April 15, 2009

お花屋さんが開店、ご町内が華やかになりました

「お店を出す事になりましたので、ご挨拶に伺いました」と若いご夫婦が見えました。
「何のお店なの?」
「花屋です」
「どちらに?」
指差された先は、10メートル先の12階建てワンルームマンションの1階店舗。
建ってから1年間、空いたままになっていました。
2店舗あって、1店15坪程でお家賃40万。
出来れば2店舗一括で、飲食店は不可との条件を耳にしていました。

まさか一括では、と思って聞いてみたら「一括でないとダメと言われるので・・・」
おばさんの眼は点に。
余計な事ながら、お花屋さんでそんな家賃払って、採算取れるの?と本心聞きたかったですね。
元気のある若者をみるのは嬉しい。
でも近所に、花屋さんとお花を売ってる店が計4軒。
そして、このご時勢、可なり無謀では・・・

週末に自治会の集まりがあったので、主人がご夫婦を「時間があったら、顔見世にどうぞ」とお誘いして皆さんにご紹介。
ついでに小児科の先生から、医院の前の大きな花壇の花植えの仕事をゲット。
夫は可なりの世話好きです。

渋紙色に日焼けしたご主人はサーファーらしく、若い奥さんはひまわりのように明るく伸びやかな感じ。
オープニングの日は、ご当人達が「こんなにお客様が来てくださるとは思わなかった」といわれる程の大賑わいで、行列ができていました。
その中でご夫婦の対応が手早くそして穏やかでお見事。
ひまわりさんが、渋紙君をそっと立てていて、いい感じ。

お花の値段が手頃と言うか、メチャクチャお安い。
切花一包み、鉢物一鉢が数百円なのです。
今日は店頭に色とりどりのスイトピーが並び、飛ぶように売れていました。

御夫婦のお人柄とあのお値段で、お店が上手くいくよう応援しています。
お人柄って本当に大切ですね。

“シャッター通り”まではいかないものの、活気がなかった我が銀座通りが、ご夫婦のお陰で見違えるように華やかになりました。

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October 28, 2007

ごみ有料化から1カ月

カラスの群れが忽然と消えました。
有料化と共に個別収集となり、各家庭の前にゴミを出すようになりました。
皆、自分の家の前に出すとなると、カラスに狙われないよう細心の注意を払うのですね。

以前は収集日になると、ごみ置き場付近の電線や屋根等いたるところにびっしりとカラスが並び、その姿と鳴き声が辺りに異様な雰囲気を作り出していました。
ヒチコックの映画「鳥」が、現実になるのではないかと恐怖感を抱く程。
どうしてカラスにごみ収集日がわかるのか、不思議ですよね~
頭がいいのか、本能でわかるのか。
餌が取れるかどうか、生活がかかっているのですから、あちら様も必死なのでしょうか。

でも、そんなこと感心していられない程、カラスとの戦いは大変でした。
それが有料化のお陰で解消されました。
勿論、我が市のごみ有料化の目的はカラス退治ではありません。
これはあくまでも副産物なのですが、私個人としては、自治会の“ごみ当番”の仕事が無くなりほっとしています。

本題のごみの量ですが、確かに減りました。
ごみの分別は、立場上、有料化以前から気を使ってキチットしていました。
今回、特別に減らす努力をしたわけではないのですが、何故か減りました。
それも半分位に・・・
ご近所の方達も「ごみの量が減った。減った」と言われています。
1つ考えられることは、指定収集袋が40ℓ(80円)、20ℓ(40円)、10ℓ(20円)、5ℓ(10円)の4つに分かれています。
40ℓの袋は可なり大きいので、20ℓ位に抑えておきたいなという考えが、どこかで働いているのかもしれません。

1つ困ったことは、隣町からのヘルパーさんが数名いて、ごみの出し方が全然違うので戸惑っておられます。
焼却炉の許容量とか火力とか、いろいろな事情があることは理解できます。
でも、ごみの収集方法を全国、せめて周辺地域で統一しないと、混乱の元ですよね。

今の所、ごみ有料化は思ったよりいい感じです。

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March 21, 2007

うぐいすの訪れ

早朝「ホー・ホケキョウ」鶯の透き通った声で目が覚めました。
土曜日沖縄から戻った羽田で粉雪が舞っていて、冬に逆戻りかと思っていたのですが、やはり春まじかなのですね。
今年も鶯が訪れてくれました。
年々遊びに来てくれる鶯が減っています。
5~6年前までは、週末の朝など我家の庭と隣の庭のあちこちで「ケキョ、ケキョ」と鳴かれ、風流を通り越して「うるさいな~もう少し寝かせて」と贅沢な事をぼやいていました。
それも周りに高い建物が増えるにつれ年々減り、去年は1羽が数日訪れてくれただけ。
『去年で聞納めかなぁ』と思っていたので、さえずりを聞いた時は感激でした。

鶯は「声は聞こえど姿は見えず」といわれる鳥ですが、一度頭上で「ホーホケキョウ」と聞こえたのでそっと見上げたことがあります。
ウグイス色の美しい姿を想像していたのですが、そこには何の変哲も無い茶褐色の地味で小さな鳥がいました。
“日本三鳴鳥”といわれるあの透明な美しい鳴き声が、どこからでてくるのか不思議な感じでした。
「天は二物を与えず」と言ったところでしょうか。

