんと孫の菫も一緒に、暖かな雰囲の中でゆったりとした一時を過ごしてきました。
帰り道、銀座の外れの薬局でくじ引きを引いたら、主人が、ななんと一等賞の大当たり。
景品は体長1メートルもある、大きな大きなクマの縫いぐるみです。
私、縫いぐるみ大好きでベッドの枕元でクマ5匹と犬2匹が押し蔵饅頭をしています。
でもこれから主人と二人で銀座をお散歩という時に、縫いぐるみが当たるとは・・・
一瞬クマと3人で銀ブラするのかと頭の中が???
主人は、当たったと分かるや否や銀座で別れた綾ちゃんに携帯を掛け、綾ちゃん達の乗るタクシーにクマも同乗させようと連絡をとり始めました。
いやはや、その行動の素早いこと。
それが無理だと分かると「マンションの住所をメールして。宅急便で送るから明日着くからね」と言っていました。
綾ちゃん、菫を抱えて、クマ騒ぎに巻き込まれて申し訳ない。
主人もクマを連れての銀ブラは大変と必死だったようです。
無事、息子宅へ送り出して、ゆっくり2人で銀ブラをして帰ってきました。
翌日「可愛いクマさん有難うございました」と喜んでくれたのでホッとしています。
1等が当たるとは気分がいいし、クマさんも大好きなのですが、何か今年は予定外のことが起こってバタバタと動け回らなければならない年回りだったような気がします。
今年も残すところ後10日、ゆっくりと落ち着いて過ごさなければ…
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December 14, 2006
ちょっとした心遣いでいいのです。
微笑みを掛ける。
声を掛ける。
優しさを掛ける。
思い遣りを掛ける。
気遣いを掛ける。
相手を気に掛ける
気持ちを掛ける。
全部「掛ける」ですね。
心を掛ける事によって、人に喜んで頂くことができます。
今の世の中「どうせ言っても駄目だろなぁ~」と、一言掛ける事を諦めてしまっている人が多いように思います。
家族同士、先生と生徒、上司と部下、国民と政治家、皆がお互いに心を掛け合わなくなっているような。
でも声を掛ける、思いを掛ける事はとても大切な事です。
掛けずに駄目だろうな、と諦めてしまっては、そこからは何も生まれてきません。
どうせ駄目だろうな、と思っている人は、だいたい何も「掛けてない」のです。
行っていないのです。
掛けてみて、始めて実るものがあるはずです。
ちょっと心を掛ける事で、人に喜んで頂けると、自分も幸せな気持ちになれます。
慌ただしいこの時期だからこそ、特に周りの身近な人に「心を掛け」よい関係を築きませんか?
HAPPY NEW YEAR!間違いなしです。
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December 13, 2006
クリスマス・ギフト用の超豪華版カタログがクレジットカード会社から贈られてきました。
もう十数年使っていますが、始めてです。
「カード会員様だけにお届する世界の逸品をはじめ、日常に特別な彩りを添える商品を400点以上えりすぐり」ご紹介とあります。
目の保養によさげな美しい物がずらり、しかし並みのお値段ではありません。
最高のものは「地球発、月行きのチケットをご手配いたします」1億米ドル(約120億円)目玉商品というか、話題提供というか、ご愛嬌というか…
英・帝国王冠レプリカ、1億5千万円(1点限り)
スタインウエイ&サンズ、限定グランドピアノ、 1億1550万円(限定2台)
数千万円、数百万円の物がごろごろ載っています。
その中で「むっ!」としたのが「ミラノ発、日本初登場ペットジュエリーを愛犬とともにお楽しみ下さい」という物。
な、なんと1番安いので33,600円、お高いのが472,500円ですよ。
私も小型犬を飼っていたことがあります。
猫可愛がり、じゃなくて犬可愛がりに可愛がって友達からひんしゅくをかっておりました。
でもどんなにお金があっても(ないので余計なことですが)犬に47万円のアクセサリーは買わないだろうなぁ。
だいたい毛に絡まって、犬にとっては凄い迷惑ですもの。
こんな立派なカタログを作って元がとれる程売れるのでしょうか。
カード会社は抜かりないから、勝算ありなのでしょうね。
ひょっとしたら思っている以上に物凄い格差社会が出来上がっているのかもしれない、とふと思いました。
日曜日の夜、NHKで「ワーキングプア」“働く貧困層”を放送していました。
朝、昼間、夜と3つの仕事を掛け持ちして一生懸命働いても、まともな暮らしを維持するのが難しい世の中って何なのだろうかと、冷たい社会に恐さを感じました。
一生懸命額に汗して働いている人が、贅沢は出来なくても普通の暮らしができる社会を築いていく事は、働いている人にとっては勿論ですが、安定した社会を築いていく上においても不可欠なことではないかと思うのです。
働く貧困層と豪華なカタログ、誰が何を買おおと自由なのですが、何か社会の仕組みがおかしいような気がします。
誰もがそこそこ幸せな社会になったらいいですね。
そうゆう政治家を自分達の手で育てていかなければ。
今、皆で真剣に考えなければ大変な事になると思うのですが・・・
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December 11, 2006
1回目の片付けを終了しました。
感想は「案ずるより生むが易し」
父から聞いた時はどうなるかと気が遠くなりそうでした。
でもいざ始めてみると姉二人と、残す物残さない物の意見がぴったり一致。
残す物は3人で順番に分けていきました。
残さない物はリサイクルに出す物を選び、その他は分別してゴミの袋へ。
実にスムーズに仕分けができ、次々とごみ袋の山を築きました。
今回の整理で、主人の実家の片付けが大変だった理由がわかりました。
引き受け手が我家一軒で、残せる量が限られていたので厳選しなければならず大変だったのです。
でも今回は三人ですし、皆、決断の早い事早い事。
長女はこの春引っ越しをしたばかりなので、その勢いで捨て上手。
次女は数十年アメリカに住んでいて、家を処分して日本に帰国した経験があるので、余分な物は残さない主義。
私は海外転勤が多かったので、何時でも身軽に捨て魔。
よく揃いましたわ。
笑ってしまったのは、長女も次女も義兄達から大きな物はいらないとクギをさされてきたとの事。
皆、余分な物はいらないとの境地になる歳になったのです。
若い時は、あれもこれも集めたけれど…
それにしても昔の人は物を大切にしていたのですね。
その精神は見習わなくてはとの思いと、昔の家は納戸などスぺースがあったからできたのかなとの思いが交差しました。
父は複雑な気持ちのようで「わしはもう何もいらん」と言っていたわりには、新たに我家に持ち込む物が多いのですが、其れは致し方ないですね。
年明けに2回目をするのですが、思ったよりもスムーズに姉達と息もぴったり結構楽しい時を過ごせました。
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December 07, 2006
いじめは正真正銘の犯罪だと思います。
凶器で人を殺す事だけが殺人ではありません。
言葉の暴力だって追い詰められた子供達が死んでいるのですから、立派な殺人です。
キリスト教の聖典、聖書のヨハネの福音書は『始めに言葉があった』と始まります。
『言(ことば)は神と共にあった。
言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。
この言に命があった。
そしてこの命は人の光であった。
光は闇の中に輝いている。
そして闇はこれに勝たなかった』
言葉にどれだけの力があるか、この何行かで全てを表しています。
これはキリスト教だけの考え方ではありません。
世界に共通した考え方です。
日本においては「言霊」という思想があります。
言霊とは言葉自体に力が備わっているという考え方です。
言葉は単なる記号ではなく、話せば消えてしまうのでもなく、それ自体に霊力が備わっていると思われています。
言葉の霊力とは言葉の内容に即して物事を実現する力のことです。
当然そこには言葉に対する畏敬の念があって然るべきです。
言葉は、他の動物には使うことの出来ない、人間だけが使うことのできる、大切な大切な物なのです。
使い方一つで、人を幸せにする事も、殺す事も、やる気を出させる事も、駄目にする事も、何でも可能なのです。
それなのに、今政治家を筆頭に誰も言葉を大切にしていませんね。
テレビのバラエティー番組等はその典型のようなものです。
とっても不思議な事です。
とっても恐い事です
「いじめと家庭」の記事で、いじめは社会と親の姿を映し出しているだけ、と書きました。
社会と大人が変わらなければ絶対に無くならないと、元を正さなければ無くならないと・・・
いじめの原因はいろんな要素が絡み合っています。
その一つに、大人の言葉に対する姿勢が問われているのではと思います。
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December 02, 2006
高さ50センチ程の可愛いクリスマスツリーと、息子が小1の時のバザーで買った手製のサンタクロースをリビングの出窓に飾りました。
30年前のサンタクロースのおじいさん、綿のお髭と針金のメガネを掛けてなかなかの味わいを出しています。
ヘルパーさん達が皆、窓辺のクリスマスツリーを見て「綺麗ですね~」と言いながら我家に入ってきます。
「ひょっとしたらサンタクロースさんが来るかもしれない・・・と思って・・・」と言うと大笑になります。
主人にも同じセリフを言ったら「もう物は増やさないんじゃないの?」と軽くかわされてしまいました。
実家の整理が決まって以来、まるで呪文のように「もう物は増やさない。もう増やさない」と呟いていましたから。
長い間、海外で暮らしていたので、その国その国の名産品、記念の品等、ちょっと高価な物からガラクタまで我家は物がいっぱい。
そろそろ人生の店じまいに向かって、後片づけをしておかなければと思っているので・・・
でも消耗品はいいですよね。
お洋服とか、小さなアクセサリーとか。
サンタさんが持って来てくれるのにぴったり。
今日から毎日「もう物は増やさない。もう増やさない」の代わりに、「サンタクロースさん来るかな?来るかな?」って夫に聞こえるように呟くことに変更しました。
クリスマスはキリスト様がお生まれになった日で、プレゼントを貰う日ではないけれど、信じられないような慌ただしい日々、其れぐらいの夢があってもいいかな?
何を持って来てもらうか考えなくては・・・楽しみだな~
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November 30, 2006
と父が呟くのを聞いた時“どうして?これから冬真っ盛りになるこの時期に!”と呆然としました。
気を取り直して「もうすぐ12月で皆忙しくなるから、来年早々か春暖かくなってから、どちらにしたい?」と聞くと「早々がええな~」(関西弁です)
両親がわが家の離れに引っ越してきて、丁度1年になりました。
92歳の1年は若い人の何年にあたるのでしょう。
ここ数カ月めっきり弱ってきて、もう母と2人で実家で暮らすのは無理と諦めがついた事と、便利なこの地が結構気に入った事もあるようです。
今が父にとって家の整理をする最後のチャンスなのでしょう。
母の介護と実家の始末が同時進行、如何するのでしょうね・・・
余りの凄さに実感が出なくて、暫く人事みたいな気分でしたがそうも言っておられず。
まず姉二人に招集をかけ、数日来てもらうことに。
それから母をショートステイに預かっていただく手配を。
30年間溜め込んだ物を数日でどれだけ始末できるかな?
昔の写真を整理しながら思い出話なんか始めたら写真の整理だけで終わってしまいますものね。
こうゆう時は何しろ何も考えないで、お世話になった物に感謝しつつ、ひたすらごみ袋に入れる事に徹さなければ。
我家を建てる時、主人の実家の母屋を片づけたのですが、まあー、物が出てくるは出てくるは。
主人の幼稚園のバスケットの中に、折鶴が入ったまま、中学の学生服、通信簿等々そのまんま何でもかんでも残っていました。
1カ月整理しても遅々として進まず、結局時間切れで入れたまま潰してもらいました。
父は昔の人らしくキッチリした性格なので、綺麗に片付けたいでしょうね。
いずれにしても、気が遠くなるような大変な事なのですが、父が生きているうちに思い切って整理してくれるのは、残される物にとって大変有難い事です。
頭の中では、どういう手順で片づけるか構想ができています。
でも私は末っ子で姉が2人がいるので、やっぱり姉達を立てなきゃなぁ~~
姉2人には充分思い出に浸ってもらって、私はただ黙々と捨てる作業に徹しようと思っています。
去年の12月もメチャメチャ大変でしたが、今年も大変な年末になりそうです。
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November 24, 2006
秋川雅史さんの“千の風になって” ミュージック・ショップで 広告のポスターを見て以来、どんな風に歌われるのか聞いてみたいと思っていました。
昨夜、NHKのTVで聞く事ができまた。
さすがテノール歌手。
見事な歌唱力、素晴らしい声量で雄大に朗々と歌い上げておられました。
秋川雅史さんのアルバム“威風堂々”の中に収録されているそうですが、“千の風になって”も“威風堂々”のように迫力がありました。
あの詩に、私は春のそよ風のような暖かく柔らかい、包み込むような優しさを感じていましたので、抱いていたイメージと微妙に違いました。
これはあくまで私の感じ方ですが…
“千の風になって”を始めて知った時の記事を再録します。
大切な方を亡くされた全ての人の心に届けたい、素敵な歌があります。
『千の風になって』 作者不詳
わしのお墓の前で 泣かないで下さい
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
秋には光になって 畑にふりそそぎ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせ
夜は星となって あなたを見守る
わしのお墓の前で 泣かないで下さい
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
あの大きな空を 吹きわたっています
アイルランド共和軍(IRA)のテロで亡くなった24歳の青年が「僕が死んだときに開封して下さい」と、両親に託していた封筒に残されていた詩だそうです。
そして後にニューヨークの同時多発テロで亡くなった父親をしのんで11歳の少女が朗読したこともあり、この一編の短い詩が欧米や日本で静かに広がっているそうです。
“人間の死は全ての終わりではない。永遠の別れではない”と優しく語り掛けている詩は、日頃天命庵の親様から伺っている真理の話と同じです。
姿かたちは無くなっても、周りの誰かが亡くなった人の事を覚えていたら、いつまでもその人の心の中に生き続けているのです。
お釈迦様、キリストさま、マザーテレサや多くの賢者の説かれた神様の教えの話をよく聞きます。
そんな時、数千年数百年数十年の時を超えて、残された教え、考え方、思いが生き生きと私達の心の中で息づいているのを感ずる事が出来ます。
まるで今もなお生き続けているかのように・・・
人は亡くなっても、その人の記憶を抱き続けている人がこの世にいる限り、その人は生きているのです。
そしてその人の美しいしい行為、優しい言葉、暖かい笑顔は、千の風となって、われわれに希望を与え続けるのです。
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November 19, 2006
私は江原さんの事よく知らないのですが、若い人達の反応を見ていて、「前世、前世」と見えない事が分かる不思議さに目を向け過ぎている様な気がしています。
今現在と、迫り来る未来に、真剣に向かい合う事の大切さをしっかり伝えているのかな?と不安を覚えるのです。
過去から学ぶことは、とても大切な事です。
でももし、人間に本当に過去を生かすだけの知恵と能力があったら、この世から争いも戦争もとっくに無くなっているはずです。
過去から学ぶ、生かすのは、とても難しい事です。
必要以上に過去(前世を含めて)に囚われず、今を心を込めて生きる。
それが一番大切な事だと思います。
宗教家で医学博士のこんな話を聞いたことがあります。
「人は皆、八千八度(数限り無く何回もの意味)の生と死を繰り返している。その中では聖人の様に素晴らしい人間であったことも、非常に悪人だったこともある。人はいろんな人生を経験しながら魂を磨いている。今現世で、権力を手に入れた、富を得た、地位がある、頭がよい、美人だからと言って偉そうにするな。大きな顔をするな。長い長い生と死の繰り返しの中から見れば、其れはほんの一時の事、自慢するに値することではない。」
真実かどうか確かめようもないのですが、私、この考え方が大好きなのです。
どんな時でも、自分を自慢する事も卑下することもなく、また人のことを羨むこともあれこれ言う必要も無い。
今の自分の人生を一生懸命生きていればそれだけでいい。
来世への素敵な人生に繫がるかも知れないし、又魂を磨くための試練が待ち受けているかもしれない。
それは皆が通る道であり、そして通ってきた道なのですから。
“八千八度の前世”のほんの一部を教えてもらっても大して役には立たないような気がするのですが・・・
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November 16, 2006
暗闇の中追われて逃げる夢、よ~く見るんです」と、母の流動食を作りながら若いヘルパーさんが楽しそうに言います。
「アラ、アラ、アラ」と思いながら「知って、如何するの~」とさり気なく。
答えは「知りたいんですもの~~~」
「今生でそんなに可愛くて生まれて(美人ではないけど容姿も性格もとってもかわいい子です)お年寄りのために心を込めて働けてるのだから、前世なんか気にしなくてもいいと思うんだけどな~~~」と私。
「でも、知りたいんです~~」と彼女。
それにしても、前世を知ってどうする積もりなのでしょう。
私は物事知って為になる事と、知らない方が良い事があると考えています。
前世のように確かめようの無い事は、遇えて知る必要がないのではないかと…
あなたの前世は良くなかったと言われて、今生こそは立派に生きようと頑張れる人もいるかもしれません。
でも人間は、強くも弱くもあります。
何かの誘惑に出会った時、どうせ前世悪かったのだから「どうしょうもないのよ」と誘惑に嵌る原因になりかねません。
全てを前世のせいにして…
人は、今の生きている姿が一番大切なのです。
何故ならば、今を見れば全部わかります。
今の生き方が、過去、現在、未来を全部写し出す鏡なのですから。
今、この時を如何に生きるか、その事によって未来の自分が決まります。
これは誰でも知っていることですね。
そしてもう一つ、今、この時を如何に生きるか、其れによって過去に自分のしてきた事の意味が変わります。
今生き生きと輝いて生きていれば、前世も過去も、今を輝かせる為のものだった事になるのですから。
前世、前世と囚われなくても、今をしっかり生きる事で全て変えられるのです。
言い換えれば、自分の前世は今をしっかり見詰めて生きる事以外に変える方法はないのです。
江原さんが“人には前世がある”と若い人達に気付く切っ掛けを作ったことは素晴らしいと思います。
でもね・・・
次へ
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November 14, 2006
手軽な気分転換は、好きな曲を部屋中に響かせ、床に寝転がって音の中にフワッと身を任せる事。
我ながら単純な人間だと思います。
1階は両親のヘルパーさん達が行き来して落ち着かないので、リビングに置いてあったコンポを2階の書斎に。
Jポップには、ちょいと勿体ない位の音色の中で、心が開放されてゆくのを感じます。
コブクロ-ALL SINGLES BEST Disc 1&2
レミオロメン-HORIZON
AI-What’s goin’on AI
一青窈-一青想
最初の3枚は、今ベストアルバムです。
どれから聴こうかワクワクして迷ってしまうほど・・・
始めにかけた、コブクロのDisc 2 、一曲目の“風”に嵌ってしまい、ここ数日一曲リピートで聴き続けています。
「人は誰も恋をして始めて知る本当の自分の弱さと強さと向き合っていくんだ、雲が遠ざかる~~~」
人生に起こる恋を始めとした諸々の出来事は、自分の弱さと強さと向き合いながら、心の中に優しさを育ててゆく為のものなのかもしれません。
“Door~the knock again~”から一部を書かせてもらいます。
この荒れ狂う大海原を簡単に渡ろうなんて思っちゃいないさ・・・
・・・真実は胸の中にある
進むべき道なんて自分で決めるのさ
不安や恐れに足元を掬われそうになるけれど
巡り来るこの時に逆らい続けよう
後悔は僕に何を教えてくれただろう
行くしかないだろう
自問自答を繰り返し、思い悩み立ち止まるけど
あの日夢みた輝きだけが
又僕の心を揺さぶるよ
眠れない日々を過ごすのなら
眠らない明日を追いかけよう
夢みることが全てじゃなくて
叶えようとする事が全て・・・
音楽-音を楽しむと書きます。
今、音を楽しむというよりも、慈しみ育まれるように音に包まれて、そして心を揺さぶられています。
彼らの歌の持つ迫力、力強いメッセージは何処からくるのでしょうね。
凄い!