自然も街並みも、年々激変してゆきます。
72年間営業していた3軒先にある映画館が今月いっぱいで閉館することになりました。
洋画専門の映画館で、自治会の新年会に見えた責任者の方が「洋画は今人気がないのですよ。ロビーで若者たちが、字幕を読むのがカッタルイと言ってましてね・・・」とこぼしていました。
あの頃、きっと閉館することが分かっていたのでしょうね。
古い建物が壊されると、商業地なので後には必ず十数階建ての高層ビルが建ちます。
メインストリートは日が射しこまなくなり、冷たいビル風が舞います。
折角ある自然を惜しげもなく壊して高層ビルを建てる。
お金儲けの為に。

自然が無くなり鶯が遊びに来なくなる街は、人間にとっても住みにくい街なのではないでしょうか?
今度の地方選挙、住み易い街造りを考えてくれる候補者も投票の条件の1つになりそうです。
鶯が、遊びに来てくれるような自然を大切にする人を選びたいな~

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March 04, 2007

お役人も変わるのですね

ごみの個別収集と有料化に伴う市の説明会を、自治会で開きました。
私ども市民に対して敬語の使いまくり。
始め「利用者さま」だったのが、途中から「お客様」になってしまって、「お~」という感じで思わず周りの人と顔を見合わました。

「ゴミ袋は○○円で、ご提供させて頂いております」
アレ、ごみ袋って市から提供されるものだったっけ???
「収集時間の目安を1軒1軒紙に書いてお教えします」
人件費が掛かりそう、と心配したくなる位全ての事に、ご丁寧なのです。
最後は「何なりとご遠慮なくお申し付け下さい」
自分の義務は放棄して権利ばかり主張する住民の多い時代に、そんなこと言って大丈夫?てな感じでした。

3年前、ごみの分別収集の説明会の時と、お役人さんの態度がコロッと違います。
この異様な低姿勢の訳は、住民が大変な関心を示した事と、何でも反対なさる某政党が有料化反対の署名を集める運動をしたからです。
そんな中での有料化ですから“市民の皆様”に気を使っているのをアリアリと感じました。

有料化は致し方ないと思っております。
各自が責任を持って自分の家の前に分別したごみを出す。
そうすれば、正しく分別するようになるでしょうし、ごみの量も少しは減ると思うのです。
主人は自治会の会長をいたしておりますが、仕事の大半はごみ問題です。
昼間代理をしている私は、会長の仕事を“ごみ当番”と言っております。
これは自治体の方のマナーが悪いというよりは、街中に住んでいる特殊事情もありますけれど・・・
それで私、有料化で“ごみ当番”の仕事が減る事を密に楽しみにしております。

市の試算によると1カ月400円程度の負担だそうでうが、日々の生活に直接関係する事なので大勢の市民が真剣に考えたようです。
同じように日々の生活に直接関係する大事な事なのに、私達が余り真剣に考えいない事があります。
私達が国に県に市に払っている税金がどのように使われているかについてです。
自分達の払っている大切なお金です。
それもごみ有料化の400円とは比べものにならない位の、桁違いに大きな額です。
その使い道にもっと関心を持って意見を述べるべきではないでしょうか?
政治家が真剣に対応せざるおえなくなる位。
それが今の国民に欠けているのではないかと、今回市のお役人の対応の変化を見て感じております。


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October 20, 2006

挨拶が出来ない子供たち

「お帰りなさい」小学校から歩道橋を渡って下校してくる児童一人一人に声をかけます。
返事は殆ど「・・・・・」
80名近くの児童が、私と相棒の前を通り過ぎていきました。
「お帰りなさい」との声掛けに「ただいま」と答えた子 0名
「お帰りなさい」に「お帰りなさい」と答えた子 一名
「お帰りなさい」に「こんにちは」と答えた子 数名。
3分の1の子が恥ずかしそうに、特に女の子は微かに頷いて通り過ぎて行きます。
その他の子は、知らん顔。
友達同士話に夢中になっている子は、それはそれでいいのです。
でも声を掛けられたと分かっていて無反応。
こりゃ、日本の将来は危ないぞ~~

当節は子供にとって恐い時代です。
「知らない人に声をかけられても返事をしてはいけません」と教わっているかもしれません。
でも自治会の名入りのお揃いのジャンパーに防犯の腕章、下校時の見守りを始めて1年近くになります。
始めは先生と一緒に立て顔見せもしてあります。
それでもキチット挨拶できる子が本当に少ない。
「ただいま」は自分の家に戻った時の言葉で、道では使わないのかな?とか、家庭で「ただいま」「お帰りなさい」との言葉を使う機会がないのかな?とか考えてしまいました。

そんな中で、一人の女の子が歩道橋の階段の途中で立ち止まって、私達に丁寧に頭を下げ手前の道を曲がっていきました。
思わず私達も姿勢を正しましたよ。
自然で美しい動作でした。
ご家庭できちんと躾をなさっておられるのでしょうね。
「躾」は「身」に「美しい」と書くように動作が美しいことです。
美しい礼儀作法が身に付くと、自然に心も礼儀正しくなるものです。

今学校がいろいろ言われています。
確かに問題は多いと思います
でもまず家庭教育を何とかしなければいけないのではないかと思います。
家庭で基本的な躾をしてから、学校という集団生活の場に出さなければ、学校は機能しないのではないでしょうか。
まず親を、そしてその親(祖父母)を教育し直さなければ。
それは一体誰がするのでしょうね。
大人とは、自分で学習して成長していける人間を言うのではないかと思っています。
今日本の社会に本当の意味での大人が育っていないような気がします。

安部さん、今の状況は教育基本法をいじくっても根本的解決にはならない、と私は感じているのですが、如何でしょうね。

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June 22, 2006

転落事故の後

小学校低学年の登校時間に合わせて防犯パトロールを兼ね、見まわりをしました。
全然期待していなかったのですか、驚いたことにかなりの数のご父兄の姿が校門前にありま
いた。
そして、一人一人の父兄が、4~5人の児童を連れて下校していきました。

今年に入って小さな子供の事件が続いています。
それでも今まで父兄の間に何の動きもありませんでした。
近くの小学校1年生は2クラス。
本当に自分の子供の友達が同級生が亡くなって、始めて子供たちの危険を身近なものと受け
止める事ができたのでしょうか。
いくらマスコミで毎日執拗に騒いでも、やっぱりあれは遠い所の人事だったのですね。

一人のお母さんが、近づいてきて事故現場の方を指差しながら「事故の2時間前にあの角で
手を振って別れたんですよ、とっても元気な坊ちゃんだったのに・・・」と涙ぐまれました。
ただ頷くだけで、返す言葉が見つかりませんでした。

父兄は皆、防犯の派手な格好をしている私達に、横を通りながら、通りの向うから軽く会釈をしていかれました。

住み易い町内を作るために、小さな努力をしているおじさん、おばさんがいる。
その事に気付いてもらえたことが、始めの一歩かもしれません。
坊やの事故を無駄にしないように、子供達を守っていく事。
それが男の子への本当のご供養になるのではないかと思っています。

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June 10, 2006

《『人目』拝借 子育て安心》朝日新聞のタイトル

人間の世界の話ではありません。
カルガモの話です。
《カルガモの繁殖地となる都市の人口池は毎年増える一方だ。
カルガモが繁殖地に選ぶのは、警備員が常駐して、外敵が近づきにくいところばかり。
一度巣ごもりすればワイドショーなどが報じ、マスコミと市民という「最強の人目」が加わる。
施設側も「何かあっては大変」と網や屋根を張ったり、専用の世話係を用意したりと、細心の注意を払って危険を退け、えさ台には専門家と相談してえさを毎日載せる。
人間の中で育つ安全さを学習したヒナたちが、毎年戻ってくる。
外敵の多い自然の中でカルガモのヒナが無事に育つ確率は2割程度。
一方、都心の人口池の場合、生存率は7割を超えるという》

カルガモの親は偉い!
自分の子供達を育てる為の安全性を学習しているのです。
それに比べて日本の親は子供を守る方法、学習しているのでしょうか?
こんなに子供の命が危険にさらされている時代(平時の事ですが)今まで無かったと思います。
記事を読みながら、日本の子供たちはカルガモと同じ位、親に社会に大切にしてもらえているかな?なんて変な事を考えてしまいました。

今までは「知らない人に声を掛けられても付いて行ってはいけません」と教えていました。
でもこれからは「知っている人、親しい人に声を掛けられても一人で付いて行ってはいけません」と言わなければならない時代なのです。
まず出来る事から、直ぐできる事から、それにはカルガモを真似て「人の目を拝借」
地域のお時間のある方に協力してもらうことです。
それもただで力を利用するのではなく、それなりにお茶代位は出すべきだと思います。
親、会社、行政が少しずつ負担をして、気持ちよく協力してもらえるような体制を作り上げていくべきではないかと。
責任の所在、経費の出所なんて、グチュグチュ雑念まみれになると、本能なんて消え去ってしまうのですよね、きっと。
記事を読んでいて、何となく、癒しを求める人間を利用したカルガモのしたたかな生存本能に、人間の生存本能は劣っているような気がしてきました。
これ以上子供が犠牲にならないよう、社会全体で考えたいですね。

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May 24, 2006

集団登校に対する親の考え方

朝日新聞の「集団登校どうする?」を読んで、今の世相を考えさせられました。

☆ 今の子は下級生の面倒を見られるほどしっかりしていないから無理。
家庭では兄弟が少なく、地域や子供同士のつながりが希薄で、孤立化が進んでいるそうで、普段から年上の子が年下の面倒をみる機会がないのですね。
将来どんな大人になるのでしょう。

☆ 高学年の子供を持つ保護者が責任を持てないと反対。
「万が一事故は起きたときに、だれの責任か考えていかなければならない時代になってきた。今は何事も責任論抜きには考えられない」
何でもかんでも、誰かに責任があるものなのでしょうか?
この頃、責任という言葉が人を非難する為に使われているような気がするのですが。
誰も完全な人はいない、その上で良識のある判断をしたいですね。
責任、責任と言っていると、その内何もしないのが一番なんて事になります。
何もしなければ責任も取らなくていいのですから。