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November 12, 2006
両親を泊まりのヘルパーさんにお願いしての1泊旅行、上手くいってホッとしていました。
でもやっぱりそんなに甘くなかったな~
帰宅して数日後、家の前に大きなトラックが止まり、実家で親しくしていた花屋のお兄ちゃんが降りてきました。
「お父さんに頼まれました」と、実家にあった大きな石で出来た植木鉢4つとパンジー25株。
私達の旅行中に、これ幸いと父は一人で家に帰り手配をしてきのです。
半年ほど前、実家に一人で衣類を取りに行った父は、お隣のご夫婦に週末の混雑の中、車で送られて戻ってきました。
もし私が反対の立場だったらやはり92歳の老人を一人では帰さないだろうと反省して以来、父が実家に用がある時は、主人が送り迎えをしてくれています。
2週間前も冬物の衣類を取りに行ったばかりです。
その時、庭の大きな石の植木鉢を4個、我家に運ばせるというので「うちの庭にはこれ以上物を持ってこないでね」とやんわり断りました。
その場では収まったようでしたが、諦めていなかったのですね。
昨年末、父の引越し時に、我家にもあるのにガーデンセットが持ち込まれ置き場に困っています。
そして引越しの直ぐ後、件のお兄ちゃんに天使の頭上が植木鉢になった、我家の庭には不釣合いな大きいな石像を持ってこさせて、事もあろうに門を入った正面に置かせました。
場所を変えたくても力持ちの男の人が二人係でないと動かない代物。
そして今回。
これで実家の庭にあった、動かせる物は全部我家に持ち込まれたことになります。
「あなたの両親との事は親子でやってください」と両親に住む場所を提供してくれた主人は、殆ど口を挿みませんが、さすがいやそうな顔をしています。
曰く「我家は持ち込み放題の居酒屋じゃないんだぞ~」
主人は何でも冗談にしてくれるので、本当に救われております。
ケアマネジャーさんが「寝たきりのお母様も大変ですが、お父様も段々別の意味で大変になってこられます」と言われたのが現実になってきました。
基本的には“両親のしたいように最後を暮らしてもらいたい”と考えていたのですが、周りの人々に掛ける迷惑を考えると、そうはいかなくなってきました。
対応の仕方を考え直さなくては・・・
庭の物は植木屋さんが来たら時、主人の気に入るように適当に整理してもらうつもりです。
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November 11, 2006
毎年この時期に、庭のプランターにパンジーを植えます。
昨日やっと一冬花を楽しませてくれそうな良さげな株のパンジーが、ご町内の花屋さんに並びました。
なかなか良い花に出会うのが難しい花屋さんで、苦労しております。
パンジーの横にピンクのポットに入った“虹色スミレ”スイートハートリカとリカちゃん人形の写真と名札が付いた、可愛い花が置いてありました。
何処から如何見てもスミレには見えない。
花びらが7色っぽいパンジーと言う感じなのです。
「これ本当にすみれ?」って花屋さんのおじさんに聞いたら「う~ん、そう書いてあるね・・・」
孫の菫は、スミレの花のように楚々と可憐な赤ちゃん(そんな赤ちゃんいるわけないかな?)というよりも、エネルギッシュでとても活発です。
同じ名前なので菫に見せたくて“虹色スミレ”もお庭に植える事にしました。
うっかりするとパンジーと区別がつかなくなりそうなので名札を付けて。
今日鎌倉の紀ノ国屋にお買い物に行ったら“虹色スミレ”がたくさん売っていました。
ご近所の花屋さんで見た時は、本当にスミレ?と半信半疑だったのですが、紀ノ国屋で売っていると、やっぱりこれはスミレというのだと納得。
そこがお店の信用の差ですね。
でも菫に「これがスミレの花よ」と教えるのはまずいかな?
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November 07, 2006
箱根宮の下の富士屋ホテルで温泉にゆったり浸かってきました。
息子夫婦、孫の菫と一緒に。
2年前に泊まった時は110年の歴史の重みを感じさせる、落ち着いた雰囲気がホテル全体に
ゆったりと流れていました。
今回は大安吉日で結婚式が2組、それに紅葉のシーズンが重なってせいか、ホテルのロビーは華やかに賑わっていました。
素敵な庭園を眺めながらティーラウンジ・オーキッドでのお茶を楽しみにしていたのですが、メインダイニング「ザ・フジヤ」で本格的フレンチの遅い昼食を食べたので断念。
今時珍しい位バーターとクリームがどちゃと入った、濃厚なフランス料理でした。
ビックリした事が一つ。
ロビーで絵画の展覧会が催されていました。
ユトリロのリトグラフが2枚並んで飾られていました。
右側のリトが「サンジャック塔」
5年ほど前に主人と私が気に入って求めて、わが家のリビングに飾ってあるものと同じ。
左側のリトが「モンマルトルの雪の朝」
息子夫婦が結婚した時、私の父がニューヨークに住んでいた時に求めたものを、マンションに飾るようにプレゼントしてくれたもの。
ユトリロのリトグラフは沢山あります。
それなのに何故かこの2枚が、しかも並んで飾ってあったのです。
いや~、不思議だったな~~~
菫を見ていると、一つ一つの動作が可愛くて思わず笑えてしまいます。
幼児って心を和ませる不思議な力を思っていますね。
登録有形文化財の木造の建物は、色んな所から色んな音がしたり、漏れ聞こえてきます。
古い歴史のある建物だと思うとその音が趣きがあるように感じるのですから、不思議なものです。
床のきしむ音でも受け取り方次第でこんなに違うのかな、と可笑しくなりました。
箱根の満月は大きくて美しかった。
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November 04, 2006
天命庵の親様の話を伺って「今“抱き癖”と言う言葉は無いんだよ、抱きたいだけ抱いていいんだよ」と息子夫婦が言っているのが理解できました。
『子供の時には、たくさん愛をかけて上げて下さい。
よ~く抱いて上げて下さい。
何故かというと、子供はお母さんのお腹の中でお母さんとへその緒で繫がっていることに安心感があったたわけです。
それがへその緒を切られて生まれてくるわけですね。
一番初めの恐怖というのは、お母さんから離れる恐怖なのです。
だから生まれて直はできるだけ抱っこしてあげてください。
お母さんの心音を聞かせてあげる事。
それが恐怖をどんどんどんどん減らしていくのです。
お母さんと離れることが一番恐いわけです。
だからできる限り抱けるうちは、子供を抱っこして上げて下さい。
抱き締めてあげてください。
そうすると子供というのは優しい子になるんです。
生みっぱなしでは駄目なんですよ』
我家に来た時、菫(すみれ)を抱いて二人でリビングを行ったり来たりしながら、話をしています。
思わず「あなた達なにしているの?ゆっくり座って話せば?」といったら「止まると泣くんだよ~」と言いながら抱っこして行ったり来たり…
「ふ~~む」時代が変われば子育ても変わる。
そんなものなのかなと、ちょっとビックリしながら黙って見ていました。
息子は赤ちゃんの時“石臼君”と呼ばれるほどズシリと重い子でした。
その子の菫も可なり重い。
その菫をいつも華奢なママが抱っこしています。
有難いなと思って見ています。
それにしても、昔の人は偉かったとしみじみ思いました。
赤ちゃんが生まれて首が座るとおんぶして、赤ちゃんはお母さんの背中で心音を聞いていたのですね。
日本では、昔から自然に理に適った育て方が代々伝わっていたのに、何処で途切れてしまったのでしょうね。
週末、息子夫婦と小旅行にいきます。
その時、この話をしようと思っています。
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November 01, 2006
天命庵に、息子さんが入院した友とお参りに行ってきました。
「神様にお参りに行けば病気が治る」等と安易に考えて行った訳ではありません。
数日前何となく気になって掛けた電話に、暗い声で出てきた彼女は「又息子が入院したの。でも前の時よりも症状は軽いのよ」との事。
それを聞いた時に即「それはよかったね。お礼参りに行こう」と誘ったのです。
病気になったのに“お礼参り”なんて普通の人が聞いたら不思議に思われるかもしれません。
でもね、病気で入院しているとはいえ、しっかり生きているのですよ。
有難い事ではないですか。
生きてさえいれば、これから先どんな良い事が起こるかもしれませんもの。
案の定、午後の親様のお話は「問題なし」から始まりました。
「人が様々な問題に遭遇した時、この問題はどうなるのだろうか、これからどうなっていくのだろうか、折角ここまで築き上げてきたのに何でこうなったのだろうか、等とクヨクヨしないで、先の事は何にも問題ないという心になって通る事がとても大切です。
神様に全てを委ねる、信じる心を大切にした時に大きな道が現れてきます」とのお話。
「人が天の国からこの世に生まれ出る時、神様から困らないようにと、命の衣に宝石を一つ縫い付けてもらって生まれています。
宝石とは神聖、仏教で言えば仏性、良い心のことです。
その宝石を取り出す方法は、神の教えを知る事です。
神の教えに出会い良い考え方が出来るようになると、宝石は現れて、問題は問題で無くなります。
皆、素晴らしい宝物を頂いて生まれてきているのですよ。
困った時、大変な時に助けになるものは、昔から、生まれた時から皆与えられているのです。
天命庵に来たことのない人でも、誰でも皆、宝石を持って生まれてきているのです」
お話を伺っていて楽しくなってきました。
皆の心の中に美しい宝石があるのです。
きっと世界で一番美しいダイヤモンドよりもっと輝く宝石が・・・
それを神様の教えで磨いて良い心遣いが出来るようになればキラキラと光り輝いて、全ての物事を光に変える力を皆備えてこの世に生まれてきているのです。
神様の教え出会うには、釈迦様、キリスト様、マザーテレサさんやガンジーさんのような偉大な方々の考え方、生き方の中に、世界の文学の中に、童謡の中に何処からでも気付く事ができます。
いつもこのブログに書いていることですが神の教えに触れるのに、特別な方法は必要ありません。
宗教組織や団体に入らなければ、得られないものではないのです。
自分の心の宝石を磨きたいと望めば、日々の生活のあちこちに気づく為の種はまかれているます。
心の中の宝石、輝かせなくては勿体ないですね。
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October 28, 2006
別れ際に「頑張りま~す!」
心療内科の先生と母の代診で話した後、殆ど無意識のうちに口を突いて出ているようです。
私が言うと同時に、実に穏やかな先生がまるでこの世から「頑張る」という言葉を抹殺したいかのように即、打ち消されるか、諦めたように止められます。
「頑張らないで下さい」
「頑張ってはいけないのです」
「頑張る必要はないんですよ」
「頑張るのが一番悪いんです」
始めは『なして???』と“ぽかん~”としていました。
『いいじゃないの、2週間後の代診の日まで何とか母の世話頑張って持ち堪えてきますわ』位、軽く言わせてくれても・・・と思っていました。
心療内科の先生も内科の女医さんも、しばしば母の事を「頑固な方だから」と言われます。
今回は、父がベッドの脇に手摺りを付けてほしいと言い、取り付ける位置の事で、業者さん、ケアマネジャーさんと父の間ですったもんたがありました。
その後で、ケアマネジャーさんが「お父様も、お母様も“なかなか”でございますね」とさらりと言われまして、はっとしました。
両親が“なかなか”という事は、二人の血を引いている私も当然“なかなか”のはず・・・
これはえら事と、暫し日頃の言動を振り返りドッキリ。
両親の介護を始めて以来、ケアマネジャーさんを始め、お医者さん、病院関係の方々が、いろいろアドバイスをしてくれます。
在宅介護を長続きさせる為には、ご両親にも少し我慢をしてもらわなければ続かないのですよと。
それをほぼ全部一言の元に却下、蹴飛ばしておりました。
うちの父には、母には、とてもとても無理ですわ、と。
その結果、私が頑張らざるおえなっておりました。
頑張るとは、我を張る事。
しっかり頑固に我を張っていました。
そうだったのか、先生は「頑張ります」の奥にある「しっかり我を張って介護します」という私の心の動きを敏感に感じておられたのでしょうね。
だから本当は「頑張らないで下さい」ではなく「我を張らないで下さい」と、ず~っと言いたかったのではないかと思い当たりました。
皆さんご迷惑をかけました。
そういえば、天命庵の親様が「素直が一番やで」とよくおっしゃいます。
何を聞いていたのでしょうね、今まで。
お恥ずかしい。
我を張るのヤーメタ、と思ったら、だいぶ楽になりました。
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October 26, 2006
今回の事件、元担任の先生の言動が常軌を逸していたのは言うまでもありません。
でもちょっと、ご自分の回りの老人、大人、若者、子供を、よ~く観察してみてください。
家庭、ご近所、学校、職場、政界で、イジメや仲間外れはないでしょうか?