☆ 学校の近くに住んでいる子供達の親が必要ないと。
自分達さえよければ、の時代ですね。
自治会の有志で防犯パトロールをしているのですが「内は防犯システムをつけたから・・・」と言われた方がいて、世の中変わりましたわ。

☆ 集合場所で騒いで近くの住民から苦情が出る。
これは親の躾の問題ですね。
その上で子供達の少々騒がしい姿は風景の一つのようなもの、大切にしたいと思います。

私達、随分寂しい社会に暮らしているのですね。
まず、大人から変わらなければ。
子供達の未来の為に、自分の出来る事を少しずつしていきたいと思っています。

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May 02, 2006

自動販売機を「募金箱」に-のども心も潤します

ホントかな?
我が家から駅まで歩いて6分、何と22台の自動販売機があります。
清涼飲料類14台、アルコール類2台、たばこ6台、まだ続々と新しく設置されています。
その上、24時間営業のコンビニが3軒。
私は常々町にあるおびただしい数の自動販売機、こんなに必要かなと疑問に思っています。
一台につき平均的家庭一軒分の電気使用量がかかっている事を知って以来は、自動販売機の数を制限してはどうかと思っている位なのです。

そしたら今度は「募金できる自販機 仙台に1号機」
「自販機を活用して、募金の拡大につなげようという試みが仙台市内で始まった。客が自販機の募金ボタンを押すと、募金分を差し引いた釣り銭が戻る仕組み。
「募金は宮城県共同募金会に寄付され、社会福祉施設や災害支援事業などに配分される」
「今年度中に200台以上を設置したい」との記事。
私には余りよい募金の方法には思えません。
環境汚染に手を貸すような気がして・・・
自販機の持主、製造元、又は清涼飲料やペットボトルの製造元、誰でもいいのですが、空のペットボトルのリサイクルに責任を持って取り組むのならば話はわかります。
でもそんなことはとても無理でしょうし・・・

そしてもう一つアルコール類の自動販売機があるのは世界中で日本だけです。
世界に誇れる素敵なことでしょうか?
タバコの自販機も海外では殆ど見かけません。
もう少し自分の身の回りの小さなことに関心を持って、皆でよい知恵を出し合って生活していきたいですね。

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April 04, 2006

駐禁-わずかな時間で「違反」

違法駐車を確認する業務の民間委託を、6月から実施するそうです。
主人は、自治会内で駐車違反の渋滞に巻き込まれる度に、違反を取り締まる権限をくれたら、一掃するのにとぶつぶつ言っていました。
何しろ駅周辺の繁華街に住んでいると本当にひどいのです。

当市は十年近く前、斬新な街造りとかいって、歩道を広げ車道を狭くすることで、駐車違反をなくそうとしたのですが、完全に裏目にでましたね。
違法駐車は全然減らず、年々増え続けひどい時は両側に違法車で、一車線状態。
始終、工事中の片側通行という感じですよ。
でも工事中の場合は警備の人が交通整理をしてくれますが、この場合はそんなのなしですから。
運転している方は美しい譲り合いの精神を発揮しているのに、その横で他人の迷惑も省みず堂々と違法駐車をしている人は何を考えているのでしょうね。
道路には「違法駐車禁止モデル地区」と仰々しく書いた立て看板が幾つも立て掛けてあります。
でも商店街の人達は車でのお客さんが来なくなってしまうので、違法駐車の取り締まりには熱心ではない、と言うか止め放題という感があります。

どう考えても日本の道路時事情は、車社会には向いてないですよ。
住民の移動手段が、徒歩か人力車の時代のまま変化してないような道が多いのに、車の数だけは増え続けているのですから。
駐車違反の取締りだけでなく、道路の整備をしっかりしてほしいですね。
バスのような公共の乗り物は、優先する方法を考えるべきだとも思いますし。

ともかく何でもかんでも法律のお世話にならなければ、まともな暮らしが出来ないのは悲しいですね。
一人一人がマナーを守って注意すれば済むことのはずなのですが・・・

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March 29, 2006

見てしまいました

小柄で奇麗なお姉さんと、ちょっとこわめのお兄さんが、指定日と分別を無視してごみを出しているところを・・・
「すみません、収集日の朝に出して頂けませんか?」と言うと、女性はとても心よく応じてくれました。
それから「収集日と分別についてのパンフレットお持ちですか?」と聞いたら、横から「分別していますよ!」と男の人の怖い声。
でもね、女性の持っているごみ袋の中、生ごみとプラ、ペットボトルがごちゃごちゃ、さすがビンと缶は無さそうでしたが、がどこからみても分別してなかったですよ。
生ごみを指定日の二日も前に出されたら、幾らこの季節でも匂ってきますよね。
でも一般市民といたしましては、それ以上は言えないのです。
何の権限もないのですから。

当ごみ収集場には大型犬用の犬小屋が、ごみ箱になっています。
ごみが散らばらなく、カラス除けにも最高なのですが、その半面何時でも誰でも入れられる点が欠点でして。
ただですね、先週のごみの山を出した女性とは違うようなのですよ。
張り紙は全然効果がありませんでした。
ルール無視の人が少なくとも二組、当分後始末に追われるのかな?
ワンルームマンションの住民には(勿論常識のある方もいます)打つ手がないのですよ。
昔は大家さんが管理していたから良かったのですが、今時は不動産屋さんだから責任がはっきりしなくて。
何か良い方法ないものでしょうか?

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March 19, 2006

やっぱり怖い世の中になったのでしょうか?

車道に撒き散らされたごみ袋を見た時、何か背筋に冷たいものが走りました。
数時間前、大小合わせて7個の不法投棄のごみに“指定日に指定の場所に分別し直して出して下さい”と張り紙をし、ごみ収拾場の横に並べておきました。
それが張り紙の部分にだけ丁寧に?水をかけて字が読めないようにして撒き散らしてありました。

そのごみは明らかに若い女性の物でした。
ダイエット食品と飲み物の空き箱、ファッションとお化粧の雑誌等々。
どんなにダイエットしてプロポーション抜群になっても、どんなに流行の洋服を身にまとってお化粧をしても、心がこれでは絶対に美しくなれませんよね。
美は内面からにじみ出てくるものですもの。
外見だけ着飾っても無理というものですよ。
一見綺麗なお姉さんが、自分の間違いを注意されて、自宅からわざわざ水を持って来て(ごみ置き場の周りに水はありません)ごみを車道まで運び、張り紙の上にかける。
人通りの多い真昼間に・・・
どう考えても私にはまともには思えません。
行動が常軌を逸しているような気がします。
放置しておく、張り紙を剥がすまでは何とか理解できたとしても、そこまでは・・・

近くに6世帯のワンルームマンションがあります。
息子も学生時代ワンルームマンションにお世話になりましたから、目の敵にするつもりは無いのですが、でも住民が変わる度にしばらくごみ置き場が乱れます。
それでも、今まではしばらくすると正常に戻りましたが、今回はどうなるでしょうか。
各マンションにくばる注意書きのチラシをプリントアウトタしましたが、暫く配るのを見合わせます。
ごみ置き場に張り出すだけにして。

でもこうやって段々まともに注意することが出来なくなり、少しずつ世の中が乱れていくのかなと心配になります。
以前市のごみ担当の方が「注意する時はトラブルにならないように気をつけて下さい。危ないですからね」と言っていた言葉が胸を過ぎりました。
残念ながら、ご近所同士だから大丈夫は、通用しないようです
来週一週間、生ごみも混じって異臭を放っている不法投棄物を一つずつ分別して、指定の場所に捨てる作業をしなければなりません。
ごみ有料化は必要ないという記事を書いたことがありますが、こういうことがあると個別にごみを収集に来てくれる有料化も仕方がないかなとも思います。

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February 14, 2006

宇宙船地球号の資源とごみ-2

ごみ問題は街の美観や公衆道徳以上の、とてっもなく大きな問題を含んでいます。
 ごみは元をただせば地球の資源又は資源によって作られたものです。
人類は再生可能な速度をはるかに超えるスピードで自然界の資源を消費し、地球が手に負えないほどの速さでごみを出し続けています。
今世界は地球の資源を約2割「過剰消費」しています。
 そして日本に至っては現在の消費水準を支えるのに必要な燃料や食料などの資源を生み出すために、本当は国土の8.5倍の広さが必要です。
日本全体の8.5倍ですよ。
信じ難い数字ですよね。
その8.5倍分をどうやって穴埋めしているかというと、海外の土地に生産資源を依存して輸入しているわけです。
いつまでもこんな生活が続くわけがありません。
 たとえ資源を海外からの輸入に頼っていたとしても、それを大事に大切に生かしていればいいのです。
でも日本のごみの山を見ていると、とても資源を大事に大切に使って物としての使命を終えたものを捨てているとは思えません。
まだまだ使えるものの山です。
そしてまるで使い捨てを奨励するかのように新しい商品が次々と生み出されていきます。
 地球の大きさは変わらないのに、世界の人口は年々増え続けています。
一人一人が資源の節約、環境対策、自然保護などに関心を持って生活しなければ地球の資源は無尽蔵にあるわけではありません。
 買い物の時「包装しないでください。袋はいりません。シールで結構です」オウムのようにこれらの言葉を繰り返して、買い物から帰ってきても、相当なゴミが出ます。
そしてそれらのゴミのほとんどはリサイクルするにはもったいないようなプラスチック製品です。
壊れるまで何度も何度も繰り返して使えないものでしょうか。
 昔はこんなに過剰包装しなくても、見た目を美しくしなくても、皆ちゃんと生活できていました。
 このままでは 宇宙船地球号全体がごみ箱になってしまいそうな、危惧さえ抱いています。
 一人一人がごみ問題の現状を自覚することによって、美しい地球を保っことができるはずです。
 ちょっと考えてみませんか?