いじめ、嫌がらせ、無視、仲間はずれ、虐待がそこいらで起きているのではないかと感じています。
残念ですが、それが今の日本の社会の現状のような気がするのです。
子供の世界は大人の社会の鏡です。
子供は大人のまねをしているだけです。
そう、今回の事件の元担任の真似をしたように。
自分達の行動を棚に上げにして子供たちにいじめを止めさせよう、学校からいじめを無くそうと文部科学省を筆頭に必死になっても、教育委員会の権限を大きくしても、抜本的解決にはならないと思います。
勿論今まさにいじめに会っている子を救う手立てを講じる事は、一番にしなければならないことです。
と同時に大人が自分自身の行動を振り返って、いじめの元を作っていないか反省し、大人が変わらなければ、モグラ叩きが永遠に続くような気きがしています。
何処から変えればよいのでしょう。
頭の中で収拾がつかない位ぐらい問題は一杯あります。
でも根っこは1つかもしれません。
社会の一番小さな集団、基礎は家庭です。
今その家庭が崩壊しているようです。
家庭が崩壊していては、世の中の一番弱い者、家庭の元で庇護されなければならない子供が守られるはずがないのです。
大人が、夫婦がいがみ合っている中で育てる。
子供に過度の期待をかける―お験といって幼少から受験という戦争で子供を戦わせるような。
社会で生活する上でのルール、礼儀作法を教えない―弱いものをいじめない、命を大切にする等は人間として生きていく基本です。
理屈ではないのです。
これを天台宗の僧侶の瀬戸内寂聴さんが「人を殺すのは悪い、盗むのは悪い、嘘をつくのは悪い。人間として絶対にしてはいけないことなのです。人間である証拠のバッチのようなきまりなのです。人間には初めから“してはいけない”ということがあるのです。理屈など何もいりません。“してはいけないのよ”ではなく“するな”と子供が小さいうちから、小学校に上がる前から頭にたたき込むのは、親の責任です。
何よりも子供の心を育てていない―知識を詰め込んで、いかに生きて行くかの知恵を教えていない。
これらは一種のいじめだと思うのです。
穏やかな暖かい家庭で育った子は積極的にいじめには加担しないでしょう。
愛情に満たされて育った子はいじめをしないと思うのです。
いじめ、多種多様な要因があるでしょうが今の家庭教育の在り方、大きな要因ではないでしょうか。
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October 23, 2006
アクセス数が週末、異常に増えました。
地味で硬い内容のブログをボチボチ書いております。
ニィフテーさんのブログにはサイト全体のアクセス解析が付いています。
やたら詳しいデーターが分析されていますが、私はアクセス推移とページ別アクセスしが見たことがありません。
普段は1日平均アクセス40前後の推移。
記事の内容によって100を超すこともありますが、それはほんの稀ですし、記事を書いた直後に起こります。
今回のアクセスは20日近く前に書いた記事に集中していました。
記事の内容は音楽家とそのお姉様の病気について書いたものです。
それが土曜日の朝、1時間で50~30数件が数時間続いて、後は15件前後で2日間続きました。
北は北海道から南は沖縄まで日本中から・・・
1時間で、いつもの1日分を軽くクリアー。
何が起こっているのかな???
皆さんに読んで頂く為に書いているブログですから、大勢の方が訪れてくださるのはとても有難く嬉しい事です。
ただもし何か意図あって私のブロウを訪れてくださっているのなら理由を知りたいな?と、思っていました。
昨日の夕方、パソコンを開いた時、ひょっとココログ・トップページに載っている、人気記事ランキングが目に留まりました。
カテゴリーごとの人気記事ランキングが数分おきに入れ替わり立ち代り掲載されています。
それが“育児”のカテゴリーになった時、2位に私の件の記事のタイトルが現れました。
びっくり!
フム、人気記事ランキングに私の記事を載せて皆さんに読んでもらいたい、と思った方たちがいらっしゃるのでしょうか・・・
書いた内容に微かに思い当たることがあります。
目に見えない所で何かが動いている不安を少々感じていたのですが、何かのお役に立っているようでほっとしています。
でもこれが時事問題など扱った記事だったら、やはり不気味に感じただろうと思いながら・・・
良くも悪くも、ブログの力を垣間見た週末でした。
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October 20, 2006
「お帰りなさい」小学校から歩道橋を渡って下校してくる児童一人一人に声をかけます。
返事は殆ど「・・・・・」
80名近くの児童が、私と相棒の前を通り過ぎていきました。
「お帰りなさい」との声掛けに「ただいま」と答えた子 0名
「お帰りなさい」に「お帰りなさい」と答えた子 一名
「お帰りなさい」に「こんにちは」と答えた子 数名。
3分の1の子が恥ずかしそうに、特に女の子は微かに頷いて通り過ぎて行きます。
その他の子は、知らん顔。
友達同士話に夢中になっている子は、それはそれでいいのです。
でも声を掛けられたと分かっていて無反応。
こりゃ、日本の将来は危ないぞ~~
当節は子供にとって恐い時代です。
「知らない人に声をかけられても返事をしてはいけません」と教わっているかもしれません。
でも自治会の名入りのお揃いのジャンパーに防犯の腕章、下校時の見守りを始めて1年近くになります。
始めは先生と一緒に立て顔見せもしてあります。
それでもキチット挨拶できる子が本当に少ない。
「ただいま」は自分の家に戻った時の言葉で、道では使わないのかな?とか、家庭で「ただいま」「お帰りなさい」との言葉を使う機会がないのかな?とか考えてしまいました。
そんな中で、一人の女の子が歩道橋の階段の途中で立ち止まって、私達に丁寧に頭を下げ手前の道を曲がっていきました。
思わず私達も姿勢を正しましたよ。
自然で美しい動作でした。
ご家庭できちんと躾をなさっておられるのでしょうね。
「躾」は「身」に「美しい」と書くように動作が美しいことです。
美しい礼儀作法が身に付くと、自然に心も礼儀正しくなるものです。
今学校がいろいろ言われています。
確かに問題は多いと思います
でもまず家庭教育を何とかしなければいけないのではないかと思います。
家庭で基本的な躾をしてから、学校という集団生活の場に出さなければ、学校は機能しないのではないでしょうか。
まず親を、そしてその親(祖父母)を教育し直さなければ。
それは一体誰がするのでしょうね。
大人とは、自分で学習して成長していける人間を言うのではないかと思っています。
今日本の社会に本当の意味での大人が育っていないような気がします。
安部さん、今の状況は教育基本法をいじくっても根本的解決にはならない、と私は感じているのですが、如何でしょうね。
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October 18, 2006
今の世の中が凝縮されたような出来事です。
起こるべくして起きた、そしてこれからもっとエスカレートしていくのでしょうね。
私には息子が一人います。「子供のいる人には子供のいない人達の切実な気持ちが分からないでしょう」と言われたら少々怯まざるおえません。
しかしこれは子供が云々というだけの問題ではなくて、人生全てに通ずることだと思います。
人間は何もかも自分の望む物を手に入れることはできません-健康、体力、優れた運動能力、美貌、端麗な容姿、明晰な頭脳、やりがいのある仕事、地位、名誉、財産、素敵な伴侶、愛情深い親、仲の良い兄弟等々(順不同)
人、それぞれ持っているものは皆違います。自分にないものを得る為に努力することは大切なことです。
でも度を過ぎた努力は自分の今持っている良いものまでも、失うことに成り兼ねないのではないでしょうか?
神はその時々に応じてその人の人生に必要なもの、相応しいものを全て与えてくれると聞いています。
後はその人がそれをどのように受けとめ、生かしていくかに掛かっています。
今現在置かれている自分の立場、役割を喜んで生かすことが、一番素敵な人生を歩む近道ではないでしょうか?
今子供ができないのは、ひょっとしたら前世で一ダース位の子供達の肝っ玉父さん、肝っ玉母さんをしっかりやり終えて、子育てに関しては修了証書を持っているので、今世は子育て以外の部分の自分を磨く為に生まれて来たからかもしれません。
キャリア・ウーマンとして社会でバリバリ働く為に生まれて来たからかもしれません。
夫婦二人だけで素敵な愛を育む為に生まれてきたからかもしれません。
或は子育ての勉強は来世に予定されているのかもしれません。
それは“神のみぞ知る”ですが………。
今の自分の人生をそんな風に何でも良い方に考えたら、本当に美しく輝いてくるのではないでしょうか?
無いものを探し求めるのではなく、今与えられているものに感謝して、大切に生きていけば、自ずと素敵な未来が開けていくと思います。
《足るを知る》-分相応に満足することを知る。
昔の人は真理を簡単な言葉に表わして残してくれています。
自分の周りの人達をよ~く観察してみて下さい。
子供がいることによって幸せな人もいれば、子供によって苦労している人もいます。
子供がいなくても幸せな人もいれば、子供がいなくて不幸な人もいます。
どちらが幸不幸ではなく、何事も自分の生き方、考え方次第なのです。
当節、お金さえあれば何でも手に入る、何でもすることができると思い違いをしている人が、多い世の中になりました。
でも将来どんなに生命科学、生物学、医学が進歩しても“命”を無の状態から作り出すことは絶対にありえなと思います。
目に見えない形のない“生命”を創造できるのは目に見えない形のない神だけです。
子供が生まれるか否か、それが男の子か女の子か、これは神の領域です。
限りない欲望を手当たり次第可能にしていったら、自然界の摂理は崩れ、社会は崩壊する。そんな危惧さえ抱いています。
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October 16, 2006
私とは無縁のものと思っていました。
20代から体重は2キロ前後の範囲内で一定。
唯一変わったのは、息子がお腹にいる時だけ。
25年前の洋服がクローゼトに掛かっています。
毎年サイズが変わる主人とは、対照的に超経済的な人間です。
両親の介護を始めて、体力が余り無い方なので「しっかり食べなくては、食べなくては」と「気分を変えなければ、変えなければ」と、心の中でいつも呟いています。
一種脅迫観念に近いものがあります。
食事の時「小鳥が餌を啄ばんでいるみたい」と主人に言われていました。
もっとも主人はライオンが獲物を丸呑みしているような食べっぷりですけれど。
一番手っ取り早い気分転換と、英国風に入れた美味しい紅茶とお菓子を毎日数回。
若い頃、大の甘党でした。
年と共に食べられなくなった、と思っていた甘いものが完全復活。
と同時に体重が未知の世界に突入。
平均体重を6~7キロ下回っていたので健康診断のたびに、太りなさいと言われていました。
でも体が慣れないのと、お菓子で太るのは健康的ではないのでしょうねぇ。
体が重くて、体調がいまいちです。
痩せなくては・・・
ストレス解消のはずのお菓子が、体重を落とさなければとストレスの原因に、こういうのを典型的悪循環というのでしょうね。
でも上手いぐあいに胃が甘いもの攻勢に疲れたようで、お休みモードに入りました。
自然に無理なく体重が減っていってます。
するべき事をしていれば、後は神様がい~い案配にして下さると信じています。
それなのに何故こんなにストレスを感じるのかな?とこの文章を書きながら考えていました。
あれ~、全然自然の流れに身を任せてなんかいないような・・・
心療内科の先生が「ご自宅での介護はとうの昔に無理です」と言われているのに、強行しているのですから。
身を任せているつもり、だけだったようです。
仕切り直ししなければ。
1年経って、少し冷静に見られるようになってきたのかもしれません。
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October 14, 2006
自称天然ボケの内科の女医さん「あ~ら、お母様など良い方よ。まだまだ自宅で大丈夫よ」と、こともなげにおっしゃる。
確かに7種類の薬は全部心療内科からの処方で、内科の薬は単発でしか出ません。
今、内科的には一様安定しているようです。
でも週2回、訪問看護士さんと医師が往診に現れるのは常時ではないのでしょうけれど。
他方、心療内科の先生は今年の初めから一貫して「ご自宅で面倒みる限界はとっくに過ぎています」とおっしゃる。
今日の代診では、言っても駄目と諦められたのか「ご家族が疲れないように、ショートステイでもデイケアーでも何でも利用して休みなさい」と言われる。
「先生、母はデイケアーで面倒を看て頂けるような状態ではありません」と言葉を返そうと思って慌てて止めました。
次にくる先生の言葉は決まっていますから。
それにしても先生達、今一分かっておられるような、おられないような・・・
私にもよく分からん。
イギリスもオランダもホームドクター制でした。
具合が悪くなったらまず登録してあるホームドクターに診てもらいます。
ホームドクターは大概の治療ができます。
手に負えない時は、それぞれ専門の先生に紹介してくれます。
何科に掛かっても、幾つ科に掛かっても、ホームドクターへ報告がいくので、結果を見て総合的に判断を下せるシステムになっています。
でも日本の場合それぞれの科に横の繋がりがなく、ここが一番大きいと思うのですが、他の科の事には専門外ですからと一切口を挟まないのですね。
実に奥ゆかしい。
結果、いつも2人の医師の両極端の意見を聞きながら、「一体私は如何すればいいのよ???」と考えているうちに、一年が過ぎようとしています。
どうやら先生方の意見を聞いて総合的に判断するのは、同居している娘の私の役目のようだ、と気が付いて今更ながらビックリしております。
92歳と89歳、二人揃って今まで生かされているのには、何か意味があるのでしょう。
自然の流れに任せつつ、その意味が全うされることを祈っています。
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October 06, 2006
1週間のショートステイから戻ってきた母は、いつものように「借りてきたネコ」状態です。
ヘルパーさんも私も今までの経験上この静けさは束の間で、すぐに時無しの頻尿の訴えが再開されることを知っています。
できるだけ長く平和が保たれる事を祈りながら。
でも92歳の父には、この静けさの意味が理解できません。
母が帰宅して数時間後から「お母さん、おしっこと言わなくなって、偉いねぇ。おしっこおしっこと言わなくて、偉いねぇ」と真面目に褒め続けています。
母のトイレ介助の為に、朝6時半から夜の8時まで5人のヘルパーさんがローテーションを組んでお世話をしてくれています。
私が様子を覗いにドアを開ける度に「お母さん、おしっこのこと忘れて帰ってきはった(ドアの向こうは関西弁です)」と本当に嬉しそうに私に報告するのですよ。
同居し始めた去年の末は、「それは違うのよ・・・」と説明すると何とか理解できました。
今は耳の遠い父に大声で説明する事によって、母の頻尿の訴えを刺激しそうなので黙っています。
私は諦めモードで開き直って、ときどき大笑いをしております。
でもヘルパーさんが、母の気を逸らそうと童謡を歌ったり昔話をしたりしてやっと落ち着いたかな?というところで「お母さん、童謡を唄っていると、おしっこ忘れるんやね~」と大声で父。
皆の努力が遭えなく消えてゆきます。
本当に申し訳ない。
正直なヘルパーさんは、父の一言に「腰から力が抜けていきます」と言われます。
それでも皆さん、よく頑張ってくれています。
その上、私のことを「この中で、いつも笑っていて偉いですね」と褒めてくれます。
実は、私、内心では可なり危ないかも・・・と思っているのですが・・・
でも結構笑えるのですよ。
ドアの向こうは関西のお笑いモード、こちらは関東、別世界と思える時はですけれどね。
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October 04, 2006
「中国での臓器移植、日本人急増」「待たずに手術」「法制度は不備」「提供、死刑囚も多く」との字が大きく朝日新聞に踊っていた今年の2月“臓器移植”についてこのブログで書きました。
その内容と今回の事件について。
かわいい盛りの我が子が、自分の大切な人が臓器移植で命が助かるとしたら、受けさせたいと思うのが人情だと思いつつも、臓器移植に対して、何かすっきりしないものを感じ続けていました。
それが『新しい漢方』〈東洋の知と医療〉寺沢捷年著(考古堂刊)を読んで、もっと自然に在りのままに考えれば良いのだと思いました。
本の中に生物学者、池田清彦教授(山梨大学)の臓器移植についての明確な考えが書かれています。
《人間の体は非所有物である。人間は誰だって自分で生まれてこようと思って生まれてきたわけではない。・・・自分の存在というのは「管理権」はあるけれども所有物ではない。自分の健康を維持して、元気で天寿を全うするというのは、ある意味では義務もあるし管理するという立場ですよね。この体は決して自分が買って得たものでもないし、人から何か分けてもらったものでもない。そうするとこれは「非所有物」ですね。したがって臓器を売ったり、買ったりするというのはそもそも間違いだし、死んでからもそれを人に提供したりするというのは、善意と言われるかもしれないけれど、本来やってはいけないことだと》
生物学者の立場からこのように考える方がいることを知って大きな発見でした。
《生命も人間の生死も神の領域》と私は思っています。
現代の医学や科学を超えた向こう側にまだ解明されていない命の神秘がいっぱい在るかもしれません。
なにしろ人の命は目に見えないのですから。
《体はこの世に生きている間、神様から借りているもの》とも思っています。
借りているものを貸主に無断で又貸しというか、無断贈与してもよいものかどうかも思い悩みます。
移植希望者に対して提供者が少ない現状で、何が起こってくるかと言うと提供要件をどんどん緩和していきます。
アメリカ、カリフォルニア州では、交通事故、行き倒れなどで脳死状態(当然心臓が動いて息をしている)の時、二十四時間身元を捜して、身元不明だったら臓器を移植してもよいことになっています。
スペイン、ベルギーなどの国々は、本人が生前に何も意思表示をしていなければ提供に同意したとみなされます。
その上開発途上国では移植用臓器の摘出を目的とした子供の誘拐までおきています。
「子供の誘拐」日本人はまさかそこまではしないだろうと思っていたのですが《04年に法務省は刑法に「人身売買罪」を新設し、臓器を得る目的の人身取引にも同罪を適用できるようにする。》と加えました。
残念ながら日本でも関係のない話ではありません。
臓器移植をそこまでしてするのには、人の命を救うという「純粋な行為」とは又別に、関係者の巧名心と移植をすると医療費とそれに付随して何億というお金が動く面があるからです。
それぞれの立場からいろいろな考え方があるでしょう。
しかし臓器移植、生殖医療、ヒトクローン胚作り等の医療技術を進めていくには、日本を含めた世界の国々の社会がまだ精神的に充分成熟していないような気がします。
成熟していないと言うより人間が本来持っていた自然に、生きとし生けるものの命に対する、畏敬の念、畏怖の念を文明の驚異的な進歩の前に置き去りにしてしまったといった方が適当かもしれません。
そもそも生とは何か?死とは何か?生きるとは何か?