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February 13, 2006

宇宙船地球号の資源とごみ

前の車の若い女性がファーストフードのゴミをのせたトレーを、躊躇するでもなく投げ捨てるでもなく、至極当然のように何気なく路上に載せるように置いてドアーを閉めました。
5、6年前交通渋滞に巻き込まれた時のことです。
その振る舞いは物を捨てるという動作とは全く違っていました。
 一瞬我が目を疑う程驚いたのですが、それから数年周りを見回すとあらゆる物が、缶、ぺットボトル、雑誌、コンビニのレシート、ビニール袋等、何の抵抗もなく路上に捨てられています。
ビル風に煽られて街中をゴミが舞い、時折我が家の庭まで侵入してきます。
いつから私達はゴミをゴミ箱に捨てるという当たり前の事をしなくなったのでしょうか?
いつから私達は街にゴミが散らかっていても気にしなくなったのでしょうか?
日本人の公衆道徳はどこへ行ってしまったのかと探しに行きたい心境です。
 40年前ニューヨークに行った時、敗戦から20年の日本とは比べようもない文明度の高さに度肝を抜かれたと同時に、街中にゴミが舞っていてたばこの吸い殻がいたるところに落ちているのに唖然とした記憶があります。
 その時、生活水準の高さと公衆道徳は必ずしも正比例しないものであることを実感しました。
近年は9月11日の同時多発テロの時優れた陣頭指揮で有名になったジュリアーニ前ニューヨーク市長が街の犯罪の撲滅と美化に尽力し街は見違えるように変化しています。
 生活が豊かになり物が溢れるようになると、物を大切にしなくなる。
余り認めたくはないのですが、そこまではある程度仕方のない流れなのかもしれません。
 しかし問題はその後です。
所構わずゴミを捨てる、そして誰もそれを気に留めない。
物質的に豊かになると、人間の心は貧しくなるのでしょうか?
たかがゴミ位で目に角を立てなくてもと言わないで下さい。
街のゴミや落書きの数と軽犯罪率は比例するという統計があのですから。 
やはり美しい整然とした環境は人々の心を穏やかにし、汚れた雑然とした環境は人間の心を荒廃させ犯罪を招くのでしょう。
 たかがゴミ、されどゴミ。
 何事も小さな事を大切に、疎かにしない事から始まるような気がします。

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February 10, 2006

ごみ有料化、本当は必要ない?

これは我が市の話ですが、分別が徹底され、“正しい捨て方”が守られれば、ごみを有料化しなくても、市はやつていけるそうです。
でも数年後には有料化の予定です。

 一番分かりやすいペットボトルで説明すれば“正しい捨て方”はボトルを洗浄しふたを取り周りのラベルを剥がして潰してから資源ごみに出す。
これをみんながやればごみの費用が何分の一にも減るのです。
何故ならば “正しい出し方”がされていない物は、市の職員さんが手作業で選別して、それからペットボトルのふたを取り周りのラベルを剥がす。1本、1本ですよ!
世の中のあらゆることが技術の進歩と人件費節約で機械化されているこの時代に、一番最後のごみに成った段階で結局人の手をしっかり使い、人件費がどっさっと掛かる。
この現実に凄い矛盾を感じませんか?
ボトルが潰してあると容積が1/3になるそうです。
ということは収集車も1/3の稼動で済み、人件費も1/3で済むわけです。
“正しい捨て方”をすれば、有料化しなくても済みそう、という根拠が分かるでしょう。

 今母の介護に毎日数名のヘルパーさんが我が家に出入りしています。
家庭の主婦が多く家事もてきぱきとこなされるのですが、ごみの始末、分別が完璧にできる人一人もいません。
あんまし細かい事言いたくないので、後からそっと分別しています。
もつとも内は自治会長をしていて、4年前に「容器包装リサイクル法」が施行された時、市の係りの方を呼んで説明会を開いたりと、皆さんに教える側なので、詳しくて当然ですが・・・
自治会長の仕事の大半は「ごみ当番」てな感じです。
 特に街中なので、ワンルームマンションや賃貸のマンションが多く、他の地区からの転入者はメチャクチャな出し方をしてくれます。
ほんのお隣の市で全然出し方が違うのですから、無理も無いと言えば無理も無いと思うのですが、
やはりこうゆう事は全国共通にしてくれないと皆が混乱して迷惑しますよね。  

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January 10, 2006

自治会で小学校をパトロール

今年初めての防犯パトロールを小学校の始業式に合わせて実施しました。
 新聞では小学生の送り迎えについていろいろ言われていますが、ちょっと事件から離れた地域では保護者のお迎えも皆無に近い状態です。
学校の先生が数名“小学校パトロール”と書いた腕章をつけて見回っていました。
小学生の子供のいる唯一のメンバーの親御さんは「冬休みが入って、皆が事件の事を忘れてしまったのでしょう」と言っていました。
海外で小さい子供の送り迎えは当然という地に住んでいた経験があるからかもしれませんが、正直ビックリです。
 学校の事は学校の先生に、地域のことは地域にお任かせ、では余りに気楽過ぎる気がします。最終的には、自分の子は自分で守らなくては。
勿論、自治会として出来る事はお手伝いしますけれど。