人の命に直接関わる仕事をしている人達ですら、自分なりの考えを持っている人は少ないのではないでしょうか。
例え学術的に先へ先へと進むことが可能であったとしても、もう一度原点に戻って踏みとどまる限界を見極めるべき時なのではないかと思います。
全ての物事には超えてはいけない一線があるはずです。
健康な人の体にメスを入れ、臓器を取り出すことは大変危険な事です、人の命を救う為であれ超えてはいけないことではないかと、私は考えています。
ましてやそれを売買する、またはその為に子供を誘拐する等は言語道断です。
脳死も本当に人間の終わりと決めてよいのかどうか、わかりません。
今回の事件で専門家は皆、臓器移植を進める上での制度や仕組みを改めるべきだと言っていました。
でも私は臓器移植そのものをもう一度考えるべきではないかと思っています。
根本から考え直さなければ、今回のような事件は後を絶たないのではないでしょうか。
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October 02, 2006
とんねるずの番組にゲスト出演していた高嶋ちさ子さんの話を聞きながら、主人が大笑いをしていました。
てっきりお笑い系の人かと思っていたら、な、なんとバイオリニスだそうです。
未だ一度もバイオリンを奏でている姿にはお目にかかったことがないのですが、時折テレビのトーク番組で、新聞のエッセイでお人柄に触れることがあります。
早口に喋りまくる声はハスキな低音で底抜けに明るい、話がともかく面白くて笑える、そしてお若いのに妙な迫力があり、この存在感は何処から・・・と興味がありました。
朝日新聞の「な・ま・ね・た」という記事(9月28日)に成る程と納得のいくことが載っていました。
テーマは「かけがえのないもの」―姉がいるから私がいる
高嶋さんには、20歳まで生きられないといわれたダウン症のお姉さんがいます。
お母様はそのお姉さんを守ってくれる子供を生まなくてはと、彼女のお兄さんと彼女を産む決心をしたそうです。
高嶋さん曰く《つまり、兄も私も“使命”をもって生まれてきた子供だったのです》
子供の使命を決めてしまう母親と、それの使命を素直に受け入れた子供。
お母様が偉いのか、高島さんが凄いのか、両方とも天性の素晴らしい物を持っておられるのでしょうね。
以前ブログに書きましたが、人は皆、天の国から“使命”を携えて地上に生まれてきた“天使”なのです。
でもその使命が何なのかわからなくて、何故生まれてきたのか、何故生きているか、その意味が見つけられなくて、何と多くの若者が閉じこもったり自分の使命探しをしている事でしょうか。
ただ生まれてきた時、自分の使命が何である分かっている事が幸せなのかどうかは、私にもよく分かりませんけれど・・・
《「(姉の出来ない分の遊びも学びも)2人分生きなさい」と母に毎日のように言われてきたのを、プレッシャーに感じるどころか、たぶん私には2人分できる能力があるんだろうと、完全に勘違いしていました》
子供が潰れないようにプレッシャーをかけ、そしてそのプレッシャーをよい勘違いに変えてしまう親子、迫力育ちますよね。
でも高嶋さんにとって一番大変だったことは、世間の無理解だったそうです。
宗教家で医学博士の方が書いた、ダウン症に関する記事を読んだことがあります。
ダウン症を持った新生児はどこの国でも約1,000人に1人の割合で生まれるそうです。
それは確率の問題ですから、もしかしたら私だったかも、あなただったかも、自分の家族の誰かだったかもしれない。
そのように考えた時、お互いに助け合って生きていこう、支えあっていこうという気持ちが自然に心から生まれてくるはずではないかと。
今40歳を過ぎたお姉さんは元気に生き生きと働いていて《支えるはずの高嶋さんが可なり支えられているのです》と最後を結んでおられます。
一度彼女のバイオリンの音色、聴いてみたいと思っています。
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September 29, 2006
見る、聞く、嗅ぐ、触れる、味わうが敏感でなければ六感は生まれません。
まさに五感(視覚、聴覚、臭覚、触覚、味覚)を駆使して始めて6感(直感)、勘が働くようになるのですね。
勘は、神がかる感ともいいます。
今の人は、昔の人々に比べて衰えているそうです。
何にでも便利なものが発達し、又情報が満ち溢れている昨今、物事を総合的に判断するのに六感を働かせる機会が減っているからでしょうか。
文明が発達して文明の利器に頼っていると、人間の本来備えている動物的感覚はどんどん退化してゆくのでしょうね。
天気予報で、絶え間なく「お出かけには傘の準備を、羽織る物を一枚」と教えてくれるのは誠にありがたき事です。
この慌ただしい時代、利用しないてはないのですが、空の色、雲の動き、風の流れから明日の天気を読む“勘”は消滅してしまいますね。
白夜の如く至る所が一日中明るいと、暗闇で目を凝らすなんてことはなくなります。
パソコンに30cm、TVに1mでは視界は狭くなり視力は落ちる一方です。
現代は、五感を刺激して得ようとしているものは「六感」より「若さ」「健康や病気の治療」のようです。
年をとると段々臭覚は衰えます。
それを、よき香りをかぎ続ける事で臭覚を鍛え、肌にハリと潤いを取り戻し、老化を止める研究。
美しい音楽を聴くことによって免疫力を高める研究も進められています。
また高齢者が童謡を聞いたり、歌ったりすると免疫細胞が活性化、認知症の治療に応用されています。
感覚を研ぎ澄ますことによって、外見と内面の両方からの若返りが研究されてしているそうです。
今の時代に必要な事です。
でも、その先に政治、経済の動向を見抜く洞察力(六感)を持った人が育つ可能性が見えてこないような・・・
それも時代の流れなのでしょうか。
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September 27, 2006
前回何を書いたかも忘れてしまった程のご無沙汰です。
母と同室の父と私の介護の休養を兼ねて、ず~っと勧められながらなかなか踏み切れなかったショートステイに母を1週間預けました。
その間に2泊3日で東北の方に仲間と温泉旅行に行ってきました。
湯沢温泉はお湯が柔らかくてお肌がすべすべに。
魚沼産コシヒカリの産地でもあり、炊き上がった新米は本当に真っ白、白米の白さが違いました。
綺麗な水のせいも大きいのかな?
両親の介護を始めて以来、夫婦で出かけた久し振りの旅でした。
ショートステイを利用した感想は、介護のリフレッシュが出来たというよりも、くたびれました。
一般的にはショートステイは、受け入れ先の施設が自宅まで送り迎えをしてくれます。
玄関先で「よろしくお願いします」と御挨拶した後、家族は介護休暇に入れるのです。
ところが母の場合は、お願いする先が病院なので、前もって入院の手続き、先生との面談、送り迎えの寝台車の手配等々、前後にいろいろしなければならない事が目白押し。
5日間の休養の為には手間が掛かり過ぎです。
今回上手くいけば月に1週間位定期的に、との予定だったのですが、毎月こんな事はしておられませんわ。
でも母を預けるには医師のいるところでないと難しい、とケアマネージャーさんも内科の先生も言われますし。
この辺が心療内科の先生が「ご家庭で介護する限界はとっくの昔に来ています」言われる由縁なのでしょうね。
10月から母は要介護5、一番重い等級になります。
母のショートステイ中はゆっくり休む必要があるのでしょうが、それでは主人のストレスが溜まるでしょうし・・・
切り札としてショートステイを頼りにしていたところがあったので、当てが外れて少々がっかりしています。
何か新たな手を考えなければ、可なり疲れが溜まっています。
いろいろ試しながら、我家に一番合った介護の方法が見つかっていくのでしょうけれど・・・
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September 19, 2006
江戸時代の老人の評価は、この3つで決まったそうです。
朝日新聞の暮らしうるおう「江戸のしぐさ」という記事を人ごとのように思いながら読んでいました。
あれ、ちょっと待てよ、江戸時代の老人って幾つ位だったのでしょう。
ひ、ひょっとしたら、今の私位の年かも・・・
どれだけ若者を笑わせたかというのは、なかなかユニークな老人の評価基準ですね。
お江戸の人は「笑いの秘めたる力」を知っていたのでしょうか。
でも今時の若者を笑わせるなんて、ちょっと自信がありません。
なんとなく昔は“目上を立てる社会”のように思っていたのですが、違ったようです。
老人が若者を上手に引き立てて、1人前の大人に育て上げていたのでしょうね。
お年寄りだからこそ出来る業です。
一番の難問は「どれだけ良きものを伝承したか」のような気がします。
私達は、便利、簡単、お安い、そして皆一緒の考え方に流されて、古き良き物をどんどん消滅させている時代に生きていますから。
反省しなければ。
一度なくなったものを復活させるのは至難の業ですから。
今の老人の評価は何で決まるのでしょう。
江戸時代の老人の評価でいくと、私達は落第点確実です。
今年の100歳以上の長寿者は最多更新で2万8390人。
1世紀を生き抜いてきた方達が、大勢いらっしゃるのですね。
老人の貴重な体験、経験から得た知恵を生かしながら、若者を引き立てて共に社会を築いていけたら、もうちょっとましな世の中になるのではないかな?
そんな事を、昨日の“老人の日”に考えていました。
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September 15, 2006
我家の周辺では非常に強いシグナルが行き交っているそうです。
一昨日、周波数が競合してインターネットが繫がらなくなりました。
1年半ほど前からNTTの光ファイバーにしています。
たまに「一つ以上の優先ワイヤレスネットワークが範囲内に検出されました」と表示が出ると、接続不可能状態に。
さすがNTT、24時間年中無休の緊急問い合わせ先があります。
最初の時は夜中の12時過ぎ「電源を落として、ルーターと終端装置のケーブルを全部外してやり直してみてください」と電話で指示されました。
『これで直るのなら技術士なんて要らないじゃん』なんてぶつぶつ言いながら主人とトライしたら、無事インターネットに接続。
電話を掛ける前に1時間ぐらい試行錯誤していましたから、狐に抓まれたような気分でした。
信じられない事ですが、精密な機械ほどこうゆう単純な操作で直る事がよくあるのですよ。
以来何度かその手で危機を乗り越えたのですが、今回は全く駄目。
何しろ主人の仕事は、欧米の市場が順次開いていく夜10時からインターネットでの情報収集で始まります。
その夜はそういう時の為のLANカードで接続可能なパソコン1台でしのいでいました。
危機管理は凄いです。
翌朝、修理の人の説明によると「この辺は街中なので光ファイバーを使っている所が多く、周波数が競合して、ルーターが“オン、オフ”を繰り返し、接続不能になってしまう」との事。
毎日定時にバージョンアップするよう、設定をし直していかれました。
そして「これだけ強いシグナルが周り在ると無料でインターネットができちゃいますね」って。
まさか「それって、どうやってするのですか?」とは聞きませんでしたけれど。
口ぶりによると、ちらほらといそういな気配・・・
思いもつかない事が、世の中いろいろあるようです。
日頃両親の介護の息抜きに気分転換に、時間があるとパソコンの前に座っています。
私のパソコンが使えなかった丸1日、意外と新鮮な時を過ごしました。
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September 11, 2006
身近なところへの関心がとても薄れているような気がします。
先日(9月8日)天命庵で伺ったお話です。
『今の人は、わしが天の鏡で眺めていると、凄く不思議なことが好きな人が増えています。
自分の前世は何んだろうか?とか、そういう不思議な事ばっかりに関心があって、身近なところへの関心がとても薄れているような気がします。
身近なところにもっともっと目をやって下さい。
例えば夫婦がお互いに感謝し合う。
身近な事に感謝できるようになる、それが大きな心に行き着く事です。
何気ない小さい事に感謝できた時に、人は大きな心を得ることができます。
今一番関心を持たなければいけない事に、思いがいっていない。
一番身近なものは命ではないですか?
命というものに対して感謝が足りなくなっています。
だからさまざまな事件が起きるのです。
人を殺めてみたり、自分が亡くなってみたり、命に対する尊さが、凄く忘れられています。
皆さんの中に命があるから、今日ここに来る事ができたわけでしょう。
命の大切さという事を、今の人は本当に忘れていますね。
これから一番尊ばなくてはならないのは、自分の命にもっと合掌すること、拝む事、感謝をすること。
そういう事がとても必要ですね』
今よく話題になる、前世や(守護霊)についてこんなお話がありました。
もしもこの世を生きていく上で、自分の前世が誰であったか、守護霊が誰であるかを知っている必要であるのならば、当然私達は教えられて生まれてくるはずだと、常々私は思っています。
私達が何も教えられずに、まっさらな状態で白紙でこの世に生まれて来たということは、前世とか守護霊とかを知る必要がないからではないでしょうか?
私達がこの世で生きていく上で、かえって邪魔になるのではないかとすら感じていました。
何故なら、自分の頭で考え、自分の体で行動し、自分の足で歩んでこそ、初めて自分の人生を生きたと言えるのだと思うからです。
自分の前世がこの人だからこのような人生を、守護霊がこう言っているからこのように生きよう、では自分のオリジナルの人生では無くなってしまいます。
過去に気を取られていると、今現在の自分を大切に一生懸命生きる事が疎かになってしまいそうです。
自分で自分の人生を努力して積み上げてこそ、自分の命の有難さもわかる、お話を聞いていてそんな気がしました。
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September 09, 2006
5年前の自民総裁選で応援した時の小泉首相と、今回優位に立つ安倍官房長官を比べて田中真紀子氏のこんな発言が載っていました。(5月5日朝日新聞)
《「ドーンと上がってみんなが政治が変わると飛び出したら、5年経ったら何だったの、というのが小泉さん」
「線香花火がつくと思ったら、すぐ落ちてしまうことに国民は気づく」と安倍さんについては線の細さをばっさり。
かつて自民党総裁選の候補者を「変人・軍人・凡人」などと絶妙な例えをした田中氏だが、今回は「あまり興味がない。オーラを持つ人がいなくて。子供花火みたいな人たちが出てきている」と切り捨てた。》
読んでいて、余りの的確な表現に噴出してしまいました。
言いえて妙ですね。
本当に頭の切れる方なのでしょう。
その事と、政治家としての資質は別ですけれど、外務大臣には全くの力不足だったようですから。
さて、ご自身については言及されてないのですが、どんな例えがぴったりなのでしょう。
“ねずみ花火”なんてどうでしょうか。
くるくる手がつけられないほど激しく回って自爆。
ちょっと言い過ぎでしょうか?
彼女の事嫌いではないのですよ、以前ほど期待はしていませんが・・・
やっぱり「2世は浮世場ばれしている」のお一人なのではないかな、と思っています。
兎にも角にも、子供花火と呼ばれた方々に頑張って頂かなくては・・・
言いえて妙なんて感心している場合ではありませんよね。
日本の今も将来も彼らの肩に掛かっているのですから。
私達国民がしっかりと見守らないと、えらい事になりそうです。
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September 07, 2006
お子様が無事お生まれになりましたね。
おめでたい話は嬉しいでものです。
小泉首相による皇室典範の提出をまるで阻止するかのような御懐妊。
ここでもし女子誕生だと、改正論に弾みがつきかねません。
それで男児誕生でよかった、と思っています。
男児誕生で、お世継ぎ問題に終止符という事にはならないでしょう。
でもめんめんと続いてきた歴史の流れをもし変えるのなら、もっと時間をかけて議論をし、熟慮すべきではないでしょうか?