 小学校は隣町にあるのですが、その校庭の中に電柱が数本立っていて、堂々といかがわしい張り紙がベタベタ貼ってあります。
我が町内の防犯パトロール員、兼違反屋外広告物除去協力員がそれを見つけ、防犯パトロールの後、自治会長の主人と防犯委員が校長先生に面会に行きました。
 主人、中身は優しいかわいい人なのですか、見かけがちょっと強面で、イタリン・マフィアみたいだと表現した人もありまして「校長先生、脅かしては駄目よ」と送り出した次第です。
 “違反屋外広告物除去”にはコツが有りまして、結局自治会の活動日にお手伝いして剥がす事になりました。
学校の構内に貼る方も貼るほうですが、気が付かない方もどういうものでしょうかね。
 そういえば去年せっせと町中の違法広告物を剥がした後、一枚も貼られていません。
綺麗にしておくのって大切な事なのですね。
 4年間自治会をしていて、活動に無関心な住民が多く、本当に必要なのだろうかと疑問に感じることがあります。
でも先日、朝日新聞に『千代田区で13年ぶりに住民と企業が「町会」づくりに動き出す』と書いてあるのを読んで元気づけられています。
 適度な人とのつながり、大切にしたいですね

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December 29, 2005

ご町内防犯パトロールの効果

空き巣、置き引き、強盗と我が静かな町内に治安の問題が起きています。
 変な話だと思うのですが、例のプライバシー保護法で、自分の町内で事件があっても何処からも知らせがきません。
噂が流れてきて確かめると、場所が限定できないようなぼやーとした表現で認めます。
早く知らせてもらえたら、防げたかもしれないのに・・・
 真昼間マンションのドアがこじ開けられて侵入される事件が幾つか起きています。
可なり怪しい物音がしても誰も不思議に思わない事が、私には不思議なのです。
「犯人の話していた言葉は日本語ではなかった」等とちゃんと聞いていた人達がいるらしいのですけど・・・
皆、何が起こってもお互いの事に無関心なのでしょうね。
明日は我が身かもしれないのに。
 市で実験的に幾つかの地域で防犯パトロールを実施してみたら、明らかに軽犯罪が減ったそうです。
ところが、ところがですよ!周りのパトロールをしていない地域で犯罪が増えちゃったんですって。
ビックリ!!!
その上もう一つ、パトロールの時間を不定期にしないと、パトロールの時間を外して、犯罪が起こるそうです。
犯罪者も生活掛かっているから必死なのでしょうね、なんて感心している場合ではありません。
 おじさん、おばさんの防犯パトロールが、意外な事に可なり効果かあるらしいとわかり、早速我が町内でも始めています。
昼間の時は小学生の通学路の見回りも兼ねて、夜は防犯と防災、ついでにゴミを拾ったり、ごみ収集場のチェック等もしています。
 その時々に集まれる人達で市から支給された派手なチョッキを着て、出来るだけ目立つようにして。
 只今女性は私一人と言うか、主人が忙しい時の代役です。
 どうせなら遠くからでも分かるように拍子木を鳴らそうと提案しているのですが、男性諸氏から賛同をえられず、がっかりしています。
拍子木鳴らすの、ストレス発散によさそうなんだけどな~~~
 それはともかく、自分達の街を協力して守っていこうという雰囲気が生まれてきた事、頼もしい限りです。

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August 18, 2005

水への感謝(2)

今日もたっぷり30分、庭に水撒きをしました。
 日本は、庭の水撒きも洗車も水洗トイレも全部浄水された飲み水を使っている、世界でもまれな国です。
今、発展途上国を中心に世界人口の3分の1が水不足に陥っていて、5人に1人は安全できれいな水を飲めない状態なのに。
1日に1人50リットルが飲料用、家事、水浴に必要な最低給水量とされていますが、20リットルに満たない国がアフリカを中心に33カ国もあります。
それに比べ世界一の水輸入国である日本では一日一人約320リットル、世界第2位の使用量です。
海に囲まれ水が豊かと思いがちな日本が世界一の水輸入国なのは、食料自給率40%で世界各地から多量の水を使う農産物を輸入しているからです。
そして賞味期限切れとか、食べ残しては、せっせと捨てている有様です。
何という事をしているのでしょうね。
食べ物の話は又の機会にしたいと思います。
 生命の起源は水にあり、「水の惑星」とも呼ばれる地球には14億キロリットルの水があります。ただしそのうち人間が使える水はたった0.3%です。
世界的に自然破壊が進み、水危機が進行する、そういう悪循環の中できれいな水の価値はどんどん高まっています。
今や綺麗な水はブルーゴールド(青い黄金)と呼ばれ大企業独占による商品として売り買いされています。
命の源の水を、自然の恵みの水を商売にする。
世界には水がビールよりも高い国、石油より高い国もあるそうです。
お金儲けにも越えてはいけない一線があると思うのですが・・・。
何か狂っていますよね。
 水撒きできる幸せと、きれいな水が飲めないアフリカの子供たちへの後ろめたさと複雑な気持ちに揺れています。