お生まれになった御子が、その機会と時間を与えてくださったような気がしています。
このたびのことで神様は何を示し申されたのかな?といつもの癖で考えています。
やはり日本の国の象徴に男性を望まれたのでしょうか。
もしそうだとしても男尊女卑とか、男女を不平等に扱ったからではなく、単に役割の上での事だと思います。
この世には男性には男性の、女性には女性の役割があります。
命を生むことが女性にしかできない事一つをとってみても、男女が何もかも平等などという事はありえないのですから。
天皇家の本来のお仕事は、日本の国の為に「お祭り」を執り行なわれることです。
毎年25回以上もおこなわれているそうで、天皇のスケジュールは全てこの宮中祭祀に合わせておられるようです。
それ位大事な事なのですが、その宮中祭祀の中には女性が出席できないものあるそうです。
それで男児がお生まれになったかどうかは、私共には知る由もがなです。
ただ小泉首相が考えていたほどには、簡単な問題ではないように感じています。
神事が深く関わっているのですから。
静かにご成長を見守りたいですね。
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September 04, 2006
世襲議員が衆議院で30%、自民党では40%を占めます。
そして今回の自民党総裁候補、阿部氏、麻生氏、谷垣氏、河野氏、鳩山氏、降りた福田氏も全員世襲議員となると、何処か政治の仕組みがおかしいのではと思いたくなります。
2世だから3世だからと批判するつもりはありません。
でも、素人の私の目から見てですが、彼らが政治家として父や祖父を超える器の大きさを備えているようには、誰一人として見えないのです。
全員一回り小粒になったような、こじんまりした政治家ばかり、そんな感じがしています。
「2世議員は浮世離れしている。僕達とは生きている次元が違いますよ」
ご町内に事務所を構えている元民主党議員の言葉です。
彼は、天台宗のお寺に居候しながら国立の理工科を出て30代で議員になった変わり種。
ここ何年も毎日駅で早朝の街頭演説を続け、地道に自分の主義主張を訴えています。
彼は庶民の次元で世の中を見ています、今のところ・・・
私は特に民主党支持ではありません。
投票の基準は、党ではなく、本当に国民の為に働いてくれそうな人、人物本位で決めています。
民主主義において国民と政治家のレベルは同じ、人は自分に相応しいものしか選べないと言います。
2世議員と私達国民は、どの辺が同じレベルなのでしょうね。
考えてみれば、家族と自分の未来が掛かっている、国と自治体の債務超過、税金、年金、健康保険、教育問題、そして、日本の国の未来と世界の平和が掛かっている外交問題等々を、我が事として真剣に考えている国民は
どれ位いるのでしょう。
やっぱり、世襲議員も国民も浮世離れしているのかもしれませんね。
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September 03, 2006
ホテル風の洒落た建物が病院だと知って以来、母をお願いするのにいいな~と思っていました。
綺麗でお近くなら言う事ありませんもの。
定期的にショートステイでお世話になる先として、主治医とケアマネージャーさんからその病院の名前が挙がりました。
予約をしてから伺うことになっていましたが、ほんのお隣に用事があったのでパンフレットだけでもと立ち寄ってみました。
いちよう母の書類を整えておいたのですが、出掛けに掛かってきた電話でコロリと忘れて出発。
この話は駄目なのかな、との予感。
用事を終えて病院へ向う為地下の駐車場から出てきたら、いきなりドシャブリの雨。
主人に「こりゃあかんわ」と言うと、主人は「雨降って地固まるということもあるよ」と至って暢気なもの。
ホテル風のエントランスから入っていくと平日なのに病院は混んでいる風もなく、誰にも会わずにだだっ広い広間を抜けて受け付けへ。
受け付けにも誰もいず。
奥の方で中年のおばさんが1人事務をとっていたので声をかけると、そこから座ったままでの応対。
心の中で「こりゃあかんわ」
途中から主治医の紹介で立ち寄ったと分かると、大分態度が変わりました。
建物が立派だと、中で働いている自分も立派って思い違いするのかな?
そんな感じの受け答えでした。
待ってくれていた主人に「こりゃあかんわ」というと、主人は「トイレはホテル並みにきれいだった」といたく感心しております。
確かに建物としては素晴らしい。
建築主の名前を聞きたくなるような洒落た外観。
ホテルもどきのエントランス。
採光に工夫がなされているのが雨天なのに、中は明るく広々と清潔。
でも母をお願いしたいとは思いませんでした。
温もりを感じなかったから。
人が人を介護しているという温かい雰囲気が全く伝わってこない病院でした。
予約を取っていたら、彼女はどんな態度だったのでしょうか?
アポなしで偵察に行ってみて良かった。
素顔の病院を見ることが出来ました。
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August 31, 2006
『結んで開いて、手を打って結んで、また開いて手を打って、その手を上に~』
子供の頃よく唄った歌です。
今の子供達も唄っているのかな?
母と唄う童謡を探していて、ひょっとしたらと思って唄ってみたら、仰向けに寝たまま寝返りをうたない母が振りを付けて唄いました。
以来何気なく母のリハビリに気分転換にいいかなぁ~、と思って唄っていました。
そうしたら天命庵の親様のお話に「日本の子供の美しい童謡には愛が溢れています。この愛によって全てが助かるのです」とありました。
『結んで開いて』の結ぶは、命を結ぶという事。
何故かというと「祈り」とは結びなのです。
神に祈る。
神と自分を結ぶ。
神に、家族や身近な方の為に祈りを捧げるという事は、その方達を神様に結ぶ事。
結ぶ事によって、開くのです。
開くとは、助かる事。
開くという事は、そこから物事が良い方へ始まっていくのです。
全ての事は、結んで、開いて、そして始まります。
それから『その手を上に』と神様に万歳と両手を上げて祝福です。
母は軽い認知症です。
歌いだすと何度も何度も繰り返しています。
いい唄を気に入ってくれて良かった。
今はおにぎりという事の方が多いですが、おむすび(御結び)も命を結ぶのです。
童謡も、日本語も凄いですね。
昔話も凄いらしい。
何からでも神の教えを感じる事が出来るようになっていて、パズルを解くように楽しんでいます。
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August 30, 2006
可愛い盛りの愛する幼子を3人までも一瞬のうちに亡くすなんて・・・
それも飲酒運転とはひど過ぎます。
今回の事件に衝撃を受けた人は多く、いろんな意見が出ています。
車のメーカーを訴えるべきだというものもありました。
30数年前、アメリカに住んでいた時、もうすでに訴訟大国でした。
道でもスーパーマーケットの中でも何処でも、何しろ転んだらそのまま動いてはいけないと、知人に忠告されました。
転んだのは、あなたの管理の仕方が悪かったからと訴える為にです。
今はもっと極端になっています。
訴訟大国のアメリカの社会が良い方に変わり住み易くなったかどうか、私は非常に疑問に感じています。
人は誰も完全ではありません。
不完全な部分を、皆で助け合い、補い合い、許しあう事が、より成熟した住み易い社会を創り上げていくには不可欠ではないでしょうか。
NPO法人「MADD(飲酒運転に反対する母親たちの会)JAPAN」によると、米国やカナダの大半の州では、飲酒運転を送り返す違反者は、酒気を検知すると車を動かなくする装置を取り付けなければならない。スウェーデンでは、12年からすべての新車にこの装置の搭載が義務づけられるという(朝日新聞から)
機械を上手に利用して飲酒運転を止める事は一考だと思います。
でも同時に、物事の善悪、良し悪しを機械に決めてもらう事にばかり頼らないで、自分で判断できる人間を育てる努力をしなければいけないと思います。
飲酒運転をしたら、車は凶器になり得ると考える想像力の欠如。
それは飲酒運転だけでなく、耐震強度が充分でなければ建物はどうなるか?家に火を放てば家人はどうなるか?全てに共通している事です。
根底には、訴訟や機械では解決しない、相手を思い遣る心、物事を考える力が育っていないことがあるように思えます。
今回の悲惨な事故で、一人でも多くの方が「飲酒運転は絶対にしない、させない」と考えた事を願いつつ、亡くなったお子さん達のご冥福をお祈りします。
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August 29, 2006
一人の人間が1時間腹を立てていると、80人を殺せる毒が体内に発生するそうです。
アメリカの心理学者、エルマー・ケイツ博士の有名な実験です。
ガラス管に息を吹き込んで、それを冷却すると液体空気になります。
息を吐き出した時の人間の感情の状態によって、色が違います
普通の人の場合、無色に近い液体です。
苦痛や悲しみにある人のは灰色。
後悔して苦しんでいる人のは薄紅色。
怒っている人の息を冷却すると、栗色の沈殿物が結晶状になって浮かびます。
これを実験用のラットなどに注入すると、そのラットは神経過敏になります。
さらに激怒している人の息を冷却して出来た沈殿物を、ラットに注入すると数分で死んでしまいます。
怒った時、人間は有害な物質を自分の体内に放出しているのです。
ネズミを殺してしまう程の毒なのですがら、自分の健康を当然害するでしょうね。
短気は本当に損気です。
でも怒って自分で猛毒を製造し自分が病気になるのは、致し方ないでしょうが、側にいる人達はどうなのでしょう。
烈火の如く怒っている人の側なんぞは、避けた方がよいかもしれません。
毒殺されてしまったら大変ですもの。
殺されないまでも毒気にはあたりそうです。
何時頃からか、街中で行き交う人の表情から穏やかさが消えたように感じます。
皆、イライラしてしていて、笑顔を交わすとか譲り合う場面が少なくなったような・・・
猛毒とまではいかないまでも、微量の毒を撒き散らしている人は多そうです。
争いはそんな雰囲気の中から生まれるのではないでしょうか?
いつも穏やかな無色でありたいですね。
出来れば笑顔で、周りに素敵な色を醸し出す。
博士に「笑っている時。楽しい時。喜んでいる時」の息の色も調べて頂きたかったと思います。
七色の虹みたいに美しい色かな~きっと。
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August 25, 2006
コードレス・キーボードとマウスがセットになった物を、主人と二人して買いました。
コードレスでは世界No1のLogicool製、diNovo Cordless Desktop DN-800
お値段は少々高めで ¥16,800
謳い文句は:
*デスクトップPCにも、ノートブックPCにも理想的なキーボードとマウス。
*エレガントでウルトラフラットなキーボード。
*フルサイズのキーを採用。
*ノートブックPCのキーよりも快適なタイピング。
*独立したコードレスニューメリックパットは、計算機や温度計さらに時間や日付を表示、そして持ち運び可能。
*コンパクトなUSBミニレシーバーは、PCに直接挿すことも、便利なUSPデスクトップスタンドに挿して使用することも可能。
*スタンドからUSBミニレシーバーを抜いて持っていくだけで何処に行ってもモバイルできます。
*光学式マウスにはオン/オフスイッチが付いているので無駄な電気消費を防ぐ事ができます。
*キャリングケースも付属
と説明は仰々しいのですが、何しろ使い易い、優れものです。
キーボード、マウス共コードレスなので、使わない時は何処にでもおいて置けるし、USBレシーバーはライターよりも小さいのに感度は良好で、何しろ扱い易い。
何故かマウスの扱いがど下手、すぐ机の上からはみ出してしまいそうになって、手首が腱鞘炎気味。
大して長時間操作している訳でもないし、音声入力を使っているので、そんなはずないのにと自分でも不思議だったのですが、これなら大丈夫です。
私は最初の機種がIBMのノート型パソコンだったので、キーボードがフラットのものに慣れてしまっています。
2台目はソニーのバイオなのですが、キーボードの凹凸が使いづらかったので、ず~と適当な物を探していました。
中々思うような物がなかったのですが、ビックカメラでは選り取り見取りでどれにしょうか迷う程の豊富な品揃い。
ここに来れば電気製品の捜し物はほぼ見つかるだろうな~との思いと、こんなには売れないだろうな~如何するのだろうと、ちょっと余計な心配も。
今は夏休みなので子供連れでごった返していますが・・・
ここ何年かの間に、中小の電気屋さんが次々と姿を消した我が市が、お陰で便利になりました。
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早朝、母の介護にヘルパーさんが巡回してくることになっていました。
待てど暮らせど現れません。
電話をしたら留守電。
折り返しの電話が寝ぼけた女性の声でありました。
電話の向こうの眠そうな声は、丁寧に謝りながらも説明がチグハグで要領をえません。
「担当のヘルパーが倒れて連絡が取れなくて、おたくにも連絡できなくて・・・」
一つ確かな事は、今朝は誰も来ないと言う事。
それを確かめて両親の部屋に戻ると、父が母のトイレ介護の真っ最中。
アーア、父は92歳です。
早朝巡回サービスをしているところは数社。
その仲の業界大手C社を、ケアマネジャーさんが苦労して週4日(本当なら毎日来て欲しいのですが需要が多いらしく)確保してくれました。
当てにならないからと、断ったら後がないし・・・
C社からその後の説明は全くなし。
夕方、ケアマネジャーさんから「遅くなってすみもません。C社の中、ヘルパーさんが倒れてガタガタのようで、今後の事がはっきりしないので、他も捜しておきます」と連絡がありました。
電話の女性、寝ぼけていただけではないようです。
朝のヘルパーさんの反応「独居老人のお宅だったら大変な事になりますよ」
以前C社に勤めていたお昼のヘルパーさん「あそこなら倒れるヘルパーもでます」ときっぱり。
それにしてもヘルパーが一人倒れるとガタガタになる会社が、介護業界の大手とは、恐ろしい。
大手だから24時間幅広いサービスが提供できる。
でもそれが当てにならないとなると、如何したらよいものやら。
主人が一言「大手なんてそんなものだよ。それでも名前で客は来るから努力しない」
中小の会社では24時間介護サービスは儲けが薄くて出来ないそうです。
曲がりなりにもしてくれる会社があるのは、有難い事なのでしょうね。
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August 23, 2006
心療内科の先生が「その後どうなりました?」といつもの物静かな口調で尋ねました。
「母は先々週、帰って参りました」
「えっ!帰ってこられたのですか?出来るだけ粘って病院において頂けばよかったのに・・・惜しかったな・・・」と心底残念そう。
いつもの落ち着き払ったご様子はどこえやら、先生、素のままでしたよ。
気を取り直して、改めてという感じで「それでどうなりました?」と聞き直されましたので、「もうグチャグチャです」と答えたら、仰け反って天を仰いでおられました。
先生、すみません。
脅かすつもりはないのですが、根が正直なもので・・・
薬は限界まで使ってしまっています。
家族の接し方次第で幾らか違うと言われても、母と同室の父は92歳、何を言っても老々介護を止める事は出来ません。
じっくり話を聞いて下さり、親身になって相談に乗ってくださるとても良い先生ですが、諦めムードが漂っています。
私?とっくに腹を括っております。
「お父様とお母様が同じ部屋にいる事がそもそも間違いです」
分かっていますよ、先生。
ケアマネジャーさんにも「救急車2台呼ぶ事態が段々近づいて来ている」と言われていますから。
「仲がいいというのも問題ですな」と先生。
「特別仲が良かったとは思いませんが、今は運命共同体なのでしょうね」
60数年、一緒に暮らしてきた事実は、好きとか愛しているとかそんな時限を超えて、そこに共に居ることが一つの形なのだと感じています
父も母もまた意識がしっかりしていて、お互いのことを心配し合っているのに、その2人を引き離す事は私には出来ないですよ。
先生の薦めるとおり母を病院に入れれば、救急車を2台呼ぶという最悪の事態は免れるでしょう。
でも2人がバラバラになって最後の時を過ごすより、例え最悪の事態が起きたとしても、それまでの間2人で暮らした方が幸せな最後ではないかと思うのです。
最悪の事態は起こらない、それに賭けてみよう。
起こったら起こった時、何とかなるわ。
世の中に、一番良い方法なんて存在しないことが一杯ある。
92歳と89歳が望むことが、一番良い事ですよ、きっと。
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August 22, 2006
自国の歴史を学ぶことは日本人として世界で生きていく上で、とっても大事なことですが、今まで皆で疎かにしてきたのではないでしょうか。
私は戦後生まれです。
学校の歴史の時間で現代史は習いませんでした。
先生は「大学受験に出ないから大丈夫、自分たちで読んでおきなさい」と・・・
現代史は私の中で空白です。
アメリカ、イギリス、オランダと14年間海外で暮らしました。
自国の現代史を知らなくても「丈夫です」どころの話ではありませんでした。
お祖父さんが日本人に殺された韓国の人。
真珠湾攻撃に出会ったアメリカの人。
日本人の捕虜だったオランダの人。
先の戦争の傷跡は未だ大勢の外国人の中に残っているのです。
勿論日本人の中にも・・・
それなのに私は殆ど何も知らなかったのです。
無知、無関心はとても恐ろしい事です。
でも今から学校で先の戦争を教えるとなったら、皆の見解が大きく異なってまとまらないでしょうね。
以前は時が経ち、当事者たちが亡くなって戦争が過去のことになった時、みんなが冷静に戦争を振り返る事ができるのではないかと漠然と思っていました。
戦後61年では、また過去になり切っていないのですね。
もっと時間が必要なのでしょう。
でも時が経てば経つほどいろんな意見が出てきて真実が見え難くなる、この頃そんな気もしてきています。
戦争責任、東京裁判、A級戦犯、靖国参拝等に対して、日本人皆が納得のいく答えを見出せたらそれが一番です。
でも全ての事に完全、完璧、100%皆が納得ということはありえないと思います。
いろんな見方、意見があって当然ですから。
ですから“先の戦争を教訓として一番学ばなければいけない事は何か”から考えてみてはどうでしょう?
それは絶対に平和を守ることではないでしょうか。
先の戦争で愛する人々を守るために命を落としてくれた人々、そして長崎、広島その他の地で犠牲になられた人々が望んでいる事は“平和な日本を創る事”だと私は信じています。
そして、今を生きている私達も、子供や孫が戦争の犠牲になることを望みはしないでしょう。
考えの基本を“平和を守る”そこに置いた時、日本がいかにあるべきかその姿が浮かび上がってくるのではないでしょうか。
今度大きな戦争が勃発したら、人類は滅亡してしまうかもしれません。
それ位の数の原爆を作ってしまったのですから。
世界で唯一の被爆国である日本は、平和を訴え続ける責任があると思います。
歴史の時間は、今の日本の平和の有難さをかみ締め、戦争のない世界を創るために、若い頭で考える時間にしてほしいと切に願っています。
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August 16, 2006
「世界が平和になりますように。この美しい宇宙船地球号で皆が仲良く助け合って暮らせますように。紛争が収まり穏やかな世界になりますように」と、毎朝私は祈ります。(その他諸々も祈りますけれど)
平和は、地球上の何処からでも祈れます。
お国の為に亡くなられた方々への感謝も鎮魂も、その深い思いがあれば何処からでも奉げる事ができると信じています。
どうしても「靖国神社でなければならない」そしてそれが「心の問題」と本当に思っているのならば、できるだけ人知れずひっそりと参拝すれば充分ではないでしょうか?
この問題に対しては、いろいろ複雑な思いを抱いている人が内外両方にいるのですから。
騒ぎすぎるマスコミにも責任があります。
そしてそれに安易に乗る国民にも問題があります。
首相と官房長官では立場が違うでしょうが、安倍さんは4月にマスコミに気付かれずに参拝しています。(タイミングを見計らって漏れ聞こえるようにしましたが・・・)
お二人とも参拝したことを公にしたい、公にならないと参拝した意味がない理由があるのでしょうね。
そこが、とても引っ掛かるのです。
神社という神聖であるべきはずの場を、政治的に利用しているような気がいて。
自民党の票集め、そんな気持ちがあるのならば、人として本当に悲しい事です。
それはお国の為に亡くなった方達に対して、又心から恒久平和を願っている人達に対して、とても非礼な事だと思います。
「お国の為に戦場で散った命への感謝と鎮魂、そして恒久平和の誓いを立てる」と純粋に本気で思っているのならば、その思いを政治の中に是非生かして実行して頂きたい。
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August 13, 2006
日本は第2次世界大戦に負けました。
私は、8月15日は終戦記念日ではなく敗戦の日だと思っています。
原爆を落とされて50年間はペン草も生えないだろうと言われた広島、長崎。
それでも日本は奇跡的な復興をなし遂げました。
当時の人々が一丸となって、額に汗して働いてくれたお蔭です。
そして長い険しい努力の末に、世界の経済大国になりました。
エコノミック・アニマル等と言われながらも、いちよう経済の世界では成功したのです。
でも勝つと見えなくなるものがあるのです。
勝って有頂天になり、高慢になってしまうと、周りが見えなくなる。
奢りは心の目を曇らせますから。
勝った時から、私達は努力する事を忘れてしまったようです。
子供たちに努力する事を、心を込めて働く事の素晴らしさを伝えるのを怠ってしまいました。
一生懸命働く人が少なくなりました。
人間努力する事を忘れたら落ちてゆくだけです。
長いトンネルのような不況の時を迎えました。
経済的に落ちて貧しくなるだけならまだ救いようがあるのですが、人々の心が荒んでしまいました。
親が子を殺め、子が親を殺める。
ちょっとした些細な事で、人を平気で傷つける。
そして今儲かれば、自分さえ良い思いができればいい、自分の欲望を満たす為なら、何をしてもよい、そう考えている人達で溢れかえっています。
日本は戦争に負けました。
大きな大きな犠牲を払いました。
でも亡くなった方たちの事を思い、その方達の分も頑張って、見事に立ち直ったのです。
日本は経済大国になりました。
多分成功したと言えるのでしょう。
物質的には豊か過ぎる程、豊かになりました。
でも引き換えに、人間としての心の豊かさを失ってしまったような、気がします
それから長い不況を脱出し、今何処へ向かっているのでしょう。
歴史は繰り返す。
あの敗戦で学んだ事を、私達その後の生き様の中にしっかりと生かせているのでしょうか?
平和を願い続ける思いが、弱くなっているのではないかと気懸かりです。
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August 07, 2006
ギネスブックにも載っている「世界一長い金魚すくい」等のイベントで地元の銀座通りは6万人の人、人、人で賑わいました。
TV局も新聞社も取材に来て大騒ぎ。
商店街の2代目若旦那たちが町の活性化の為に、年に1度大々的に催すお祭りです。
それでも昨今商店街は衰退していく一方ですね。
ポッ、ポッ、とシャッターの開かない店が増えていくのを防ぐ事が出来ません。
数年前歩いて行くにはちょっと距離があるのですが、近くに大きなショッピングモールが出来ました。
それだけでも可なり痛手だったのに、事もあろうにその真横にもう1つ「ミスターマックス」というショッピングセンターが今年できました。
両方合わせて総店舗数157店、駐車台数4,000台、駐輪台数1,963台。
いかに大きいか分ると思います。
1日では回り切れない程。
子連れで時間をつぶすには、最高の場所だとか・・・
それに引き換え地元の商店街は、携帯電話販売店5店、美容室5店、古本屋4店、不動産2店等、子連れで遊びにくる雰囲気とは程遠い。
商店街の景観美化委員会や、活性化委員会などに自治会長をしている主人も招かれます。
2代目さんたち、発想の転換がおできにならない事と、資金面での問題もあり大きな改革は何も出来ないようです。
年に1度6万人の人で賑わっても、根本的解決には程遠く商店街の活性化につながるのかな~と、お祭りを楽しみながらも毎年疑問に感じています。
駅の反対側は、若者の町としてそこそこ賑わっています。
我が銀座通りも何か特長を出さなければ、近い将来シャッター通りになる可能性は大なのですが。
お年寄りが買い物し易いとか、買い物ついでにお茶が飲めて世間話が出来る場を用意するとか、子供を遊ばせる場所を提供するとか、空き店舗を安く借りて、お金を掛けなくても工夫すればできる事があるのではと思います。
ただここでもまたいつもの問題に突き当たります。
地元の人達は一生懸命なのですが、マンションの一階等に店舗を借りている人達はまったくの無関心。
皆で心と力を合わせなくては、根本的な改革は出来ませんよね。
地元の商店街は静かに寂れていくそんな感じで残念です。
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August 05, 2006
私は古い女ではないし、息子の伴侶は我家の女ではありません。
それにしても“嫁”に代わる適当な言葉がなくて困っています。
息子の伴侶、息子のパートナーではちょっと長くてしっくりしません。
主人も私も、普段はあやちゃんと名前で呼んでいます。
でも人に言う時、もごもごと口ごもってしまいます。
人としての生き方を学びに時々伺っている天命庵で「お嫁さんは他家で育てて頂いた自分の娘が、我家に帰ってきたと思って大事にしなさい」とよく言われます。
それもわかるのですが、あやちゃんには産み育ててくれた実のお母さんがいるのですから、娘というのには少々遠慮があります。
ただ我家は一人息子で女の子がいないので、娘が増えたような気分なのは確かですが・・・
呼び方はともかくとして、立派に成人した大人が家庭を持ったのですから、2人で自分達の家風を作っていけば良いと思っています。
この間若い芸能人が自分の奥さんの事を「うちのヨメが・・・」と言うのを耳にしました。
彼の“ヨメ”のニュアンスは、家の女の“嫁”ではなく、自分達の家の女的響きがあって、その微妙な違和感になにか微笑ましい感じがしました。
新しい感覚の“ヨメ”と言う言葉が使われだすのかもしれませんね。
きっとその内、孫中心になって “すみれのママ”とか“すみれのおかあさん”と呼ぶようになって、呼び方は一件落着なのかな?
嫁と姑の不毛な争いだけは、したくない。
主人の義母と義姉達の、確執を見ていて思いました。
争いの連鎖は何処かでというか自分達の代で断ち切る為に、良い関係を築きたいと思っていました。
そうしたらあやちゃんも、まめに孫の様子を知らせてくれたり、両親の介護で忙しい私をとても気遣ってくれます。
人間関係はお互い様なのですね。
一人一人が周りの人と仲良く暮らす努力をすれば、世界中が仲良しになれる。
そんな時代を皆で作れたらいいですね。
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August 01, 2006
母は一部研ぎ澄まされたように冴え渡っていた神経を穏やかに落ち着かせて、無事我家に戻ってきました。
父の手術を機に、病院にあずかって頂いたのですが、とても家庭では世話しきれないほどの頻尿で内心どうなる事かと思っていました。
勿論、担当のお医者様に状況を詳しく話しました。
面白い先生で「3週間、お父さんの手術が無事終わるまで何とか持ち堪えますよ」と笑わって言われたので、症状が改善することは余り期待していませんでした。
預かって頂けるだけで有難い事ですから。
最初の一週間、ベッドの横にトイレの回数の記録が克明につけられていました。
1日19回というのがあって、どうしょうかと思いましたよ。
いつも小走りに動きまわっている看護婦さんたち、あの忙しい中で19回、母のトイレに付き合ってくださったのかと思うと申し訳なくて本当に頭が下がりました。
そんな中で、秘尿器科の先生、担当医、看護士さん達が、解決策を編み出してくれました。
下腹を押して排尿を助けると自力での2倍出て残尿感が減るので、間隔をなんとか2時間位に伸ばせるとの事。
さすが、プロですね。
でも看護婦さんたちは何気なく母の下腹を押していましたが、これが結構やってみると力の入れ方、タイミングが難しいのです。
やはりプロは違う。
なにしろ体重20数キロ、壊れ物のような母に、ヘルパーさんたちは恐る恐る。
それでは2倍は出ません。
みんなを叱咤激励して一生懸命覚えてもらっています。
お陰で、父と母か又一緒に暮らすことができるようになりました。
病院の皆さんのお蔭です。感謝!
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July 24, 2006
昨日は土用の丑の日でした。
『金子みすず全集』(JULA出版局)の「お魚」について、以前「朝日新聞」に載っていた記事を思い出しました。
海の魚はかはいさう。
お米は人につくられる、
牛は牧場で飼はれてる、
鯉もお池で麩を貰ふ。
けれども海のお魚は
なんにもお世話にならないし
いたずら一つしないのに
かうして私に食べられる。
ほんとに魚はかはいそう。
公立校の道徳の授業でよく取り上げられる詩だそうです。
そして教師向け参考書にはこんな目標が載っているとか・・・
「自分の命を支えてくれる動植物に感謝しよう」
「自分のことだけでなく、他の立場も考えよう」
「小さな命を大切にする心を育てよう」
一方、ある仏教系の高等学校では《道徳的には、人間は他の動植物の生命をいただいて生きているから感謝。宗教としては、他の生命を奪うことなしには生きられたい私に気づくこと。悲嘆、悲しみ》
人間の悲しみに気付くことから教えるという。
キリスト教の学校なら《動植物を食物として与えてくれた神に対して感謝》だろう。
神道なら《生き物の霊に頭を下げるの》だろう、と書いてありました。
世の中にはいろんな考え方があってもちろん当然です。
でもここまでが道徳だ、ここからは宗教だと区別する前に、まず自分の頭で自由にちょっと考えてみてはどうでしょうか。
もしあなたが“うなぎ”だったとしたら、かば焼きにされて(白焼きでもいいのですが)人間に食べられた時、「あー美味しかった。ご馳走様。お陰でこの猛暑もなんとか乗り切れそうだわ。有難う。」と心から感謝されて喜ばれるのと、「ご馳走様、おいしかった。でも人間、他の生き物を殺生しなければ生きていけない悲しい生き物なのね。」と思われるのと、どちらが嬉しいでしょうか?
私が“うなぎ”だつたら、どうせ食べられるのなら、喜んで感謝されて有難がられた方が嬉しいと思います。
ほんとうに喜んで食べてもらえたら、食べた方の身について血となり肉となり、その方の中で生き生きと活かされるような気がするので・・・
“うなぎさん”も浮かばれると思うのです。
この考え方が道徳的なのか、宗教的なのか、よくわかりません。
皆がそれぞれに自由に考え、自然に感じられるままで、良いのではないでしょうか?
どこまでが道徳でどこまでが宗教と、心に線を引く必要はないように思います。
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July 22, 2006
土砂降りの中、神酒所開きをしました。
私の記憶にある限り、こんなにお天気の悪いお祭りは初めてです。
宮司さんが雨の夏祭りは、十数年来だと言われていましたが、土砂降りは何年来なのでしょうか。
例年なら梅雨も終わり、からっと晴れた猛暑が続く時期ですから。
幸い、浜降り祭の日は小雨で助かりました。
朝5時45分に集合、男性陣は軽く禊をして、一年の無事を祈願し、お神酒を海にまいて、海岸のコンブと砂を神社に納めに行きます。
宮司さんから「この町内は伝統を守っていらっしゃる」とお誉めの言葉を頂きました。
何事にも人間には計り知れない神の意思が働いているのだろうな~と考えるようになったので、土砂降りの夏祭りも静かで趣があると思えました。
偶然はないのですから、ありのままを自然に受け入れて、それを良い事とする。
人生を楽しく生きる秘訣かもしれません。
晴天もよし、雨もよし、です。
雨はお清めとも言います。
それだけ世の中、汚れ切っていると言うことなのでしょうか?
毎日のように異常な事件が起きていますもの。
でも神様少し手心を加えて下さられないと、豪雨による随分大きな被害が出ています。
これ以上被害が広がりませんように。
土砂降りの中、父が無事手術を終えて退院しました。
今年も一つ、大きな行事が終わりほっとしています。
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July 16, 2006
入院の翌朝9時に病院から電話。
夜中にベッドにつけてある柵の留め金を外して柵を取り、床にすべり落ちていたとの事。
すぐどこにも怪我がないか検査をした結果、異常がないとの報告で「気を付けていたのですが・・・」と申し訳なさそうに言われました。
入院時に担当医と1時間余り面談をして、いろいろしっかり情報を耳に入れておきました。
「未来の事をあれこれいっていてもどうにもならないので、今日の話し合いはここまでにしましょうか」と言って分厚い母のファイルを閉じた、若いお兄さん先生ビックリしているだろうな~~。
母が脅かしてすみません!