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August 17, 2005

水への感謝

朝から強烈な日差し。
先週、庭に植木と芝生を張って以来、毎日30分たっぷり水を撒くように言われています。
背後から強い陽射しを浴びて、ホースの先に魔法使いのように七色の虹を幾重にもかけながら、草木に水をたっぷり撒くことができる有難さをしみじみと感じています。
それでも水撒き30分って結構長いので、雨が降という予報があるとニンマリしています。
しかし本当に天気予報って当たりませんね~。
雷雨、集中豪雨に注意とか天気予報士さんは言うのですが、全部降らないのですよ。
綺麗な若いお姉さんにほとんど毎日のように騙されている、そんな気分です。
四国の渇水、世界規模の特にアフリカを中心とした水不足のことを考えると、なにも文句は言えませんけれど・・・
 地球上の人間を含むあらゆる生き物は水(潤い)が無くなったら殆ど死んでしまいます。
かといって水が有り過ぎて、地球が水浸しになっても殆どの生物は生存できません。
又水が汚染されてしまっても生きていくのは難しいのです。
地球も人間の体も約七割は水でできています。
水の惑星と呼ばれる地球がこの水のバランス、調和を保ち続けていくことが、人間を含む生物がこの地球上に存続していく上で必要不可欠なことです。
 地球上に何十億年も生命が存続しているのは水と火のお蔭です。
それなのに地球温暖化などによる気候変動、過剰な開発や森林伐採による自然破壊、生活廃水や工場廃液による水質汚染、エネルギーの無駄使いなどで私達人間は水の調和を乱しています。
水の大切さ、よ~く考えたいですね。

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August 15, 2005

 蒸し暑い!!

連日の真夏日、夜の蒸し風呂状態。
高知県、中村では最高気温39・7℃。
39~40℃といったら扁桃腺を腫らして「うー、うー」唸っている体温ですよ。
 子供の頃から、何処か常夏の島でモワッと暖かい空気に全身包まれて一年中暮らすのが夢でした。
前世は南洋の原住民だったのかな?と思う位、暑さには強いのです。
夢が実現した感想は・・・とっても複雑な気分です。
 日本の酷暑に限らず、地球規模での異常気象による自然災害が多発している中での実現だからです。
欧州西部で日照り、山火事、それらによって水をめぐる争いが目立っているようです。
 21世紀は「水の世紀」と聞いたことがあります。
何か美しいものを期待していたのですが、残念ながら深刻な水不足による争いが始まったようです。
 もう十数年以上前から地球温暖化による気候変動で世界が異常気象に見舞われるだろうということは想像がついていたことです。
それでも地球の環境を守る為に温暖化をもたらす二酸化炭素(Co2)を減らす京都議定書に署名しない国々のように、皆が目先の利益、自国の利益ばかりを考えているから止めることが出来なかったのです。
そして私達の日々の生活様式が、快適さ、便利さ、楽さ、手軽さを追求し続ければ、二酸化炭素を撒き散らすエネルギーの無駄使いは増え続けます。
 昨日も、余りの蒸し熱さに思わず「神様、一体何を示し申しているの?って聞きに行ってこようかしら」と呟いたら、それを耳にした大汗かきの主人から即「行っといで、行っといで」との言葉が返ってきました。
こんな会話も暑さのせいです。
私は普通の専業主婦です。当然のことながら神様と話しができるような特殊能力は微塵も持ち合わせていません、念のため!
 でも神様に「どうしてこんなに暑いのですか?」と聞く必要も、「もうちょっと涼しくして下さい」とお願いする必要もないのです。
 地球を守る為にというよりも自分達の生活を守る為に危機感を共有し、自己、自国中心の考え方を改めて、皆が日々の生活の中でちょっと我慢をして無駄を省く努力をすれば、また元の過ごしやすい地球に今ならまだ戻れると思います。
でも国会でネクタイをするのを止めた位ではね、まだまだ難しいものを感じます。


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April 01, 2005

天災と天才、天災と人災

玄界灘、スマトラ沖地震等、自然の猛威をまざまざと見せ付けられています。
 私は今地球上で起こっている天災は、人為災害-人災だと思っています。
 天災と天才-字は違いますが同じ読み方をします。
天の才とは世の中の為に活かすものです。
それを武器や核兵器をつくる為に自然環境を破壊する為に、悪用すれば天の災になります。
 地球は生きています。
生きているからこそ微生物、草木、動物、人間等の生物の命を育むことができるのです。
 その地球上に住んでいる人間が戦争やテロを起したり、自然を破壊すれば、生き物である地球もバランスを崩して、人災があちこちで起きるのは当然の結果だと思います。
 今世界中の人が真剣に考えなければならないことは、少しでも自然破壊(戦争、核実験、地球温暖化、森林伐採、水の汚染等による)を食い止めて、人災が起こり難い環境を作る為に知恵を出し合うことではないでしょうか。
 自国や自分の集団の利害と権益獲得の為に、天の才を悪用している場合ではないと思うのですが・・・
 国境等と言うものは人間が勝手に作ったもので、地球は大気圏の空気の中で海底で繋がっている一つの生き物です。
宇宙船地球号は運命共同体なのです。
国境、人種、宗教、思想を越えて皆で仲良く助け合うことが、地球上で安心して暮らしていける唯一の道です。
 今神があらゆる自然現象(天災)を通して世界中の人々に「仲良くしなさい」と示し申されている、そんな気がしてなりません。
 新たな人災を招かないように、世界中の人々が心を合わせることができるといいですね。

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