でも自力では立てない、寝返りも打てない、夜は睡眠薬をどっさり飲んでいる20数キロの母が、柵を自分で外してベッドから降りるとは誰も想像できないですよね。
我家で最初に発見した時は、皆唖然として一瞬“ポカ~~ン”状態。
誰かが柵を付け忘れたのかと半信半疑。
2度3度と繰り返されるまでは信じられませんでした。
それもどんどん学習していって、初めは柵をとるとガタンと下に落として大きな音を立てていました。
でもそうすると人が飛んでくるとわかったようで、丁寧に横に重ねて置いてあります。
ベッドの上から、どうやってそれらの事をするのか?謎のままです。
人間は思いつめたら、予測不可能な力を発揮することができるのでしょうか。
常識的には起こり得ないことが、起こっています。
昨日は、父の手術が無事終わった事を数分おきに5~6度確かめてから、「早く家に帰りたい」と不満グチュグチュで泣かれてしまいました。
でもね、前日姉が大阪から両親のお見舞いに来て、母に会った時とても穏やかだったとの連絡が入っていたので、おかしいな~と思い。
「お姉さんには何も言わなかったのに、どうしたの?」と聞いたら、
「あの人に言っても何もできへん。あの人ではあかん!」泣いていたはずなのにケロッと言うのですよ。
相手をみてちゃんと使い分けているのですね。
賢い。
我が母親ながらあっぱれです。
もう少しの間だから、大人しくしていてね。
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July 07, 2006
「追い返されないように、お父様の手術日ぎりぎりにお母様を入院させた方がよいかも・・・」と、いつも往診に見えている女医さんに言われてビックリ!
「え~、本当ですか?」
「ないとは思いますけどね・・・」
そう言われてみれば、母の《地球は自分を中心に回っている的な、さまざまな訴え》病院は手を焼かれるだろうな…
でも自称“天然ボケ”の女医先生、いつもふんわり優しく母に接して下さっていますが、母の態度は入院先では通用しないかも、と思っていらしたのですね。
うっかり気が付かずに失礼をしていたようです。
心療内科の先生にも母の入院を報告したら、本当にほっとした様子で「それはよかったですね。ご家庭で介護される限界はとっくの昔に過ぎていたので・・・」と。
《そんな事言われていたかな~》と思いながら考えてみたら、数ヶ月前「これ以上薬は増やせないのですよ」と言われた時「じゃあ、どうすればいいのですか?」と聞くべきだったのでしょうね。
私、自慢じゃないのですが、そうとう“とろい”と言うか“天然ボケ”と言うか。
今まで自覚がなかったわけではないのですが、今回両親の介護をしていてつくづく感じます。
でも“とろい”ままでいられるのも有難い事だと思っていますけれど。
本当に良い方たちに恵まれ、女医先生、看護士さん、ケアマネージャーさん、ヘルパーさん、最強の軍団に守られているお陰です。
そして一番大きいのは、自分がするべきことをしていれば、後は神様が“いいあんばい”にして下さると信ているからです。
さてさてどうなります事やら、母の入院、結構スリル満点です。
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June 28, 2006
家賃7万円、3 LDK、82㎡、赤坂から徒歩4分、家具付き、最上階28階にラウンジとトレーニングルーム。
何のことだと思います?
只今建築中の議員宿舎です。
普通に借りると家賃60万円近くするそうです。
みのもんたさんの朝のテレビ番組で言っていたのですが、諸外国(アメリカ、イギリス、フランス等)には議員宿舎という制度はないそうです。
そして、国会議員が選んでくれた国民よりも、良い生活をする為にお金(税金)を使うということはしないとの事。
ごく当たり前の考え方ですね。
でもこのごく当たり前の事が、日本では通用しないのです。
殆どの(全部とは言いません)国会議員が本当に真剣に国のため国民のため世界の為に汗水たらして働いてくれているのなら、宿舎ぐらいで“がたがた”言うつもりはありません。
一生懸命働いている人がそれなりの待遇を受けるのは、当然の事と私は考えていますので。
でもね~、国会議員が国民の為、国の為、世界の為に知恵を出し合って一生懸命働いてくれているとは思えない部分が多いのですよねぇ、残念な事に。
全て国会議員の責任にするつもりはありませんが、世の中が悪い方へ向っている気がします。それなのに良い方へ転換させるための積極的策を講じているようには感じられません。
勿論責任は、そのような政治家を選んでいる私たち国民にあります
国民と政治家は同じレベルですから。
国がある程度の大きさになると、国の為に専任で働く人、国会議員は必要です。
国民がいなければ国会議員という職業はないのです。
しっかりと政治家を選び、育てる事は国民の義務ではないでしょうか。
日本の将来は私たち国民が選ぶ政治家の手にかかっています。
安心できる未来の為に、政治にきちっと目を向けませんか?
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June 27, 2006
ニュースで幼児から青少年まで事件や事故があると必ずと言っていいほど、学校の先生が報道陣に囲まれています。
学校で起こった事件、事故なら当然ですが、まるで学校に関係のない事の時まで。
一人で何十人もの子供を受け持って、細かい事まで聞かれても無理ではないかなと思いながら見ています。
何時頃からか、卒業式で「仰げば尊し」を歌わなくなったようです。
そういえば15年前の息子の卒業式の時、聞かなかったような気がします。
「仰げば尊しわが師の恩」の心、変わってしまったようで・・・
先生から学問を始めいろいろな事を教えてもらいます。
生徒がいなければ先生という役割は生まれてきません。
「親と子の関係」で書いたように、確かにお互い様の部分はあるのですが、教えてもらい、育ててもらい、お世話になった方々を敬う心は人として大切な事だと思います。
先生という漢字は“先に生まれる”と書きます。
自分より先に生まれた人は、みな先生なのですね。
「一日の長」(いちじつのちょう)という言葉があります。
他の人より少し年をとっていること。転じて、経験や知識が他より一歩優れていることをいいます。
でも難しい時代になりました。
パソコン、携帯電話等々、若者は軽々と使いこなしてゆきます。
「一日の長」はおたおたと後から付いてゆくのみ。
余ほど精神的な面で先んじていないと、「一日の長」なんて悠長な事言っていられない時代になってしまいました。
年上、それだけで威張っていられた時代がありましたが、それもちょっとおかしいのではと思います。
歳を重ねただけの知恵、敬ってもらえるような内面的な美しさ、常日頃から磨いているべきですね。
それで始めて若者も、心から敬意を持って接する事が出来るのだと思います。
今時の先生は・・・との声も巷で聞きます。
皆が相手に完全を求めている時代です。
何かちょっとあると、文句を付けて潰してしまう。
これでは人は育たないのではないでしょうか。
優れた先生を育てていかなければ、損をするのは子供たちであり、日本の将来に関わってくる問題なのですが・・・
学校とは、先生、生徒、父兄が共に成長し合っていく場、だといいですね。
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June 26, 2006
子がいなけれは、親という役割は生まれてきません。
親がいなければ子は存在しません。
自分の子に生まれてきてくれて有難う。
この世に生んでくれて有難う。
親子はそんな関係のはずです。
親だから、育ててやっているのだから、子供を好きなようにしていいなどという事は絶対にありえないと思います。
学校の成績と人格の良し悪しは関係ありません。
子供の将来は親が決めるものではありません。
親の都合で、離婚や再婚と子供の家庭環境が複雑になった時、子供に対して万全の心配りをするのが親として当然の義務ではないでしょうか。
子育てとは「自分の中の子供を育てる事」と聞いたことがあります。
歳を重ねて大人になっても、必ず心のどこかに育ちきれていない部分を持っているはずです。
子育てをしながら、自分の中の子供も一緒に成長してゆくのです。
このことを、大徳寺昭輝さんが「いのちの光」-春秋社出版-の中にこのように書かれています。引用させていただきます。
「子供を育てながら、あなたの中の子供を育てなさい。
かつて、何が悲しいと言って泣いた、何がいやだと言ってすねた、子供のあなた、まだあなたの中に生きています。今でも時折、顔を出して、泣いたりすねたりしています。
自分の子供が泣いたりすねたりしているとき、それを見ながら、自分の中の子供を思い出しなさい。そうすれば子供が泣いたりすねたりするこころがわかります。
そして子供を慰め、力づけているとき、自分の中の子供も一緒に、慰め、力づけなさい。あなたの親はそういう気持ちではなかったのだ、親はしっかりとあなたを愛していたのだと、あなたはわかるでしょう」
親は子を育て、子は親を育てる。
世の中、全てお互い様なのですね。
親が偉いとか上だとか言う前に、まずお互いの存在に感謝し相手を思い遣るところから、全ての良き関係は始まると思います。
この相手を思い遣る心、今の社会に欠けていますね。
いろんな事件の根底にはそんな事が影響している気がします。
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June 24, 2006
自然に対して感謝をすること
命に対して感謝をすること
食べ物や水の恵みに感謝すること
お陰の力に感謝すること
人を敬うこと
家族を思いやること。
親を敬うこと
お年寄りを大切にすること
子供を大切にすること
自分を育ててくれる先生を大事にすること
お世話になった方々を大切にすること
人生の先輩を敬うこと
昔から日本人が大切にしてきたこれらの心を、信仰心といいます。
戦後日本はこの大切な信仰心を忘れてしまいました。
疎かにしてきた結果が、今数々の信じられないような事件が起きている原因です。
信仰心というと、神仏に手を合わせことと考えている方が殆どだと思います。
宗教団体に入る事と信仰心を持つことが同じになってしまっています。
親を大事にして親孝行をする。
お世話になった先生や知人の顔を潰すような事は絶対にしない。
いろんなことがあっても、人を立て人に対する思いやりを持ち続ける。
この心は、宗教心ではなく信仰心なのです。
神仏を信じている、いないに関わらず、人としての基本なのです。
今の日本には自分の事しか考えていない人が溢れています。
人の事はソッチノケ、自分さえ良ければの世界が、数限りない事件を生み出しているのです。
先週の日曜日、天命庵で親様の信仰心についての話を聞きながら、今の世に致命的に欠けているのは宗教心ではなく信仰心なのだとしみじみ感じました。
やはり人の心が変わらなくては、この混沌とした世界は変えられないのです。
戦後61年かけて失った心を取り戻すには、どれだけの年月が掛かるのでしょうか?
気が遠くなりそうですが、頑張らなくては。
このままでは、まともに暮らしていく事が難しい世の中になってしまいますもの。
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June 22, 2006
安全性への配慮を欠く製薬会社、肝炎の危険性が明らかになっても規制しない国、耐震強度不足のマンションを立てる建築会社、不当な保険金不払いの損害保険会社、自分の立場を認識できない日銀総裁。
世の中を良くする為に働くのが仕事。
周りの人々を幸せにするのが仕事のはずなのに、皆を不幸にする為に混乱させる為に、仕事をしているような人が多いですね。
それでいて仕事への不満は一人前の人も多い。
こんな仕事をする為に生まれてきたのではない。
自分には向いていない。
忙しすぎる、等々
仕事を選り好みしていると、ご縁を潰す事になります。
世の中の物事は皆“ご縁”縁で丸く円に繋がっているのですから。
働くと言う字は、人偏に動くと書きます。
お人の為に動く事が、働くこと。
今の人は、自分の為に動いています。
自分が金儲けする為に・・・
大人がこれでは、世の中全体が狂っていくのは当然のような気がします。
特に子供の社会が・・・
お手本が悪かったら、子供は良く成りようがないのですから。
今もTVで青少年が関わっていそうな事件を、繰り返し繰り返し垂れ流しています。
マスコミが憶測で情報を撒き散らすのは、世の中を良くする為に働いていると言えるでしょうか?
働けることに喜びを、仕事がある事に感謝が出来れば、自ずと良い仕事ができるはずだと思います。
自分の仕事を通して、周りの人を幸せにする事を考えながら働いたら、つぎつぎに良い仕事が生まれてくるはずです。
結果やお金は後から付いてくるもの。
一生懸命自分の仕事に打ち込んでいる人の姿は美しい。
小さな事にも心を込めて、人の為になる仕事をしたいですね。
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小学校低学年の登校時間に合わせて防犯パトロールを兼ね、見まわりをしました。
全然期待していなかったのですか、驚いたことにかなりの数のご父兄の姿が校門前にありま
いた。
そして、一人一人の父兄が、4~5人の児童を連れて下校していきました。
今年に入って小さな子供の事件が続いています。
それでも今まで父兄の間に何の動きもありませんでした。
近くの小学校1年生は2クラス。
本当に自分の子供の友達が同級生が亡くなって、始めて子供たちの危険を身近なものと受け
止める事ができたのでしょうか。
いくらマスコミで毎日執拗に騒いでも、やっぱりあれは遠い所の人事だったのですね。
一人のお母さんが、近づいてきて事故現場の方を指差しながら「事故の2時間前にあの角で
手を振って別れたんですよ、とっても元気な坊ちゃんだったのに・・・」と涙ぐまれました。
ただ頷くだけで、返す言葉が見つかりませんでした。
父兄は皆、防犯の派手な格好をしている私達に、横を通りながら、通りの向うから軽く会釈をしていかれました。
住み易い町内を作るために、小さな努力をしているおじさん、おばさんがいる。
その事に気付いてもらえたことが、始めの一歩かもしれません。
坊やの事故を無駄にしないように、子供達を守っていく事。
それが男の子への本当のご供養になるのではないかと思っています。
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June 20, 2006
パトカーが3台、外出先からの帰路、辻向こうに止まっているのが見えました。
なにしろ高齢者2人を抱えている夕暮れは忙しく、辺りが騒がしいと思いつつ気に留めている暇がありませんでした。
夜、首都圏ニュースを見ていたら、突然、ほんのお近くの見慣れたマンションが・・・
小学校一年生(6つ)の男の子がマンション8階の外廊下の手すりを乗り越え、外側に取付けられている排水管を伝って下りていたところ、手を滑らして転落、全身を強く打ち死亡と報道していました。
亡くなった男の子はマンションに住む別の同級生の家を訪れた帰りだったそうで。
同級生2人に7階で待っていてと言って下りていったらしい。
余りにも無念な事故で、どうして?お思います。
8階から下を見たら目が眩んで危ないと感じなかったのでしょうか。
3人の内の1人位は「危ないよ」と言わなかったのでしょうか?
6歳には未だそのような判断は出来ないのでしょうか?
「英国では外出時8歳までの子供は必ず大人と手をつなぐ。
12歳までの子供達だけを家の中に置いておいてはいけない」
との明確なルールがあります。
アメリカもオランダも似たようなものがあります。
非常時に自分達で判断して身を守ることができない子供は大人が守る、ということでしょう。
何でもかんでも規則、規則で行動するのでは、住み難い世の中になります。
そして自分で考えながら行動するのが、本来の成熟した大人の社会だと思います。
でもこうもミスミスと無残に幼い命が奪われていくのを防ぐ事が出来ないのなら、規則も必要なのかもしれまん。
明日、自治会で防犯パトロールと兼ねて小学校低学年の下校時に通学路の見回りをします。
こんな事故が起きても低学年の親御さん、誰も子供に付き添わないのでしょうね。
子供は国の未来、社会全体で守り育ててゆくもの、と思います。
でもそれにはまず親がするべき事をする。
近所付き合いが煩わしいとか言わずに、適度に地域社会の中に入って来でくれない限り、子供たちを守りたくても私達にできる事には限度があるのです。
皆がもっと積極的に動く時期にきているのではないでしょうか?
亡くなられたお子さんの、ご冥福をお祈りします。
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June 17, 2006
「どうしました? 疲れた顔をして・・・、平和は来ませんでしたか・・・」と医師。
「先生、来るわけ無いじゃありませんか?ますます混迷を深めておりますわ!」
「困りましたな~~」
と挨拶が終わるや否や、先生と私の会話はいつもこんな調子で始まります。
もう6~7年、初めは母を連れて、だんだんいつの間にか2週間毎に私が代診、そして時々往診に来てくださいます。
子供の頃から体の弱かった私は、お医者様とは親戚付き合い。
やっと自分が卒業したら、今度は母をあちこち診てもらいに連れて歩いて、今は母の代診専門。
メチャクチャ、医者ズレしております。
そのせいか、長い付き合いで気心が知れているせいか、母の病と闘う同志だからか、歳のせいか、言いたいことを言って“暗めで物静かなムード”の先生が声を上げて笑うのを見て、ニヤッなんてしています。
これって結構私の精神衛生上、良いみたい。
完全予約制なので、余り大勢の患者さんと会うことは無いのですが、診察室から笑い声や奇声が漏れているのは私だけのようです。
診察の内容は深刻なのですけれど。
高齢、体重20数キロ、複雑骨折のような精神状態。
阿吽の呼吸で、深刻な話を世間話のように淡々と進めています。
正直な先生で、母の状態を包み隠さずと言うか、嘘が付けないタイプなんでしょうね。
「あなたには酷ですけど、これ以上薬は増やせないので、お母さんの状態を見つつ飲む時間で調整していってください」
「先生、高齢者にはよくあるケース?」
「いえ、ほとんどありません」
「え~ぇ~、ほんとですか~~?」
これもお決まりの会話になりつつあります。
私は全部母の症状を話しているのですが・・・
どうも話していると「それは誰の事?あなた?お父さん?おかあさん?」と確かめられるのですよ。
と言う事は、只今皆ぎりぎりの状態で誰がおかしくなっても、不思議じゃないって事かな?
まぁ、いいかっ!
診療内科の先生に会って「あなたも、お薬飲んだほうがいいですよ」と言われないのですから、未だ大丈夫ということで・・・
心療内科、母の代診というよりも、自分がまだ大丈夫という事を確かめに行っているのかも。
良い先生方に、ヘルパーさんに出会えたお陰で何とが介護無事こなせていて感謝です。
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June 16, 2006
認知症の母は子供の頃歌っていた童謡の歌詞をよ~く覚えています。
明治生まれの主人の母もそうでした。
今のようにテレビ、漫画、ゲームといろいろ娯楽の無かった時代、皆で歌う童謡が楽しみの一つだったのでしょうか。
童謡は子供が歌うのですから、可愛らしい楽しい歌が多いと勝手に思っていたのですが、母がか細い声で歌う童謡は何故か寂しい歌ばか。
「金襴緞子の帯締めながら、花嫁御陵は何故泣くのでしょ・・・」
「赤い靴履いてた女の子、異人さんに連れられていっちゃった・・・」
来てくださるヘルパーさん達、年代はまちまちなのですが、皆童謡をよく知っています。
本を持ってきたりして、一緒に歌ってくれています。
その中の30代半ばの若いヘルパーさんに「童謡って悲しい歌が多いのかな?夜聞くとわびしくて」と雑談のついでに話しました。
そしたら、帰り際に「カナリアの歌、を覚えてもらいました。あれなら寂しくないと思います」と私に耳打ちして帰っていきました。
本当にその夜は「カナリアの歌」を繰り返し歌っていました。
やっぱり、侘びしかったけれど、彼女の心遣いは心に沁みました。
それからは、明るそうな歌を探して母と歌っていますが、余りありませんね。
心に染み透るような情景が心に描き出されるような、味わい深い歌は沢山あるのですが・・・
昔の日本人は根暗だったのかな?
子供まで・・・何て考えています。
もし私が彼女の立場だったら、あんな心遣いができるだろうか、と改めて人の身になって思い遣る事の大切さを、かみ締めながら、母と童謡を歌っています。
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June 13, 2006
泉ピン子さんがハワイで、ムーム姿にスニーカーを履いているのをTVで見て「いくら何でも合わない」と思ったのですが、いつの間にか似たような状況に・・・
今や何処へ行くのもスニーカーです。
人の事はとやかく言ってはいけませんね。
反省しきりです。
時間に追われて飛び回っている身といたしましては、ちょっと紐を結ぶ時間がもったいないのですが、履いてしまうとエアーが入っているのは足の疲れが全く違います。
革靴なんてもう履けない、という心境です。
先日も銀座の内科に行くのに、一瞬迷ったのですが、遠出だからこそ足の為にスニーカーなんて・・・
スニーカーは今や普通じゃないとお思いの方には、実は私いつもスカート、それも長めのフレアーがヒラヒラしたもの。
スニーカーとミスマッチなのは、ムームーといいとこ勝負という感じです。
人に不快感を与えてはいけないと思いつつ・・・
ここからは完全に言訳、人間ってそんなこと言っていられない時期もあるのですよ。
でもきっと、その時期が過ぎても履いていると思いますけれど。
一度楽なのを知ってしまうと、なかなか元には戻れないもので。
主人が外出の時「他はいいんだけど、その足元何とかなりません?」と言います。
外で写真を撮ってくれると、足元だけ上手にカットされていたりして。
身長の割に足のサイズが小さくて、22、5cm。
小さいから目立たないという事にしておこうかな。
今日、白にピンクの細い線が入った可愛いスニーカーを買いました。
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June 12, 2006
お布施とは、自分が心からプレゼントすることだそうです。
必ずしもお金ではないと瀬戸内寂聴さんは言います。
例えば*:
財施-お酒、お菓子、家で取れたお米や野菜等、物を施す事。
心施-やさしい心を施すこと
優しい言葉を掛けてあげれば、それが立派なお布施だそうです。
顔施-顔を施すってなんでしょう?
にっこりした笑顔を見せる。
特に悲しそうな顔している人には優しい顔をしてあげる。
和やかな顔を施すことを和顔施ともいいます
法施-皆さんがお寺にお布施を差し上げると、お坊さんはそれに対して仏法の法-仏様の教えを皆さんに施してくださる。
本当にいろいろあるのですね。
法施は別ですけれど、他の3つは誰にでも出来そうです。
特に和顔施、素敵な言葉ですね。
この頃両親の介護で忙しく、穏やかな笑顔忘れていることがあります。
そんな自戒を込めてこの文章を書いています。
お金も物も要らないただ、“にっこり”するだけで、人の心を明るく、気持ちよく、楽しく、
軽やかにすることができる、和顔施。
和顔施に心施も込めると最強のお布施になりそうですね。
簡単な事程続けるのは難しい。
でも是非、日々努力したい事です。
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June 10, 2006
人間の世界の話ではありません。
カルガモの話です。
《カルガモの繁殖地となる都市の人口池は毎年増える一方だ。
カルガモが繁殖地に選ぶのは、警備員が常駐して、外敵が近づきにくいところばかり。
一度巣ごもりすればワイドショーなどが報じ、マスコミと市民という「最強の人目」が加わる。
施設側も「何かあっては大変」と網や屋根を張ったり、専用の世話係を用意したりと、細心の注意を払って危険を退け、えさ台には専門家と相談してえさを毎日載せる。
人間の中で育つ安全さを学習したヒナたちが、毎年戻ってくる。
外敵の多い自然の中でカルガモのヒナが無事に育つ確率は2割程度。
一方、都心の人口池の場合、生存率は7割を超えるという》
カルガモの親は偉い!
自分の子供達を育てる為の安全性を学習しているのです。
それに比べて日本の親は子供を守る方法、学習しているのでしょうか?
こんなに子供の命が危険にさらされている時代(平時の事ですが)今まで無かったと思います。
記事を読みながら、日本の子供たちはカルガモと同じ位、親に社会に大切にしてもらえているかな?なんて変な事を考えてしまいました。
今までは「知らない人に声を掛けられても付いて行ってはいけません」と教えていました。
でもこれからは「知っている人、親しい人に声を掛けられても一人で付いて行ってはいけません」と言わなければならない時代なのです。
まず出来る事から、直ぐできる事から、それにはカルガモを真似て「人の目を拝借」
地域のお時間のある方に協力してもらうことです。
それもただで力を利用するのではなく、それなりにお茶代位は出すべきだと思います。
親、会社、行政が少しずつ負担をして、気持ちよく協力してもらえるような体制を作り上げていくべきではないかと。
責任の所在、経費の出所なんて、グチュグチュ雑念まみれになると、本能なんて消え去ってしまうのですよね、きっと。
記事を読んでいて、何となく、癒しを求める人間を利用したカルガモのしたたかな生存本能に、人間の生存本能は劣っているような気がしてきました。
これ以上子供が犠牲にならないよう、社会全体で考えたいですね。
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June 06, 2006
切ない!
事故死を再調査してほしくて近所の子を事件に巻き込んだ親、その為にわが子を失った親。
子を思う親の気持ち痛いほどわかります。
でも、でも、だから他の子を、近所の子を、娘と仲のよかつた子を殺害出来るものなのでしょうか?
亡くなったお嬢さんが喜ぶと思ったのでしょうか?
呆然としています。
命とは、生きるとは、死ぬとは、働くとは、そういう人間にとって根源になることを今の日本の社会はうやむやにしています。
きちんと説明できる、教えられる人が殆どいないのです。
本当は、宗教家が社会に、親が子供に教えていくべきことだと思うのですが。
多くの宗教家はお金儲けと、大きな組織を作って権力を誇示する事に一生懸命。
多くの親は、子供の成績を上げ、良い学校に入学させる事に一生懸命。
心を育てる、人間がいかに生きてきくべきか、を説く人が場所が不在の国なのです。
昔の人は人が亡くなると「息を引き取りました」と言いました。
息を引き取る。
亡くなった方の息=命を、残された者達が引き継ぐのです。
皆で命を繋いでゆくのです。
亡くなった時、それはその人の寿命が尽きた時。
亡くなり方が無念であったなら、その死を無駄にしないように、自分の出来る事で努力すれば、死を生かす事だってできるはずです。
折に触れて思い出してあげれば、亡くなった方は皆の心の中に生き続けるのです。
死に対する考え方は人によっていろいろでしょう。
でも子を亡くした彼女の心を支え、人の死について一緒に考え悩んであげる人が周りにいなかった、その事が哀れに思えます。
二人の小さな魂が天の国に帰って、安らかでありますように。
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June 04, 2006
瀬戸内寂静さんがよく使われます。
“切に生きる”これは道元禅師(鎌倉時代の禅僧で、日本曹洞宗の開祖)の言葉だそうです。
ただ、今を一生懸命に生きる。
私達には一寸先のことは分かりません。
仏教ではそれを“無常”といいます。
無常-常ならず。
世の中、次の瞬間何が起こるか分からない。
ですから、
お釈迦様は「明日のことは思いわずらうな」そして「過去のことをくよくよするな」
キリストさんは「明日のことは思い煩うな」
天命庵の親様は「過去を必要以上に悔やまず、未来を先案じしない」
皆、同じような意味の事を説かれています。
今さらどう悩んでも、もがいてもどうにもならない過去の問題をいつまでも心から離さないで抱え込んでいると、今を楽しむことができません。
まだ経験したことのない未来への不安、先案じを心に抱いていると、今という時を疎かにしてしまいます。
未来を心配しても起こる事は起こる。
だから、過去のことをくよくよしない、明日のことも思い煩わない、今日今を精一杯楽しんで切に生きなさい。
そこに本当の生きている喜びがわいてくのですと・・・
「切に生きる」これが生きていく極意だそうです。
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June 03, 2006
社会人になると、上司から「ご苦労様と」ねぎらわれたら、部下は「お疲れさまです」と答えるように習うそうです。
それがマニュアル用語化されて、何でもかんでも挨拶は「お疲れさま」で済ませてしまう傾向にあるようで・・・
朝ならば「おはようございます」が適当なのに「お疲れさまでございます」
電話でもいきなり「お疲れさまです」から会話がはじまるとか。
朝から皆がお疲れ、お疲れの会社って、いい仕事ができるのかなと思ったりします。
一仕事終えた後とか一日の終わりの「お疲れさま」はお互いを労わり合う感じでわかるのですが。
疲れたと言うと“疲れた”という言葉を心が聞いて、どっと疲れた気分になってしまいます。
ですからお相撲さんの世界では稽古の後「疲れた」という言葉を使わないで、その代わりに「力が入りました」と言うそうです。
それ位、昔の人は言葉の持つ力を考えていたのですね。
言葉、言霊を大切にしていたのです。
そしてもう一つ『今の人はすぐに「つかれた、つかれた」といいますけれど、一体何に“憑かれた”のでしょうね』と天命庵の親様が言われた事があります。
フム、日本語は凄いですね。
“疲れた”と“憑かれた”
どっと“疲れたさん”に取り付かれないように、気を付けたい言葉です。
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May 31, 2006
当初の51人死亡から、日を追って2,000、3,000、4,000、そして5,137人と増えていくジャワ島地震の死者。
地震のニュースを聞いた時、お恥ずかしい話ですが、心のどこかに又かという諦めにも似た感情が走りました。
阪神大震災、国連のテロ、スマトラ沖地震、中越地震では、直ぐに祈りを奉げました。
地が鎮まる事を願い、亡くなった方に、負傷された方に、被災された方に、救助に携わる方々の為に祈ったのに。
翌28日、天命庵に神の教えの話を聞きに行きました。
その中で大徳寺さんが「皆さんジャワ島の地震で被害を受けた方々の為に祈っていると思いますが・・・」と言われた後「頷いている方が少ないのは、余りいらっしゃらないようですね」と、改めて皆で深い祈りを奉げました。
こう次から次と大事件が起こると、それではいけないのですが少々の事では驚かないというか、慣れてしまった自分が恐くなります。
何かが起こった時ジャワ島のような処では、政府が被害の状況を迅速に把握することは難しく、時を追って被害者がどんどん増えていくであろうということは容易に想像がついていても・・・
それにしても、どうしていつも貧しい国の人達が被害に会われるのか、常々疑問に思っていました。
とっても不公平な気がして。
自然を破壊し、醜い争いを起し、奢っているのは文明国と思っている私達の方なのですから。
でも救援活動をしている各国の人達を見ていて、ひょっとしたらと感じた事があります。
これは私の勝手な考えとお断りした上で・・・
もし世界の政治経済の中心になっている国々が被害に会ったとしたら、貧しい国の人達には救援する力はなく、そして世界全体が成り立たなくなってしまいます。
貧しい国の人達が変わり被害に遭ってくれているのではないかなと・・・
自然の恐ろしさと、人間の愚かさを、天災の形で、まざまざと見せつけてくれているのではないかなと・・・
そして、国を超え、宗教を超えて皆で助け合い、互いに愛し合いなさいと教えてくれているような気がします。
私達には被害を受けた国々のために祈りを捧げ、復興の為の援助をする責任があるのではないか、そんな事を考えています。
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May 30, 2006
山形・新潟県境の山村で、70人ほどの女性が受け継いでいる「羽越しな布」と呼ばれる織物が、国の107番目の「伝統的工芸品」に指定されたと朝日新聞の天声人語に載っていました。
「公に認められたことで、後継者を育てていく自信がわいてきた」と喜ぶ一方、指定に伴って行われる予定の「伝統工芸士」の試験を受けようという人が一人もいないことが悩みだそうです。
経済産業省の外郭団体の「伝統的工芸品産業振興協会」が実施している試験で実技とペーパーテストがあり、それぞれ70点以上取らなければ不合格。
伝統工芸士にペーパーテスト?と思いませんか?
しかも、かなりの難問だそうです。
「羽越しな布」に携わる人たちは、平均年齢70歳、その方達に受験とはね・・・
その上、名誉的称号で、経済的恩恵は全く無し。
全国の伝統的工芸品の産地でも、合格者が数人しかいないところが少なくないそうです。
「伝統技術を受け継ぐ人たちに本当に筆記試験が必要なのかどうか。現在のやり方にはかなり疑問を感じる」と結んであります。
何でも試験、何でも点数で計ろうとすることによって、かえって大切なものが失われていくことがあるような気がします。
世の中には点数で測れないものがいっぱいあります。
伝統技術も点数では測れないものの一つではないでしょうか。
「伝統的工芸品」に指定されて「伝統工芸士」が一人もいないとどうなるのか、とちょっと心配になりました。
伝統工芸が時代から時代へと途絶えることなく受け継がれるように守り育てるのが「協会」の役目だと思うのですが、
試験をする、称号を与える、そんな暇とお金があるのなら、少しでもよい伝統工芸を見つけ育てる為に役立ててほしいと思います。
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May 24, 2006
朝日新聞の「集団登校どうする?」を読んで、今の世相を考えさせられました。
☆ 今の子は下級生の面倒を見られるほどしっかりしていないから無理。
家庭では兄弟が少なく、地域や子供同士のつながりが希薄で、孤立化が進んでいるそうで、普段から年上の子が年下の面倒をみる機会がないのですね。
将来どんな大人になるのでしょう。
☆ 高学年の子供を持つ保護者が責任を持てないと反対。
「万が一事故は起きたときに、だれの責任か考えていかなければならない時代になってきた。今は何事も責任論抜きには考えられない」
何でもかんでも、誰かに責任があるものなのでしょうか?
この頃、責任という言葉が人を非難する為に使われているような気がするのですが。
誰も完全な人はいない、その上で良識のある判断をしたいですね。
責任、責任と言っていると、その内何もしないのが一番なんて事になります。
何もしなければ責任も取らなくていいのですから。
☆ 学校の近くに住んでいる子供達の親が必要ないと。
自分達さえよければ、の時代ですね。
自治会の有志で防犯パトロールをしているのですが「内は防犯システムをつけたから・・・」と言わ